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兄貴は花嫁シリーズ

兄貴はバレンタイン奮闘中

作者: 鳴田るな

「あっちゃん、俺はバレンタインにマカロンが作りたい!」


 とバレンタイン三日前、夕飯を作っている最中の私に、玄関から猛烈な勢いで走ってきて室内でローリング土下座を決めた兄貴は、そのままローアングルな位置からのたまった。咄嗟に顔面を踏みつぶしそうになったけどなんとかずらして肩にシフトする。ふぎゅっ、といい悲鳴が聞こえた。


 私こと広瀬翠ヒロセアキラは16歳高校生。箸が転がれば大爆笑し、花も恥じらう某普通の高校に通うごく一般的JKそのものである。兄貴こと橋田透ハシダトオルは9歳年上の従兄であり、絶賛花嫁修業中の私の弟子でもある会社員。社会に出て3年目のペーペーのくせに結構定時で帰ってくる率が高いのは、どんくさく見える彼が実は仕事では処理能力が高いのか、彼の会社が緩いのか、それともすでにブラックリスト入りしているのか。心配っちゃそうだけど、最悪彼には主夫ヨメと言うコースが残っているので本人にも家族にもあまり危機感はない。それに兄貴は紛れもないヘタレではあるが、回復力は高いし非常に前向きな野郎なので、窓際になったところで普通に通勤しそうだ。やれやれ系装って割と雑魚な弟のミツルよりよっぽどタフだよなあ、感情表現豊かな兄貴の方が。


 だがそんなことは置いておくにしても、マカロンだと。まあそのなんだ、もうすっかり貰う気じゃなくてあげる気満々なのはいい心がけとして――初めてのバレンタイン、魅惑の逆チョコ、気になるあの子のハートを捕らえて離さぬ鷲掴み☆計画で。しかも三日前の夜に。これは足が出ても仕方ないと思うんだ、このダメワンコめ――。


「なんでいきなりそうだから最初の目標が高すぎるのかね。バレンタイン初級者はおとなしく手作りチョコレートにしなさいって」

「えー!?」

「あのねえ。確かに昔に比べればマカロンづくりも大分敷居は低くなったけど、あれはとっても繊細なお菓子なの。未だに計量や加熱時間をフィーリング任せにするような兄貴の手におえる代物じゃないって。ほら後で改めて話は聞いてあげるから。今はそれどころじゃないってのに。つかまず着替えてきなよ第一に、帰ってきたらさ」


 げしげしと遠慮なく蹴りを入れながら、アホには構ってられないのでかき回していたおたまを持ち上げて味噌汁の味見をする私。調理中は邪魔をするなとあれほど。しかしふむ、まあこんなもんかな。奥の方にしまわれていたせいでちょっと古くなってしまっていたトマトの供養用にしては、なかなかうまくいったんじゃない?

 兄貴は会社帰りにも関わらず、自室に向かったかと思うと感動的な早さで戻ってくる。昔の兄貴の部屋にはありえなかった秩序のおかげですぐに着替える服が見つかるせいだろう。今部屋でネトゲしてるだろうミツルも少しは見習えってんだ、まったく。


「あ、もうできてる? ――わ、牛肉コロッケ!?」

「そ。安売りしてたの。ご飯はまだだけど、あとちょっとだから先に他のやつ用意する。ハイコレまずチンして」

「おっけー!」

「エプロン着替えてからね」

「うん!」


 実にきびきびと動いている彼の成長ぶりに私は嬉し涙を禁じ得ない。最初のころはいかにも慣れてない不器用などんくささを発揮しまくりだったが、今では私が何も言わなくてもちゃんとやるべきことを的確に行ってくれる。


