99話 ヴェラドンナと結婚談義
ヴェラドンナによるサプライズパーティーの翌日はダンジョンに潜るつもりだったのだが、諸事情で取りやめになった。
一言で言うと、みんな食べ過ぎたのだ。
俺は胃もたれでなかなか眠れなかったし、レナは翌日もかなりつらそうだった。
「これだとモンスターの攻撃をかわせる自信がないですね……」
食べ過ぎが原因で死なれては困るので、これは中止にするしかなかった。
ミーシャも「今日は体調がすぐれないわね……」と猫の姿に戻って、ベッドで転がっていた。
俺もこのまま一日ベッドにいてもいいぐらいだったのだが、それはあまりにも不健康なので、食堂に降りてきて、ヴェラドンナから蜂蜜を入れた野菜ジュースを作ってもらった。蜂蜜を入れないと苦くてなかなか飲めたものじゃないのだ。
結局、元気なのはヴェラドンナ一人だけだった。全くいつもと変わらず、朝から家事をこなしている。すでに庭先の掃除も終わっているらしい。
俺は野菜ジュースを飲みほしたあと、「あ~、やっぱり苦い」と顔をしかめた。けど、おかげで眠気みたいなのもかなり抜けた。
「皆さん、朝からだらしないですね。ですが、冒険者の皆さんはこれぐらい無軌道な生き方のほうがそれらしいのでしょうか」
「いや、単純に食べ過ぎだ。それにヴェラドンナにも責任はあるんだぞ。あんなに料理を作られたら、セーブしようもないだろ」
「残していただいてもよかったんですよ。パーティーというのは食べきれないぐらいがちょうどいいとも言いますし」
「そりゃ、お城で出された料理ならそうしたかもしれないけど、作り手の顔がはっきり見るとなると、そういうわけにもいかないだろ」
やっとテーブルの料理が減ってきたなと思ったら、新しい皿が出てきて勘弁してくれと思った。宮廷料理よりもさらに豪華だったのではないだろうか。
「なにせSランク冒険者に皆さん三名ともが選ばれたのですから、ほどほどの歓待ではすまないでしょう。これ以上ないほどに贅をこらさないと、それに見合いませんよ」
これに関してはヴェラドンナも一歩も引かないらしい。
実際、メイドの仕事としてはまっとうなことをしていたわけだからな。
「それに、表情には出していませんが、私もすごく喜んでいるんですよ」
ヴェラドンナが俺と向かいの席に座った。
「お嬢様がSランク冒険者にまで上り詰められたのですから。Sランク冒険者と言えば、爵位で言えば伯爵位にも相当していた前例もあるほどです。つまり、お嬢様はセルウッド家を出て、ついに伯爵位をみずからの実力で手に入れたのですよ。なんと名誉なことでしょうか」
「それは、わからなくもない」
たまに忘れそうになるが、ヴェラドンナはセルウッド家から派遣されているメイドなのだ。なので、俺達に仕えてはいるが、さらにその奥にセルウッド家という存在がある。
「このことは早速セルウッド家にもお伝えしています。きっと、心から喜んでいただいているでしょうし、ケイジ様とミーシャ様にも感謝なさっていることでしょう」
「感謝してもらえるなら、俺もミーシャも光栄だよ」
レナがここまで活躍するだなんて俺達も想像してなかった。それこそメイドとして働いてくれればそれでいいというぐらいだった。今になって思えばSランク冒険者を使用人として働かせていたのだから、宝の持ち腐れとはこのことだ。
「ケイジ様、それで改めて提案があるのですが」
「なんだよ、かしこまって」
「レナお嬢様を正室に迎えていただけませんでしょうか?」
俺はげほげほとむせた。
「何をまた言い出すんだよ!」
ヴェラドンナは顔が変わらないからふざけているのかマジなのかわかりづらい。
「そこまで変わったことを言ったつもりはございません。私はセルウッド家の回し者ですよ」
すました顔でヴェラドンナは言う。
「もはや、ケイジ様もご立派な貴族なのです。いえ、立派どころかSランク冒険者に娘を嫁がせたい貴族は十指では足りないでしょう。そこにレナお嬢様が嫁げば、セルウッド家の面目も立つというものです」
そりゃ、家のことを考えればそうかもしれないけどさ……。
「わざわざ言うまでもないけど、俺にはミーシャって嫁がいるんだ。それがすべての答えだ」
「もちろん、実質的な奥様はミーシャ様でけっこうなのです。ただ、形の上でレナお嬢様を立てていただいて、お子様の一人でももうけていただけると、大変ありがたいのですが」
こういうことを真顔で言われるので頭が痛くなってきた。
「ヴェラドンナ、お前なあ、それをミーシャが許すって思うのか? 俺の口から提案するだけでも怖いぞ」
烈火のごとくキレるか、むすっとして十日ぐらい口を聞いてくれないか、どっちかだ。どっちでも俺は嫌だ。
「ケイジ様から言いづらいのはご理解いたしております。私の口からミーシャ様にご相談いたします」
「それもやめてくれ!」
刃傷沙汰になるぞ!
「それにさ、レナの気持ちだって確かめないとまずいだろ……。家の都合だけで決めすぎだって……」
その時、ヴェラドンナは珍しく、顔に笑みを浮かべた。
「レナお嬢様ならケイジ様とご結婚すること自体を拒むことなどありませんよ」
「え、え……?」
「では、掃除が残っておりますので」
ヴぇラドンナが去っていったので、妙な謎だけが残された……。