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この作品には 〔残酷描写〕 が含まれています。

FRIENDS

作者:平カレル
オチまでいっていただければなんとなく腑に落ちるかもしれません。

9/24 校正
 手がない状況というのは、それまでの経緯でなんとかできるはずなのだ。
 そうなる前に何とかしなければならないのだ。
 俺はそう思っている。
 自分がふと気がついた時に行動をすべきなのだ。

 俺には付き合いの長い友が複数いる。
 腐れ縁というやつだ。
 何をするにも一緒だった。
 文字通り苦楽を共にしたというやつだ。
 気がついたらいつも近くにいて、何をきっかけに話し出したのかもわすれてしまった。
 付き合いが長い友というものはだいたいそんなものだろう。
 しかし長い付き合いだからこそ、という問題も生じる。
 そのことに俺はふと気がついた。
 それは俺がいつものようにそいつに話しかけていた時に唐突に感じたのだ。
 そういえば、と。
 こいつのせいで俺はくだらない仕事を職とする羽目になった。
 こいつがいなければ、俺はもっとマシな職につけたのではないだろうか。
 一度、そう思ってしまったら、あとは止まらなかった。
 瞬く間に怒りが募り、憤りが膨れた。

 だから包丁で切った。

 悲鳴を上げ、血が流れる様を見て俺はとても嬉しくなった。
 こいつがいなくなることは幸せなことだ。
 手が汚れることは気にならなかった。
 犯罪を行うことを手を汚すと表現するが、これは言い得て妙だ。
 きっとこの言葉を作ったのは犯した側の人間だったに違いない。
 確かに汚した、という表現がぴったりだ。
 俺は自分の血塗れの手を見ながらそう思った。
 驚くほどに簡単だった。
 俺は知った。
 友がいなくなったことに対して清々しい気分になることを。
 失って初めて気がつくことがある、というのはどうやら本当らしい。
 自分の中で何かが欠損してしまった、という気持ちよりも身軽になったと思う気持ちが強かった。

「おかえり」
 実家の扉を開けた途端に声をかけられる。うるさく癪にさわる声だ。
 普段、夜遅く帰ることなどないため、待っていたのだろう。作業で遅れたのだ。
 汚れてシミばかりの前掛けをした年老いた母親が七十前の身体らしく、よぼよぼと力のないおぼつかない姿勢でこちらに向かい、こちらの機嫌を伺うように言った。
「遅かったねえ」
 慌てて手を後ろに隠して答えた。
 まずいのだ、先ほどのアトが残っている。
 友を切りつけた職場からこの実家まで、普段から人通りはなく、今日などは誰ともすれ違いもしなかったので、まったく気が付かなかった。
 激しい興奮と清々しさののあまり、すっかり失念していた。
「どうしたんだい?」
 母親がさらに追求してきた。
 話すのも煩わしい、殴ってしまいたかったが、今俺の手を見られるわけにはいかない。
 手に血がまだついている。見られたら一目でわかる状態だ。
 それを見られたらどうなることか、過保護に育てられたことを理解している俺はすぐに予想がついた。
 どうしたの、その手は。どうもしないなんてことはないでしょう、いいから見せてごらんなさい。お父さん、ねえお父さん、あなたも見てやってよ、ああどうしてこんなことに、だから私たちがいつも見てないとダメだ、なんだかんだペチャクチャ、と続くに決まっている。
 そのやりとりを考えるだけでいやになる。
 自分の可愛い一人息子が友を切りつけたということを知ったらきっと母親は卒倒するだろう。
「うるさい! 何をしてたっていいだろ!!」
 思わず出た大きな声に母親は怯えたように体を一度びくりと震わせて止まった。
 俺が突然、怒鳴ることはよくある。そういった時、どのような対応をすればいいかも知っている母はそこから動かず、伏し目がちにして小さくもごもごと口を動かして、心配をしていた、とか遅くなるなら連絡をしなさい、だとかを呟いた。
 俺は適当にあしらって母親が居間に戻るまで玄関口で後ろ手にして待った。
 母の姿が居間に消えた瞬間に走って部屋に戻ると一息ついた。
 なるほど、殺したあとは綺麗にしなければならない。
 俺はひとつ学んだ。
 次から気をつけよう、そして気がついた。
 当たり前に、次も友を殺そうと考えていることに。

