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飛鳥6(8月12日、2)


  二

 歩いている途中、俺が一階と二階の間の階段を下りていくと、丁度下から水島が上がってくるところだった。
 ・・・・・・ってことはあの「ドン」は鮫島が原因か。
 水島はおもむろに視線を上げると、俺を確認した。
 若干気まずい空気が流れる。どうしたもんかと思った末、俺は声をかけてみようと試みる。
「それ、どうすんだ?」
 水島は、俺が指差した先である自分の手元に、目を落とす。
「・・・・・・後で使うんです」
 その手には水鉄砲が握られている。しかも両手に一つずつ。大方何がなされるか予想がつく。予想がついたからこそ、俺は早めに風呂を上がろうと、「そうか」と言い残して立ち去ろうとした。
 しかし、水島の横を通り抜けた、そのときだった。
「・・・・・・失礼ですが・・・・・・あなたにはもう少し、程度をわきまえていただきたいものです」
 そんな声が俺を捕らえた。俺はゆっくりと振り返る。水島は階段の踊り場に立ち尽くしたまま、俺を見ていた。
 普段俺よりずっと背の低い水島が、階段の段差の関係で俺より高い位置から見下ろす。
「あ?」
「あなたは・・・・・・節度がなさすぎです」
 水島は表情を変えず、淡々と言葉を紡ぐ。俺は自然と目の両端、もといこめかみに力が入るのを感じる。
 コイツ、何が言いたい?
 その意を、俺は声を抑えて低く問う。腹の中でぐつぐつと煮え立始める感情。
 あぁこれは、あのときは真琴に向けるべきものだと思っていた。
 階下のフロントから使いまわしのセリフが聞こえてくる。独特の、カーペットのにおい。水島は眉をゆがめて、うなるように言った。
「鈴汝さんが、あなたを好きなこと、知っておられるくせに」
 心臓の、痛いところをえぐられるような感覚がする。
 それと同時に、反射的に怒りがこみ上げて言い返そうとする。一種、攻撃を受けて自分を護ろうとする、自己防衛。
「あ? それを言うならお前だって・・・・・・」
 しかし、次の瞬間はっとなって、続く言葉を飲み込んだ。
 真琴がコイツのことを好きだってのは、コイツまだ知らないんじゃないのか? それならそれは俺が口にしていいことでは、決してなくて。
「何、ですか?」
 水島が冷めた目で見下ろす。水鉄砲を持っているおかげで、イマイチ格好はつかない。
 だが俺は何も言い返せず、ただその顔をにらみつける。
 
 静寂。階段のオレンジの暖かいはずの光が、ぼうっとこっちを見つめている。それは複数あるため、足元に影が何重にもなって映る。
 何も言わない俺に、水島ははき捨てるように言った。
「いい加減はっきりしてください。鈴汝さんを、もうこれ以上傷つけないで下さい」
 ドンッと強く全身を揺さぶられる。
 俺は今まで腹の隅でずっとくすぶっている目を背けていた場所に、無理やり顔を向けさせられたような心地がした。鮫島の背中が、眼前に浮かぶ。俺はやはり何も言えず、呆然と立ち尽くす。
 入り口の自動ドアが開いたのか、階下から優しい湿った風が流れ込んでくる。
 そうして水島は強い一瞥を残すと、階段を上がっていった。
 再びフロントからお決まりのセリフが聞こえてくる。
 俺は壁を思いっきり殴りつけたい衝動に駆られた。握った手がブルブルと震えている。やり場のない感情。こらえるのは慣れてるはずだ。苦々しいものが残る。
 言ってみれば、相手は違えど全く同じ状況に置かれているはずのあいつに、何故これほど強い劣等感を味わわされなければならないのだ。
 俺は階下に向かって足を踏み出す。少し、頭を冷やさなければ、と思った。






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