 まずは手早く台拭きを絞ってせっせとテーブルをきれいにし、それから必要な食器の吟味に入る。ちゃんと台所の方にやってきて、今日のメニュー(ご飯、味噌汁、昨日の切り干し大根、安売りしてたコロッケに千切りキャベツ等々、あとなんかやっぱり冷蔵庫の中にある煮物)を確認し、何度か棚からつぶやいたり首を傾げたりしながら検討を重ねている。選び終えてこっちに持ってきてからも、私がよそり終わると食卓の方にちゃんと運搬する。その後も冷蔵庫を開けて、調味料や飲み物も出してセッティングするに至っている。その前まで全部私一人でやっていたことなので、非常にありがたい。お母さんは嬉しいぞ、あのダメ息子が順調に嫁に進化していて。今日再びママの会でお出かけしてる叔母さんに見せてあげたいくらい。つか最近多くない叔母さん。叔父さんが地味に寂しがってるからせめてちゃんとLIN〇してあげて。


 このできるようになった兄貴を静華嬢にこのまま持っていかれてしまうのが少し惜しい気はするが、まあ仕方ない。彼の初志が貫徹されるのだからめでたいことだ。

 兄貴の想い人静華嬢とは、合コンでそろそろ独り身が寂しいから夫募集、養ってやるから家事のできる男よ主夫ヨメに来いと言い放ち、兄貴の心を撃ち落した豪傑である。彼が花嫁修業をせっせこ続けているのは、ひとえにこの静華嬢の主夫の座を勝ち取るためであったのだ。まああの人、見た目詐欺と関係者各位から有名な変わり者だから、兄貴ほどしぶとくラブアタックする男性は少なくて、ライバルがいなかった分のんびり成長をお待ちいただけたのだけど。というか兄貴の褪せぬ燃え(萌え?)もすごいが、幾多の家事の失敗を一笑して水に流した静華嬢も心が広い。兄貴は天然属性あるから、ちゃんと完成したと油断するとやらかしやがるんだよね。毎回お許しいただけてるなんてありがてえことだ。


 そんなこんなで秋からお付き合いを始めた二人は、私の仕込みの甲斐あってか順調に仲を深めている。兄貴ったらさんざんミツルと私を巻き込んで大騒ぎした最初のビッグイベント、クリスマスを無事に越えてから、さながら二次関数三次関数のごとく彼女と進展を遂げ、今では週末に静華さんの家に料理を作りに行ってついでにお泊りしてくる程度の仲及び主婦スキルを手に入れているのだ。静華さんはもうすっかり兄貴のことを気に入ってくれたようで、たぶん同棲を始めるのも時間の問題なのではないかと思う。うちのふがいないワンコを貰ってくださってありがとう。

 少し脱線するけど、その兄貴と逆に、もう一人の従兄ミツルはどうもクリスマスから彼女のミカちゃんとぎくしゃくしているように思える。ミツルが何も言いださないので私も強いては何も聞かないが、こっちの方がはるかに懸念事項である気はする。まあ別にくっつこうが別れようがミツルの問題だから構わんのだけど。準備が終わって兄貴に呼んでこさせたけど、やっぱちょっと暗いな。まあ、藪は突かない主義だからこれ以上どうしようもないけど。




 そんなわけで若干魂の抜けているミツルは放っておいて、兄貴と私はバレンタイン計画を推し進めた。材料やラッピンググッズは私が高校の帰りに買ってきてやるとして、本人がどうしても自分の手で作りたいと言うので、前日の夜に作戦は実行された。私は文字通り横で見てるだけでいいと言われたのでお手並み拝見と腕を組んで待つ。

 仕事帰り(と言ってもやる気満々の兄貴は早引けしてきたらしいから、深夜でなく夕方の作業になったんだが。本当に大丈夫なのか、いろいろと)の兄貴が失敗せず簡単に作れそうなものと言うことで、メニューは無難に生チョコである。チョコレート溶かして生クリームとラム酒入れるだけの簡単なお仕事、これなら事故は起こるまい。しかし案の定、最初黙って見てたら兄貴は刻みもせずいきなりチョコを鍋で直火にかけようとしやがりました。だからちゃんとレシピなり指南書を見ろと。これでどうしてマカロンなどと言い出すのか。まあすぐ止めて軌道修正したのでその後は特に問題なく事は進んだけど。

