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BlueroseGarden 2 赤と黒編 作者:香坂冬希
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[21]

それまで死んだように座り込んだまま沈黙していた
オートマータ犬が、突如頭をもたげ、俺たちに向かって
猛烈な勢いで吠えはじめたのである。
俺の背中を、氷柱がつらぬいた。
何か感づかれるようなミスをしただろうか?
とっさに、今までの自分の行動を反芻する。
少し気を抜いた程度で、俺の正体を秘匿する術が
見破られたのだとは到底思えない。だが、目の前の
犬の過剰な反応は、その場にいる誰の目にも
明らかに何かがおかしいと思わせるに足りた。
俺は何とか平静を装いつつ、間の抜けた困惑した
苦笑を口元に浮かべて振り向いた。

「おっと‥これは急に、どうしたのかな?」

半ば本気、半ば演技の行動である。
ソファに座っている男も、困惑した表情をしながら
なだめるようにしきりに犬の首輪を引っぱっている。

「失礼しました‥どうやら調子、いや"機嫌"が悪い
ようで‥すぐに黙らせますので、お気遣いなく」

「そうですか、では」

俺は笑みを浮かべたまま、扉を閉めて足早に歩き
出した。レスタヴィアータがすぐあとに続く。

俺は目的を達したという昂揚感もあっさり吹き飛んだ
苦々しい気分で、階段を下りながらついてくる
足音にむかって訊ねた。

「気がつかれたか?」

「でしょうね。顔や態度には出てなかったけど、心音が
増えてるのを聴いたわ。知らんぷりして、存外食わせ者
だったようね」

「なぜ、俺たちを帰した?」

「あのオートマータ犬込みでも、相手をするのは難しいと
判断したのでしょう。それにこのまま私たちを帰すことで
信用させつつ、他に仲間がいないかどうかを確認する
気ね」

彼女の判断は、俺のそれと一致していた。

「くそっ‥」

俺は怒りを噛み殺して言った。

「どうする? このまま一旦街を脱出して、次の機会を
待つべきかな?」

「次の機会は無いでしょう。連中は私たちの顔も、
目的も知ってしまったわ。恐らく次は、街に入ることすら
難しくなるでしょう。危険だけど、このまま素知らぬふりを
して目標に会う方がかえっていいと思うわ」

「しかし、このままノコノコと出向いていけば当然待ちぶせ
されるだろう。他の手はないかな」

多数の魔術師が待ち伏せしているなかに乗り込んでゆく
というのは、たとえ夜を味方につけた吸血鬼といえど、
気のすすむことではなかった。
彼らは正面切って吸血鬼の凶暴な能力と対峙できる
力こそ無いものの、知覚を乱す撹乱術や結界など、
多彩なからめ手を持っている。
先をとられていること、更に地の利や人数差なども
考え合わせると、決して歩のよい戦いとは思えない。
レスタヴィアータは少し考え込みながら応えた。

「ポイントは、あの男の性向ね。あの男の無駄話を
聞いていた?吸血鬼に関する知識は一見相当なもの
だったけど、どれも伝聞や巷の書物で得られる情報か
憶測の範囲内で、具体的な事例が一つもなかったわ。
つまり、本物の吸血鬼と戦った経験が恐らく無いので
しょう。現実を知らないのね。だから吸血鬼という
"想像上の"負の存在に対して、好戦的で、冷酷で、
かつ相手を低くみている。
加えて彼らは、協会関係者といっても実質は名もない
末端の下部組織で、上に認められるような功績を得る
機会を常々狙っているはず。私が彼であれば、この件は
協会上部にはすぐには告げずに、自分たちの組織だけで
処理して、功績を独り占めしようとするでしょう。それが
彼らのプライドでもあるのね。
こちらの人数が二人だけと知れば、彼らは余計に私たちを
軽く見てくるでしょう。
少々危険ではあるけれど、彼らのそういう隙を突けば
目的を達成してすぐさま街を脱出するぐらいのことは
可能だと思うわ。──ま、あとはあなた次第だけど」

レスタヴィアータの静かな視線がちら、と俺の頬をなでた。
彼女の落ち着いた話しぶりと緻密な分析が、俺の心を
決めさせた。

「わかった。やろう」

俺は腹腔に黒々とわだかまっている、生身で奴らと
やりあいたい衝動的な欲求をぐっとこらえ、ホテルに戻る
まで頭の中で具体的な方策を練り始めた。
どのみち、戦いは避けて通れない状況なのだ。
ならば能うる限りの知恵を絞って計画を練り、リスクを
最小限に抑え、必要ならば守り戦い、最後に勝って
生き残らなければならない。
俺はこの時まだ漠然としか気づいていなかったが、この
女の言うことはなぜか俺に前向きな力を与えてくれる
ようだった。俺に一歩道を譲りながら悠然と、迷うこと
なく行動するこの女の姿は、かつて俺が持っていた、
そしてできれば忘れようとしていた、何か深い感情を
呼び起こそうとしていたのだ。

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  • ノンジャンル〔ノンジャンル〕
  • 完結済(全48部)
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  • 最終掲載日:2014/11/03 02:57
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