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先生がまた変な物を

作者:菜宮 雪
あなたのSFコンテスト参加作品。SF=『先生、ふざけないで』です! 一応SF要素も入れております^^
「やったー、完成したぞ! ちゃんと作動するじゃないか」
 目の前でぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ男。出来上がったケータイ型発明品を片手に握りしめ、頭を左右に振り、まるで阿波踊りのような手つきで両手を上げ、狭い研究室内を不規則に動く。彼が飛び上がるたびに白衣の裾がひらりひらりと軽くまくれあがる。
 この踊り狂っている男、星原則之ほしはら・のりゆきは三十六歳。その研究助手、美月彩愛みつき・あやめは、彼が無邪気に、そして華麗に飛び回る様をため息をかみ殺しながら眺めていた。
 ――いい歳をしたおっさんがなにやってんだか。

 星原は工業系の有名大学院卒であり、現在は実家が経営する工場を手伝うかたわら、卒業した大学の常勤講師もしている。高学歴に似合う目鼻立ちの整ったイケメンだけに、顔を崩し、髪を振り乱して喜びまくる姿を見るのはあまり気持ちの良いものではない。
 星原がこうなるのはよくあることだ。彼は発明品が完成すると大騒ぎして気持ちを示すが、悲しいことに、彼が作った物体が販売に結びついて大儲けしたことは一度もなかった。
 彼は、工場が受注した機械などの設計や制作の仕事がないときは、敷地内にある研究室にこもり、美月を助手にしてあれこれ実験をしてはおかしな発明品を作っている。

 星原が発案、設計して商品化しようとした作品は数限りなくある。そのどれもが日常生活に密着した物で、使えそうな気がするもののどこかに問題ありで、商品化には至らないのだった。発案段階で美月が強く反対しても彼は勝手に作ってしまう。
 たとえば『吠え声自由自在』という作品名の機械の場合。
 これはペット犬用で、犬の声帯に手術でチップを植え込み吠える音量を調節し、近所を気にせず犬が飼える、という売り込み文句だったが、結果は言うまでもない。動物虐待に当たる、そんな機械を大事な子の口に入れるなんて無理、という所内意見が相次ぎ、商品化できず。
 『瞬間蚊撲滅雷』は蚊に襲われて寝苦しい夜のために作った棒状の作品だったが、強い放電で周囲にいる蚊を一瞬で駆除する仕組みになっていたため、周囲の電気機器に悪影響が出ただけでなく、静電気体質の人が感電してしまい、あえなくお蔵入り。
 他にも『不審者追跡撃墜機』『強盗飛びつきひっかき猫爪』など、彼の数々の発明品はどれも世に出ることなく倉庫に眠っている。
 星原はそんな自分の発明品の一部の実験映像を動画サイトに実名で公開し、脚光をあびることになった。ネットの人気がきっかけで、卒業した大学に講師として招かれるようになり、週に一回、大学の教壇に立つ。彼のユニークな授業は学生にはたいへん人気があり、美月もそんな彼に惹かれてこの研究室で働くことを決めた一人だった。


