ただ君を守るために
初めて君を見たとき。
俺は全てを思い出した。
いや、思い出してはいたんだ。
ただ、やっと会えたと思った。
「アーネスト。あなたの婚約者のラヴィニア嬢よ」
母上に連れられ、格上の公爵家を訪れた10才の俺、アーネスト・ヴァン・ヒースローは。
その家の令嬢であるラヴィニア・フォン・リラザイトと初めて出会った。
幼い頃から前世の記憶があった俺は、だがまさか青衣が同じ世界に転生しているとは思っていなかった。
だから
ラヴィニアを見たとき、そして婚約者だと紹介された時…
歓喜に心が震えた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
前世の青衣と俺が出会ったのは、青衣が30才。俺が23才の時だった。
チェーン店の飲食関係の会社に就職し、同期の中では一番に出世した俺は、店舗を何店か任せられ、マネージャーになった。
その内の一つの店で、店長をしていたのが青衣だった。
店まわりをしたり、店長としてマネージャーとして関わるうちに、俺達は自然に引かれあっていった。
青衣は恋愛経験も豊富で、彼女から好意と尊敬の眼差しを受けるのは決して不快ではなかった。
歳の割りに若く見える可愛い容姿も、店長としてやれるだけのカリスマも俺には好ましく映った。
だが、たまに面倒くさい女になる時もあった。
可愛い我が儘ですませられないレベルの事も沢山あった。
彼女は愛されて育ち、周りから愛されるのが当たり前のような…それはある種羨ましいような自信。
仕事はきっちりするし、部下には優しいが上司には噛みつく。
俺も散々噛みつかれた。
そんな彼女が脆くなる時もあった。
泣きながらすがり付くその姿に、俺が守らなければと、そう思わされた。ある意味麻薬のような感覚。
「まだ泰浩が好きなの」
それは俺と付き合いだしてからも、唯一忘れられなかっただろう幼馴染みの元カレの名前。
彼女は今までの恋愛遍歴も全て馬鹿正直に俺に語ってくれていたから。
「泰浩」が特別なのだというのは理解していた。
そうして、でも俺は彼女を手放す気がなく不安になる度に別れ話をする青衣を、なんとかやり過ごしながら傍にいた。
彼女が何よりもそれを望んでいて、俺を尊敬し愛している事を解っていたから。
二年後、俺達は結婚した。彼女の娘達も父親というよりは兄のように慕いなついてくれていたし。
何より彼女の中に俺達の生命が宿ったのが嬉しかった。
長い年月を一緒に過ごした。その間にお互い病気もしたし、子育てに悩んだりもした。
俺は出来るだけ彼女を尊重し、そして愛し続けた。
いい年になって頭を撫でたりおでこにキスする俺に
「もうっ」
と、照れたように怒る姿も、いつまでたっても俺には可愛く感じられた。
三人の子供と楽しく過ごしながら、四人目を妊娠した時には青衣は40才近かった。
臨月まで順調だったのに……予定日一ヶ月前に、死産してしまった。
夜中に異変を訴え救急車で運ばれる青衣に付き添いながら、俺は残酷にも青衣さえ助かればと願っていた。
…手術室の前で待っている間も、青衣が無事な事しか頭になかった。
そして子供は死産…その後、青衣も命をおとしかけたが、医師の頑張りによりなんとか生きて俺の腕の中に戻ってきた。
退院しても落ち込む青衣を、毎晩抱きしめ
「青衣が無事でよかった」
と何度も何度も囁いた。
俺は青衣さえ生きて傍にいてくれればいい。
…あぁ、青衣。
もう一度出会えたこの運命に、俺は神に何度でも感謝しよう。
そして前世と同じように、子を成し幸せに生涯を過ごそう。
俺は君を守るために存在しているんだ。