■■■

 次の日、別の友と話をしていてふと気がついた。
 思えば俺は周りの人間から財布呼ばわりされていることが多かった。
 今、目の前で話しているやつも、こいつがいなければ俺は余計な買い物をしなくて済んだように思った。
 いつも金を出しているのは俺だった。
 俺の家は周りの人間よりは少しは裕福だ。
 そのために俺はいらぬ物を買わされ続けた気がする。
 缶ジュースなんかは特によく買っていた。
 こいつがいなければそんなことにならなかったのではないか。
 一度考えたら、途端に目の前の友が憎々しく思えてきた。そして自分の目に入らないようにしたくなった。
 今度はどうやって消そうか。
 そう考えることを楽しく感じていることに気がついた。

 焼いてしまおう。そう思った。

 周りに飛び火しないよう水をあらかじめ用意してから、友であるその肉の塊に灯油をかけた。
 友を処分する際に前回より考えがまとまり、上手くなっていくことに小さな満足感を覚えながら、心を躍らせて準備を行っていく。
 灯油で濡れているその体に、マッチを擦って近づけると、勢いよく炎が上がった
 鼻をひくつかせる。
 人の体の焼ける初めての匂いに俺は感動と興奮を覚えた。
 牛や豚とは違う、独特の強い匂いが立ち込めている。
 メラメラと踊るような炎に目を輝かせていたが、しばらくすると周りにも広がりそうになったので、水をかけた。
 大きく鼻から空気を吸い、新しく嗅いだ匂いを堪能して、俺は帰る支度をする。
 部屋の中をぐるりと見渡す。
 ここは俺の職場だ。
 個人の経営で、雇っている人間はいない。
 もういなくなった、という表現がいいかもしれないが。ちょっと前までは一人いたんだが。
 いや、それは終わったことだ。今更何を言うこともないだろう。
 そんなわけで、一人しかいないので、職場の空間は使い放題だ。
 小さな戸建の平屋を仕事場として少し手を加えて使っていた。
 田舎なので隣の家との距離は十メートルほど離れている。
 これは最近の俺の作業にとても都合が良かった。
 部屋にある大きめの寝台の上に新しい白い布をかけて変わり果てた友をその上に置いた。
 先日、包丁で切って床の上で動かない友もその隣に置いていた。
 殺しの作業で汚れた手を覆うように黒い手袋をはめた。
 これで周りに気がつかれる可能性は少なくなっただろう。
 念には念を入れるというやつだ。
 仕事場の扉を開け、外に出る。
 すでに夕刻となり、あたりは薄暗くなっていたが夏の暑さは衰えておらず、すぐに汗が出る。
 いままで窓を全開にすることで凌いでいたが、そろそろ職場にクーラーが必要だなと考えた。
 歩いて十分ほどの家に帰り着く。
「遅かったね」
 また母親がこちらに歩いてきた。
「本を買いに行っていたんだ」
 前もって用意していた本屋のレジ袋に入った本を見せた。
「そう」
 短く言って母親が俺の手元を見る。手袋を一瞬見たが、何も言わずに下がっていった。
 今回はなにもかもが上手くいった。
 俺は作業の効率化と、爽快感を感じながら眠りについた。