 星原は、見ていてこちらまでうれしくなるような笑顔を崩さないまま、くるくる体を回転させて、物が置かれて狭い室内を回った。
「美月君も喜んでくれ。今度こそ、これが世界的に売れて僕たちは大金持ちになれる。この研究所は世界から注目され、有名企業がどんどん寄ってくる。そうなれば、君にも分厚いボーナスが出せる」
「……そうですね……そうなるといいと思っていますけど」
 星原は踊り狂うのをやめ、あきれている美月に正面から近づき、真面目な顔に戻った。
「美月君」
 美月は数歩下がって身構えた。
 ――踊りが終わった後は……くる!
 星原の情熱的な輝きを宿した大きな瞳、通った鼻筋が迫る。研究中はいつも引き結んでいる唇がやさしく語りかける。うっとりするほどきれいで、もう一度見たくなるような顔。しかも彼は結構顔を近づけて話す癖がある。もしかして自分に気があるのではないかと思い込んでしまう女性は多い。美月もこの研究所に入った頃は心臓が鳴りっぱなしだった。一般人と比べると一本も二本も感覚がずれている彼の性根を知るまでは。
「美月君には少ない給料でいつも我慢してもらって苦労をかけた。それでも、今までよく僕に付いて来てくれたね。薄給を理由に多くの人がここを去っていったけれど、君は違った。僕のことを一番わかってくれているのは美月君だ。君も先日二十八になったことだし、どうだ、今回の作品の商品化が正式に決まったら、僕の嫁に――」
「なりません! 研究品完成お祝いのお茶を淹れてきますので失礼します。休憩室の方へ運んでおきますね」
 美月はさっさと背を向け、研究室を出た。
 ――やっぱりいつものプロポーズきたし。
 付き合っているわけではない。何も知らない女性があんなことを言われれば、きっと勘違いしてしまう。星原は「僕の嫁に」という言葉を、一生共に仕事をしてもいいと思うほど頼りにしているという意味で男女どちらにも使っているので、美月としては聞き飽きた台詞だ。
 靴音を立てながら湯沸し室へ向かう。
 湯沸し室に常備されている桜茶は、星原の好物だった。彼は何か完成させたとき、必ず桜茶を飲みたがる。それも、にくいほどおいしそうに、最高の笑顔で桜茶をすするのである。幸せそうな顔ひとつで、セクハラまがいの言動も簡単に許されてしまう。星原はどこか抜けているが顔ではかなり得した人生を送っていると美月は思っていた。

 美月はブツブツ言いつつ、湯飲みに入れた桜の塩漬けを湯に浸した。
「こんな塩の味がするお茶なんて、どこがいいのかしら」
 普通のお茶にしてくれた方が、給茶機が使えて簡単なのに。
 できあがった桜茶を盆に乗せて休憩室へ運んでいくと、星原は休憩室の畳の上であぐらをかいて待っていた。
「ありがとう。美月君が淹れた桜茶は本当においしいよ」
 とろけるような笑顔で美月を迎えた彼は、満足そうに茶の匂いを嗅いだ。
「ああ、いい匂いだ。ところで、美月君」
「はい、なんでしょう」
「今日の完成品の名前を改名することにした。『痴漢ホイホイ』改め『痴漢キャッチャー』にする。ホイホイよりもキャッチャーにした方がわかりやすいと思う。この機械は世界中の痴漢の逮捕に貢献し、多くの人々に喜ばれる商品になってほしい」
「……そうですね」
「痴漢キャッチャーは、ケータイ型で胸ポケットに入るし、使う時にもケータイをいじっているようにしか見えないから出しやすい。これはきっと大ヒット商品になる」
 星原は満足そうに目を細めて桜茶を口に含んだ。
「すみません、先生、今日の業務はこれで終わりなら、少し早いですけど私はあがらせてもらいます」
 美月が退室しようとすると呼び止められた。
「待て、これから検証に入る。作成にかかわった工務部からも誰か連れて行くから、君も同行してくれ」
「はい……わかりました」
 美月は力なく返事をした。
 ――そう言うと思った。
 この夢見る桜茶男が、出来上がった作品を試さずに夜を明かすことなどできるわけがない。今日は残業だ。たぶん終電まで付き合わされる。


 美月は星原に連れられ、工務部所属の若手男性、林と共に、混雑する夕方の地下鉄に乗っていた。
「込み合っていていい具合だ。さっそく実験を始める」
 言葉だけは余裕たっぷりな星原は、ぎゅうぎゅう詰めの列車の扉に押しつけられ少し身をよじった。傍にいる美月と林もあまりの混雑ぶりに身動きが取れずにいた。
 体が細い林は、暑苦しく太った男性に左肩を圧迫されて顔をしかめていた。冷房は入っているものの、人口密度が高い車内は湿度がかなりある。林はすぐ近くにいる星原に、できるだけ小声で実験中止を申し出た。
「先生、実験はもう少し空いて来てからにしませんか? ちょっとこの状況では」
「林さんもそう言っているし、実験開始はまだ早いです。これでは社会の迷惑です」
 星原の向こうにいる美月も、林の意見に同意を示すと、星原はきっぱり拒否してきた。
「いや、だからこそ、今やらないといけない。ほら、はやり言葉でも言うじゃないか。『今でしょ』って」
 美月は即座に反論した。
「いいえ、今じゃないです。もう少し人が少ない方が、実験の有効性が確認できていいのではないかと――」
 言い終わらないうちに、大音量の電子音が車内に鳴り響いた。

 リリリリリ、リリリリリ!

