聖1(6月5日、1)
* * * * * * * * *
一
「スズナ」
伸ばした手。その指先に触れるはずの肉体は、感触として自身に誠を伝えることはない。
しかしその身体をしっかりと抱きしめる。悲しいかな、感覚として脳の求めるものを。あくまでイメージとしての、ものを。
「ここ」では非現実が現実たり得る。
「スズナ」
ふわり、とこの空間に存在するはずのない風が彼女をさらって行く。
「待って、待ってくれ。僕も連れて行ってくれ」
僕は彼女の白い手首を捕まえようとする。いつだってその動作は空を切り、彼女は去り、例の如く僕一人が取り残される。当たり前だ。だって元々僕と君しか存在していなかったんだ。 僕は悲痛に顔を歪ませる。
一人で行ってしまうなんて薄情じゃないか。
いつだって一緒、そう言ったのはスズナ、君の方だったはずだ。
スズナ、ああ、
寂しい。
本当に辛い時は涙なんか出て来ない。神経の一部が狂ってしまって、顔の筋肉がその働きを失う。
僕は、笑った。狂っているのだと思った。
宇宙も、太陽系第三惑星も、この国も、僕もすべて。
* * * * * * * *
無遠慮にカーテンを潜り抜けてくる光が、容赦なくまぶたを照らした。
意識が戻ってくる。僕がいるのは自身の部屋のベッドの上。目を開けたら、変わらぬ高さの天井が僕を見下ろしているのだろう。光から目を守ろうとして、顔の上に腕を乗せるが、その拍子にじゃり、と溜まった目やにが擦れた。目を掻く。起きるしかなさそうだ。
それでもすぐに起き上がろうとはせず、しぶとく枕に顔をこすりつけては何とかもう一度夢の世界に戻れないものかと願ってみる。
そのときだ。携帯のアラームが小爆発並みの音量で鳴り出す。
僕はその利便性を一切無視して、一瞬本気で壁に叩きつけてやろうかと思った。現実を突きつけるのはいつだってこういったツールだ。僕を捕まえて、そのくせ知らん振りを決め込んでいる。しかし要所要所で助けられている気はするから非難しきれない。厄介なやつだ。
「あのとき」のことが影響しているのか、以前にも増してリアルな夢を見る。感覚の機能に異常がきたしたりしないか心配になるほどだ。
水無月上旬。相変わらず眠たい目に強い朝日。梅雨にはまだ入らないのだろうか。ようやっと起き上がって、思いきり伸びをする。
鳥の鳴き声。今日も一日が始まる。
いくらか通い慣れてきた道路を進んで、目的地に向かう。
僕の通っている学校は丘の頂上にある。左前方に向かって、ゆるやかにカーブしている坂は結構急で、自転車で通学している人も途中からは押して歩いて行くのがほとんどだ。
左手には古びた倉庫や住宅が、右手には生い茂った木々が規則正しく立ち並んでいて、その木々に沿うようにガードレールが備わっている。しかしそれはあくまで車が飛び出していってしまうのを「ガード」するためにあるのであって、僕らの安全な通路を確保するためのものではないようだ。そのすぐ外側は軽い崖になっている。僕はここからでも見える校門の前の緑に目をやると、坂を上り始めた。
意識は未だにスズナを掴んで離そうとしない。ぼんやりしていたら夢の中に引きずり戻されてしまいそうだ。軽く頭を振ると、視線を上げる。
明日から三日間、緑風祭が始まる。土日をはさむため、学生だけでなく地元の住人、学生の関係者も交えた、比較的大きな年間行事の一つとなる。
と、そのとき丁度学校に着いた。家から徒歩十五分。悪くはない距離だ。
基本的に最後の視点です(プラスαはありますが)
それぞれの個性が、このプロローグの段階でなんとなく伝わったらいいなぁなんて思ってます。伝わってね(えっ?)
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。