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雅1(5月4日、2)


 二

「何か?」
 見知らぬ相手の突然の出現に驚いたものの、こめかみに力を入れてその姿を見返す。
 第一ボタンまできっちりしめた学ラン。その黒と同色の短髪。ゆで卵のような、まだ幼さの残る白い肌。
 意図的に抑えた声が、かえって気持ちを落ち着かせてくれる。
「いえ、今日帰りに緑風祭の書類を抱え込んで行かれたので、何か手伝えないかと思いまして」
「誰なのあなた。余計なお世話よ」
 そうして見上げたままはっきりと言い放つ。
 本音だった。誰かをアテにするなんて、ハナっから考えていない。自分のテリトリーにずかずかと入ってこられるのは、不快以外の何ものでもなかった。
 長い前髪の奥にある目は、明るい場所にいるにも関わらず、光をほとんど反射しない。丁度前髪が影を作り出しているためだろう。加えて左右に少しだけ吊り上っていて、見る角度によっては「きつい」とも言えそうだ。そうしてその底知れない昏さから、冷めているような、大袈裟に言ってどこかすべてをあきらめ、投げ出してしまっているかのような印象を受けた。
 しかしその人は怯むことなくあたしを見返す。あたしも頑として目を背けなかった。
 押問答、ではないが、互いに言葉を発することなくずいぶん長い時間が流れていった。店員さんの一人がチラチラとこちらを伺っている様子が、目の端に映る。いい加減口を開こうとしたその時、ようやく向こうが動いた。
「足手まといになるつもりは、毛頭ありません」
 向かいのいすを引く。その人は大した音も立てず腰を下ろすと、
「一年の水島聖です。今年から生徒会に入ることになりました」
 と続けた。その抑揚のない声。まるで始めから用意されていたセリフを棒読みしたかのようだ。しかし言われてみれば、確か昨日の集まりでいた気がしないでもない。
「そう」
 でも今はそんなことどうでもいい。とりあえず目の前に山積みにされた資料をどうにかしなければならない。あたしには他人に構っている暇はなかった。
「よろしく。でも急いでいるの。また今度にして頂戴」
 有無を言わせぬ言い方をしたつもりだ。強制の力は充分、その言葉に備わっていたはずだ。しかし「水島」と名乗ったその男は、その場を動こうとしない。代わりに、持っていたA4サイズの真新しいカバンをいすの横に置き、店員の運んできた水に口をつけた。手の甲には青い筋が何本も浮いている。きゃしゃな体型に似合わず、ごつごつした大きな手だった。
「また今度」
 グラスをそっと置くと、水島はあたしの言った事を復唱した。手元から上げた視線、そのまなざしの持つ力に圧倒されそうになる。それは静かに揺れることなく、あたしを射る。
「また今度、は来ますか?」

 流れに乗せて追いやってしまおうと思っていた思考が一時停止する。体内を流れていく時計の針が、急にその速度を緩める。
「何?」
 手に持っていたペンをくるり、と回す。不快感の滲み出ている顔を何とか元に戻そうと頬に力を入れる。
「また今度は来ますか、と聞いたんです」
「聞こえてるわよ。どういう意味って聞いたの」
 もう一度、くるりと回す。
 その後水島は両手でグラスを包むと、一息に話した。
「今僕がこのまま帰ったら、また同じようなケースに見舞われても、あなたはきっと同じことを繰り返します。どういった事情でこれだけの資料を抱え込んでいるのか知りませんが、生徒会はあなた一人が運営する組織ではありません」
 自然と眉間にしわが寄る。
「だからなんだと言うの? 仮になにか不具合があるのだとしたら、変える必要はあるわ。でも今のところ何の支障もないの。何も知らないくせに一般論並べてんじゃないわよ。組織は、その状態を知ってから口にするものよ」
 そして「帰って頂戴」と付け加える。
 水島は表情を変えない。包んでいたグラスから手を離すと、テーブルに肘をつき、指を組んで軽く息をついた。それは単なるため息かと思う一方で、見ようによっては笑った、というふうにもとれた。
「それは、傲慢ですよ」


水島聖みずしまひじりです。

最近麻婆豆腐にはまっています。
豆腐だけだと飽きるんで、ピーマンとかもやしとか入れるといい感じになります。
え、作品には一切関係ありません。


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