■■■

 数日後、ふと気がついた。
 思い返せば学生時代にひどい目にあったとことがあった。
 そいつが立っていたせいで、俺が殴られたのだ。
 その時、近所で素行の悪いと評判の、偏差値が低い高校の生徒が すれ違う人間のすべてに喧嘩を売るように歩いていた。
 道の往来でわがもの顔で歩く姿にムカついて、少しでもささやかな反抗として不良の前にそいつを立たせた。
 目に付いたのだろう。俺は殴られた。
 思い返すと頭にくる。
 よく考えればそいつさえいなければ、あんなことにはならなかったに違いないのだ。
 あの時を思うと今でも頬が痛む。
 そのあと、殴られ、蹴られて、一週間と三日間は飯をうまく食べることができなかった。
 あの痛みを友にもわかってもらおう。

 殴って潰すことにした。

 片手で持てるギリギリの大きさの石を使って叩きつけた。
 何度も何度も叩き、潰した。
 渾身の力を込めて幾度も振り下ろす。いつまでもそうしていたかった。
 しばらくして、元の姿がわからなくなり、肉片が飛び散ってぐちゃぐちゃになったその様を見て、楽しくなる。
 潰している時に俺は俺のことのように痛みを覚えていた。
 いや、こいつだけではない、今までの他の友を、焼いた時、切った時、自分のこととして痛かった。痛みを覚えるだろうと当たり前のように理解していた。心も体にも痛みが走った。
 叫びたくなるほどに。
 それでもその後の清々しさに比べたら微々たるものだ。
 清々しさ、満足感に満たされながら潰れた肉片の処理をして、仕事場の扉を出た。
 実家に向かう途中の道で、俺は思わず足を止めた。
 正面から警官が自転車を漕いでこちらにゆっくりと向かってきている。
 俺は目を伏せる。
 どうやらパトロールをしているようだ。
 大丈夫だ、特に何も問題はない。見た目にはわからないはずだ。
 止めていた足を進ませる。
 古い自転車がカラカラカラと乾いた音を立てながら横を通りすぎて、すれ違った。
 俺が小さく息をついた。
 キッ、と耳障りなブレーキの音が後ろで鳴った。
 焦りながらも俺は足を少しだけ早める。
「なあ、おい」
 後ろからこちらに向かって警官が声を上げた。
 俺は気がついていないように足をさらに進めた。
「おい、おまえ」
 どうしてだ。どうして、俺は何かヘマをしたのか。
 走って逃げるか?
 いやだめだ。向こうは自転車だ。勝てるわけがない。
 それに先ほどの作業で足腰はくたびれていた。
 作業の時の心地よい汗ではない、体を冷やすねっとりとした汗が体から溢れ、すぐにシャツを張り付かせてきた。
「なあ、って」
 肩を掴まれて力強く引かれた。
 体が反転して顔が上がり、目の前の警官と目が合う。
「やっぱりだ、おまえ、桑田だろ?」
 そう言って満面に笑う警官の顔には見覚えがあった。
 学生時代にバスケ部だったか、サッカー部だったかのキャプテンをしていたやつだった。
「え、あ、おう」
 警官は俺の名前を間違って呼んでいた。そんな名前ではない。
 しかし俺も彼の名前を覚えていないのでお互いさまだ。
 顔はわかったが名前が出ない俺の様子を見た警官が眉を小さく寄せて言った。
「ほら、俺だよ、俺。佐藤だよ。野球部だった時は坊主だったからわからないか?」
 野球部だったか。いや、顔はわかってるんだが。
 名前も確かそんな名前だったなという感じだ。
「おまえの友達は元気か?」
 口の端を上げて、佐川と名乗った警官は聞いた。
「ああ、まあ」
 俺は突然のことで、短く答えた。
 どこのクラスでもそうであろうが、ヒエラルキーとグループがあった。
 彼は快活で運動もできたので、たくさんの人間が周りにいた。
 俺とは正反対だ。当然交友関係も異なっている。
 佐藤もそんなに興味なく聞いたのだろう。すぐに話題を変えた。
「おまえ、まだこの辺にいたんだな。仕事は何をやってるんだ?」
「あ、え、っと、整体と鍼灸を…」
「へえ、どこで?」
 もう、最初の友を殺してから仕事はしていない。
 親の用意してくれた自宅からほど近い小さな平屋で個人でやっていたのだが。
 俺はその平屋がある方をおざなりに右手で指差した。
「ああ、そういえばあった気がするなあ」
 佐藤が俺の仕事場の位置を思い出すように宙を見てぼんやりと言った。
「じゃあ、俺は」
 どもりながら言って、そそくさとその場をあとにしようと佐藤に背を向ける。
「なあ」
 すぐにその背に声がかけられた。
 なんだよ、と怒鳴りたくなったが我慢した。俺は冷静だ。
 何も思ってないように顔を作ってから振り返った。
「なんだ?」
「おまえ、この暑いのにどうして革の手袋なんてしてるんだ?」
 何の気になしに聞いてきたのだろう。純粋な目で俺の手を指差した。
「あ、これは、その」
 とっさに言葉が出ずに、収まりの良い言葉を必死で探した。
 言葉が出ない。その様を見ていた佐藤の目が不思議そうな目から不審なものを見るものに変わるのがわかった。
「あっ、そう、その」
 短く喘ぐように言葉を絞り出すが、うまく文章にならない。
 佐藤がこちらに寄ってきた。
「ああ、そうか」
 合点がいったように、佐藤がこちらに向かって口を開いた。
 まさか、何か、これがきっかけになって今までのことが露呈してしまうのだろうか。
 いや、そんなことはありえない。
 俺は首を短くし、体を縮ませて次の言葉を待つ。
「マッサージ師は手が命だからだろ?」
 そういってこちらに無邪気に笑ってみせる。
「職業意識が高いのは恥ずかしいことじゃないと思うぜ」
 そういって佐藤は口の端を上げて言った。
「あ、ああ、まあ、周りの人に言ってもあまり理解されないからな」
 俺はマッサージと整体も違うものだと思ったが、口には出さなかった。
「大変なんだな、どの仕事も」
 佐藤は警官も大変だというように大仰にため息をついた。
「それじゃあな」
 短く肩をすくめたあとに小さく手を上げて自転車に乗ると、カラカラと音を立てながらゆったりと離れて行った。
 俺は大きく息をついた。
 突然のことで慌てたがどうやら凌ぐことができたようだ。
 着ていたシャツは汗で色が変わってしまっている。
 こんな思いをするのはもう嫌だ。
 これは何か対策をしなければならない。