 周囲の人は誰の電話が鳴っているのかと迷惑そうに首を動かしている。
「先生!」
 美月は悲鳴に近い声を上げた。
「早く止めてください」
 電話音が数回続くと人工音声に変わった。
「チカンハッセイ! チカンハッセイ!」
 キンキン声のボリュームはどんどん上がっていく。周囲の人が眉を寄せて、音が出ている元を探ろうとじろじろ見てくる。林の隣にいる太った男性がすごんだ。
「痴漢はてめえか! ざけんなよ、さっきから俺の足を触りやがって」
「違います! 俺は痴漢じゃない。鞄が接触してしまっているだけです。すみません」
 林は真っ青になって否定するが、その間も「チカンハッセイ」声は続いている。
 美月は機械をいつまでも止めない星原を怒鳴りつけた。
「先生! なにやってるんですか。止めてください! 迷惑ですから早く!」
「いや……止めたくても、おかしいんだ。ボタンが……反応しなくて」
「俺に貸してください!」
 林が周囲の人を押し分けて星原の方へ手だけを延ばし、機械を受け取って操作すると、大音量の機械のわめき声は静まった。
「はあ……静まりましたよ、先生」
「うむ」
 周囲の人々の目が冷たい。舌打ちした人もいる。
「……次で降りましょうか」
 美月の提案に男二人は無言で従った。


「いやあ、まいったね。スイッチを入れたとたんに鳴いてくれるとは思わなかったよ。きっと本物の痴漢がいたに違いない。痴漢キャッチャーは地下鉄内実験でもその性能を見事発揮した。これは喜ばしいことだ。半径一メートル以内にいる人間の通常ではない呼吸音と速すぎる心拍数を拾い、痴漢がハアハアしているのをばっちり察知できたのだ。実験は成功。電源ボタンの反応が悪かった点だけを改良すればいい」
 降りた地下鉄の駅のホームの隅で、星原は興奮気味にケータイ型痴漢キャッチャーを見つめ、少女のように頬を染める。
 美月はきつい言い方で返した。
「いいえ、実験成功ではありません。あんなすし詰めの車内だったら誰でも過呼吸になります。込み合いすぎて誤作動しただけで、痴漢はいなかったと思います」
「そうだろうか。痴漢はああいう状況の時にしか出没しない。ラッシュ時の電車は最高の実験室だね」
 林は何も言わず、暗い表情で下を向いてしまっている。あれでは林が痴漢キャッチャーにかかったも同然だった。二十三歳の林は、まだ二年目。星原のことは変わった人だと理解していても、まだまだわかっていなかったらしい。
「美月君、林君、もう一度電車に乗ろう」
 星原は穢れない美しい瞳で美月と林を見つめたが、美月は負けなかった。
「いやです。今日は実験はやめましょう。もう少し研究所の中で実験を積み重ねてからにすべきでした。これでは恥ずかしすぎて使えません」
「美月君は電車に乗らないのかね?」
「はい!」
「じゃあ、どうやって帰る? タクシー、それとも徒歩で?」
「えっ……」
「僕は電車に乗らないと帰れないと思うのだが、君は乗らないと言う。もちろん、美月君と林君がこの駅に用があるならば乗らない選択もあるわけだ。これから二人でどこかへ行ってベタベタするってことなら僕は邪魔者だね。ここで別れよう」
 星原は意味ありげな視線を林に向けると、ずっとうつむいていた林は、顔をあげ、苦笑いで返した。
「俺と美月さんは、そういう関係ではないですよ」
「いやいや、そう恥ずかしがることもないだろう。僕は林君に大事な美月君を盗られてしまったわけだ。悔しいね」
 林は笑ったが、美月はこういう冗談は好きではない。
「私はこんな駅に用事なんかありません。林さんとお付き合いしているわけじゃないし」
 星原は、このうえもなく優雅な笑いを見せると、怒っている美月の顔を正面から覗き込んだ。
「では、言い直す。美月君と林君、帰るために次に来た電車に乗って引き返そうか」
「……乗ります」
 美月と林は、小さな声で同時に答えた。
「今日の業務は終了だ。ここからは自由解散。美月君」
「はい」
「僕は、明日は大学講義の日で朝からいないから、君は今日の実験結果のレポートを作っておいてくれ。周囲の状況を絵付きで説明するようなスケッチ画も頼む」
「……わかりました」

