53話 ヴェラドンナとの模擬戦
「本日はいいサケが入りましたので、フリットにいたしてみました」
ヴェラドンナがテーブルに料理の皿を並べていく。
これはなかなか美味そうだ。
あと、こっちに来てから魚料理の比重が減っていたのでその点でもうれしくある。
「いただきます」
ちゃんと手を合わせて、フォークとナイフで切り分けていく。
「うん、なかなか美味い!」
ミーシャも、「小骨が少し目立つけど、十分に合格点だわ」と言っていた。
もとは普通の飼い猫なのに、言動が一番お嬢様っぽい。
レナは「こりゃ、いいや! うめえ!」と言葉だけだとけっこうはしたない口調になっているが、テーブルマナーのほうは完璧だったりする。
お嬢様時代の習慣が抜けてないんだろな。
「皆様のお口にあったようで、私もうれしいです」
うちの狐耳のメイドは丁重に頭を下げた。
相変わらずの無表情だが、うれしいと言っている以上は、そうなのだろう。
「旦那、姉御、今日はダンジョンで腕を鍛えたいんだけど、ついてきてもらえるか?」
レナはメイド業がヴェラドンナに移った関係で、本格的に冒険者として戦うことができるようになった。
「ああ、俺はいいぜ。まあ、ミーシャも異論はないと思うけど」
「当然よ。せっかくだし、Lv30を目指しましょ」
どうやらミーシャは俺ぐらいまでレナを育てるつもりらしい。
「Lv30っていうと、本当に一流の冒険者だな。たしかに私もやるからにはそれぐらい強くなりたいな」
レナも結構やる気だ。
――と、そこでふと思った。
「ヴェラドンナって冒険者としての腕はどうなんだ?」
「そういえば、一流の暗殺者のステータスってよくわからないわね」
ミーシャも気になっていたらしい。
「なあ、ヴェラドンナ、お前のステータスってどんなもんなんだ?」
「申し訳ありませんが、ステータスに関しては秘密を厳守させていただいています。自分というものを殺すことが、よい暗殺者の条件ですので」
ちょっとかっこいい表現で、断られた。
自分を殺す――つまり自分のパーソナルデータを表にできる限り出さない。
なるほど、自分のことを相手に知られまくっている暗殺者なんて信頼できるわけがない。
「お前の言うとおりだ。これ以上は聞かない」
「ご理解いただき、光栄です。ただ、異なった方法なら可能です」
そこでヴェラドンナがこんな提案をしてきた。
「庭で模擬戦闘をする分にはかまいませんが」
「なるほど、模擬戦か。悪くないかも」
「当然、真の意味での私の実戦は暗殺者なので、それは見せられませんが、一冒険者として戦うことなら問題はありません」
――ということで。
俺とヴェラドンナは庭で向かい合っている。
「ヴェラドンナ、メイド服のままだけどいいのか?」
模擬戦といっても戦いなんだから、着替えてくると思ってたのだが。
というか、メイド服以外のヴェラドンナの姿にもちょっと期待してたのだが。
「今の私にとって、これが制服ですので。それに暗殺者たるもの、戦闘に特化してないように見える格好で過ごすのが自然です」
武器は俺が木製の剣。
ヴェラドンナが木製のナイフ。
俺の剣は以前に大会で優勝した時に記念でもらったもの。
一方、ヴェラドンナのは私物らしい。
本人いわく、「ナイフを集めるのは趣味ですので」ということだそうだ。
割と独特の趣味だと思うが、人の趣味にケチをつけるべきではないし、別にいい。
後ろではミーシャとレナが思った以上に真剣に見つめている。
ミーシャなんて手をぎゅっと握りしめているぐらいだ。
「ここはご主人様の威厳にかけて負けないでねっ!」
「暗殺者の戦い方ってどんなのか興味あるぜ」
関心はそれぞれ違うみたいだけど、それなりに気にはなるよな。
「じゃあ、よろしく頼む」
俺はヴェラドンナに一礼する。
「こちらこそ」
一礼が返ってくる。
今のところ、殺気らしい殺気は何もない。
いつものメイドのままだ。
普通、戦闘の前になれば、多少は気迫がこっちに漏れてくるものなんだけど、それすらない。
いったい、どんな戦い方をしてくるんだ?
思った以上に動きが読めない。
「じゃあ、決闘をはじめるわ。審判は私がやるから。私が終わりと言ったところか、二人が終わりと思ったところで終了」
ミーシャが腕組みしながら言う。
「それじゃ、スタート!」