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王妃様と婚約者

紅の花

作者: 夜桜

 結婚を決めたのは彼自身だ。


 相手は帝国の旧貴族の娘。

 小国の王である彼にとって、帝国との繋がりは喉から手が出るほど欲しいものだった。


 彼の治める国は、国土を背骨のように走る山脈と、肥沃な大地を誇る農業国だ。

 豊かな恵みのお陰で、国民は食うに困らない。

 しかし、その国力は余りにも脆弱で、吹けば飛ぶ木の葉のように軽い。

 成人を迎える1年前、17歳の時に前王たる父を亡くし、玉座についた彼は執務机に山と積まれた資料を目にして、その余りの酷さに言葉を失った。

 おおらかな国民は競争に向かない。

 それが裏目に出たのか、近隣諸国のなかで彼の国の扱いは惨憺たるものであった。

 軍事力を最低限しか持たず、金力もない。

 恐るるに足りずと思われたのもやむないことではあったが、彼にはそれが許せなかった。


 苦肉の策として捻り出したのが政略結婚だ。


 遡れば王族に行き着くという由緒正しい血を引く没落貴族の娘と、あまりに小さな国の王。

 互いの利害は一致し、婚約が結ばれる。


 彼は婚約者の顔を知らない。

 何かの折りに遠くから見たことがある程度で、直接言葉を交わしたことすらない。

 彼の知っているのは、時々届くたおやかな筆跡で書かれた手紙くらいだ。

 もらった手紙には、我ながら素っ気ない返信ばかり送った。

 ……こればかりは性分だから仕方がない。


 挙式まであと半年に迫った頃、彼の国を取り巻く情勢は、みるみるうちに悪化した。

 相次ぐ飢饉や災害に、僅かな食糧と資源を各国が奪い合う。

 彼の国は幸いにも少ない打撃で済んだが、残された資源を巡り、周辺国が次々に挙兵した。


 否応なしに戦争に巻き込まれ、彼自身も剣を取った。

 一人でも多く、生き残るため。

 そのために幾つもの戦場を駆け抜けた。


 その間、婚約者のことは頭の片隅に引っ掛かっていた。

 もうすぐ約束の一年が過ぎる。

 けれど、彼の国には彼女を受け入れる余裕がない。

 婚約破棄は覚悟していた。


 彼女が身一つで輿入れしてきたのだと聞いて、彼は愕然とした。

 てっきり彼は婚約は破棄になるものと思っていたのだ。

 慌てて王都に飛んで帰れば、彼女は一人、大聖堂で天を仰いでいた。

 それを見て、漸く今日が挙式の予定日だったのだと殴られたように思い出す。


 振り返った彼女の瞳は凪いでいた。

 ゆっくりと瞬いた蒼の瞳が、彼を認め僅かに揺らぐ。


 純白を纏った彼女、それになんと不似合いな己の身。

 鬼神と呼ばれる彼の血の紅に染まった手で、触れるのに躊躇うほど。


 その名がウィーチェというのだと、初めて実感した。


 結局、婚約者に会うことができたのはその日だけで、彼は再び戦場に舞い戻った。

 彼の背中には守らなければいけないものがある。


 前と同じく彼の役目は、一人でも多くの人間が生き残れるようにすること。

 そのためには今のままではいけないと思った。


 しばらくして、彼は戦場でわざと敵の剣を受け、姿を隠した。

 王のままではできないことをするため、王として最低の選択肢を選んだことに、後悔はない。


 気がかりなことがひとつある。

 彼女が彼の国を訪れて数年。

 名ばかりの王妃である彼女の、蒼の瞳を思い出す。


 一度くらい、優しい返信をしてやればよかった。

 後悔は、言葉にできないままだ。


 ーー願わくば。

 彼女の未来に幸多からんことを。

 いつか、全てが終わったら会いに行こう。

 今の彼にできるのは全てが終わるまで、どうか、彼女に女神の加護をと切に願うばかりなのだ。


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