 途中の乗り換え駅で林が降りて行くと、星原は、背を向けて横に立っている美月に声をかけた。
「よければ今から飲みにいかないか。実験が成功したことを祝いたい。林君も誘うべきだったが、飲む店を考えて迷っているうちに降りて帰ってしまったよ」
 急な誘いはよくあることだ。星原はいつも気まぐれ。美月は頷いて同意を示す。
 星原に付き合ってやる義務などないわけだが、彼は酒が入るとおもしろい。


 星原が行くのはおしゃれなバーではなく、いかにも居酒屋という雰囲気の店だ。今回もやはりそういう場所で、そば屋のような和室のボックス席で向かい合って焼きイカをつまみにビールを飲む。
「美月君、今度作りたい作品のアイデアが浮かんだ」
「今度は何を作るんですか」
「ふ……ああ、言いたいけど、言えないっ! 女性の君を前にしていては」
「……」
 星原は欲求が通らなかった子供のように、左右に体を揺らしている。美月は黙ってイカの皿に視線を落とした。
 ――はいはい。また何かろくでもないことですよね?
 星原は一瞬動きを止めてちらっと美月の顔を見てから、また貧乏ゆすりのように体を揺らした。
「うう、でも言いたい。今言わないと、妄想で終わってしまう。でも美月君は女性だから、言ってしまえば暗黒だ。嫌われてしまう。美月君が辞めて僕の研究室はまたさみしくなるかもしれない。今まで僕の発明計画にドン引きして去ってしまった女性は多い。美月君もその一人になってしまう」
「もったいぶった言い方、やめてください。私は逃げませんから、遠慮なくおっしゃってくださいよ」
 ビール瓶はすでに三本目。そのほとんどを星原が消費していた。
 星原は動きを止め、少し潤んだ目を美月に向ける。
「なんて君はやさしいんだろう。今度の発明のことを口に出してみたい。言って自爆したい。でも自爆してしまったらその後はどうなるんだ。君に駄目出しされて、僕の発明品は世に出すことができなくなり、せっかくのアイデアも世界が終わるまで開示されることもなく歴史に埋もれていくのだ。でも君に今度の発明がすばらしいかどうかを訊いてみたい欲望を抑え込む手段を僕は知らないのだ。僕はどうしたらいいんだ」
「言えばいいんですよ。私は先生のすごい発明品計画の衝撃なんてもう慣れましたから。私、先生のところでもう五年も働いているんですよ」
「そうだったね。五年! 君は五年も持ったすばらしい人だ。やはり僕の嫁になれるのは君しかいない。僕の嫁になってくれないか」
「なりませんよ」
「ふはは、たまには君も違った答えを返したらどうだ。ワンパターンな解答ばかりでは人生はつまらない」
「ワンパターンな言い方でも、普通に生きていくのに支障はありません」
 星原はビールをもう一本注文した。
「美月君は冷たいね。だけど、そういう君も僕は好きだ。どんなときでも冷静で、研究が煮詰まった時も僕をしっかり助けてくれる。君はすばらしい」
「はい、ほめていただきありがとうございます。先生、飲みすぎですよ。そろそろやめておかないと体に毒です。明日は休みじゃないんですから」
 星原は、心配する美月の言うことなど耳に入っていないようで、運ばれてきたビールをさっさと自分のコップに注ぎこんだ。
「美月君、実はね……」
 いつも以上にもったいぶる星原は、その後の言葉をなかなか言わない。
 いつまでも口元をもにょもにょさせている星原を見かねた美月は、やさしい言い方で助け船を出してやった。
「女には言いにくことでも遠慮なく言ってください。今度は何を思いついたんですか。先生の発明アイデアを聞くのは、私、楽しみにしているんですよ。先生って普通の人が考えないようなことを思いつくから」
「ふふふ……ほめてもらえたよ……」
 星原は赤くなった顔を上に向けて、大声で笑い始めた。
「先生、大丈夫ですか?」
 彼の笑いはなかなか止まらない。そのうちに畳の上に横になってエビのように腹を抱えて笑い続ける。彼の顔は額や首まですべて真っ赤になっている。
「わははは……僕はついに」
 いくらボックス席だとは言っても、通路の向こう側にいる他の客からは丸見えだ。どう見てもいかれた酔っぱらい。イケメンだけに、赤すぎる顔が残念すぎる。
「先生! ちゃんと座ってください。恥ずかしいですよ」
「笑いが止まらないんだよ、美月君。これで笑わらなかったら、人生終わっている。くくく……」
「言っていること、わかっておられます?」
「ははは……では自爆。実は、次の作品はすでに出来上がっている」
