67話 見えないもの
「チーッ!」「チーッ!」
前ぶれなく、リチャードの近くにいたイタチたちが声をあげた。
さすがにこれで何もないと考えるのは無理があるだろう。
「おい、どうした? モンスターでも来たか?」
リチャードがイタチたちに聞いた。
ロック鳥の卵を見つけた時もこんなふうに鳴いていたけど、あの時とは状況が違う。
卵の時はこちらのほうが移動をしていた。その途中で何かと遭遇するのも当然だ。というか、こっちから探しに行ってたようなものだ。
今回の場合は、草刈りをしているから、ほとんど持ち場を動いていない。
つまり、何者かが向こうからこちらにやってきているということになる。
モンスターが服従を示すためにやってくる可能性はほぼありえないから、これは戦闘になりそうだな。
もう、すでに俺たちもリチャード側のパーティーも鎌を置いて、武器に持ち替えている。
すぐに戦闘をはじめても問題ない。
イタチたちは墓の奥に当たる方向を見て、ずっと鳴いている。
ということは、そちらに何かがいると考えるべきだろう。
ただ、まだそちらから何かがやってくる動きはない。
――と、イタチたちが、森のほうに走っていく。
リチャードのパーティーも移動しながら感想を話していた。
「もう、大物は残ってないと思ったけどな」
「遠くに行ってたロック鳥が戻ってきたのかもしれない」
俺やミーシャも森に入った。
イタチは森に入ってすぐのあたりで止まっていた。
そこで、何か、しきりに鳴いている。
しかし、何も出てくる気配はない。
少なくとも、周囲にモンスターと思しきものは存在しないし、卵とか巣みたいなものもない。
「ん? お前たち、何に反応してるんだ?」
リチャードがイタチに聞いたぐらいだから、俺たちにもわからない。
「何もないんですか?」
これは聞いてみたほうが早いか。
「そうなんですよ。この子たちがここに立ち止まってるから、ここのあたりに何かあるって言いたいんでしょうけど、よく意図が見えません……」
リチャードは首をひねる。
「何かいるって察したら声を出すようにしつけてるんですけれど、今回は何を感知しているのか……」
遠くの何かに気付いているのかもしれないということで、数分粘ってみたが、やってくるものは相変わらずなかった。
ただ、イタチは特定の方向にじっと顔を向けている。
それと、ミーシャもそちら側に気を配っていた。視線もイタチと同じ側に向いている。
「なあ、ミーシャ、何かわかることでもあるのか?」
ミーシャは俺の耳元に口を当てて、
「あとで、話すわ」
と小声で言った。
この場でしゃべれないことなんて何かあるんだろうか?
あまりしゃべってもまずいので、俺も黙りこむ。
「いや~、何もないみたいですね、旦那」
レナはイタチとは全然違う方向をきょろきょろしていた。
「レナは気付くことってないか?」
「だって、何もいませんからね。誤報なんじゃないですか? 少なくともモンスターじゃないんなら、命の危険はないんだから大丈夫でしょう」
たしかにそのとおりだ。緊急の問題はとくにないことになる。
結局、そのままイタチの反応は「誤報」ということにされて、リチャードのパーティーは草刈に戻っていった。
リチャードもイタチに「戻ってこい」と指示して、連れていった。
レナも「いや~、びっくりしたぜ」と言いながら戻っていったので、俺とミーシャだけが残った格好だ。
「なあ、ミーシャ、いったいどうしたっていうんだ?」
「ご主人様たちはみんな見えないのね。やっぱり私の出自が人じゃなくて猫だからっていうのが大きいのかしら」
意味深なことを真面目な顔で言うミーシャ。
「むしろ、お前には何が見えるんだ?」
ミーシャは指をそのあたりでは一番太い木のほうに向けた。
まさしく、イタチがいたあたりだ。
「ここに幽霊がいるの」
「えっ!? 幽霊!?」
だけど、驚いたあとに、思い当たる節があった。
「そういえば、屋敷の幽霊をお前、見てたよな……」
屋敷の持ち主だったお嬢様の幽霊をミーシャは目撃していて、意思疎通までしていたはずだ。
だとすると、ほかの幽霊だって見えない道理はない。
「先に断っておくと、ご主人様に害をなすような存在じゃないから、そこは怖がらなくてもいいわ」
「うん、ありがとな、ちょっと落ち着いた」
自分たち以外に何かあるという時点で落ち着かないけど、攻撃されないのなら深刻な問題ではないんだろう。
「さっき、イタチたちが鳴いたのはここに幽霊が出てきたぞということを示すためよ。でも、飼い主はその意味を読み取れなかったってことね」
「そっか、動物からは実体のあるものの気配もないものの気配もわかるんだな」
それで騒動の原因はわかった。「誤報」なんかじゃなかったってことだ。
だけど、まだ大切な部分がわかってない。
「それで、その幽霊は具体的に何で、何をしようとしてるんだ?」
この情報が後回しにされたのは、ミーシャの意図的なものだろう。
順番が前後しないように、そのほかのこまごまとしたことを俺に伝えたんだ。
「ここにいる幽霊なんだから、予想はつくものでしょ」
「ここにいる幽霊? 俺たちが退治したモンスタ――――あっ、そうか!」
俺は視線を背後に一度そらした。
そこには王家の墓の区画を示す石の垣が見えた。
「そういうことよ」
5月25日にダッシュエックス文庫で発売された『異世界作家生活』の連載を昨日夜より開始いたしました!(もろもろ許可済です) こちらもよろしくお願いいたします!
http://ncode.syosetu.com/n0323di/