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BlueroseGarden 2 赤と黒編 作者:香坂冬希
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弓型の、しっとりと艶やかな黒い自然の毛皮に包まれた
引き締まった体躯は、短毛の下に見事な筋肉の隆起を
見せて、秘めたる野生の力の一部を想像させるに足りた。
飼い主にとっては頼もしい、理想的な猟犬だろう。
だがその大きさは、明らかに常識を外れていた。
立ち上がれば体長は1.7メートルを下るまい。
成人男性並みの、超大型犬である。
そしてその巨大さからくる威圧感もさながら、俺が衝撃を
受けたのは、およそ生きている物の持つはずのない
氷原のようなうそ寒いガラスの目の光と、そいつから
伝わってくるはずの感情や息づかいなどの、自然な生物の
感覚が皆無だという事だった。
それは、生ける剥製だった。

俺の五感以外の深い感覚が、その正体を教えてくれた。
魔術師どもの忠実な下僕、第三世代のオートマータは
人間らしい外見や挙動をあえてギリギリまで切り捨て、
代わりに最新の技術と精密な機械類を詰め込むことで、
使い勝手のよい"道具"または"製品"として生まれ変わる
ことに成功した。
資本家と結ぶことで生産工程が確立し、そろそろと普及が
始まったのは三世紀ほど前の話だ。
まだまだ職人のハンドメイドの技術に頼る部分はあるものの、
近代的な工業施設──もちろん、資本も──が整った
大都市圏の工業地域ではそれなりに大規模な生産が
可能であり、前世代のオートマータを超えた様々な用途に
使われていると聞く。
だがまさか、こんな工業地域のない北方の街にもすでに
普及しているとは、予想の範囲外であった。
ましてやそれが、人の形すら放棄した「動物」の形で
この目にしようとは。

「どうかしましたか?」

俺の動揺を敏感に察知した男が、テーブルの向こうから
にこやかに声を掛けた。
情報仲介人の男は、協会末端に属する組織から派遣された
という若い中肉中背の男で、地味なワイシャツと黒服は
見るからに事務員然とした凡庸さを漂わせていた。

「いえ、その‥その大きな犬は、オートマータですか?
そんなタイプは初めて見たので‥」

そう言うと、男は笑ってあっさり答えた。

「ああ、これですか。大都市部では、すでにかなり普及して
いると聞きましたが?まぁ、このサイズのものは滅多にお目に
かかれないかもしれないですけどね。なかなか便利ですよ。
半自律系のオートマータで、定形コマンドを忠実に遂行する
タイプです。まぁ、今はまだ簡単な命令しかこなせませんが、
早いうちにどんどん改良・発展してゆくでしょう。これも
工業化のおかげです。きっと将来、吸血鬼共の天敵として
幅広く活躍してくれることでしょう」

最後の一言は男のつまらぬサービス・トークのようだったが、
俺は内心ぎくりとして飛び上がりそうになった。

「吸血鬼の天敵?それはまたすごいですね。
そんなに強いやつなのですか?」

水を向けられたと思った男は、色々それについて語りたい
ことがあるらしく、急に自慢げな顔になって小鼻を膨らませた。

「ええ、間違いありませんよ。これはウィンスターの魔術師の
工業組合から取り寄せたもので、この街に常時12匹ほど
設置してあります。このタイプは特に索敵と攻撃能力を
大幅に強化したもので、古いタイプのオートマータなどより
遥かに強いのです。それでいてメンテナンスも熟練の工匠や
複雑な予備知識いらずの簡単なものですし、壊れても
部品の交換だけで済みますからね。実をいうと、この犬を
採用するように協会に注進したのは私のグループなのです。
この判断は正しかったと、今でも思っていますよ」

俺も「ほう、ほう」と相槌をうちながら笑みを返したが、
内心では少々疑心に囚われていた。
魔術師という輩は大体においておおもとの感覚が鋭敏と
いうか、ふとしたことから相手の本質を見抜く手合も少なく
ない。俺も過去、不注意にもなめてかかって、何度も
煮え湯を飲まされた経験がある。一筋縄ではいかない
相手のはずだ。
情報仲介者とあろうものが、これほど不用意で饒舌な
ものだろうか。
まさかとは思うが、こいつの凡愚そうな外見は常の擬態で、
俺について無意識にでも何か感づいたところがあるのでは
ないかと急に不安になったのである。
傍らのレスタヴィアータをちらりと見やったが、相変わらずの
涼しい表情である。こちらも容易に見抜けるものではない。
俺の考えすぎだと思いたかったが、俺の奥にある警報器は
依然ちくちくと俺に小さな警告を発していた。

男はこちらの思いも知らぬ気に、血色のよい顔に人好きの
する表情を浮かべ、なおも機械犬の性能自慢と、吸血鬼
という生き物が如何に非道で屑な存在であるかという、
悪意に満ちた蔑みの言説を滔々と並べたて、俺を閉口
させた。
このむかつく小生意気な小僧の両目をえぐり出して
こいつ自身に喰わせてやるのはまた別の機会に譲るとして、
目下の懸念はやはりこの犬の存在であった。
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