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第1話 『ナイトチェイス』

■いよいよ、ここから本編が始まります――

第0章第1話『ナイトチェイス』、スタートです。

本作品『特攻装警グラウザー』の著作権は美風慶伍にあります。著作者本人以外による転載の全てを禁じます

這部作品“特攻装警グラウザー”的版權在『美風慶伍』。我們禁止除作者本人之外的所有重印

The copyright of this work "Tokkou Soukei Growser" is in Misaze Keigo. We prohibit all reprints other than the author himself / herself

――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そこは日本の歴史に冠たる港町である。


 幕末に開港され、それ以来、長崎と並んで世界に開かれた日本の入り口として発展を続けてきた。現在でも数多くの外国船航路や貨物船舶が行き来し、物流に、貿易に、観光に、商業に、数多くの人々が訪れている。


――その港町の名は『横浜』――


 港湾地区とJR横浜駅を中心として見た時、商業エリアや住宅地が広がる北部エリアと、ランドマークタワーや赤レンガ倉庫や山下ふ頭などに見られる港街区、そしてJR関内駅周辺に広がる娯楽・風俗に特化した南部エリアとに分けられる。そこから更に南の方に進めば自然公園や埠頭が広がるエリアとなり、更にその南方には工場エリアへとつながっている。

 その中で横浜駅から南下した一帯――JR根岸線関内駅を周辺とするエリアは、東京の歌舞伎町と並ぶ大規模な飲食/風俗エリアとして発展している。

 かつては花街や遊郭が軒を並べ、戦後の混乱期・発展期には合法・非合法を問わず夜を売る女性たちがたむろしていたこともある。その後に法整備と警察による取締りが徹底されたことで街の様相は変遷していった。

 だが、それでも人の欲望が集まりやすいエリアであることに変わりはない。

 刻の移り変わりと、時代の変遷を飲み込みながらその街は存在し続けるのだ。 

 

 

 @     @     @

 

 

 その日も日没を過ぎ、夜の帳が街を覆うに至って喧騒は広がりを見せている。

 その関内駅周辺、駅から離れた路地、そこに覆面車両が離れて数台停車している。その中には1台あたり4名の私服警官が乗車していた。いずれもが神奈川県警や関内近辺を所轄とする伊勢佐木署の生活安全課に関連する者たちである。

 そして、それらの覆面パトカーの群れの一角に一台のバイクが停まっている。


 フロントカウルの先端に桜の代紋をメインエンブレムに頂いたそれは一般的な白バイではない。

 ハーレー似のフルカスタムバイク、白銀とガンメタブラックのツートンボディ、エンジンは1800CCクラスのV6エンジンを持ち、2本出しマフラー。タイヤは無論ラジアル。アイドリングでマフラーから奏でられるエグゾーストノートが僅かに甲高いのは、使用されている燃料がガソリンではなく水素系燃料であることを示している。


 警察の標準から外れたカスタムバイクを駆るのは、よく見受けられる交機の白バイ隊員ではなかった。

 フード付きの黒いパーカージャケットを上半身に纏っている彼。一見した所、彼の頭部は生身の人間そのものにしか見えない。その頭部にメカニカルで鋭角的なデザインのヘルメットを装着しており、ヘルメットの青いゴーグル越しに力強い瞳が見えている。

 そこから感じとれる気配は、まさに人間の醸し出す気配そのものである。

 

 しかし――

 彼の首から下は違う。


 バイク用のライダースーツを思わせる、よりタイトな全身スーツをまとっており、肩や胸部、腕部や脚部など全身の至る所に、金属にもファインセラミックスにも見えるメカニカルなプロテクターパーツが備わっている。それは肉体の上に装着しているようには見えず、彼の身体のそのものを構成しているかの様である。

 人目につきやすいそれらを目立たせぬようにパーカージャケットを着ていた彼は、開け放たれていた前側を閉め、頭部全体をフードで覆い隠す。

 人としてのシルエットを持ちつつも、そこから放たれるエナジーは生身の人間からは明らかにかけ離れている。


 そう――、彼は人間ではない。


 日本警察が建造したアンドロイド警官の試作型の第3号機。


 正式名称――『特別攻撃任務対応型装甲警官』

 略称を『特攻装警』


 彼こそは、警視庁生活安全部少年犯罪課所属の特攻装警3号『センチュリー』である。


 

 センチュリーは現在時刻を体内回線を経由してチェックする。

 

【西暦2039年10月2日、午後7時15分 】


 目標への行動開始予定時刻が間近に迫っていた。その場に居合わせたのは神奈川県警と、所轄である伊勢佐木署、並びに隣接する加賀町署の生活安全課の捜査員である。

 そして、その場に居合わせる全員に対して声を発する人物がいる。神奈川県警生活安全部少年捜査課課長である志賀雅治警視である。

 

〔こちら神奈川覆面1号、本作戦の指揮を執る志賀だ。所定の時刻になったため作戦を開始する。全員準備はいいか?〕


 デジタル無線回線越しに問いかけるが異論はない。同意する声が聞こえてくる。

 

〔伊勢佐木覆面2号、準備よし〕

〔伊勢佐木覆面4号、準備よし〕

〔加賀町覆面3号、準備よしです〕

〔加賀町覆面4号、良しです!〕


 そしてそれらに続いて最後に帰ってきたのは若くて張りのある声だった。

 

〔特攻装警3号、準備よし。いつでも突入OKだ〕


 センチュリーも同意の声を出す。否、肉声ではない。口元が動いていないのは彼の体内に内蔵された無線回線を通じての合成音声であるためだ。だがアンドロイドである彼にはそれも当たり前の機能だ。その行為と機能を疑問に思う者などそこには居ない。

 志賀が全員に確認のための指示を出す。

 

〔改めて再確認する。事前に送信した情報ファイルを各自開け〕


 志賀の指示を受けて、警察用のスマートパッドを開き、その中に登録してある捜査情報ファイルを表示する。

 

【 小規模武装暴走族・重要参考人確保案件  】

【            事前情報ファイル 】


 センチュリーも自分自身の体内に記録されているデータファイルを開くと、自らの視界内に投影して表示させた。


〔今回は一般市民からのタレコミを元にした事前調査で得られた情報を元にした重要参考人の身柄を抑えるためのものだ。捜査対象は4名、小規模暴走暴走族組織『ベイサイド・マッドドッグ』の構成メンバーの4人だ〕


【 捜査対象者リスト            】

【 組織名:ベイサイドマッドドッグ     】

【 組織種別:地域系小規模武装暴走族    】

【 武装度:軽度~中度           】

【 >サイボーグメンバー無し        】

【 >密造ハイテク兵器所持         】

【 >抗争事件の経歴あり          】

【 ・メンバー               】

【 1:サブリーダー:松浜稔        】

【 2:メンバー:平戸一樹         】

【 3:メンバー:大鳥勝          】

【 4:メンバー:平片在真         】

【 注記:メインリーダーは現在       】

【           傷害容疑にて収監中 】

【 ・補足事項               】

【 >大規模広域武装暴走族組織       】

【 『スネイルドラゴン』との関与の疑いあり 】

【 >捜査対象4名             】

【       いずれも逮捕歴・補導歴あり 】

        

 それらのデータには正面から撮られた顔の画像が添付されている。それは4人とも逮捕や補導の前歴があることを示していた。


〔本来ならあくまでも単純な任意で取り調べるべき案件だが、こいつらにはあの大規模武装暴走族団体であるスネイルとの関与が疑われている。スネイルは以前から違法武装サイボーグによる大規模な抗争や傷害・殺人案件を多数引き起こしている極めて危険な違法団体だ。

 そのスネイルの下部組織である彼らが今夜行おうとしている〝大きなヤマ〟すなわち〝犯罪計画〟と言うのが彼ら単独の物だとは考えにくく、上部団体であるスネイルドラゴンに関連する物である可能性は極めて高い。上部団体であるスネイルドラゴンや、さらにその上の上部団体である広域暴力団組織につながる証拠や情報を抑える必要もある。そこでだ――〕

 

 志賀はそこで一旦言葉を区切る。


〔今回は表向きは任意で声をかけつつ、違法所持している密造ハイテク兵器の存在が確認出来次第、緊急逮捕に持ち込むことが目的だ。そして彼らが持つスネイルドラゴンの関連情報を入手する事が最終目的となる。ここまでは事前ミーティングで確認したとおりだ〕

 

 志賀は更に言葉を続ける。

 

〔それに加えて、ここ最近になり東京神奈川両地域においてスネイルの活動が活発になっているのは全員周知しているはずだ。スネイルのさらに上部団体である広域暴力団である緋色会の関与も疑われる。このままでは今までの事案のとおり、本件の捜査対象の4人とも、いずれスネイルにメンバーとして取り込まれ、全員違法サイボーグに半強制的に改造される事は確実だ。だがそれでは彼らを一般社会に更生させることは極めて困難になる!〕


 志賀の語気が荒くなる。青少年を正しい生活へと導くことを使命とする生活安全部の刑事として、絶対に譲れぬ最後の一線だった。

 ましてやこのご時世、違法サイボーグが地下で蔓延しつつあるため、


――青少年が非行に走る≒サイボーグ手術を(親に)無断で受ける――


 と言う図式が成り立ちつつあるのだ。

 当然、そこには背後関係があり、違法サイボーグ手術の費用は『誰か』が立て替えているのだ。何らかの意図をもってして――


〔このさい、容疑は傷害でも公務執行妨害でもなんでもいい。補導による確保が無理なら緊急逮捕という形を取っても構わん。彼らの身柄を我々で押さえて、スネイルとの関係性を強制的にでも断つことが最終目的だ。違法サイボーグカルトへの取り込みを防ぐためにも手段を選ぶ必要はない! いいな!?〕