 美月は驚いた顔はせず、冷静に受け止めた。
 酔っている星原は、妄想と現実の区別がついていないかもしれない。
「そうなんですか。密かに作っておられたなんて知りませんでした。すごいです。さすが先生」
 美月が愛想よくおだててやると、星原は気を良くしてようやく体を起こし、飲み始めのように胡坐をかいて座り直した。
「完成品、見せていいだろうか」
「もちろん、見たいです」
「君に見せたいのは、今日実験した痴漢キャッチャーを応用して改造したものだ。これだよ」
 星原はズボンのポケットから発明品を出して机の上に置いた。二つ折りになっているそれは、どう見ても普通のケータイ電話だ。
「先生、これって、さっき使った痴漢キャッチャーじゃないんですか?」
「そう、見た目は普通のケータイで、痴漢キャッチャーと変わらない。だけど、これは違って、女性用だ。女性は一か月の間に体温が微妙に変動する。この機械はそれを感じ取る機能を搭載している」
「月経が来ることを教えてくれる機械ですか?」
「いいや、そうじゃない。その……つまりは……怒らないでほしいのだが……この機械には君の月経周期のデータが入っている」
「そんなっ」
 ――いつのまに!
 美月は酔いが一気に回り、顔に血が上ったことが自分でもわかった。
 突っ込みどころがありすぎる。気持ち悪いところがある先生だとはわかっているが、そういうことにも興味があったとは。
「私のデータって……なんですかそれ。どうやって調べたんですか」
「だから君に言えば自爆だ。だけど、もういい。作品は完成した。熱センサーを搭載した痴漢キャッチャーの応用品だ」
 さすがの美月もこれにはがまんならない。
 笑顔で対応することはできず、星原を正面からにらみつける。
「私の月経周期を知るためにそんなものを作ったんですか。そんなこと知ってどうするつもりですか。いやらしい! それはセクハラですよ。誰だっていい気持ちはしないです。遠隔操作で私の基礎体温を測っていたんですね。水ぶっかけていいですか?」
「そう怒らないでくれ。これはセクハラになるのか? 僕はそんなえげつないことをしているつもりはない。僕は君の周期なんてどうでもいいんだ」
「ものすごくえげつないことですよ、先生。それって変態です。自覚してください」
「ああ、怒る君は女神のようだね。そう、君は火の女神。僕の心を焼き尽くしてしまう。焼けるよ、この胸が」
「お酒で胸やけしたんですよね」
「いいね、その切り返し方、いよいよ君に萌える」
 ――だめだ、完全にいっちゃってる……。
 美月は怒りを抑えようと、ビールを自分でコップに注いでごくごく飲んだ。まったく、油断も隙もない。素敵な顔をしたユニークな先生でもこういうところがあるから、研究室には長く仕事を続ける女性がいないのだ。
「君に叱られるとゾクゾクする。ふふう、たまらないね。でも僕は、君の視線に萌えているわけにはいかないんだ。君に言うべきことがある。美月君、僕の話を最後までちゃんと聞いてくれ」
 星原は火照った顔で微笑む。飲んだくれおやじに成り下がっていても、情熱的な目を持つこの男の顔は、あいかわず麗しい。
「美月君、この機械はね、君の気持ちを知るために作った」
「私の気持ち?」
「君が、その……なかなか結婚してくれないから」
「はい? なに言ってるんです? 結婚っていうのは好きになって、付き合って、とかの段階があるじゃないですか」
 恋人同士でもないのに結婚なんて、美月としてはあり得ない。
「僕は何度も君にプロポーズしているよ」
「他の方にもですよね」
「冗談で誰にでも言う時もあるけれど、君だけにはこの数年は本気で言っている」
 酔っ払いにそんなことを言われても困る。
「先生、今日はお開きにしましょう。先生は酔いすぎです」
「君の見ている前で、この機械を動かしてみせよう」
「そんなのどうでもいいです。帰りましょう」
「美月君、好きだ。僕と結婚してくれないか」
「もうっ! 私、先に失礼しますよ」
 立ち上がりかかった美月の手首を星原がつかんだとたん――
 にゃ~、にゃ~、と机の上に置かれた発明品のケータイが猫の鳴き声を上げた。
 猫が甘えてくるときの声にそっくりだった。
「な、な、なんなんですか、これ」
 星原はまた大笑いし始めた。
「やったー! ははは……実験は成功だ。これはね、君が私に気があるかどうかを調べる機械だ」
