18話 冷や汗ものの決闘
決闘は2時間後。
夕方に王都の町はずれの今は使ってない畑ということになった。
王都はそれなりの都市だが、市街地の合間にもちょこちょこと畑はある。
土の上のほうがケガをしづらいということだろう。ミーシャがケガをすることはなさそうだが、まあいい。
俺たちは近くの路地裏で時間をつぶしていた。
ミーシャが猫という前提の話もするかもしれないので、あまり人目につかないほうが安全だからだ。
「さ~て、どれぐらいで吹っ飛ばせるか。いろいろ試したいわね~」
完全にミーシャは調子に乗っていた。それ相応の力があるから当然だが。
「お前、目立つのはいいのか?」
「冒険者としてやるからには強さはアピールして損はないわ。そりゃ、Lv71って知られるのはよくないかもしれないけど」
「わかった。お前に考えがあるなら、それに任せる。ところで――」
一応、確認しておきたいことがあった。
「決闘は何を賭けてるんだ?」
ここでの決闘のルールとしてお互いに何か賭けることになっていた。
とはいえ、「名誉」みたいな抽象的なものでもいいみたいだが。
「お互いに300万ゲインを賭けたわ」
俺はひっくり返りそうになった。
「それ、魔道書買ったあとのほぼ全財産じゃないか!」
「逆に言えば、勝つとわかりきってる戦いで300万ゲインが手に入るわけよ」
「たしかにな。やっぱり、それなりのパーティーだけあって貯金もあるんだな」
「魔道書は手に入ったけど、まだまだお金はいるからね。ほら、お金を貯めて、ご主人様との愛の巣を購入するんだから」
「ああ、住むところもほしいって言ってたな」
「そう、さらに300万ゲインを手に入れれば、なかなか立派な愛の巣が――」
急にミーシャの声が小さくなったような気がした。
いや、声だけじゃない。
ミーシャが縮んでいって――
ローブだけを残してなくなった。
「ミーシャ!」
びっくりして声をあげた。
まさか、魔法の副作用で溶けてしまったなんてことが……。
「ニャー」
ローブの下から黒猫に戻ったミーシャが出てきた。
「なんだ! びっくりさせるなよ!」
「どうやら、変化魔法にも制限時間ってものがあるみたいね。昨日からずっと使ってたから。12時間はもっても24時間は無理みたい」
「まあ、要所要所で使っていく分には何の問題もないだろ」
「ただ、ちょっと困ったことがあるの」
何かどきりとする言葉だ。
「思ったよりも疲労してるの。2時間は休憩しておかないと、上手く変化の魔法を使う自信がないわ」
「まあ、それぐらいはゆっくり猫の姿で――――あっ!}
決闘があるじゃないか!
◇ ◇ ◇
2時間後。
まだミーシャの疲労は抜けてないらしい。
しょうがないので、俺は猫のミーシャを抱えたまま、決闘会場に向かった。
「あれ、あの獣人はどこにいった?」
当然、相手側の大男に聞かれた。
「そ、それがちょっと行方不明でな……」
「おいおい、まさか逃げたのか?」
ちょっと、向こうも唖然としていた。
「やっぱり、一人で相手するなんて無理だから、びびって逃げたんじゃないのかな」
向こうのパーティーの、どうやら僧侶に当たる青年が言った。
「か、かもしれないな……。俺もわからないんだ……」
とにかく、こっちは時間を稼ぐぐらいしか思いつかん。
「それとも、お兄さん、代わりに参加します? こっちはそれでもいいですけど」
「いや、やめとく! 俺は平和主義者なんだ! 人間同士での戦いは決闘でもよくないと思っている!」
Lv15で5人を相手にするのはちょっと無理がある。それにBランクの奴が二人いるから、そいつらはLv20近くはあるかもしれない。
「アリアの嬢ちゃん、どうするんだ?」
その場に立ち会いで来ていたアリアさんに大男が尋ねた。
「そうですね……こういう時は規定で決まっていまして……」
ちょっと申し訳なさそうに俺のほうを見るアリアさん。
「賭けた対象が譲渡可能なものであれば、棄権した側がそれを払うということに……」
300万ゲインを失ってしまう!!!
「す、すいません! ちょっとトイレに!」
俺はトイレに入ると、すぐにミーシャに言った。
「おい、非常事態だぞ! どうするんだ?」
「わかったわ……。危うい部分もあるけど、一つ、策を思いついた。それでいくわ!」
そこで策を確認して俺は敵の冒険者たちのところに戻ってきた。
「どうする? こっちも侮辱された手前、お金は払ってもらうつもりだぜ。あんたには、相方が面倒起こして気の毒だとは思うけどよ」
大男が言う。
「ははは! 私は逃げてなんかいないわよ!」
連中が変なものを見る目をいっせいにこちらに向けた。
たしかに猫がしゃべったように見えたからだ。
実際、しゃべっている。
もし、このまま猫がしゃべるとなったら騒動の元になってしまうが――
「私はあの魔導士ミーシャよ。あなたたちのハンデとして、この猫に変化した姿で戦ってあげるわ」
そう、猫に変化したという設定にしたのだ。
本当は猫のほうが本体なのだが、そんなことを想像する奴はいないだろう。
「いや、こっちはただでさえ五人なんだ。魔導士の姿でいいぜ」
「ハ、ハンデなんだからありがたく受け取りなさいよ! とにかく、こっちは猫の姿で戦うからね!」
「わかったよ。ほえ面かくなよ!」
どうにか向こうも納得してくれたようだった。
「あの……猫の姿のままだと大ケガするかもしれませんが、いいんですか?」
アリアさんも確認してくる。
「はい、これで大丈夫です! この魔導士は本当に強いですから!」
「わかりました……。では、決闘をはじめます!」
「猫パンチ!」
ミーシャが自分から猫パンチと宣言した。
まず、大男が吹き飛んだ。
向こうの魔導士が炎をぶつけようとするが――
その前に高速で接近して、
「猫パンチ!」
残りの敵も猫パンチですべて吹き飛ばした。
「ま、魔法……使わないのかよ……」
大男が倒れたままツッコミを入れていたが、ごもっともだと思う。
Lv71だと物理で殴るほうが強い。
見物していたギャラリーからも「すげー!」といった声が響いている。
こうして、猫に変身したことにする作戦でミーシャは無事に勝利したのだった。
「おめでとうございます」
アリアさんがミーシャに対してしゃがみながら言った。
「ニャー」
これは「ありがとう」の意味だ。別にしゃべっても問題ないんだけど。
「あの、観客の皆さんに人間に戻って何か一言どうですか?」
アリアさん、けっこう無茶振りしてくる!
「わ、わかったわ……。ご主人様、ちょっと来て」
俺とミーシャは手近くのトイレを借りて入った。
3分後。
「私の力をもってすればこれぐらい楽勝よ!」
人間の姿でローブを羽織ったミーシャが手を振って声援に応えた。
疲れるからということで、このあと、割とすぐにまたトイレで猫に戻ったのだが。
「今日はほんとにくたくた……。変化魔法って意外と体力つかうのね……。あとから疲れが来たわ」
ミーシャは俺の肩に器用に乗っかっている。
「まあ、副作用とかがなくてよかったじゃん」
「でも、今日はいい収穫があったわ」
ああ、お金的な意味でな。
「明日はいい家がないか見に行きましょう!」
明日はちょっと仕事の関係で朝10時頃と、夜11時頃の更新予定です。昼の更新がちょっと早くなるのでご注意ください。新居で同居生活書きます!