〔はいっ!〕

 

 指揮を執る志賀が語気も荒く言い放つ。返される返事は明確であり、疑問を挟む声は皆無だった。

 

〔だが、思わぬ反撃も予想される。そこで今回は特別に東京都警視庁所属である特攻装警の協力を取り付けてある。万一の戦闘行動が発生した時は各自無理をせず、センチュリーの協力を仰げ。違法サイボーグへの対処経験は我々よりも彼のほうが遥かにベテランだ。我々とセンチュリー、綿密に連携してなんとしても作戦を成功させるぞ〕


 センチュリーは本来、東京都の警視庁の所属である。だが必要に応じて他府県へと協力することは決して珍しくなかった。違法サイボーグが出現している現在、生身の捜査員の安全の確保は何よりも急務なのだ。

 

〔なお、捜査対象者4名は、関内駅周辺の福富町の風俗街から河川沿いの福富町西公園の辺りをテリトリーとしている事が判明している。4人の現在位置は県警サイバー犯罪対策室の協力で街頭カメラなどで補足済みだ。各自の警察用スマートフォンにリアルタイムにデータを流すから参考にするように。最後だが、今回の現場では何が起こるか予想できん。万一の自体には十分注意し相互連絡を怠るな。私からは以上だ。質問はあるか?〕


 志賀が最終確認を行うが、質問の声はなかった。

 

〔質問は無いな? よし! それでは作戦を開始する! 各自事前ミーティング通りに配置に移れ!〕


 志賀が強い口調で宣言する。それに応じるかのように一斉に声が上がった。

 

〔了解!〕


 そして、数台の覆面パトカーは各々に散開する。異なる方向から捜査対象に囲い込みをかけるためだ。そして志賀は最後にこう告げたのだ。

 

〔それじゃ、センチュリー〕

〔おう〕

〔協力、よろしく頼む〕


 そう問いかけてくる志賀の声は真剣そのものだった。

 時代が変わった。捜査活動における生命への危険度は比べ物にならないくらいに跳ね上がった。拳銃所持や刃物などの比ではない。サイボーグなどと言う存在が相手では太刀打ちできない事も珍しくない。これまでの犯罪捜査手法が根底から変わってしまい、犯罪検挙率は目に見えて急落している。

 そんな日本の惨状の中で、犯罪捜査の現場からの切実な声に応じる形で生み出されたのが他でもないセンチュリーたちなのだ。

 センチュリーは静かながらも抑揚のある声でハッキリと告げた。

 

〔任せろ〕

 

 その声は明朗で力強さに満ちていた。そしてセンチュリーは確信をもってこう答えたのだ。


〔そのための俺たちなんだからな〕


 その名は特攻装警。

 新たな時代の犯罪現場に立ち向かうための切り札である。

 


 @     @     @ 



 神奈川県警の捜査員たちが散開する。各々に捜査対象を補足する。覆面パトカーや捜査員の襟元に設置された小型カメラの映像がネット経由で集められ、それが指揮をとる志賀やセンチュリーへと流されていく。そこにはあの4人の若者の姿が映し出されていた。

 

 サブリーダーの松浜を始めとして、平戸・大鳥・平片――

 いずれもが逮捕歴や補導歴を持ち、殺伐とした毎日の中で人を傷つける事になんのためらいも無い堂々たる触法青少年である。

 かたや志賀は、覆面パトカーの後部席にて助手席シートの後ろ側に設置された複数の液晶モニター経由で状況を把握している。デジタル映像によるリアルタイムの現状把握、そしてそれを元にした的確な指示。最新のネットメディア技術を背景とした最新鋭の捜査方法がここにはある。

 今回投入された捜査員は県警から志賀を含め4名、担当管轄として伊勢佐木署から8名、隣接する所轄の加賀町署から応援としてさらに8名が参加している。これにセンチュリーを加えて総勢で21名となる。

 捜査対象となる4人の姿を街頭カメラが捉えている。いずれも一塊となり何処かへと移動している。その姿を肉眼で視認している捜査員から報告が上がる。

 

〔こちら伊勢佐木4号。捜査対象4名確認。現在、福富町西通交差点から、西公園方面に向けて4名で移動中。今のところ異常無し〕

〔こちら加賀町3号、こちらでも視認しました。私服捜査員2名をこれより別動で尾行させます〕


 音声による報告を得て、志賀警視は液晶モニターの映像と照らし合わせた。襟元の小型カメラ映像とともに、精密GPSによる位置情報も得られている。それを元にさらに指示を下した。

 

〔こちらでも補足した。退路を断つように各自回り込め。伊勢佐木2号は福富町西通を川沿いから、加賀町4号は都橋交差点付近で待機し、私服捜査員2名を別動で回り込ませて公園付近にて待機だ〕

〔伊勢佐木2号了解〕

〔加賀町4号了解です。私服捜査員を別動させます〕


 志賀は報告を聞きながらモニターに移るマッピングデータと各種カメラ映像に見入っていた。

 

「奴ら――どこに行く気だ?」


 志賀が呟けば同じ映像をネット経由で視認していたセンチュリーが無線音声で口を挟んだ。

 

〔志賀さん、おそらく西公園だ。あそこはガラの悪いガキどものたまり場になってる。その付近で誰か他に待ち合わせ対象になりそうなやつが居ないか調べさせてくれ。俺も西公園の状況を把握できる場所に移動中だ〕

〔わかった。くれぐれも悟られるな! 伊勢佐木2号、私服捜査員を送って西公園の状況を調べろ〕

〔伊勢佐木2号了解です〕


 そしてさらに万全の対策を取る。県警の覆面2号車に同乗している捜査員にも指示を出す。

 

「よし、暗視カメラドローンを飛ばせ。そののちこちらからも2名、西公園へ向かえ」


 志賀の乗る覆面パトカーに同乗していた者の中から2名が降りる。そして夜間目立ちにくいこげ茶色に染められた小型の静音型ローターの空撮ドローンが放たれる。そして志賀はモニターに注視しつつさらに声をかけた。

 

〔特攻装警3号、現在位置は?〕


 問いかける対象はセンチュリーだ。

 

〔こちら特攻装警3号、現在西公園に隣接する雑居ビルに来ている。屋上に侵入して公園に隣接する側から現状を確認している〕


 夜間は、不良少年たちがたむろしていると言う西公園、そこを見下ろす位置にマンションと複合した雑居ビルがある。その公園側には開放型の廊下があり、そこから眼下を見下ろすことが可能だ。センチュリーらしい先を見越した立ち回りである。

 カメラ越しでは得られる情報には限りがある。直接に肉眼で確認するほうがより正確な情報が得られることもあるだろう。志賀はセンチュリーに問いかけた。

 

〔それで現状は?〕

〔民間人と思われる酔客が2名ほど居たが、フード付きパーカーやレザージャケットを着たいかにもって奴らが3名入ってきて手荒く追い払われた。その3名のうち1名が手袋までしっかり嵌めてて素肌を露出させていない。どう見てもカタギの人間じゃあねえな。顔は直接視認できないが違法サイボーグで間違いないだろう〕


 センチュリーはアンドロイドである。当然ながらその視聴覚能力は人間を遥かに超える。離れた地点の光景を望遠鏡並みに視認することも可能だ。


〔違法サイボーグ? スネイルか?〕 

〔いや、確定はできない。この界隈でも違法サイボーグが何名か検挙されているはずだ〕

〔確かに――、先月も違法サイボーグがらみの抗争事件が起きている。その件はまだ別動で捜査中だ〕

〔それは俺も知ってる。それにだ。ベイサイド・マッドドッグはメンバー増強を図っているとの情報もある。そのための新規メンバー勧誘の可能性もある。マッドドッグの4人と新規メンバーの接触とも考えられる。どうする志賀さん? 先回り身柄を抑えるか? やつらは今しがた酔客を追い払った時に相手を殴っている。映像情報は俺が記録したから傷害で拘束できるぞ?〕


 センチュリーはアンドロイドである。自らが視認した映像や音声は必要に応じて証拠として外部提供可能だ。アンドロイドならではの機能と言えるだろう。空撮ドローンが西公園上空に到達したのだろう。志賀のモニターにも西公園の様子が映し出された。

 

「こいつらか」


 映し出されたのはレザージャケットを着た男が1名、パーカーを着た者が1名、よく目立つ極彩色のフード付きウィンドブレーカーを着込んだ男が1名。そのうちウィンドブレーカーを着込んだ男が手袋をはめフードを目深にかぶっているのが見えた。

 そしてさらに通信が割り込んでくる。

 

〔こちら伊勢佐木2号別動、西公園状況ですが、新たに現れた3人以外に人影はありません。一般民間人、組織構成員、いずれも無しです〕

〔分かった。気づかれぬように一旦下がって突入に待機だ〕

〔了解、待機します〕

 

 志賀は報告を聞きながらドローンからの映像を眺めつつセンチュリーの言葉に対して判断を下した。

 

〔センチュリー、そのまま待機してくれ。マッドドッグの4名が逃げる可能性は少しでも減らしたい。あくまでもメインはマッドドッグの4人だ。ただし監視は続行してくれ。トラブル発生時の対応はそちらに任せる〕

〔了解、何かあったら連絡する〕


 センチュリーがそう告げて通信を切る。残された志賀はモニター越しに得られた情報と、地図情報にマッピングされた配置データーを元に状況をつぶさに見守っていた。

 予想外の人間が捜査現場に姿を現すことは別段珍しくはない。だが――

 

