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作者:円坂 了
「幽霊を探しに行こう」

 言い出したのはユウスケだった。

 ぼくらが小学生だったころ、裏野ハイツという名前の古い木造アパートに幽霊が出るとうわさになったことがあった。
 初めに幽霊を見たと言い出したのは、となりのクラスのユミさん。ユミさんがある日、一人で浦 裏野ハイツの前をとおりかかったとき、二階の真ん中の部屋の窓に幽霊を見たというのだ。
 その後も、何人かの生徒が裏野ハイツで自分も幽霊を見たと主張した。
 皆の話に共通することは、どうもその幽霊のようなものは、なにやら黒い小さな人形のようなもので、見れば絶対に人間でないとわかるのだという。それを見ると、背すじがぞぞっとして、金縛りにあったかのように体が動かなくなるのだそうだ。

 正直なところ、ぼくは幽霊などいるはずがないと思っていた。二年生のときにはトイレの花子さんがうわさになったことがあったが、結局ほんとうに幽霊を見た生徒などいない。今回もどうせユミさんは人形と見間違えただけで、みんな刺激がほしくて騒いでいるだけなのだと子どもながらに考えたものだった。
 しかし、この話を聞いたユウスケは、自分たちがその正体を突き止めるのだと興奮して語った。ユウスケはクラスの人気者で、なぜかクラスでも地味なぼくと仲良くしてくれた。
 ユウスケは、前々から秘密基地を見つけて家出したいと言っていた。もしかすると、ユウスケは、裏野ハイツを自分の秘密基地にしたいと考えていたのかもしれない。

 ぼくらは学校がおわって、午後四時くらいに、裏野ハイツの前に集まった。もうすぐ夏休みの、日がながい時期。

「ほんとに入るの」

 ぼくとしては、幽霊よりも、勝手に入って大人に怒られることの方が心配だった。

「あたりまえだろ、びびってんのか」ユウスケが言う。

 裏野ハイツは、周辺の新しい住宅と比べてあきらかに古いものの、なんの変哲もないアパートだった。人は住んでいないといううわさであり、住人を見たという話は聞いたことがない。今でいう廃墟探検のような気分だった。
 幽霊がでるのは二階の真ん中の部屋。その窓を見上げる。ベランダに隠れてよく見えないが、何かいるような気がした。

「あれ、見てよ」

 僕は指差した。人影が見えるが、はっきりしない。動いているような気がする。

「人かな。幽霊かどうかわかんないね」

 ぼくはユウスケに声をかけたが、ユウスケは、じっと窓を見上げたままだった。
 人影のようなものは、ぐるりと回転した。目がある。黒い小さな人形のようなものがこちらを見ているのだ。
 怖い。ぞぞっとするというみんなの話を思い出した。たしかに背中にぞぞっとするものが走り、でも目が離せなかった。
 ぼくらが無言で固まってると、それはすっと消えてしまった。

「今の、今のが幽霊だよ。やばいよ」

 ぼくはかなり動揺していた。幽霊なんていないと思っていただけに、ショックが大きかった。

「ちょっと、ユウスケ」

 ユウスケは無言で敷地に足を踏み入れていた。ぼくはしかたなく後をついていった。

 裏野ハイツは近くでよく見ると、意外ときれいな建物だと感じる。まるで人が住んでいるかのように清掃が行き届いていた。
 ユウスケが立ち止まらずに向かうのは、二階への階段だった。

「ユウスケ、待ってよ。」

 がちゃりと扉が開く音がした。
 行く先を阻むように扉が開いたのは、一階の端の103号室だった。

 中から顔を出したのは、小さな男の子。
 男の子は、扉から顔だけ出して、目を見開いていた。顔は、床と平行に扉から突き出た格好になっており、体は見えない。ぜったいに普通の子どもではないと感じる。幽霊という言葉が頭をよぎる。
 前にいるユウスケの表情は見えないが、少なくともぼくの顔は引きつっていたはずだ。

 男の子は声を出した。

「パパ、ママ」

 部屋の中から、ぱたぱたと足音がして、二人の大人が姿を現した。
 ああ、幽霊じゃなかったんだと力が抜けた。
 三十代くらいの夫婦と思われる二人は、幽霊でもお化けでもないんだという安心感があった。ただ、どこか固い焦った雰囲気があった。

 あいさつもなく、父親と思われる男性は突然に尋ねてきた。

「君たち、どうしてここに」

 ユウスケが無言であるため、ぼくが答えるしかない。

「あの、勝手に入ってごめんなさい。ぼくら幽霊をさがしにきたんです。このアパートに幽霊がいるってうわさになってて。ほんとうに住んでる人がいるなんて思ってなくて。迷惑だったら帰りますから。ほら、ユウスケ帰ろう」