■■■

 しばらくして、またふと気がついた。
 その友がいると常に結婚を意識させられる。
 俺は結婚などしたくない。自由でいたいのだ。
 おとなしい人間が良いというやつもいると思うが、俺には邪魔に見え始めた。
 一度気にし始めると、とても煩わしくなった。
 ならばとても簡単だ。

 溶かしてみよう。

 そう思った。
 水酸化ナトリウムを用意した。
 以前、鍼灸院での洗浄作業をする際に購入したことがあり、容易に手にすることができた。
 テレビでやっていたのだが、水酸化ナトリウムの水溶液は人間の体を溶かすらしい。
 全体を浸せるほどの容器を用意して漬けた。
 綺麗だった外見が、だんだんと形がボロボロと崩れていく。
 火傷のようにただれ、肉であったものが侵食され、削れていく。
 俺はずっとその様を近くで見ていた。
 涙が流れた。手で口を押さえる。
 笑いが止まらない。笑いすぎたために涙が溢れてきたのだ。
 崩れゆく友を見て、俺は友ではあったが、愛してはいなかったということに改めて気がついた。
 元の形がわからなくなるほどに崩れたのを確認した後、友が溶けた水溶液が入った容器をよく目につくように並べた。
 そして、俺は仕事場から自宅に電話をする。
 親にしばらくは家に帰らず、仕事場で寝泊まりをすることを伝えた。
 簡単なことだ。これでより作業もスムーズにできる。
 それにこの前のように帰宅途中に他人に見つかって怯える必要もない。