「嫌な予感がする」


 志賀は青少年犯罪の現状に向き合ってきたその経験から思わずつぶやいてた。理屈ではない。長年の経験から起因する〝虫の知らせ〟と言うやつだ。

 データと情報だけでは犯罪捜査が進まないのは今も昔も変わらない。刑事としての現場での直感が重要な鍵となるのは珍しくない。それ故に志賀は己の脳裏に湧いてきた不安を無視することはできなかったのである。

 その時、現場の捜査員から報告が上がった。

 

〔こちら伊勢佐木4号、捜査対象4名、西公園まで100mほどです。サブリーダーの松浜がスマートフォンで会話しています〕

〔会話内容は聞き取れるか?〕

〔だめです。遠隔マイクを使いましたが音声が小さすぎて周囲のノイズに紛れてしまいます〕

〔くそっ、盗聴対策の特殊会話技法か、ガキのくせに無駄に場馴れしおって!〕


 誰かに聞かれることを防ぐため、小声で的確に通話相手に声を伝えるためのテクニックがある。〝秘匿話法〟と言うやつである。未成年とは言え犯罪キャリアを重ねていることがはっきりと分かる。


〔そのまま追尾を続行しろ〕

〔了解〕


 そして志賀は全員に告げた。

 

〔神奈川覆面1号から全捜査員に告げる。捜査対象が移動する先と思われる西公園に、違法サイボーグを含むと推察される3名が新たに現れた。マッドドッグの4名と接触する可能性がある。非常戦闘の可能性も出てきた。全員そのことを留意してくれ。くれぐれも民間人に被害が波及することだけは絶対に避けろ! いいな!〕


 志賀が告げれば、全員から了解の意思を告げる声が上がる。そしてそれを締めるようにセンチュリーが答えたのだ。

 

〔志賀さん。その時は俺が出ます〕


 それは危険な現場の矢面に立つことを義務付けられた警察用アンドロイドであるがゆえの言葉だった。志賀はそれにこう答えたのだ。

 

〔頼むぞ、センチュリー〕


 全員の認識の中に強い緊張がうまれていた。これから先、何が起きるのかわからないのだから。

 

 

 @     @     @



 JR根岸線の関内駅。駅の北東側には繁華街とともに横浜スタジアムを含む公園地帯が広がっている。かたや駅の南西側一体は表通りに近い辺りには飲食店が広がり、さらに西に進むに従って風俗店が増えるようになる。

 その南西側エリアを北西に面した辺りに大岡川と呼ばれる2級河川がある。その川沿いの河口に近いあたりにあるのが周囲をビルに囲まれた立地の『西公園』である。

 その西公園を東側から西に望む位置に三角形の敷地に立つ雑居ビルがある。古ぼけた雑居ビルの屋上、そこに気配を隠しながら潜む人影がある。

 

 特攻装警第3号機――センチュリーである。

 

 濃い目の色のフード付きパーカーを目深に被り気配を押し殺す。そして眼下の公園の様子をじっと見守る。そこには3人の人影が誰かを待っているかのようだった。

 

 人影は3つ。

 

 一つは黒いレザー地の〝バイカージャケット〟に身を包んだ男で短く刈り込んだショートヘア、もうひとりが派手な赤い色の〝パーカー〟を身に着けた低い背のミドルヘア。残る一人が赤と青とイエローの派手な配色のフード付き〝ウィンドブレーカー〟を身に着けた男だ。ウィンドブレーカーの男は頭部全体をフードですっぽりと覆い、両手を指先まで黒いレザーのグローブで包んで隠している。

 その中でバイカージャケットの男が左耳に手を当てて何か会話している。イヤホンを使ってどこかと通話しているかのようだ。残る両サイドの二人が周囲を警戒している。アクティブに視線を走らせているのは赤いパーカーのドレッドヘアで、ウィンドブレーカーの男は静かに注意深くじっと遠くの方に視線を向けている。それぞれに異なる対象を警戒しているかのようであった。

 男たちのその様相を見ていたセンチュリーが呟く。

 

「バイカージャケットのヤツが指揮役か――、パーカーのやつの動きは納得できるとして、残った一人は何をしているんだ?」


 声を潜めてつぶやきながら現在状況を改めて確認する。体内回線を使ってアクセスする先は今回の作戦の指揮を執っている志賀が操作する端末のところだ。

 周辺街路のマップデータ――

 自分の現在位置――

 全捜査員の配置位置――

 捜査対象4名の現在位置――

 そしてそれに眼下に捉えた3人を加える。

 マッドドッグの4人と西公園の3人の距離は100mを切った。


 配置された捜査員は、西公園を囲むように四方に配置されている。少し離れた位置に覆面パトカーが待機し、私服捜査員が2名1組で5組、計10名が公園を取り囲んで待機している。さらに雑居ビル屋上からセンチュリーが見下ろしていて、捜査対象たちの退路を完全に断っている。

 風俗店が集中する街路を捜査対象4名が闊歩している。西公園まであと50m、脇路地を出て西公園の端へと4人が差し掛かる。それを後方から尾行しているのは伊勢佐木4号と2名の私服捜査員だ。

 志賀の指示が新たに飛ぶ。

 

〔加賀町3号、指定位置まであとどれくらいだ?〕

〔吉田町交差点側から回り込んであと20秒ほどです。停車次第、2名を突入に待機させます〕

〔よし、40秒以内に所定位置へ到達させろ。それから全員に告ぐ、捜査対象4名と追加の3名が接触次第突入する身柄を抑える。覆面パトカー乗務員は。非常事態のときには一方通行を無視して構わん。覆面ごと突入して退路を断て〕


 包囲網が敷かれ取り囲まれる中で、捜査対象となった者たちが一箇所に集まりつつあった。そして、包囲網完成を告げる連絡が続々と入ってくる。

 

〔加賀町3号、公園まで30mの位置です。覆面を待機させます〕

〔伊勢佐木4号、覆面を待機させました。私服捜査員待機完了です〕

〔伊勢佐木2号、待機完了です。突入いつでもいけます〕

〔加賀町4号も橋手前の指定位置にて準備完了です。私服捜査員も待機できました〕

〔神奈川2号から私服捜査員2名。裏路地から西公園南東側に回り込んで待機です〕


 すべての配置がこれで完了したことになる。モニター越しに全配置を把握しながら時を待ち、残る一人のセンチュリーにも志賀は声をかけた。


〔センチュリー、そちらはどうだ?〕


 志賀の声にセンチュリーは反応する。自らの視聴覚の範囲内に捜査対象を捉えたところだった。

 

【 マルチプルファンクションアイ      】

【    6モードセレクタブル視覚センサー 】

【                     】

【 モード4《X線ビジョンモード》     】

【 モード6《放射線モード拡張起動     】

【        電界電磁波分布スキャン》 】

【 スキャン対象指定:           】

【 捜査対象者7名、着衣下秘匿物探知    】

【 >スキャニングスタート         】


 センチュリーは自らの視覚センサーを切り替えると、物体透視を行うX線視覚、物体表面の電磁波の流れを視覚化する電位電磁波分布スキャンを行った。着衣の下に秘匿された不法所持物を形状と電磁波反応の両面から調べ上げる。そして速やかに逮捕の鍵となるものをセンチュリーは見つけ出した。

 

「ビンゴ! 見つけた!」


 センチュリーは捉えた映像を速やかに捜査員たちに向けて送信する。それと同時に志賀に向けて無線で問いかけた。

 

〔対象者7名、いずれも不審行動無しだ。俺達の包囲に気づいた形跡はない。それと今、映像をそちらに回したが、7名全員を俺の自然X線透視と電界電磁波分布でスキャンすることができた。そのうちマッドドッグの4名の詳細チェックにも成功した〕


 センチュリーの言葉に捜査員たちが色めき立つ。


〔それで? 結果は?〕

〔クロだ。着衣の中に拳銃型のシルエットが見える。おそらく密造の簡易型レールガンだろう。所持規制違反のナイフ形のシルエットも見える。推定長20センチクラスだからこっちもアウトだ〕


 そうセンチュリーたちが確認し合ったときだった。モニター映像の中で捜査対象の7人が一つに集まって向かい合ったのだ。

 

〔よし、全員突入準備! 反撃にも備えろ!〕


 志賀の声に全員が身構え、突入の時を待つ。着衣の中に所持していた官給拳銃のシグを両手でホールドする。そして志賀が全員に告げた。

 

〔確保!〕


 10人の捜査員と4台の覆面パトカーが一斉に進み出る。物理的な逃走路を完璧に断つ布陣だ。武器所持が確定している今、威嚇用に官給拳銃を突きつけることも怠らない。

 だれもが容疑者の確保の成功を信じて疑わなかった。ただし、一人だけを除いて――

 センチュリーは身を隠すのをやめて、屋上から身を乗り出していた。

 

「アイツ、なんだってあんなに落ち着いてんだ?」


 センチュリーが視線を向ける先には、あの極彩色配色のフード付きウィンドブレーカーを目深にかぶった男が居た。警戒すべき状況だというのにもかかわらず、相変わらず落ち着き払った様子で立ちすくんでいる。だが周囲に集まった私服警官たちが向けた銃口に気づいたのかゆっくりと両手を動かそうとしている。手のひらを広げて捜査員の方向へと向けようとしている。その仕草がセンチュリーの脳裏にとあるインスピレーションを与えたのだ。

 

「あいつまさか!」

 

 瞬間的にセンチュリーの中に不安と恐怖が沸き起こる。最悪の光景がその脳裏をよぎる。

 そもそも違法サイボーグが手袋で手先を隠すのには2つの意味がある。


 まず一つが――

 

