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人形の館

作者:浅木翠仙
久し振りのリハビリ的作品。
まだしばらくリハビリが必要そうだ。
 俺の働いている会社は呪われている――と言われている。少なくとも社員全員、ここで働いていたら危ないだろうことは自覚している。
 何故ならば目に見えて社員が減っているのだ。新規雇用でその穴埋めはしているが、しかし社員は年に十数人は居なくなる。辞めたのではない、全員死んだのだ。

 ここで働くものは皆、死への恐怖に怯えている。
 にもかかわらず辞めないのは何故かと言えば、この時勢、ここを辞めたところで働き口がないのである。働けなければ日々の食い扶持は稼げない。そしてその先に待っているのは薄暗い、ひっそりとした死だ。葬式が行われるかすらも分からない。
 対してうちの会社の給与は高い。食費に困らないどころか休日もしっかり確保されているため、趣味など好きなことに費やす金と時間を共に揃えることが出来るのだ。
 日々をそこそこ裕福に過ごし、自分の幸せを満喫し、その中で亡くなれば葬式にも皆来てくれる。
 迷った末に、どうせ死ぬのならこちらの方がいいと皆腹を括り残るのだ。

 そしてまた、今日も人が死んだ。
 月に一度は会社の人が死に、年に一度は親しい人が亡くなる。もはやそこら辺の感覚がおかしくなってきた気がする。そういえば最近、涙を流していない気がする。慣れ、とはこれほど恐ろしいものなのか。哀しみが薄れ、その事への恐怖も薄れ、死への恐怖も薄れ、果てに俺は何なら感情を震わせることが出来るのだろうか。俺には分からない。

 さてにも皆不思議に思ってあるだろう。そんな会社、怪しまれるだろうと。従業員を奴隷のように扱う悪魔のようなブラック企業だと思われてもおかしくないと。そしてそんな会社誰も入らないのではないかと。
 だが先にも言ったようにここの待遇は良い。非常に良い。だから皆最後の選択肢としてここを残してしまうのだ。更に言えば、皆の死がそれぞれ明らかに会社と無関係とあっては誰も責められない。強盗犯に襲われたり、ただの事故死だったり。逆に会社の関与を疑えないほどに凄惨で不審な死に方であったり。

 今回は後者だったらしい。
 聞いた話では、ビルの工事現場から落ちてきた鉄パイプが喉を貫いたとのことだ。

 呪い。

 まさにそんな言葉が似合う死に方だ。
 そんな死に方を、昨日話した人間が簡単にしてしまうような職場なのだ、ここは。かつてにも足や腕がもげて失血死したりショック死した人や、頭に物が落ちて割れた人も居る。腕が裂けた人まで居る。そんな死に方を聞いても、俺は何も感じなくなってしまった。

 係長の通夜と葬式は恙無く終わった。この会社にいれば葬式などの作法にも慣れてしまう。葬式を行う側も日頃から既に準備や段取り決めは終わっている。だから恐ろしくスムーズに終わり、そしてまた日常が始まるのだ。
 日常、この言葉がここまで空虚に聞こえることがあるなんて、俺は思っても見なかった。

「ちょっと君、良いかな」

 そして俺の普段通りの日常も始まるはずだった。



 声をかけてきたのはうちの会社の社長であった。
 そんな人が一体何の用かと思えば、しばらく早めに上がって社長の娘の相手をしてほしいとのことだった。なぜ俺にとも思いはしたものの、給料アップをチラつかされてまで断る理由など俺にはなかった。

 だが社長の娘が居るという屋敷に案内されたところで俺は後悔し始めた。その場所は妙に禍々しい気配が漂っていたのだ。
 まるで、ここが会社の呪いの元凶であるかのように。

「あなたが新しい人?」

 その気配は屋敷に入ると更に強くなった。そして社長の娘の部屋に入った俺は、恐怖に息を呑んだ。

 人形。
 人形。
 人形。

 その部屋にはたくさんの人形がいた。それも、男の大人を――それもサラリーマンを少しデフォルメしたような、そんな人形たちが。

 異様だった。
 異常だった。

「よろしくね、お兄ちゃん。長く相手をしてくれると良いな」

 狂気を感じるほどに無垢な少女の瞳が、俺には果てしなく怖かった。



 そのように始まった少女の遊び相手だったが、実際やってみると拍子抜けするほど何事もなかった。
 トランプをしたり人生ゲームをしたり、ただおしゃべりしたり。無茶ぶりもなければ、不条理な扱いもない。ただの純粋なお嬢さんだった。