■■■

 数日経って、ふと気がついた。
 そいつがいなければ、俺はいらぬ約束をしなくてもよかったのではないか。
 子供のころの約束。そいつがいなければそんな約束しなくてもよかっただろう。
 その約束を守れず、いじめられた過去を思い出した。
 守れなかったのは俺だが、思い返すと沸々と怒りが湧いてきた。

 針千本飲ましてやろう。

 そう思った。
 針を体に刺した。
 プツリと針で刺すたびにその穴から丸く小さな血の滴が出てきて、液体になり体に沿って流れていく。
 何度も、刺した。
 何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、何度も、刺した。
 何度刺しただろうか、どこか刺しどころが良かったのか、力が入っていた体がダラリと弛緩し、動かなくなった。
 針を刺したまま別の針で刺したり、何本も持って大きな穴を作ったりした。
 細かな作業だったので、興奮と相まって頭がくらくらとするほどに没頭した。
 どれくらいの時間が経ったか、わからない。
 気がつけば高かった太陽は沈んで、あたりは暗くなっていた。
 電気をつけ、先ほどの作業をしばらく続けていると、肉が骨から外れてズルリと作業台に落ちた。
 俺はそのミンチを見下ろし、自分の仕事の出来に満足した。
 次に肉片を処理しなければならない。
 いつもの心地よい爽快感を感じながら短く息をついた。
 その時、静かな部屋にノックの音が響いた。
 俺は思わず体をビクつかせた。
「すみませーん」
 この間、すれ違った警官の佐藤の声だ。
 また、扉が強く叩かれた。
「おーい、電気がついてるからいるんだろう?」
 さらにドンドンと音を大きくしてノックが響く。
「俺だ、佐藤だ」
 口を手で押さえながら、静かに扉を見つめる。
 しばらくすると、ノックが止んだ。
 押さえていた手を離して小さく息をつく。
 その瞬間、再度突然にまた大きくノックが鳴った。
 思わず体が反応してしまい、机にガタリと当たった。
 その拍子に用意していた、たくさんの針が溢れ落ち、床に散らばって金属の音が鳴る。
「おーい、音がしたぞー、やっぱりいるんだろう」
 外で佐藤の声がして、大きなノックが鳴り響く。
 窓の方からは閉めているというのに蝉がうるさく鳴いている。
 油汗が額から流れ、雫になって散らばっている針の間に落ちた。
 むせかえるような血の匂いと汗が途端に臭うようになり、息が荒くなる。
 ノックの音が止んだ代わりにもっと大きなものが扉に当たる音が響いた。
 ドンッ、と一度なって古い扉が軋んだ。
 体当たりで扉をこじ開けようとしているようだ。
 どうして、そこまで。
「おいっ、扉の前までへんな臭いがしてるぞっ」
 佐藤は不審と心配が混じった怒鳴り声になっていた。
「いるんだろ? ここを開けろ」
 黙って俺は扉を睨みつけたまま動けなかった。
 ガチャガチャとノブが回される。

「おーい、友達だろう。開けてくれよ」

 なぜだか、その言葉が頭に響いた。
 あいつは友だったのか。
 あいつも友だったのか。
 あいつが友なら、今までの友はなんなのだ。
 ずっと長く共に過ごした友は。
 そこで気がついた。
 俺は今までのことを思い出す。
 気がついたのだ。
 失ったものを。
 この矮小な手を見るとどれだけの罪を犯したのか、ありありと見てとれる。
 その、普通よりも小さな手には何も残っていない。 
 悲鳴を上げた。
 俺は初めて自分の行いの恐ろしさに気がついて、短い悲鳴を上げたのだ。
 醜い手だ、一生付き纏う、その手を見つめる。
 自分はおかしくなってしまったのだろうか。
 いや、おかしくなってしまっていたのだ、一体いつからだ。
 最初に失った時だろうか。
 いや、もっと前だろうか。
 いつからだ? いつからおかしかった?
 大きな音が響き、扉が破られた。
 佐藤が必死の形相で、俺を見た。 
「俺が殺したんだ」
「は?」
 汗だくの佐藤は部屋の中に突っ立っている俺を見て目を剥いた。
「俺は友を殺した」