『サイボーグであることを知られないため』


 自分がサイボーグであることを第3者に秘匿している者は少なくない。その際に正体が露見しやすいのが手や指の部分だ。人造皮膚はどんなに精密に作り上げても、生身の皮膚とは見た目や触感で大きな違いが残る。またちょっとした傷や損傷で生身でないことが分かってしまうこともある。なにより機能優先のメカニカルな義肢で合った場合、一発でサイボーグである事が分かってしまう。

 そのため医療用でも普段から手袋を嵌めている義肢使用者は少なくない。

 しかし、手袋を常用する事にはもう一つの意味があるのだ。それは――

 

 センチュリーは焦りを抑えながら作戦指揮役である志賀をコールした。

 

〔志賀さん!〕

〔どうしたセンチュリー?〕

〔私服捜査員を撤退させろ! 民間人も急いで追い払え!〕


 センチュリーの言葉に志賀は簡易コンソールを叩いて緊急コードを発する。

 

【 緊急コード:一時作戦中断        】

【 >距離を取り指示あるまで待機せよ    】


 緊急コードが合成音声で全捜査員のイヤホンに送られる。

 

〔なにがあった?!〕


 志賀からの問いかけにセンチュリーは焦りを隠さずに緊迫感を伴いながら叫んだのだ。

 

〔重武装タイプの違法サイボーグだ! 私服の下に着込んでるボディアーマーなんぞ蜂の巣にされる! 誰も前に出るな!〕


 もう一つの理由。それは――


『殺傷性の強い違法ハイテク兵器を内蔵しており、決して人目に晒せない場合』


――である。


 無線越しに叫ぶのと同時にセンチュリーは雑居ビルの屋上から飛び降りた。そして同時に自らの全身に備わった特殊装備を起動する。HMDエアロダインジェットテクノロジーにより、自らの全身においてイオン化大気によるジェット気流を生成し、簡易的な滑空飛行を可能とするシステムだ。

 装備名は『ウィンダイバー』――

 

【体外気流制御システム『ウィンダイバー』起動】

【最大制御にて滑空モード開始        】


 20mほどの高さのビルの屋上から身を躍らせると、センチュリーは全身から電磁波を放ちジェット気流を生成し始める。それと同時にその身にまとっていたフード付きパーカーは一気にはじけ飛んだ。

 微塵に引きちぎれた布地を舞い散らせながら、そのアンドロイドボディーで自然大気を乗りこなしつつ眼下の公園の真っ只中へと一気に降り立つ。脚部の底がコンクリートの上を滑走しながら火花を散らす。そして、両足の踵に備わった金属製のダッシュローラを回転させながら半回転すると、両腰に下げた二振りのオートマチック拳銃を抜き放った。

 一つはLARグリズリーマークⅢ、357マグナム仕様のガバメントコピー銃

 もう一つは10ミリオート弾のコルトデルタエリート。決して優秀な銃とは言い難いが、今までにも幾多もの視線を乗り越えてきた大切なパートナーだ。

 それを左右同時に抜き放ち両手で構えながら銃口をウィンドブレーカーを纏った男へと突きつける。

 だが、返す刀で男は自らの左手をセンチュリーへと向けた。

 

――キュバッ!――


 電磁火花を伴い、独特の甲高い音を響かせながら白熱化した金属弾体を男の左手は射出した。射出と同時に男が左手にはめていたレザーグローブは微塵にはじけ飛んだ。その時、センチュリーは己の背後に一人の捜査員が居ることに気づいていた。

 

「やべぇっ!」


 とっさに弾丸と目標の間の射線へと割り込んでいく。とっさに左手を振り上げて、白熱化している弾丸を寸でのところで弾き飛ばす。

 

――ギィィン!――


 独特の金属音を響かせながら弾丸は明後日の方へと飛んで行く。とりあえず被害を食い止められたことに安堵しつつセンチュリーは男を睨んだ。

 

「てめぇっ!」


 怒気を孕んだセンチュリーの叫びを前にしても男はひるまない。そればかりか口元に嫌らしい笑みを浮かべつつ右手で頭にかぶったフードを後ろへと落とす。そこから出てきたのはドレッドヘアの黒人系。目元にはメタリック風のレンズが備わったガーゴイルズサングラス。どう見てもカタギの仕事をしている人間には見えたものではない。

 そしてドレッドヘアの男の左手は、弾丸の射出と同時にレザーグローブは微塵に飛び散り、その内部を晒している。鈍い銀色に光る金属製の義手。手のひらの根本近くには銃口が露出している。硝煙も火薬の匂いも伝わってこない。その発射時の濃厚な電磁火花からその兵器の正体を推察することは可能だ。

 

「電磁レールガン! 義肢の内部に埋め込み可能なダウンサイズタイプか!?」


 センチュリーが叫べば、男は英語のイントネーションのままに笑い声を上げながら残る右手も前方へと突き出した。そのモーションが引き金だった。捜査対象者の残りの者たちも着衣の下へと秘匿していた密造兵器を取り出すと背中合わせに円陣を組んで銃口を異なる方向へと向けた。

 そして、発射の合図の代わりにドレッドヘアの男が叫んだのだ。

 

「Yes!! of course!!」


 右手のレザーグローブもはじけ飛ぶ。それをきっかけにするかのように指揮官の志賀が無線越しに全捜査員へと告げたのだ。

 

〔全車両突入!!〕


 志賀の音声指示と同時に脇路地に待機していた覆面車両が一斉に突入する。

 公園敷地の南西は地下駐車場の出入り口を兼ねた高台で、北東側半分が開けた広場だ。その広場を北と南と東側から3方向から囲む形で4台の覆面パトカーを停車させる。そして、車体や開け放ったドアを遮蔽物にすると全捜査員が身を隠しつつ所有していた官給拳銃であるシグ/ザウアーP229を抜き放つ。

 本来ならば官給拳銃は32口径のP230だが、違法サイボーグと接触する可能性のある彼らには大口径弾の使えるP229が支給されているのだ。口径はアメリカの公的組織でも普及しているS&W40口径、それの対サイボーグ仕様弾を装填していた。


 捜査対象者たちを取り囲んだのは18の銃口。そこに込められた強い意志は法と秩序を無視した悪意と暴力を許さないという鉄の意志だ。そして、それを承認するべく指揮役の志賀の声が響き渡った。

 

〔射撃許可!〕


 そしてそれを追認するように、包囲陣の一角の一人が叫んだのだ。

 

「撃て!」


 P229の引き金が引かれ、銃口からS&W40口径の弾丸が放たれる。通常なら私服捜査員である彼らの拳銃は殺傷能力のさほど高くない32口径の弾丸で十分なのだが、違法サイボーグが増えた昨今。その口径では効き目のないケースが増えてしまっている。

 それに対抗するため、違法サイボーグとの接触が想定されるセクションや任務では軍用の弾種である9ミリパラベラム弾や、彼らの様にS&W40口径を用いるケースが増えているのである。


 捜査員たちが狙うのは、捜査対象者から要逮捕対象と変わった犯人たちが構える電磁レールガンだ。

 高圧バッテリーと電磁加圧レールガイドから構成され、金属製のフレシェット弾体を電磁気力により発射するものだ。違法サイボーグの増加に伴い、地下社会において簡易に製造可能なノウハウが流出蔓延したことや、一般的な拳銃や軽機関銃と異なり、火薬や雷管と言った入手困難な特殊な素材を必要としないことから、爆発的に密造が増え、安価に売買されるようになってしまった。そのため犯罪を指向する者たちの間ではナイフよりも当たり前に普及する様になっていたのだ。

 3Dプリンターで造られた白いプラスティック製の筐体と、直径4ミリほどの銃口。大きさは有名な大型オートマチック拳銃であるデザートイーグルとほぼ同サイズで、銃身の真下に高圧バッテリーパックが装着されている。そこから供給される高圧電気により、2本の並行した電磁レールの間に挟まれた金属製の弾体をフレミングの左手の法則として表される電磁気による加速力で超音速で射出させる。

 火薬ではなく電磁気力による弾丸発射。それ故に火薬が爆発して炸裂するのではなく、高圧電気の通電ノイズと、弾けるような電磁火花を伴うのが特徴だった。犯人たちは電磁火花を撒き散らしつつ、退路を求めて公園南西側の高台側へと移動しつつあった。

 

 それを追うのが神奈川県警の捜査員たちが向けた9ミリパラベラム弾の銃口である。攻撃を許可されたとはいえ、日本の警察には今なお、殺傷を伴う犯人への銃撃には根強い抵抗と規制がかかっている。よほどの凶悪事件や民間人への殺傷被害が伴わない限り、威嚇射撃や攻撃の無力化を狙った射撃しか行えない不自由さがあった。

 

――絶対に命を狙ってこない――


 犯罪者たちは分かってた。日本警察の持つ〝甘さ〟を。国際社会での犯罪への処断の厳しさ冷酷さは今に始まったものではないが、日本警察には今も昔もなお硬直化した人権思想があるゆえに、社会治安を優先した一殺多生の思想が認められないという事情も合った。

 その甘さに付け込めるからこそ、違法サイボーグを日本社会の裏側へと持ち込もうとする者達は、巧妙に、着実に、そしてものすごい勢いで、日本の犯罪社会の様相を書き換えつつあるのだ。

 

――治安と秩序の崩壊――


 それが民間人やマスメディアの間で語られるようになって数年がたっていた。

 今この場においても、警察を殺してでも活路を開こうとする犯罪者と、犯人を活かしたまま法曹の場へと捉えねばならないという役割上の制限が課された警察捜査員たちの間では、行動への〝思い切り〟に大きな違いがあるのだ


