76話 いい水で健康に
俺とレナはスライムに備えた。
しかし――スライムは三匹同時に攻め寄せてきた!
そんなのありかよ!
そう思ったが、とにかく一番手近な奴に剣を振り下ろす!
「旦那にぶつかってくるんじゃねえよ!」
それにあわせてレナもナイフを繰り出す。以前に使っていた毒蛾のナイフだ。ただ、スライムみたいな単純な構造の生物にも効くかは謎だけど。多分、効かないんじゃないだろうか。
それでも俺達二人の攻撃自体はダメージになったらしい。スライムが少し後ろに下がった。
とはいえ、その時にはほかの二体の衝撃を俺達は受けていた。
俺達も背後に投げ出される。
それに続くようにスライムが跳びかかってくるが――
そうずっと後手にまわるつもりもない。
俺はすぐに起き上がって、深追いしてきた奴に剣を浴びせる。
「加勢しますぜ、旦那!」
すぐにレナも攻撃を同じスライムに食らわす。
スライムが攻勢に出る前にさらに二人で一撃ずつを追加。
これでスライムはほぼ沈黙した。中央に見えていた核が壊れているのがわかった。
「このまま、さっき攻撃したほうを倒すぞ!」
「わかりやした!」
二人で突っこんでいって、スライムに斬りかかる。
「ある程度、弱らせられたら狙えるな!」
俺は剣を斬るのではなく、突くのに変える。
そして、中央の核を貫いてやった。
これで二匹目も撃破した。
残る最後の一匹は――
「前のは片付けたわ!」
応援に来たミーシャがキックで壁に打ちつけた。
その攻撃力で内部の核も壊れていた。Lv72のキックなんて喰らえば、そりゃ、沈黙するしかないよな。
それでピンピンしているモンスターがいたら、むしろ、どうしようもなくなる気がする。
こうして、無事に四体のスライムは片付けた。
せっかくだし、魔法石はちゃんと回収しよう。
けれど、その魔法石らしきものはこれまでのものとちょっと違っていた。
「こんなに鮮やかなの、見たことないな」
モンスターの種類ごとに魔法石の輝きや色も違うのだけど、虹みたいになかば発光しているようにすら感じる。
「モンスターの質が上がってるからでしょうかね。あるいは特異体質の奴なのかな。私も盗賊やってますが、見たことないですね」
「もしかして、すごく高い値がつくかもな」
「お金のことは二の次でいいわ。それより、戦闘も終わったことだし、レナ、この水、調べてくれない?」
ミーシャはやけに水路の水が気になるらしい。
「猫って、そんなに水に注目する動物だったっけ?」
「本能は関係ないわよ。あのね、さっきのスライムとこの水、何か関係があるかもしれないって思ったの。だって、水路もあのスライムもこの33階層から出てきたでしょ?」
ミーシャの推測はなるほどと思わせる。
そういえば、どちらもこのフロアからの登場だ。
「わかりました。じゃあ、毒の判別キットを出しますぜ」
レナは荷物から小さなビンと、それから短冊状の紙を取り出した。
水をビンに汲むと、短冊を4枚ほどぶっこんだ。
「なんかリトマス試験紙みたいだ」
「実際、これは試験紙って言うんですぜ。主に森に入った時に水を飲んでもいいか調べるために使うんです。森だと毒水になってることもありますからね」
「それって寄生虫がいるとかとは違う次元の話だよな」
「植物によっては毒素を流すものもいますし、ほかにも水を汚染する奴が上流にいることもありますから。ほかにも毒をまいて魚を獲る漁法なんてのもありますしね」
とにかく、危険は何種類もあるらしい。
「もちろんあらゆる毒に対応してるわけじゃないですけど、だいたい四種類ぐらい試してみて、どれも反応がないならおそらく大丈夫ってことになります。繰り返しますが、絶対に大丈夫ってことにはなりませんけどね」
そこは安全と断定しない分、かえって信頼できる。
三分ほどの確認作業の間、モンスターが攻めてくることはなかった。
「うん、わかりやすい毒の反応はないみたいだな。流れもそれなりに速いし、多分水がいたんでることもないと思いますが」
「そう、ありがと、レナ。じゃあ、私が飲んでみるわ」
あっさりとミーシャが言った。
「おい、いいのか……?」
「仮に肉体的にダメージになるものでも、私がすぐに死ぬってことはまずありえないでしょ。いざとなれば、回復魔法もあるし、毒治癒や麻痺治癒の魔法も私は持ってる。まして、代わりに飲んでみてとは言えないわ」
そこは責任をもって飲むつもりらしい。
「常識的に考えて、こんなに堂々と毒を流す可能性は低いわ。そこまで気にすることはないはず」
そう言って、手で水をすくうと、ミーシャはゆっくりと飲んだ。
「うっ、これは……」
不穏なことをミーシャが口走る。
「おい、体がしびれたりでもしたのか!?」
「ものすごく、おいしいわ!」
ミーシャが顔を上げた。見事な笑顔だった。
「そ、そうか……。それはよかったな……」
おいしいことと毒がないことはイコールじゃないかもしれないけど、なんか大丈夫そうだな。
「よし、もうちょっと飲んでみようかしら」
手ですくっては、ごくごくとミーシャは水を飲んだ。
たしかにやけに美味そうに飲むよな。俺も一抹の不安はあるものの、飲みたくなってきた。
「なんだか、この水飲んでたら力が湧いてきた気がするわ!」