聖7(8月13日、6)
六
ガタタン。
電車の大きな揺れで引き戻されるかのようにして、目の前に突如現れた町並みに気付く。
茶畑を抜けて、車の行き交う灰色の世界に。その全てに平等に橙が降り注ぐ。その一方で、徐々に、徐々に、見えない速度で黒が伸びていく。まるで侵食するかのように、そうっと、そうっと。
それは橙が強くなればなるほど、生き生きとしてくる。
午後五時半。それでも七時過ぎても明るかった時よりは日も短くなったのだろう。早くも橙の穏やかな余裕は薄らいでいく。
僕は下を向いて、軽くあくびをした。
ガタタン。
軽く前を見る。ほとんど人はいないものの、二つ前の席にスーツを着たお兄さんと、通路を挟んで四つ前の席に子供連れの若い女性を確認する。
僕達がいるのは車両内でも最後尾に近い。ちなみに優先席は避けている。
再び外に目をやると、それについていかない意識を自覚しながら声に出す。
「鈴汝さんは・・・・・・楽しかったですか?」
景色はとめどなく移り変わる。
いつの間にか体内で脳と心臓の温度差が調和されたらしく、ずいぶんと精神が穏やかになっていることに気付いた。
そうして小さな沈黙の後、「えぇ」という声が耳に届く。すぐ隣に座っているため、触れようと思えば容易に触れられる距離だ。
音速は光速に比べ、ずいぶんと遅いのだという。僕は強欲だと感じながらも、今の贅沢に飽き足らなくなる。
たった十五分程度。それだけの間に贅沢を前提に置き換える。僕は無意識の内に非日常を日常に置き換えようとしていた。
電車がそのスピードを緩めて、止まる。右斜め前にいた親子がドアを出る。ほんの十秒程度で、再びドアは閉まる。
ガタタン。
ホームから抜け出し、やはり橙を帯びた灰色の世界に目をやる。
隣から聞こえてくる、座りなおす際の衣擦れの音は、どこまでも甘く、愛おしい。
ここに、いる。
〈さしずめ、都合のいいように美化されてな〉
大袈裟だろうか。でも仕方ないのだ。僕はある種、病気にかかってしまったのだから。
ガタタン。
「あたし、次で降りるから」
だから、仕方ないのだ。
次の駅に止まって、彼女が立ち上がった瞬間、その腕をつかんで放そうとしなかったことは。
本当に仕方ないことだったのだ。
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