32話 武術大会2
こんなわけで俺は一回戦は難なく敵を倒して、控え室に戻っていた。
ここにいるのは基本的に一回戦を終えて勝ち残った者のようだ。試合が直前の連中はすでに外に出ているらしい。次の戦いに備えた冒険者ばかりだし、けっこうぴりぴりとしている。
やったことはないけど、オーディション会場なんかもこういう空気なんだろう。
俺が戦う次の試合の相手も戻ってきた。長身で長い槍を持っている。
リーチだけだと絶対に敵に勝てないな。内側に入っていく必要がある。
大会は続いているが、ここにいる人間はそちらに気をとられている
様子はないらしい。
しかし、最後の試合になってそんな連中も観戦のために出ていった。
「何か面白い試合でもあるのか? あるいは優勝候補?」
俺は次の次の試合で当たるかもしれない男に聞いた。
「メイドが出るんだよ。何者なんだろうな」
こういうところに出てくるメイド……。
ものすごく心当たりがある。
見に行くと、自分の予想が当たっていた。
レナがメイド服姿のまま、試合の場に立っている。
歓声もこれまでの中で一番大きい。目立つもんな。
メイド服姿なのは元盗賊ってばれないようにするためだろう。メイドと盗賊ってイメージの線としてつながりにくいからな。
ミーシャとも目が合った。
「どう? 驚いた?」とでもいった顔になっている。
わざわざ俺のためにこんなサプライズを用意してたんだな。
おそらく、この大会に出るためにギルドに登録していたんだろう。
冒険者ランクが決まってないと、参加の可否が決められないからな。
「さあて、一丁前にやるぜ」
レナは木のナイフを持って構えている。
一方、対戦相手のクマみたいに大きな男は余裕の表情だ。
「弱そうなメイドと当たってラッキーだな」
もう勝った気でいるらしい。
レナはLv17のはずだ。ここに出てくる冒険者の平均よりちょっと上ってぐらいか。それより強い敵に当たる可能性もあるにはあるだろうけど、さてどうなるか。
あとレベルの高さと実力が完全にイコールになるわけでもない。
試合がはじまった。
レナはリズムでもつけるように、その場で三度小さくジャンプすると――
木のナイフを持って、一気に加速していく。
もちろん、対戦相手の男もこれに備える。
しかし、ほとんど無意味だった。
さっと、側面からレナが跳びかかる。
ふぁぁっとメイド服が舞う。
そして、隙だらけだというように首元をナイフで叩く。
その打撃で、男が苦痛に顔をゆがめた。
でも、まだやられるほどじゃない。
刃物は使えないから本来なら致命傷になる打撃でも倒したことにならない。
なので、パワーファイターじゃないレナみたいなタイプには不利なルールなのだけど――
気にせず、レナは攻撃を続ける。
「くそっ! いてえじゃねえか!」
男もどうにかしようと棍棒のようなものを振るうが、すべてかわされる。
もし一撃でも当たればレナは吹き飛ぶだろうが――
すべてをぎりぎりのところでかわす。
レナの顔に笑みが宿るのがわかった。
これ、わざとぎりぎりになるようにかわしてるんだな。
「遅いぜ! これじゃあくびが出ちまうな!」
「なんで、この犬耳メイド、こんなに速いんだよ!」
男もイライラがだんだんと焦りに変わる。
「決まってるだろ。ずっと実戦で鍛えてきたんだからな」
さすが元盗賊だ。
おそらく、普通の冒険者とは修羅場の質も違ってきたんだろう。
「さてと、そろそろ終わりにするかね」
にやりとレナは笑うと――
思い切り高くジャンプする。
男も思いきり棍棒を振るう。
一発でも当たれば男の勝ちだろうから躍起にもなる。
逆に言えば、はずせばその一撃も無意味だ。
「ちょっとタイミングが悪かったな。よっと」
レナはその棍棒に乗った。
曲芸みたいな動きだった。
「なっ……」
男が絶句する。殴りつけたつもりだった一撃に乗られるなんて、ちょっとありえないことだろう。
それで、完全に間合いに入った。
「これで終わりだなっ!」
棍棒からジャンプしたレナを阻むものはもう何もない。
ナイフを男の首筋に叩きつける。
男はそのまま、ばたりと前に倒れた。
わずかなインターバルを置いたあと、大歓声が会場を包んだ。
メイドが華麗に敵を倒したんだから、それも当然だろう。
ミーシャの表情が見えたけど、これぐらいは当然よねという顔であくびをしているのが見えた。心配するにも足らないということだろう。
試合を終えたレナがこちらに戻ってくる。
「旦那、私も出ることにしましたぜ!」
ピースを作って、レナは笑った。
ああ、ピースサインってこの世界にもあるんだな。