「へ、変な物を作らないでください! って言うか、その前に手を放して」
「いやだね。君は僕に嘘をついた。気がない振りをして、いつもつれなく僕をあしらっていたね。君はいつも女王様でいたいんだ。追いかけられるのが好きなのさ。だけど、僕には君の本心はわかっていた。僕は、君がいつまでも退職しないから絶対に脈ありだと信じていた」
「はいはあい。酔っ払いは家に帰る時間ですよ」
 美月は手を振りほどこうとしたが、星原は強くつかんでいた。
「まだ話は終わっていないよ。女性は月の周期で気分も体温も変わりやすいから誤作動しないよう、君のデータを入れて、作品は完成した。今日の君は月経でイライラする時期ではない。この機械は、今、君が僕に手をつかまれてときめいていることを示している。美月君、うれしいよ。君が僕に胸キュンなことがわかって」
「……そんなにときめいて……ないと……思いますけど……」
 彼が酔っ払っていても何気にかっこいいから、多少はドキッとするだけ。せつなそうに見つめられれば、誰だって心臓は速くなる。酔いが回ってきた。
「これで僕は君と……」
 にゃ~、とまた機械が鳴り始める。
「それ、止めてください」
「機械には嘘はつけないのさ。君は僕を好きなんだ。やっと確かめられたよ。これは一種の嘘発見器だからね」
 にゃ~!
「音はかわいいですけど、もうわかりましたから、それを黙らせてくださいって言っているじゃないですか」
「自分を偽るのはやめるんだ。君となら生涯楽しく暮らしていける。僕はきっと大金持ちにはなれないけど、君と手を取り合って、これからもいろんな物を作っていきたい。美月君、僕と結婚してくれるね?」
 にゃ~、にゃ~……
「ほら、これが返事をくれたよ。僕の嫁になりたいって。これは気持ちが大きければ大きいほど、音量がアップする仕組みにしてある」
「う……すみません、今日は頭が痛いんで、考える時間をください」
「猶予は与えない。君はいつもうまく逃げてしまうからね。心に決めた相手がいるなら僕はあきらめる」
「そんな人、いませんよ」
「君は一生誰とも結婚しないの?」
「……わかりません」
「僕にとって女性とは、付き合うかどうかの相手ではなくて、結婚できるかできないかだ。僕たちはほとんど毎日一緒にいるのだから、付き合う期間なんかいらない。結婚しないなら付き合う必要なんてないわけだからね。恋人として付き合って無駄な時間を使うことはタイムロスだと思わないか?」
 にゃ~、にゃ~……
「……手を放してください」
「返事をくれたらね。正直に本心を言わないと――」
「ひゃああ!」
 つかまれた手が引っ張られ、手の甲に星原の唇が押し当てられている。手の皮をひっぱるように甘噛みされ、上目使いに凝視されると、美月は感じたこともない感覚に唇を震わせていた。
「せ、先生っ! あっ、やめて」
 にゃ~!
 機械はさらに元気よく音を出している。
「美月君、人のいるお店でいやらしい声を出してはいけないよ」
「先生が酔ったついでに変なことばかり言ったりやったりするから」
「美月君、いいよね? 僕と結婚しよう」
 にゃ~! にゃ~!
「……」
「君とならばきっと楽しい家庭が作れる。僕には君しかいない。機械の泣き声ではなくて、君の口でちゃんと答えてくれ。結婚してくれるんだろう?」
「親に相談してみます……」
「じゃあ、僕も明日、親に電話して君のことを話しておくよ」
「ま、まだご両親へ話を通すことは待ってください。まだそこまでは」
 にゃ~!
「美月君、ちゃんと言って。僕と結婚するって」
「先生は酔っ払っているんですよ」
「君は僕を捨てるつもりか。君にはこれまでの助手たちのように、退職する、という逃げ道がある。辞めたいか?」
「辞めたくは……ないです」
 星原といろいろな実験をする毎日は楽しい。ここを辞めてもやりたいことがない。薄給でもこれ以上自分に合う仕事はないと思う。
「じゃあ決まりだ。結婚しよう」
「だから、なんでそうなるんですか」
「機械は正直だからね。こいつの名前は『ラブマシン』。どこかで聞いたような名前だけど、機能を考えるとぴったりだろう? これは君の心拍数と呼吸の変化を強く感じ取っている」
 星原はきれいな唇に笑みを浮かべ、愛らしく鳴いているケータイ型機械を美月の目の前に突きつけた。かわいい鳴き声が続く。
 にゃ~、にゃ~、にゃ~、にゃ~、にゃ~、にゃ~
 エンドレスな猫の声に思考をかき乱される。酔いがさらに回る。