■■■

 夏はこれからだと騒ぐように蝉たちが鳴き声をあげている。
 クーラーの効いた派出所の中で佐藤は書類をまとめていた。
 扉が開き、近所に昼飯の買い出しに行っていた上司が汗をぬぐいながら入ってくる。
「はあ、外とは違って中は天国だな」
 佐藤の書いている書類を反対側から見て言った。
「あの事件の報告書か?」
「はい、そうです」
 このせいで、いろいろなところに呼び出されて事の経緯を話す必要があり、慌しかったせいでまだこの上司にはしっかりと話をしていなかった。
 上司はありありと話を聞きたがっている顔をしており、佐藤もかしこまった席よりもこういったくだけた席で話すほうが気がラクだった。
 一度、横に置いてあったアイスコーヒーで口を潤してから話し始めた。
「いや驚きましたよ。最初はこいつが鍼灸院をしてるって聞いて、最近体の疲れが抜けないし、やってもらいながら昔の話で盛り上がろうかとでも思って尋ねたんですけどね」
 報告書にある男の写真をペンの尻で叩きながら続けた。
「店にはクローズの看板がかかっているけど、電気はついている。それでまあ昔の同級生の特権ってので、やってもらえないかと淡い期待をして扉をノックしてみたんですよ。そうしたら部屋の中に人の気配はするのに返事がない、しかも家の外を歩くぐらいなら気がつかないかもしれないけど、扉の前に立ったら明らかに腐ったような異臭がするんですからね。どうも様子がおかしい。中で何か事件か事故でもあったのかと思って体当たりで扉を破ったんです」
「さすが、運動部出身は頼もしいな」
 お世辞にも丈夫とは思えないひょろひょろの体の上司が茶化すように言った。
「家に入ったら、もういろいろ、灯油や薬品やらごちゃ混ぜになったようなひどい臭いで。その中でこの世の終わりみたいな顔して、こいつが立っていたんです。それから口を開いた第一声が、友を殺したって言うんですから」
 背もたれを一度きしませて佐藤が続けた。
「これがその証拠だって、左手をあげたんです」
 その時を思い返すのも嫌なように顔をしかめた。

「左の指が五本全部なくなっていたんですよ」

「それも、それぞれ別の方法でやってるみたいで、もう手の形がぐちゃぐちゃでひどいものでした」
 おえっ、とえづいてみせる。
「こいつの話を聞くと、指のせいで自分が被害を受けたことに気がついたから殺すことにしたそうです」
「殺すって、指をか?」
 上司がよくわからないというように眉をひそめた。
「ええ、指を、です。あいつは自分の指を友達だと言ってるんですよ」
「指の被害ってどういうことだ?」
 上司がさらに続けて聞いた。
 佐藤が文字通り指折り数えながら答える。
「えっと、親指がなければマッサージの仕事をしなくてよかったはずで、人差し指がなければ自動販売機で買い物をしなくてよかった、と。あと中指を立ててチンピラに絡まれることもなく、薬指がなければ結婚を意識しなくてよかったはずで、小指は約束をしなくてよかった。ということらしいです」
 佐藤は言ったあとに小さく上司に肩をすくめてみせる。
 上司は息を大きくついて佐藤に悲しそうな目を送りながら言った。
「それにしても、なんかショックだよな。おまえの友達だったんだろ?」
 上司の言葉に佐藤は顔をしかめて言った。
「友達なんかじゃないですよ」

<了>

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