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BlueroseGarden 2 赤と黒編 作者:香坂冬希
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ようやくにして、探し求める相手に渡りをつけられそうな
人物に辿り着いたのは、この街に来て六日たった日の
昼すぎであった。
この地域が魔術師コミュニティの勢力支配圏である以上、
変に目を引いてしまうような迂闊な行動はできない。
万一、正体が露見してしまえば、探索の障害になる
どころか、下手をすれば俺の命が危険にさらされてしまう。
日を追ううちに判ってきたのだが、どうやらここのコミュニティは
想像以上に保守的であり、かつ他に対して敵対的な
雰囲気が濃厚のようだ。俺としては、随分とありがたくない
話だった。ほとんど、敵陣の中で一般人のふりをして
諜報活動をしているようなものである。
レスタヴィアータと十分な検討を重ねた末、俺は少々
世情に疎い温室育ちの魔術師で、レスタヴィアータはその
世話役兼付き人という立場で通すことにした。
大筋としては、他のコミュニティに属する新米魔術師こと
俺が、上のものからお使いを言いつかってこの街を訪ねて
きた‥という筋書きだ。
実際、俺は多少なら魔術師が使う魔術の心得があるし、
吸血鬼の気配を隠す術も身につけている。
街の探索や主だった連絡は、日中に都合をつけるように
した。夜ともなれば俺の吸血鬼の能力が勝手に賦活して
しまうため、勘のいい魔術師などには感づかれてしまう
危険性が高くなる。逆に昼であれば、能力そのものが
不活性化して隠しやすくなるし、何より陽光の下で
不自由なく行動するということは、自身が吸血鬼などでは
ないという証明をしているようなものだからだ。
この六日間、吸血鬼に繋がるような術や痕跡を一切
残さぬように注意して行動してきた。
それがどうやら実を結んだようだ。この短期間で連絡人に
接触できたのは、幸運もあるが、うまくやりおおせている
という一つの証左でもある。
俺は油断しているつもりは全くなかったが、思いのほか
苦労せずに事が運んだことに満足し、少々心が浮かれていた。
連絡場所のアパートメントの二階に上がる古い階段を
"人間並みに"軋ませながら、レスタヴィアータに言った。

「案外順調にいったな。連中、そんなに日頃から監視の
目が厳しいわけじゃないのかも知れない。多少は能力を
使って探りを入れても、大丈夫なんじゃないか?」
「早計ね。仮に相手にバレちゃったら、街ぐるみで
排除にまわってくる可能性があるわ。そうしたら
どうするつもり?」
「それはレスタが何とかしてくれるんだろ?俺はさっさと
この街から逃げるよ」
「情けないわねぇ。ま、状況判断としては適切だけど」

周囲の状況に気を配りつつも、お互いに小声で軽口を
たたきあう。いつの間にか俺たちの間には、自然な形で
物を言いあうぐらいの関係が出来上がっていた。
レスタヴィアータの能力は確かなもので、口を挟む余地が
ないほど完成されているものであることを、俺はこの六日間
を通じて理解し、完全に信頼していた。
能力や行動範囲を限定されている俺にかわって、貴重な
情報を手に入れてきたのはほとんど彼女の方だった。

建物内の長い廊下を抜け、前もって指定されていた
部屋番号の扉の前に到着した。白い漆喰壁に取り付け
られた、洒落たデザインの呼び鈴を押す。
俺の中に隠している、吸血鬼の感覚の一部が、ごく
わずかだが何かを察知して頭の中に伝えてきた。
魔術ではないが、何かを使って壁越しに探られている、
そういう感覚だった。

「見られてるわね。気を抜いちゃだめよ」

レスタヴィアータが、俺にもようやく聞き取れるかどうかという
微小な声でささやいてきた。目に見えぬ形で、すでに
依頼相手の品定めが始まっているのだろう。
俺は黙ったままうなずいた。
反射的に室内を覗き見る<精査>の術を使いたくなる
気持ちをぐっと抑え、気長に部屋主の反応を待つ。
壁越しの、まとわりつくような何かがふっと消え、澄んだ
若い男の声が響いてきた。

「お待ちしていました。どうぞ」

扉を開けて一歩中へ入った瞬間、俺は不覚にも戦慄して
総毛立った。
深い、碧色のソファにゆったりと埋もれている、痩せぎすの
黒い背広の男のことではない。
そのうしろに控え、こちらを向いて床に伏せている巨大な
真っ黒の犬の持つ気配が、明らかに普通のものではなかった
からである。
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