ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
飛鳥1(4月14日、5)


  五

「飛鳥様」
 まっすぐ俺の方に向かってくる声。
「だから様付けはやめろって」
 向かってきているのは声だけではない。そんなこと、いくら俺だって年単位かけりゃ気付く。
 手持ち無沙汰でポケットに手を突っ込む。百円玉がシャリ、と音を立てた。
「いいえ、飛鳥様は飛鳥様です」
 鈴汝は怯まない。いつだって満面の笑みを俺に向ける。かえって俺の方が怯まされるくらいだ。
「雅もここに来たいです。飛鳥様がおられる時でなくとも」
 少し風が出てきているにも関わらず、まっすぐ届く声。
 鈴汝は少し緊張しているようだ。どことなく落ち着かない、と言ってもいい。視線の先が定まらず、うつむき加減に左右に大きくぶれる。
「だから、その、合鍵、を、つくらせていただけませんか?」
 視線を俺に戻す。その瞳は心なしか少し潤んでいるようだった。俺は予想しなかった提案に少し戸惑ったが、すぐに「だめだ」と言った。今度は俺が、視線を外す。
「ここは俺達三人の、言ってみたら秘密基地なんだ」
 そう言いながら、俺も鮫島みたいなアイテムが欲しいと思ってみる。こんな時、することがないと困る。
「では雅も、その仲間に入れてください」
 鈴汝が食い下がる。
「だめだ。第一それは俺だけが決めていいことじゃない」
 ポケットの中の小銭が音を立てる。形を変えた、貧乏ゆすり。
「それに基本屋上は出入り禁止だ。生徒会の人間がいていい場所じゃない」
 鈴汝はまだ何か言いたそうだったが押し黙った。二度も否定を受けた後で怯んだのかもしれない。
「ごめんな」
 鈴汝は俯くと「そうですか」と言った。さっきよりもずいぶんボリュームを絞った声だった。
「でもまたこうやって遊びに来る分にはいいですよね?」
 貼り付けたような笑顔が痛々しい。「あぁ」と笑う。うまく笑えていたかは分からない。しかし鈴汝は満面の笑みを取り戻すと、「ありがとうございます」と口元で手を合わせた。

 鈴汝はかわいい。
 かわいくて、賢くて、人望が厚くて、
「また来ます」
 鈴汝はとびきりの笑顔を残して、あごの辺りで切り揃えられた短い髪を揺らしながら階段を駆け下りていった。
 その足音が消えかけた頃、ようやく上から深いため息が降ってくる。
 きっと俺の頭上には白い煙が充満しているんだろうな、と思った。





+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。