 だが、それでもこの部屋の人形にだけは慣れることはなかった。分かっている。何故慣れないのか。不気味だから、というだけではない。たがそれでも、俺はその事実から目を背け続けた。
 それが唯一の俺の生きるための方法であるかのように、俺はその事実を認めようとしなかったのである。
 だがそれは偶然だったか必然だったか。それを見つけたのは二人でオセロをしているときだった。

「ああっ負けた! 強いね、俺じゃ敵わないよ」
「へへへ、私強い?」
「ああ、強い強い」

 13連敗という記録的な大敗を喫した俺は、大きく天に向かって伸びをして、大袈裟に床に仰向けに倒れ込んだ。
 右を見れば少女の脱ぎ散らかした、フリルが多く使われたドレスとも呼べる服が落ちていた。その近くには小さなリボンのついた、くしゃくしゃの布切れが。下着にも見えるが、見なかったことにしよう。何か少し甘い良い香りがするが、それも気のせいだ。そう、気のせいだ。相手は幼女だ。しかも社長の娘だぞ。
 俺は必死で煩悩を振り払い、左へ顔を向けた。

 ――そして目が合った。

「ひっ、かかっ……ッ!?」

 係長と叫びかけた俺は、しかし最後まで言い切る前に絶句した。それは死んだ係長の顔などではない。当たり前だ。では何か? それは人形だった。周りにたくさん飾ってある人形ではない。この部屋にはその他に人形がある。床に散らばっている、壊れた人形だ。それも、異常な壊れ方をした。足や腕がもげているのは珍しくない。頭が割れていたり、腕が裂けていたり、四肢がおかしな方向に曲がっていたり、とにかくある種の狂気と恐怖を感じる壊れ方をしているのだ。

 そしてその係長の顔をした人形は、首に大きな釘が刺さっていた。
 そう、俺は目を背け続けていた。この部屋にある人形の中に、明らかに見覚えのある顔が混じっていることに、そしてその顔には共通点があることに。

 この部屋の人形は、すべてうちの会社の社員を模している。

 分かっていた。
 察していた。
 でも見て見ぬふりをしていた。
 だが実際に死んだ知り合いの人形を見て、その果てのない恐怖を感じて、俺はそれでも無視し耐えることなど、出来なかったのである。

「ああ、あああああ、あああああああっああああッ!?」

 俺は、大声を出して逃げ出した。
 広い屋敷をただがむしゃらに走り抜け、外へと飛び出した。
 だから、少女の声を聞き逃した。少女の動きを見逃した。俺は自身の失敗に気付かなかった。何故、彼らが死んだのか、考えもしなかった。



「あーあ、またダメだった。何がいけなかったのかな?」

 少女は人形を持ち上げ、小首を傾げて物言わぬ人形に問うた。その人形は何も言わない。
 ただ先ほど逃げた男の顔で、少女の瞳を見つめていた。


 どれだけ走っただろう。無我夢中で走り、気付けば何処かの廃工場に辿り着いていた。堪えきれぬ吐き気に胃の中を空にしたが、それでも治まらず、胃液とも唾液とも似つかぬ泡を吐き出し続けた。
 動悸がようやく治まったところで俺はフラフラと地面に座り込んだ。立っていられなかった。そのまま地面に仰向けで倒れ込む。

 見上げれば建物に半分隠れた夜空に、綺麗な星が浮かんでいた。幻想的な光景と疲れで、目を閉じた俺は心地よい微睡みを感じた。

 会社で付きまとう死への恐怖、家で一人でいる孤独感、少女の部屋の人形の狂気。そういったものによって疲れていたのだろう。星空の美しさに心洗われ、感動し、心休まり、気が抜けてしまったのだろう。

 だから聞き逃してしまったのだ。聞き逃してはいけない、俺の真上のシャッターの悲鳴を。
 錆び付いた金属が軋む音を、何かと擦れる音を、何かを削る音を、何かのが外れる音を、そして、()()()()が、落下する音を。
 それらを俺は聞き逃した。
 そして俺は最期まで気付かぬまま――




 ――――ダンッ!


 机に出刃包丁が食い込む。

「……あ、抜けなくなっちゃった」

 振り下ろした凶器を見つめ、少女が呟いた。切断された物の一部が地面に転がる。
 少女は少し考えるように天を仰いだ。

「ん~……」

 そしてもう一度包丁都向き直り、背を向けた。

「ま、良いか」

 そう言って立ち去る少女の後ろ姿を、ゴロリと転がった人形の頭がじっと見つめていた。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
※2016/8/8 23:36 加筆、修正。

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