 明日の朝が楽しみだねと言って冷蔵庫にしまって兄貴はルンルンである。私の方はそれから義理チョコもといミートパイ作成に取り掛かる。本来なら女の意地をかけて戦うバレンタインのお菓子作りなのだろうが、力を入れ過ぎて爆死するのもどうかと思うので堅実に攻めることにしたのだ。それにどうせみんなチョコだのクッキーだのタッパーにつめたケーキだの持ってくるんだから、口直しに甘くないものを持っていくのもよかろう。とやや強引に自分を納得させてみる。


 自宅の広瀬家にはオーブンなんて豪華なものがないので、橋田家のキッチンにてクッキング。玉ねぎやキノコ(ってもエリンギだけど)をみじん切りにし、ひき肉と一緒にニンニクも入れて炒める。この後のソース、ケチャップ、あと野菜ジュースの配合で味が決まる。この部分はレシピ通りでなく、ちょっと私の好みについケチャップを多めにしてしまう。煮込めたら、パイシートを敷いて、ばっちり余熱セッティングされているオーブンへ――。そんな風にパイの具と闘っている横で、兄貴が一生懸命補助を手伝ってくれた。主に皿洗いとかだけど、あっちゃんあっちゃん何手伝うって、その気配りが愛い奴だ。嬉しいぜ、兄貴。前はがみがみあれやんなこれやんなって言って、初めてあたふた動きだしてたもんね。

 それから無事にオーブンから取り出したミートパイを切り分けてタッパーにつめて私の任務は完了。今日はどうせ母さんは家いないしで自宅の方にあまり帰る気にならないので、橋田家に当然のようにいつの間にか用意されている私が泊まるための部屋を有難く使わせていただく。寝る前にスクールバックから引っ張り出した単語帳などチェックし、明日の予定を確認して布団に潜り込む。叔父さん、今日も私達が起きてる間には帰ってこなかったな。兄貴と足して二で割ればいいのに。




 翌朝、冷蔵庫を開けた兄貴が歓声を上げたかと思うと私のところにキラキラ目で走ってくる。


「あっちゃん、これ……」


 まあそのなんだ。実は泊まった理由はぶっちゃけこれのためでして、深夜に起き出して兄貴のチョコにもうひと手間加えたのだよ。転写シートなど駆使しまして、静華さんLOVEの文字を生チョコの上にだな。さらに脇には愛らしいキャラクターなど添えまして。まあ、あのままの見た目でもいいんだけど、せっかくの本命チョコなのだからこのぐらいサービスしてやってもよかろう。

 ちなみに兄貴にやらせなかったのは、彼にこういうデザインだの文字だののセンスが致命的にないからだ。今までの経験で十分痛い目は見ている。


「そんなことより、早く包まないと、ほら」


 兄貴は感激しているが、私がケツを叩いてやると慌てて最後の仕上げ、ラッピング作業に入る。これも私がやっても良かったんだけど、本人がやる気満々なので任せた。ま、中身はいいものだから多少外が不恰好でもよかろう。むしろ静華さん、兄貴のこういうアレには慣れてるし。 


「デザインは私がしたとか、余計な事言わなくていいんだからね。気持ちいっぱいこめた手作りですって、愛してますって、ちゃんと渡してくるんだよ」


 玄関で見送りつつそう言うと、兄貴はちょっとだけはにかむように笑ってから、こっくり頷く。


「ありがとう、あっちゃん。いつか――ホワイトデーにお礼するね!」


 そう言って飛び出していった彼がバタンと閉じた扉に、私はやれやれと首を振る。


「まあ、無理だと思うよ。静華さん、きっちり倍返しする人だし」


 さて、人のことでぼやぼやしている場合ではない。私もミートパイとともに出陣せねばな。

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