61話 魔導士だと思った?
土ドラゴンの攻撃で現場は明らかに混乱していた。
相手の破壊力が大きすぎる。
状況を立て直す余裕もなかなか取れない。
そうこうしているうちに、向こうの聖職者が尻尾に吹き飛ばされる。
木にぶつかったらしく、意識を失っている。
「回復役が一人減ったわ!」
マルティナが悲鳴みたいに叫んだ。
「もう、どうなっても知らないわ!」
それからマルティナは杖を前に突き出すと――
「焼け焦げろ!」
火球を土ドラゴンの体に叩きつける。
なるほど、さすがAランクの魔導士だけあって、相当な破壊力のはずだ。
おそらく、爆発力だけでそこそこの城壁ぐらいなら一人で壊してまわれるだろう。
だが――
土ドラゴンは苦痛のような声をあげはしたものの、まだまだ倒れる気配はない。
「どうしよう! かなり強い個体だわ!」
マルティナが絶望的な声を上げる。
そうこうしているうちに、戦士の男もドラゴンの腕ではじかれて負傷した。
「あっ、これ、追い詰められてるんじゃ……」
状況は予断を許さない。
「旦那、かなり笑えない状態だぜ、これ……」
レナは器用にドラゴンの攻撃をかわし続けているから無傷だが、ドラゴンを倒す一撃必殺の技は持っていない。
全滅、という最悪の二文字が頭によぎった。
でも、よく考えたらそんなことありえないんだった。
「あらら、どうやら、そろそろ私の出番みたいね」
後ろに控えていたミーシャが腕を「う~~~~ん」と伸ばして、前にやってきた。
「ミーシャ! 頼む! お前しかいない!」
「姉御、お願いします!」
「ご主人様に頼まれたら嫌とは言えないわね」
ミーシャはかなり楽しそうだ。
「あなた! 危ないから遠方から攻撃魔法をかけないと!」
マルティナが叫ぶ。
たしかに魔導士ならそうするのが定石だ。
でも、ミーシャは魔導士とかそういうのじゃないんだ。
一言で言うと、何でもアリなんだ。
ミーシャは土ドラゴンのほうに足を進める。
邪魔者を叩きつぶす尻尾が飛んでくるが、これはぴょんと跳躍してかわす。
このジャンプもかなりの高さだ。
「えっ!? どんな身体能力してるの!?」
マルティナが裏返った声を出した。
「あぁ……飛行の魔法かしら……こんなふうに使えるのね……」
いや、多分、物理的に飛んだだけだと思う。
「なかなか素早いわね。でも、なかなかってところね」
ミーシャは土ドラゴンの攻撃をかわしつつ、確実に距離を詰める。
「ねぇ、あの獣人魔導士さんって何者なの?」
ついにこっちに質問された。
「あいつはああいう化け物なんです」
そうとでも答えるしかないよな。
「一言で言うと、姉御は無茶苦茶なんです」
そして――
ドラゴンの顔の真下にまで来ると――
「隙だらけよ。ていうか、こんなところまで近づくのを許してる時点でダメなんだけど」
そこで飛び上がって、ドラゴンのアゴを殴りつける。
ドゴォッ!
鈍い音とともにドラゴンがひっくり返った。
そのせいで何本かの木が巻き添えを食って倒れた。
「ああ、一撃では倒しきれないのか。そっか、さすがドラゴンね」
そう言ってから、ミーシャはドラゴンの胴体を蹴りつけた。
ドラゴンの体が一瞬、ぴくんとはねたあと、もう動かなくなった。
打撃二発でドラゴンを完全に殺したらしい。
「土ドラゴンっていうか、巨大トカゲって感じね。森に住むのに特化してるから炎を吐くこともないし、そう危ないとも思えないけど」
淡々とミーシャは感想を述べる。
ミーシャしか納得できないような感想だった。
「ミーシャ、よくやった……」
もっと、感謝の気持ちを伝えたいのだけど、ドラゴンがあっという間に撃破された光景が夢みたいで実感が湧かない。
これまでミーシャが戦ってきた敵はダンジョンのモンスターぐらいでその強さを測定しづらかったんだよな。
ドラゴンなんてのを前にすると、その恐ろしさが際立つ。
「ご主人様、どう? 私のこと、惚れ直した?」
ふざけたようにミーシャが言う。
「うん、充分すぎるぐらいにな」
これが真のチートってやつだ。
一方、マルティナは――
「何よ、これ……。もしかして幻覚でも見てるの……?」
状況がまだ信じられないらしく、腰を抜かしていた。
「すべて本当よ。さあ、回復が必要な人はどこ?」
きょろきょろとミーシャは負傷している人間を探した。
「私は回復の魔法も天下一品よ」
そのあと、ミーシャは相手パーティーをみんな回復させていったが、そのあとにはみんなのミーシャを見る目が完全に変わっていた。
「姉さんは本当に強いですね……」
「姉さんは本当に美しいです……」
「姉さん、どうしたらあんなに強力な回復の魔法が使えるんですか?」
パーティーのメンバーからミーシャへの呼称がなぜか「姉さん」になっていた。
「基本的には私の姉御と同じ意味合いですよ」
手を首の後ろで組みながらレナが言った。
「あんなの見たら自分と同格とは思えないですからね」
「まあ、それもそうか」
ミーシャはまんざらでもない顔で森の中を闊歩していた。