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聖6(8月12日、4)


  四

 潮風が頬をそっとなでていく。じりじりと体内から水分を奪っていく太陽は、今や日中最も高い位置から僕達を見下ろしている。
 僕はドンっと一度大きく脈打った後、徐々に強く鼓動を打ち始める心臓を感じながら、その顔を見る。
「な、何で・・・・・・」
 声がかすれないように、少し強めにそう口にする。
 高崎先輩はあごをなでていた方の手で、後頭部をバリバリとかく。
「だってよ、見りゃ分かるぜ」
 僕は鈴汝さんを良く見ているつもりだ。たぶん他の誰より。
「違う。だからかえって盲目になっちまってんだって」
 高崎先輩の言ってる意味がよく分からない。どういうことだ?
「よく見ろ。お前の『見る』は偏見で凝り固まっちまってるんだよ。さしずめ自分に都合のいいように美化されてな」
 えらい痛いところを突かれる。
 僕は、ものすごい勢いで暴れ始めた心臓の音を全身で聞く。
「あの子が簡単に他人に弱みをさらけ出すように見えるか? 人によっちゃーすぐに口を開く人間もいるかもしれんが、あの子に至ってはそれはないと思うぜ」
〈余計なお世話よ〉
 確かに。鈴汝さんの言葉がリフレインされる。
「あぁいうタイプにごり押しは利かんだろうな。それならむしろ引いたほうが効果的かも」
「でもそれじゃあ・・・・・・」
 僕にそれは出来ると思えなかった。
 引いて様子を窺っている間に、鈴汝さんがどうかなってしまったらという不安と、これは完全に僕の都合なのだが、ぼやぼやしていたら鮫島先輩にとっていかれてしまうのではないかという焦燥があったためだ。
 例え〈火州しか見ない〉としても、だ。
 でも、そんな僕の考えを、高崎先輩はあっさり打ち砕く。
「引くっつっても、選択肢は事情を聞く聞かないの二つじゃないんだぜ? 例えばお前、自分がもし向こうの立場だったらって考えたことないか?」
 考えるには考えたつもりだが、僕が鈴汝さんの立場だったら、たぶんさらりと話してしまう。
「あー、でも俺がこんなこと言っても・・・・・・話しを引き出すのうまいのは火州だからなー」
 ぴくり、と反応する。何の、話しだ?
「いや、な、あいつ付き合うのいつも年上の女なんだけどな、やっぱ相手はプライド高いのが普通なわけよ。女なりに格好つけたいんだろうけどさ。でもあいつは聞くのが上手で、気が付いたら必要とされるようになってんだ。必ずしも、本人意識してやってることじゃないと思うけど」
 そう言うと、高崎先輩はニィ、と笑った。
「お前、雅ちゃんがいいんだったら、火州をよく見ておくんだな」
 まぁ、それは確かにごもっともで。
 僕はまだ火州先輩の外見しか知らない。話したのはあの花火の夜、鈴汝さんと草進さんが話しに行ったときに交わした一言だけだ。
 それだけでは勿論人物像は読み取れない。やはり僕はイメージで彼をこり固めている。

「・・・・・・火州先輩は、彼女いるんですか?」
 僕が興味で発した一言に、高崎先輩は苦笑いする。それでも見える歯は、惜しげなく白い。
「たぶん、お前の考えるような関係の相手はいないと思うぜ。最低限、その時、その時割り切るから、女は常に一人ではあるけど」
 浮気はしないけど、とっかえひっかえ。それでも鈴汝さんはあの人がいいのか?
「今は・・・・・・?」
「さぁ、どうだろ? 最近あんまり接触なかったから、その辺は分からんなー」
 ふあぁ、と豪快にあくびをしながら言う。口にりんごが丸々入りそうだ。
「でも、必ずしもいろんなヤツと付き合うのは悪いことじゃないぜ? 人によってそりゃ価値観の違いはあるかもしんねぇけどさ、そうやって自分に本当に合う人間を見つけてんだ」
 僕の表情から何かを察したのか、高崎先輩はさりげなくオブラートに包む。
「かえってそういう人間の方が、一旦落ち着いた後、ふらふら遊びまわることはしないと思うしな。期待だけが先導することはなくなるから」
 何だか再びどきりとしてしまうのは、自分のことを多少つつかれた感覚がしたからか。
「はぁ」と曖昧な返事をする。
「でも最近あいつちょっと変わったからなー。そろそろ落ち着いてくれるといんだけど」
 やっぱり保護者か? 鮫島先輩だけに限らず、火州先輩の保護者でもあるのか? とつっこみたくなる。
 軽く聞いてみたら、「あいつらだって俺のこと同じように言うはずだぜ?」と笑った。
 何だかうらやましいと思う。それだけの理解者が身近にいてくれたら、どれだけ心強いだろう。
 無意識の内に「いいですね」と口をついで出ていた。
 高崎先輩はこの上なくうれしそうに笑うと、僕の肩を抱いて、ポンポンと頭をなでた。







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