 7人の容疑者たちは分かっていた。警察が命を狙ってこないという事実に。あくまでも攻撃を無力化し、行動を制限して〝生け捕り〟にしようとしている事を。

 甘い判断であり、なんとも生ぬるい。それをわかっているからこそ、彼らには余裕があった。悠然と退路を探して移動しつつ銃口を捜査員たちの方へと向けトリガースイッチを引き続ける。

 電磁レールガイドへと供給される電力を蓄えるコンデンサーに電力がチャージされるまで数秒、甲高い耳障りな音が響いた後に銃身後部にある赤いLEDパイロットランプが点灯し発射可能となる。犯人たちには弾薬に余裕があるのだろうか、残弾を気にしている様子は全く無い。捜査員たちが身を隠している覆面パトカーのボディーへと遠慮なしに矢弾形状のフレシェット弾を打ち込んでいく。

 

「くそっ! こっちが撃ち殺さないのを分かっていやがる!」


 捜査員の一人が悪態をつく。

 

「こっちはせいぜい手足か肩口程度、迂闊に頭部や胴体の急所にあてたら始末書じゃすまな――ぎゃぁッ!」


 拳銃を構えながら言葉をかわしていた一人が悲鳴を上げた。その悲鳴に志賀が問いかける。

 

〔どうした!?〕

〔一名被弾! 右頭側部より出血、針形状のフレシェット弾が頭部に食い込んでます!〕

〔県警本部から応援を呼んでいる。回収するので負傷者を退避させろ!〕

〔駄目です! 退避不能です!〕

〔なに?〕

〔一名、重武装の違法サイボーグが混じっています! 近接・遠距離どちらも可能な極めて高度な戦闘用途です! 遮蔽物から離れればすぐに殺られます! 犯人たちの所有する簡易型の携帯レールガンなどとは比較にならない威力です! 覆面パトカーのボディを撃ち抜かれそうです!〕


 志賀は捜査員からの報告に歯噛みする思いだった。忸怩たる苛立ちを飲み込みながら問い返す。この事態に対抗できるのは〝彼〟しか居ないのだ。

 

〔センチュリーは?〕

〔現在、重武装サイボーグと交戦中! 制圧はまだです!〕


 無線音声越しに、センチュリーの苦戦が何よりも伝わってくるのがわかる。

 こうしている間にも消耗は警察側のほうが増えて行くだろう。たとえどれだけ被害者を出しても逃げおおせればいい連中と、絶対に殺さず、可能な限り傷つけずに犯人逮捕を行わればならない者たちとでは行動に差が出るのは当然だった。

 どうすればいい? どう判断すればいい?

 県警への応援は求めた。だがそれには、まだ到達まで時間がある。

 一気にゴリ押しするか? だがそれには、なによりも威力不足だ。なにより今以上に負傷者の発生が避けられない。

 しかしこのままでは間違いなく逃走される。その手段はまだ判然としない。だが志賀には長年の経験から解ることがあった。

 

「連中、まだ手の内を隠しているような気がする」


 漠然とした――、それでいて確実な不安が襲い来る中、志賀へと届いてきたのはセンチュリーの声だった。

 

〔奴らの行動が読めたぞ!〕

〔なに?〕

〔連中、西公園地下の駐車場から逃走する気だ! はじめから逃走用車両を用意している! 地下駐車場通用口階段に向かおうとしている! 銃撃戦の対応は俺がやる!〕

〔分かった! 退路遮断はこちらでやる!〕

〔頼む!〕


 そして一旦通信を終えると、モニターの配置図面を視認しながら指示を出す。

 

〔伊勢佐木2号、加賀町4号! 地下駐車場出入り口を封鎖だ! 犯人が地下に逃走用車両を用意していた可能性が出てきた! なんとしても阻止しろ!〕

〔伊勢佐木2号了解!〕

〔加賀町4号了解です〕


 そして、モニターの中、センチュリーの位置は7人の犯人たちに追いすがるようにさらに歩み寄ろうとしていた。そのセンチュリーにガチで鉢合わせるのは、あのドレッドヘアの重武装サイボーグだ。

 そのセンチュリーを援護するように、のこる3チームの捜査員たちが拳銃の射線を確保している。もはや猶予はならない一気に畳み掛けるしか無い。志賀は県警本部の通信指令本部へと緊急連絡を送る。


〔こちら少年捜査課志賀! 県警本部へ緊急連絡! 重武装の違法サイボーグを確認! 武装警官部隊の緊急支援を要請する! 事件現場詳細はネット経由でそちらと情報共有する〕

〔こちら通信指令本部、緊急支援要請を受諾。武装警官部隊『盤古』神奈川大隊に出動要請を行います〕

〔了解!〕


 武装警官部隊『盤古』

 それは特攻装警配備以前に運用が開始された犯罪制圧目的の武装警察部隊である。

 最新鋭のハイテク装備と3つの異なる武装レベルの装甲スーツの使用を許された極めて攻撃的な思想に基づく犯罪制圧精鋭部隊だ。現状の日本警察に許された最大限の行動範囲と権限を駆使することを認められた〝プロフェッショナル集団〟である。

 それは東京都警視庁のみならず、この神奈川にも配備されている。県警本部からの要請に応じて24時間体制で常に出動可能であるのだ。


〔直ちに神奈川ヘリポートより1小隊を派遣します。情報共有を継続し派遣小隊との連絡を密にしてください〕

〔少年捜査課志賀了解! 盤古派遣小隊と連絡を確保します、以上〕


 志賀が県警本部との連絡を終えた直後だった。志賀が扱っているネットシステムのモニターにアラートが表示される。

 

【       ――報告――        】

【 盤古神奈川大隊第3小隊より       】

【 >現場到着まで3分           】


 そのアラートに続いて無線越しの声が通じてくる。

 

〔こちら盤古神奈川大隊第3小隊・小隊長網島〕

〔こちら県警少年捜査課志賀〕

〔現場西公園上空へヘリボーンにて到着後、簡易ジェットパック降下にて強襲制圧を行う。それまで何としても持ちこたえろ!〕

〔了解、速やかな応援に感謝する!〕


 通信を終えて志賀は思う。

 切り札は切った。その切り札の効果が発揮されるまで3分足らず。ならばそれまでなんとしても持ちこたえるしかない。自分自身に努めて冷静であることを言い聞かせながら現場の捜査員たちに向けてこう告げたのだ。

 

〔全捜査員に告ぐ! あと3分で支援部隊が到着する! 被害を最小限に抑えつつなんとしても逃走を阻止しろ! 全員の奮起を期待する!〕


 そして返事を待たずに通信を着ると志賀は運転手に命じた。

 

「車を出せ! 俺たちも応援に向かう!」

「了解です」


 志賀たちを載せた覆面パトカーは静かに走り出すと、制圧戦闘が行われている西公園に向けて一路走り出した。法治活動を担う警察官として悪意を持って法を犯す者を断じて認めるわけにはいかないのだ。

 

 

 @     @     @

 

 

 ドレッドヘアの黒人――。それは両腕全てを総金属義手化した戦闘サイボーグである。腕だけではない。おそらくは両足や胴体の背面部分もサイボーグ化している。本来の生身の脊椎以外にも背面部にサブフレームを設けて身体強度を強化しているのだ。両腕の金属義手に内蔵された高出力電磁レールガンをメインとした遠近両面をカバーする極めて応用範囲の広い戦闘能力を有した違法サイボーグだった。

 距離を取れば両腕のレールガンで射撃攻撃を、接近すれば絶妙な格闘スキルを交えて接近したゼロ距離射撃で攻撃してくる。離れてよし、近づいてよし、それはまさに変幻自在と呼ぶにふさわしい。

 

「くそっ! 無駄に場慣れしやがって!」


 そう叫びつつセンチュリーは眼前のドレッド男の外見を警察庁のデータベースにアクセスして検索をかける。

 

【 日本警察情報データベース        】

【 犯罪容疑者/逮捕者/重要参考人リスト  】

【 《高速画像検索》            】

【      ――スタート――       】


 センチュリー自らの目で見た映像を用いて画像検索をかける。該当する容疑者や参考人が居ないかチェックするためだ。だが――

 

【 検索結果>当該エリアにおける該当者無し 】


 その結果にセンチュリーは歯噛みしつつ男に問いかける。ドレッド男が左腕で下から上へと突き上げる掌底を、センチュリーは右腕を下から内側を経由して回転させて外へと弾き払う動きで回避しながら怒気混じりに告げた。

 

「てめぇ、いつこの国に入り込んだ!? 犯罪目当ての密入国か?!」


 可能性はある。最近、日本警察の甘さに目をつけて日本へと上陸をしようとする組織犯罪者や流れ者が後を絶たない。治安の芳しくない欧米や発展途上国から見れば、日本はまだまだマーケットとしては魅力的なエリアだ。ましてや警察が簡単に犯人殺害を行わないとなればなお魅力的だ。違法サイボーグ技術が簡易に手に入る現状では、違法武装をつけずとも安全基準を無視し強度を強化し、出力を上げれば、それだけで十分に危険な凶器の出来上がりだ。そうして生まれた犯罪の力を行使できれば犯罪利益のおこぼれに預かることは容易なことなのだ。

 ましてや世界には、安全な日本の環境では考えられないような剣呑な日常を強いられている場所はいくらでもある。たった5ドル10ドルを得るために人を殺すことなどなんとも思っていない連中は世界中どこにでも居るのだ。そう言う犯罪者気質と違法サイボーグが簡単に結びつく今日、このドレッドヘアの男のような存在は珍しくないのだ。