 ぼくは早口になって説明した。

「あなた、これって」

「ああ、呼ばれたんだな。久しぶりだ」

 夫婦は二人で、よくわからない会話をしている。

「まだ間に合うかもしれない。早く出ていきなさい」

 男性は、少し強い口調になった。

「二階を見たいんです」

 ユウスケが言う。

「おい、ユウスケ」

「二階にいるのはちょっと神経質な人だからね。機嫌を悪くするかもしれないし、騒がないで早く帰った方がいいよ」

「二階が見たいんです」

「帰った方がいい」

 同じやりとりが繰り返されたとき、二階からたんたんと足音が聞こえてきた。
 階段を降りてきたのは、しわしわの老婆。

「いったいどうしたの」と、おばあさんはにこやかに男性に語りかけた。

「小学生が入ってきちゃって。帰るように説得してたところなんですよ」

「あらあら、かわいらしいお客さんだこと。いいじゃない。二階に上がるくらい。私がお茶をごちそうするわよ」

「大丈夫です。ユウスケ。帰ろう。迷惑だよ」

 ぼくは断ったが、ユウスケはやはり聞く様子がない。そして、また二階に行きたいと繰り返すのだった。

 どんと音がした。上から。

 夫婦の顔が曇った一方で、老婆はニタニタとした表情になる。

「ほうら、呼んでるわ。呼んでいるのよ、ユウスケくんのことよっぽど気に入ったのね。さあ、いらっしゃい」

 老婆は、ユウスケの手を引いて、階段を登っていく。ユウスケを放っておけず、ぼくはユウスケの後について歩いた。

 男性は渋い顔をしているが、老婆を止めはしない。代わりにぼくに後ろから声をかけてきた。

「君、部屋の中にだけは入っちゃだめだよ。そうすれば逃げられるかもしれないから」

 こくりと、うなずいてユウスケたちの後を追う。

 階段を上ると、目的の部屋の扉は開いていた。
 部屋の中は暗くて、まっくろの何かがいた。小さい。さっきの人形のようなものだ。

 僕は呼吸ができなくなって、身体が固まってしまった。
 ユウスケが、一歩踏み出した。
 だめだ。ユウスケ。止めたいのに声が出ない。
 ユウスケは、老婆といっしよに部屋の中に入っていってしまう。二人は人形を前にニタニタとしていた。

 人形は、くるっと向きを変えて僕の方を見た。

 すると、なんだかぼくも人形のもとに寄らなくてはいけないような気がしてくる。ユウスケもこんな気分だったのだろうか。

 頭がぼうっとして、引き寄せられていく。人形のもとによって行き、ここで暮らすのが幸せなことなのだと感じた。

 そのとき、ぼくの携帯が鳴った。親から持たされた携帯電話。
 黒電話の音が高らかに鳴り響いた。無音にしていたはずだったので驚く。
 体が動くようになった。

 ぼくは、きびすを返し、駆け出した。

「どうせまた来ることになるのよ。もう逃げられないの」

 お婆さんが何か喋っていた。
 一階を駆け抜けると、まだ夫婦と子供がいた。
「また来てね」と子供は言う。「二度と来るな」と男性は言う。

 僕は全力で走って、浦野ハイツを後にした。ユウスケを残して。

 後から確認したらあのときの携帯電話の着信はお婆ちゃんからだった。半年前に亡くなっているのお婆ちゃんが守ってくれたんだと思った。

 ユウスケは、行方不明となった。
 ぼくは裏野ハイツを探しに行ったが、浦野ハイツにはだれもいなかった。人が住んでいる気配がない。
 どの部屋も鍵がかかっていなかった。恐る恐る覗いたが、中はがらがらだった。

 それきり裏野ハイツに住人が住むことを見ることはなく、僕が高校生のころには解体されてしまった。

 ◆◆◆

 あれから15年たった。
 仕事で引っ越さねばならず、ぼくはアパートを探していた。
 ずっと実家暮らしだったぼくは、アパート探しに刺激されて、裏野ハイツのこと、ユウスケのことを思い出すようになっていた。
 正直、アパートは怖い。しかし、仕事のためには、仕方のないことだった。

 不動産屋からいくつかの物件を紹介されたが、求めている物件がなかなか見つからない。
 新しく紹介された物件を見に行くと、木造のアパートが目に入った。
 心臓が、ばくばくという。記憶が刺激された。
 紹介されたアパート名は、キムラハイツだったはずなのに、これは間違いなく裏野ハイツだ。

 二階の窓から、青白い子供の顔が覗き、こちらを凝視している。ユウスケだ。そのとなりには、あの黒い人形のようなもの。

 それぞれの部屋から視線を感じる。二階の端の部屋だけが空のようだ。あそこがぼくの部屋なんだと自然に感じられた。

 裏野ハイツは、新しい住人がほしくなって僕を追いかけてきたのかもしれない。
 怖気を感じながらも、僕は、なぜだろう、裏野ハイツに近づいていった。
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