 翌日、美月が出勤すると、美月の事務机の上に、見慣れない模様の小さな紙袋が置いてあった。誰も見ていないうちに袋を開けてみた。
 袋の中には、真四角の小さな箱――赤い布張りが施されているもの――がひとつ入っていた。見るからにアクセサリーの何かが入っているような。
 袋の中にはメモも添えられていた。

『美月君、いや、僕の彩愛。きのうはありがとう。婚約の証にこの指輪を君に捧げる。いつもこれを身につけてほしい。これは必ず君を守ることだろう。明日、また会おう。  則之』

「婚約って、気が早っ!」
 ゆっくりと箱を開く。
 中には銀細工と思われる薔薇の花を模った指輪が入っていた。
「……これ……」
 指輪を明るい窓辺に持っていき、日にかざして観察。
「やっぱりね……何か仕掛けてある」
 あの星原が普通の指輪を渡すわけがない。
 指輪をいろいろな角度から調べる。
 花弁の一枚が怪しい。その部分を軽く引っ張ると、簡単に抜けた。
 そのとたん――。
 薔薇細工の指輪は、きゃーたすけてー、とけたたましい声を出した。
「防犯ブザー?」
 美月は抑えきれない笑い声を漏らした。これが彼なりの愛情表現なのだろう。どこにも売っていない、世界にひとつしかない指輪。
 花弁を戻すと指輪は静かになった。
「先生ったら……私、まだ返事をしていないのに。ああいう話はしらふの時にすべきでしょ」
 星原のことは嫌いではない。あこがれの師で、共に物を作り出す仲間で、時に子供のような振る舞いで笑いも提供してくれる貴重な人。ただ、結婚相手としての具体的な将来を想像していなかっただけ。
「先生がそこまで私を思ってくれるなら結婚してもいいよね。私も二十八だし……明日会えたらちゃんと返事をする。その必要はないかもしれないけど」
 メモを見る限り、星原の中では、結婚承諾の返事はすでにもらったことになっているようだ。
「明日からどんな顔で先生に会えばいいのかなあ。先生と結婚なんて……」
 美月の心の奥の『ラブマシン』が、にゃ~、にゃ~、と大声で鳴いていた。


 一方、大学構内を歩いていた星原は、スマホを操作し、例の指輪から送られてくる音声を密かに拾ってはニヤついていた。美月は防犯ブザーは発見したが、極小の隠しマイクと通信機まで装備されていることは見抜けなかった。
 彼女の本音を聞けた星原は、ひと目をはばかることなく、その場でバンザイジャンプを繰り返した。
「よし、やったー! 嫁さん獲得っ!」





         了



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