 センチュリーにより攻撃をかわされつつもドレッドヘア男は怯むこともない。そればかりか自信アリげに悪態すらついてくる。

 

「誰が言うかよ!」


 口汚い言葉と同時にドレッドヘア男の右足が跳ね上がる。ダブダブのジーンズの中に収まったその足は腕と同じように金属製の義足だった。ジーンズの布地越しに電磁火花が漏れているのが見える。

 

「てめえのケツでも舐めてろ! ジャップの人形野郎!」


 センチュリーは視界に入ったその右足を、自らの両の前腕を眼前で縦に構えて堪えた。

 そしてドレッドヘア男の右足がセンチュリーの両腕にヒットした瞬間。炸裂したのは周囲の誰もが目を覆うほどの凄まじいばかりの電磁火花である。

 

――ドォォオオン!!――


 鋼鉄製のハンマーのような衝撃に、おそらくは最大瞬間電圧2万ボルトはあろうかという瞬間的な高圧放電。それらが組み合わさって単なる蹴り技を超えた放電攻撃兵器と化している。電気火花のスパークが生み出す衝撃にセンチュリーも思わず弾き飛ばされそうになる。

 体勢が崩れたセンチュリーに向けて、ドレッドヘア男の右腕が繰り出される。手のひら根本に空いた電磁レールガンの発射口、そこから放たれたのは重金属が組み合わされた特性の重比重弾体だ。

 それも3連弾をセンチュリーの頸部と胸部、そして腹部へと流れる動きで撃ち放った。

 

「ちぃっ!」


 加えられた攻撃にあえて逆らわずに後方へと退くことで、ダメージを最小限に留める。行動不能に陥りそうな直接的な被害は少なかったが、それでも特製の決め弾の3発は致命的なすきを生み出すには十分だったのだ。

 

「ぐぅっ!」


 センチュリーはくぐもったうめき声を思わず漏らした。わずか数ミリの直径の弾丸とは言え、重比重金属による弾丸のゼロ距離射撃だ。体内へと浸潤するダメージは明らかだ。

 意識が飛びそうになる中、自らのメカニズムとシステムに意識を向ける。視覚的に見てもこれだけ派手な攻撃を至近距離で加えられれば多少の痛手は裂けられないはずだ。だが――

 センチュリーは意識して自らの体内システムからの報告を注視する。

 

【特攻装警身体機能統括管理システム     】

【          緊急プログラムアラート】

【>体外部高圧放電確認           】

【       [瞬間最大電圧21500V]】

【>電流値低少、絶縁状況 ―維持―     】

【>体表部被弾確認[頸部、胸部側面、腹部] 】

【>弾丸、射線傾斜角による反射       】

【             [装甲貫通無し]】  

 

 だが致命的なエラーを意味するメッセージはセンチュリーの視界の中には表示されてはこなかった。

 

「高圧放電に重比重弾丸の固め打ち――、違法サイボーグ相手にゃ想定内だ」


 ノーダメージとは行かないが、戦況を不利にするほどのダメージでは無かったのだ。


「生憎だな」


 こんど悪態をつくのはセンチュリーの番だった。

 

「そう言う派手なパフォーマンスだったら――」


 離された距離を一気に詰めようと、センチュリーは己の脚底部に備えられた金属製のダッシュホイールへと力を込める。左足を踏み出しつつ両足のダッシュホイールを駆使しして前方へと自らの身体をはじき出す。

 さらに左足を踏みしめ、同時に腰の後ろに収納してある彼専用の特殊ツールをとっさに引き出す。それは最大で数十mを超す長さの特殊ワイヤーでありセンチュリーにしか使いこなせない代物である。

 

――ダイヤモンドセラミックマイクロマシン能動連結ワイヤー『アクセルケーブル』――

 

 ダイヤモンドセラミック製の微細なマイクロマシンアクチュエーターをカーボンフラーレン製の超高強度ワイヤーを芯材として連結しケーブルを構成、アクチュエーターが作動することでケーブル自らが形状や形態や機能性を変化させる特殊攻撃ツールである。

 巻きつき、打突、障害物回避、はてはチェーンソーのように目標物の切断までマルチに使用可能なツールアイテム――

 それを右手で腰の裏側から取り出すと右腕を前方へと繰り出す動きそのままに巻き取られていたワイヤーケーブルを前方へと解き放つ。そしてケーブルが敵の体へと巻き付く様を想起しながら言い放ったのだ。

 

「――ディズニーランドかユニバーサルスタジオでやって来い!!」


 センチュリーが叫ぶのと同時にアクセルケーブルはまるで命を宿しているかのように宙を泳ぎながらドレッドヘア男の体へと巻き付いていく。左腕を螺旋に這い回りつつ敵の首筋へと絡みつくと敵の逃走を抑止する。

 そしてすかさずアクセルケーブルのグリップを引き絞って敵の体勢を崩そうとする。

 

「Shit!!」


 思わぬ攻撃に戸惑いつつワイヤーから逃れようとするドレッドヘア男だったが、センチュリーとの引っ張り合いのために思うように攻撃をする事ができないでいる。少なくともケーブルを絡められた左腕は使用は困難だろう。思わず残る右手をセンチュリーの方へと向けてくるが、センチュリーもホルスターに戻してあったグリズリーマークⅢを抜き放った。

 

【 弾丸射角瞬間計算開始          】

【 3次元空間位置座標シュミレート     】

【 計算対象:制圧対象攻撃阻止最大効果射線 】

【 >シュミレート演算完了         】

【 >全身各部関節位置高速アジャスト    】

【 使用拳銃トリガー発射タイミング     】

【 >フルオート              】


 照準を目視で合わせている暇はない。自らの身体に備わったセンサーから得られるデータをフル活用し、敵の位置とそこから放たれるであろう射撃を予測してそれに対して最大の防御効果を発するだろう射撃位置とタイミングを瞬時に割り出す。

 そして、全身の関節位置を最適位置にした上でフルオートで発射させる。しかる後にグリズリーから放たれた44マグナム弾は、敵ドレッドヘア男の右の手首へとヒットして、その攻撃のための動きを見事に阻止したのだ。

 敵の攻撃を食い止めたことを見越してセンチュリーは怒号を込めて叫んだ。

 

「野郎!――」


 そして右手のアクセルケーブルをグリップごと思い切り後方へと引く。ドレッドヘア男は右腕の射撃を阻止された事もあり、体勢を崩して引かれるままに前のめりになる。それを逃さずセンチュリーは左足を高々と振り上げた。

 

「いい加減にしやがれぇっ!」


 左足を下から上へと振り上げる動きで一発。返す動きで上から下へと振り下ろして脳天へと容赦のないかかと落とし。敵の動きを見ていたセンチュリーは敵がまだ両足を踏ん張っていて意識を喪失していないのを確認すると、回し蹴りで左後方から右へと横薙ぎに蹴り飛ばした。

 ドレッドヘア男の体が横飛びにすっ飛ばされる。それを視認しつつセンチュリーはアクセルケーブルによる捕縛を解除して被疑者へと一気に駆け寄る。そして前のめりに横転していたドレッドヘア男の左肩を踏みつけにすると左のグリズリーと右のデルタエリートを突きつける。半分は威嚇、残るは緊急避難による処分を意図しての物だ。


「そこまでだ! 少しでも動けば射殺する!」

 

 違法サイボーグはその殆どが殺傷力の高い違法兵器を仕込んでいる。生身の人間に例えるのならば、常時その手に発射可能状態の拳銃を握りしめながら生活しているようなものだ。あるいはいつでも抜刀可能な日本刀を腰に下げて往来を歩くようなものだ。この現代社会で到底容認される行為ではない。

 だから処分する。それ以上攻撃が行えないようにすべての攻撃手段を無力化する。破壊、切断――あらゆる手段を用いて、さらなる被害者が出ないように対策を講じるのがこの時代のセオリーなのだ。

 センチュリーは眼下の男を眺めつつ無力化の手段について様々に思案する。そしてそれと同時に周囲の状況を確認しようとする。

 と、その時、センチュリーの認識の中に割り込んでくる通信が有った

 

〔センチュリー! 武装サイボーグは制圧したか?!〕


 作戦指揮を執っている志賀だ。モニター越しの状況確認と同時にセンチュリーに通信してきたのだ


〔制圧完了、あとは無力化を残すのみだ。残りの連中は?!〕

〔地下駐車場入り口に固まっている! 別ルートから先回り地下駐車場に回り込ませて入口ドアを内側からロックさせた! 逃走は阻止した! 支援部隊として神奈川の盤古1小隊がそろそろ到着するはずだ〕

〔武装警官部隊か! ありがてぇ!〕


 そしてセンチュリーがそう口にした時だった。高速ヘリが一機、西公園の上空に爆音を響かせて近づいてくるのが聞こえてきた。そのローター音に居合わせた捜査員たちが安堵の表情を浮かべようとしていた。しかし――

 

「甘いんだよ! ジャパニーズポリス!」


 挑発するように言い放ったのは他でもない、センチュリーが足元に踏みつけにしていたドレッド男である。その声にセンチュリーが視線を落としたその時である。

 

「なんだと、てめ――」


 センチュリーの言葉を断ち切って、濛々たる白煙が周囲に溢れ出したのだ。

 白煙の正体はすぐに視認できた。眼下で踏みつけていたドレッドヘア男の全身から溢れ出る〝視覚妨害煙幕〟である。


「しまった!」


 センチュリーだけでなくその場に居合わせた幾人もの捜査員が口々に叫んでいた。そしてセンチュリーはその煙幕の正体を即座に知ることになる。

 

【 ――視覚情報分析――          】

【 光学妨害:不可視度90%以上      】

【 マイクロ波妨害:高レベル        】

【         [レーダー視覚使用不可]】

【 電波妨害:高レベル           】

【       [警察デジタル無線使用不可]】

【 熱源視覚妨害:高度熱拡散機能確認    】

【 附則:振動感知妨害マイクロマシン確認  】

【                     】

【 日本警察データベース経由にて      】

【  防衛庁兵器資料データベースへアクセス 】

【 データベース高速検索開始        】

【 >当該兵器情報検知           】

【  ≫ロシア正規軍向け          】

【        高機能妨害煙幕装置に酷似 】

【 付帯情報:               】

【  外務省国際危機管理情報資料において  】

【 ロシア兵器産業より類似技術地下流出の  】

【 事例を確認。              】

 

「なんだと?!」

 

 狼狽る声が漏れたのを耳にしたのか、ドレッドヘア男の声がする。

 

「悪いなダンナ! 世の中はいつだって――」


 次の瞬間、迸ったのはあの2万ボルトはあろうかという放電装置の紫電である。

 

「軍隊と犯罪者のテクノロジーの方が上なんだよ!」


 特殊妨害煙幕の中、放たれた放電は拡散することなくドレッドヘア男の脚部周辺で収束放電していた。そしてその状態のまま両足を目いっぱいの勢いで地面へと叩きつける。そして抑え込まれていた放電は一気にスパークしコンクリート製の床を吹き飛ばし、センチュリーの体をも僅かに吹き飛ばしたのである。

 

「ちぃっ!」


 声を漏らしつつ後ろのめりに倒れそうになる。それを必死にこらえつつ踏みとどまるが、足で踏みつけにしていたドレッドヘア男はすでに脱出したあとである。

 

「くそぉっ! これがアイツの〝とっておき〟か!」

 

 戦闘行為を日常的に常とする者は、それぞれが独自に戦闘のセオリーを持っている。打撃系、銃撃系、切断系、特殊機能系、格闘系、白兵武器、殺人兵器――

 そして、常套手段とする得意の戦闘スキルの他に、ここぞと言う時に使用する〝とっておき〟の一撃と呼ぶべき物を誰もが持っている物だ。


 それは当然センチュリーにもあるが、このドレッドヘア男の場合は組み込み電磁レールガンでもなく、脚部の放電装置でもない、全身各部に仕込んでおいた特殊妨害煙幕だったのである。

 周囲に視線を走らせ逃亡者の後を追う。しかし通常光学視覚では視認は困難であり、熱サーモグラフィも、電磁波発信源探知も、ノイズが酷くて追跡は困難だった。少なくともどの方向へと逃げたのか、それだけでも把握しないとまんまと逃げられることとなる。そして事態を悪化させる事が更に起きていた。

 

――擲弾型の煙幕弾――、残る生身の6人の被疑者の中のひとりが様々な方向に煙幕弾を散布していた。

 

「やべぇ!」


 同タイプの煙幕で無く、視覚を奪うだけの通常煙幕だったとしても、被疑者たちの逃走には極めて有利となる。残る全員を逃す危険性すらあるのだ。その時、センチュリーの認識に割り込んできたのは、あの志賀の声である。


〔センチュリー! 大丈夫か?〕

〔志賀さん?〕

〔この煙幕で完全に混乱状態だ! そっちはどうなってる?〕

〔すまない! 敵の主力を逃した! 軍用の特殊煙幕だ、光学カメラも熱サーモも電磁波探知も効かねえ! そっちのドローン映像はどうだ?〕

〔ダメだ! ドローンは先程撃ち落とされた。予備は電磁波障害でコントロール不能だ〕

〔くそぉっ! 万事休すかよ!〕


 二人が焦りの声を上げたその時である。

 

【 日本警察専用高速無線回線        】

【 発信:神奈川盤古第3小隊ルート権限   】

【 受信:警視庁特攻装警第3号機      】

【 >データ共有要請信号          】

【 ≫共有対象[高速ヘリ空撮映像]     】

【 ≫データタイプ[リアルタイム動画]   】


 無論、センチュリーはそのデータ共有要請を受諾した。


【 発信:警視庁特攻装警第3号機      】

【 受信:神奈川盤古第3小隊ルート権限   】

【 >データ共有[受諾]          】


 そして、共有を受諾した瞬間、写り込んできたのは横浜上空を飛ぶヘリからの空撮映像である。センチュリーがその映像を受信した瞬間、音声通信が繋がったのだ。

 

〔こちら神奈川盤古第3小隊小隊長網島! 逃走対象を上空から視認中、映像情報をそちらにつなぎます〕


 音声の主は志賀が支援要請をした犯罪制圧武装チームである武装警察部隊・盤古の神奈川大隊第3小隊の小隊長である。電磁波妨害の中、通信が繋がったのは彼ら武装警官部隊が用いている通信回線が一般には開放されていない特殊な超高周波回線であるためだ。彼ら盤古はハイテク犯罪者を相手にあらゆる可能性を考慮した装備や機能を保持している。この程度の妨害煙幕で遮られる彼らではないのだ。

 

〔了解! こちらからも逃走者を追う! 制圧よりも逃走の阻止を優先してくれ!〕

〔網島了解! 直ちにジェットパック降下を開始します!〕


 すぐにセンチュリーたちの頭上に高速ヘリのローター音が響いてきた。神奈川県警の銘が打たれた十数人乗りの大型ヘリ。その両サイドドアが開いて内部から武装警察部隊の隊員たちが顔を覗かせる。そして小隊長の指揮の声が響いた。

 

「降下!」


 指示と同時に機内から全身をくまなく覆う白いシルエットのプロテクタースーツが現れた。その数は総数で10名で内1名が上空からの支援射撃任務のためにヘリ内に留まっていた。空挺用の短銃身のサブマシンガンを備えた彼らは、背面に背負ったバックパックから高圧ガスを噴射しつつ、すみやかに散開して地上へと舞い降りていく。今回のミッションで選択している銃器はドイツ製のMP5Kだ。 

 その場へと遅れて駆けつけようとしていた志賀は覆面パトカーの車中から、その白いプロテクター姿のシルエットを見上げていた。

 

「来たか!」


 待ち望んだ支援部隊だ。ましてや盤古は対機械戦闘、対違法サイボーグ戦闘のプロフェッショナル集団である。違法銃器所持の触法青少年集団・武装暴走族の制圧など物の数ではないのだ。

 そして上空のヘリからの空撮映像は志賀の乗る覆面パトカーのモニターシステムにも表示されていた。違法武装を所持した若者たちの一団は川沿いへと退避しつつあった。だが川沿いの通路の退路はすでに絶たれどう見ても袋小路に自ら入ったようなものである。 


「やつら川に飛び込むつもりか?!」

 

 福富町西公園は大岡川と言う川沿いにある。かつてはヘドロが堆積して異臭を放っていて近づくのも辛かったと言う。だが浄化活動により魚が遡上するまでになっている。飛び込んで泳ぐことは決して不可能ではない。志賀は自らの直感を信じ号令をかけた。

 

〔全員川沿いに向かえ! 武装警官部隊と連携して確保だ!〕


 覆面パトカーが動き、捜査員が先回り動こうとする。センチュリーも志賀の声を信じ両踵のダッシュホイールを始動させ一気に走り出した。すべての動きが川沿いへと逃げようとしていた武装少年たちを包囲しつつあった。全てはここで一気に決まる。誰の目にもそう写っっていた。

 

 しかし――、

 エンディングはまだ先である。

 そして、さらなる切り札が切られようとしていたのである。

 

【 Quantum coupling    】

【  communication line 】

【 [Starting]          】

【  >remote connection 】

【 #1:Vehicle1         】

【 #2:Vehicle2         】

【 >ENGINE START       】

【 >Robotically Drive  】

【              ⇒ ―GO― 】


 西公園地下の駐車場の片隅、そこに2台の車両が停車していた。

 車格の大きいオフローダーで、フロント部前面にカンガルーガードと呼ばれるパイプフレーム状のプロテクターが装備されている。ナンバープレートが装備されているが、後部ナンバープレートの封印は破損しており、それが盗難された物であると言うことは明らかだった。俗に言う『天ぷら』である。

 日本料理の天ぷらが素材にころもをかぶせるところから、偽物のあるいは盗品のナンバープレートを非正規に取り付けることを、俗に天ぷらと呼ぶのである。 

 その2台のオフローダー車のエンジンが始動し、ゆっくりと走り始めた。だが奇異だったのは車内には誰も乗っていなかったという事実である。

 

「なんだ?」


 地下駐車場に入り込んでいた捜査員の内の一人がつぶやいていた。地下駐車場の入り口を内側から封じていた二人だったが地下から地上に向けて走行してくる車両があるのに気づいた。視線を向けてその様子を見守っていたが、まともな一般車両では無いことは誰の目にもあきらかだった。

 

「おい? 無人だぞ?」

「地下駐車場より指揮車へ、応答してください!」


 二人が地上へとつながる通路の途上にて、手にしてた拳銃をその車両に向けて威嚇しているが、そもそも無人の自動車に対して拳銃による威嚇行為など無意味だった。2台のオフローダー車は、けたたましいディーゼルエンジン音を響かせながら、怒れる猛獣の如き勢いで二人の捜査員めがけて突っ込んできたのである。一人が威嚇射撃をタイヤに向けて数発放つ。

 

「無人の車両が地上へと向かっています。台数は2台、逃走を阻止できません!」

「くそっ! パンクレスタイヤを使ってる!」


 タイヤを正確に狙ったはずだったが、タイヤは拳銃弾でパンクすることもなく、オフローダーは着実に地上へと向かっていた。

 

「停まれぇえ!」


 オフローダーの前に立ちはだかるようにして二人は静止を試みた。だがその程度で止まるような車では無いのだ。阻止の困難を悟った二人は道を開けると間一髪轢かれずに済む。今、奇妙な自動車が2台、地上へと解き放たれたのである。


「指揮車へ! 不審車両2台が制圧対象者の所へ向かいました! 防弾タイヤです! 走行の阻止は困難です!」


 その悲痛な叫びのような報告は、無線回線を通じてすべての捜査員や盤古隊員やセンチュリーの元へと伝えられていた。そして、敵が仕掛けた最後の切り札の正体を思い知ることになるのである。

 

〔防弾タイヤの無人オフローダーだとお?〕


 驚きの声を漏らすセンチュリーの眼前で、その2台のオフローダーは姿を表したのだ。

 夜の帳に真っ白な煙幕が立ち込める中、その白い闇を裂くようにして2台の車は歩みを止める。そして、その2台の車が意味する物をその場に居合わせたすべての者達が気づいたのである。

 その後の動きはまたたく間であった。

 オフローダーのドアが空き、川岸に集まっていた7人がその中に飲まれて行く。前の車両に4人、後ろの車両に2人、残る1人は上空から舞い降りようとしていた武装警察部隊の隊員が放った9ミリ弾が足に被弾し行動不能に陥っていた。

  

〔車両狙撃!〕


 盤古小隊長の網島の声が無線越しに飛ぶ。すると上空にてホバリング待機していたヘリの側面扉から身を乗り出していた隊員1名が大型の専用狙撃ライフルをスタンバイしていた。ヘリの機体側面部にアーム形状のフレームでつながれたそれは、高圧レールガン仕様のセラミックス製フレシェット弾を放つ形式の物で武装警察部隊に対して配備された専用特殊装備の一つだ。

 形式コードは【AOT-XW021】装備名は【サジタリウス・ハンマー】


――キュィィィーーン―― 


 高圧コンデンサーのチャージ音を奏でていたサジタリウス・ハンマーの電子スコープを頼りに、射手は照準を合わせる。狙撃対象はオフローダー車のフロントのエンジン部分・ボンネットごとぶち抜くのである。

 即座に照準合わせられトリガーが引かれる。しかる後にスイッチング回路がつながれ精密制御された多相式螺旋レールガイドによりタングステン弾頭の発射体を超音速で射出する。そして一撃で2台のうち、後方のオフローダー車のボンネット中央を貫く。


――キュバッ!!――


 通常の火薬式の狙撃ライフルではありえない独特の発射音を響かせて目的は撃ち抜かれた。間髪置かず二発目が前方に位置していたオフローダー車のボンネットへと二発目が速射される。

 だが、その時先頭のオフローダー車はすでに発進し始めたあとであり、ボンネット中央を外れて右寄りを撃ち抜かれる。その二発目は致命傷とならず、走り始めた一台はそのまま逃走を阻止しようと立ちはだかっていた覆面パトカーの一つへと体当たりを敢行する。強固なカンガルーバーが覆面パトカーの加賀町4号の後部トランク付近へと激突してその車体を横転させる。

 そして周囲を囲む武装警官部隊や一般捜査員からの銃弾を浴びつつもまんまと逃走せしめたのである。


〔現場より指揮車へ! 加賀町4号が横転しました! 搭乗員2名負傷。この混乱に乗じて被疑者4名が逃走! そのうち2名は捜査対象のベイサイド・マッドドッグです!〕

〔逃走したのはだれだ?〕

〔マッドドッグのサブリーダーの松浜と平戸です。大鳥・平片の2名は確保しました。それとあとから現れた3名の内、パーカー姿の男の身柄も確保しました。盤古隊員の撃った9パラで負傷しています〕

〔よし! その3名の身柄を厳重拘束しろ。違法密造武器の所持と使用、及び、警察官への傷害行為の現行犯だ。それと破壊した逃走車両も重要証拠物件として保全だ〕

〔了解、身柄を拘束して速やかに本庁に連行します〕

 

 志賀は回線を切り替える。通信対象は盤古の小隊長だ。あれから妨害煙幕も風に飛ばされて飛散したことで、多少電波は通りやすくなっている。返事の声は速やかに帰ってくる。

 

〔こちら指揮車志賀。盤古神奈川ヘリへ。逃走車追跡状況は?〕

〔こちら盤古網島! 高速ヘリで上空より追跡中! ですが――〕

〔どうした?〕

〔見失いました。望遠映像でも解析していますが忽然と消えました〕

〔そんな馬鹿な!?〕

〔あくまでも推測ですが、ホログラム迷彩を併用したものと思われます。立体映像を用いた穏体システム。たとえ一瞬でも建築物の死角を利用してホログラム迷彩を用いて、追跡の目から逃れることができれば追跡を振り切ることは不可能ではありません〕


 二人のやり取りをセンチュリーも聞いていた。そしてセンチュリーも声を発した。

 

〔志賀さん、網島さん。なんだか嫌な予感がします〕


 2人ともセンチュリーのその言葉に傾注し次の言葉を待った。

 

〔大量の密造レールガン、センサー妨害機能を持った煙幕装備、さらには無人走行可能な偽装装甲車両、どれをとっても一介の街の悪ガキチームのレベルじゃない。違法武装密造組織との太いパイプを持つ一流の犯罪組織のレベルだ〕

〔大規模犯罪組織か、おそらくスネイルだな。やつらならやりかねない〕


 網島は警察組織の犯罪制圧戦闘の最前線に立つ立場にある。今回の一件がどれだけ危険性を秘めた物なのか、それまでの経験から痛感していた。それに言葉を加えたのは志賀だった。


〔それは同意見だ。かねてより疑念を持っていたが、ベイサイド・マッドドッグには背後関係があると推察していた。それが広域武装暴走族であるスネイルドラゴンではないかと疑っていたのだが――〕

〔それが現実だったってことか。志賀さん〕

〔そういうことだ。今後は身柄を抑えた3人を神奈川県警で取り調べてさらなる調査を進めようと思う。センチュリー、網島さん、ここまでのご協力感謝いたします〕


 志賀の言葉に答えたのはまずは小隊長網島だった。

 

〔では我々は速やかに撤収します。センチュリーもご苦労でした〕


 武装警官部隊はその任務内容や社会情勢から、隊員たちに多大な負担がかかる組織だ。危険性も高いが、現状では彼らが犯罪社会抑止の最後の砦となっていた。

 戦闘能力を持ったアンドロイドであるセンチュリーもまた、彼ら武装警官部隊の負担軽減が求められて産み出されたと言う側面を持っているのだ。それだけに彼らとの相互リスペクトは深いものがある。センチュリーは網島にも告げる。

  

〔はい、ご苦労様です。そちらに何かあったら俺たちにも声をかけてください〕

〔覚えておきましょう。それでは――〕


 網島はセンチュリーにしっかりとした口調で答えていた。さらにセンチュリーは志賀にも告げた。


〔志賀さん。俺はこれで一旦撤収しますが、帰りがてら逃走した連中の足跡を追ってみようと思います〕

〔分かりました。くれぐれもお気をつけて〕


 そんな言葉のやり取りをしながらセンチュリーは身を翻して自らの駆るバイクへと戻っていく。バイクに跨り、エンジンを始動させようと体内の無線通信回線を通じて、バイクの統括コンピュータユニットにアクセスする。

 

【 特攻装警第3号機専用オートバイ車両   】

【           ――ウェーナー―― 】

【 送信コマンド:エンジン始動       】


 イグニッションキー代わりの信号を発信したその時である。

 

――ドォォン!!――


 鳴り響いたのは大音響の爆発音。方向は西公園の方だ。とっさに先程の志賀課長へと無線越しに音声で問いかけた。

 

〔志賀さん! どうした、何が有った〕


 爆発だけでない。炎上して燃え上がっている状況が明らかに伝わってくる。不安とあせりを覚えながら返事を待てば、志賀からのもたらされた返答は最悪の物であった。

 

〔自爆だ! 確保した逃走阻止車両が証拠隠滅のために自爆した! 捜査員が一名巻き込まれた!〕

〔大至急戻ります!〕


 回線越しに西公園の現場が混乱し怒号が飛び交っているのがよく分かる。センチュリーもとっさに西公園の現場へと戻ろうとするが、そこに送られてきたメッセージは真逆のものであったのだ。

 

〔いや来なくていい〕


 ショッキングな言葉に沈黙していると志賀の強い思いが篭った声が帰ってきたのである。


〔お前はお前でしかできない事を成してくれ。逃走者の追跡、くれぐれも頼んだぞ〕


 センチュリーは、志賀が語るその言葉の裏に、圧倒的な人手不足に苦しむ警察の現状を感じずには居られなかった。高い戦闘力と機能性を持つ〝特攻装警〟と言えど、できる事には限りがある。万能な存在では無いのだ。忸怩たる思いを懐きながらセンチュリーは志賀に伝えたのだ。

 

〔了解、逃走者の追跡に向かいます〕


 そして後ろ髪をひかれる思いで専用バイクを一路走らせた。

 社会には闇がある。消し去りきれぬ巨大な闇が。

 今夜もまた、その巨大な闇の真っ只中へと、彼ら特攻装警たちは足を踏み入れて行くのである。


■次話『アトラスとセンチュリー』に続きます。

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