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Only Sense Online  作者: アロハ座長
第3部【リアルとイベントとRクエスト】
99/359

Sense99

 俺は、ぼんやりと本を眺め、膝に乗っかっている子狐を優しい手つきで撫で付ける。

 天窓から差し込む暖かな光が、俺に降り注ぎ、暖かさか目を細める。


「――いらっしゃいませ。【アトリエール】へようこそ」


 静かにカウンターで本を読んでいる俺の横で、入り口に向かって挨拶をするNPC店員のキョウコさん。俺は、新たに入ってきた客に目を向ける。

 装備や相手のレベルなどを判別する目は持っていないが、その人の雰囲気を感じ取ることは出来る。

 俺が店に居る時は、優良客とは話したりするが、この男の顔には見覚えは無い。しかし、俺を見つけて表情を引き締める。一度も商品サンプルや説明を聞かないということは、あの類の人間なのだろう。と予想出来て、内心溜息が漏れる。


「すみません。あなたがこの店のプレイヤー・ユンさんですか」


 大分、丁寧な言葉だが、断定的な言葉遣いから事前に俺の事を知っているのだろう。


「そうだが? 何が用だ? 消耗品が必要なら一種類五個までだぞ」


 俺は、そう良いながら再び本に目線を戻す。

 興味本位で店に来て、商品を買うならまだ客として扱える。だが、最近増えたこの手のプレイヤーたちは。


「ユンさん、俺たちのギルド【グリーン・フォール】に加入してくれませんか!」

「断る。帰れ」


 またこれだよ。との思いを内心吐き出し、男と視線を合わせない。これは、拒絶だ。帰れ、話しかけるな、邪魔するな。

 理由はどうあれ。俺は、フリーなままで続けたいんだ。

 今回来た奴は――


「そこを何とか!」


 最悪から二番目の部類だ。この手の奴らの声を聞くだけで、穏やかだった午後が一気に気が滅入ってしまう。

 いっそ、ゲーム止めてしまおうかな? と衝動的に思ってしまうが、すぐにその思いを振り払う。

 良い友人たちや楽しい奴らだって居る。店に来る優良客は、別に金遣いが良いとか、そう言うんじゃなくて、自分の冒険を面白おかしく話してくれる。


 ある奴は、夜狩りでのお馬鹿な出来事や綺麗な景色。夜だけに現れる化け物との死闘。

 ある奴は、意外な水場や釣りスポットを教えてきたり。

 ある奴は、自分の武器がどれほど素晴らしいか。そして、その武器のロマンと愛。そして弱点を補うための工夫を熱く語る。

 

 そんな馬鹿なことにロマン賭けて笑い合える奴らの話をハーブティーを出してただ聴いているのが好きなのだが――。


 それに比べて目の前の男と着たら、言葉を一つ口に出す度に、俺の心は荒んでいく。

 自分のギルドがどれほどの規模か、人数は。

 どんなプレイヤーたちが集まり、トップを狙っているだとか。

 俺の有用性やスタイル、優位性などをこれまた俺の意思を無視して語り続ける。


 もう、こんなのが店に居るときを見計らって来るんだから、対応にもなれた。工房に逃げるか、拒絶し、聞き流すか。


「――だから、お願いします」


 もう、苛立つ心のままに目の前の男に思うまま口にする。


「……で」

「でって、だからギルドに……」

「最初に、断る。って言ったはずだ」


 俺は、やっと本から顔を上げ、相手を顔を見る。じっと相手の目を見つけ、俺が決して折れないことを示す。しばらく、俺の視線を受けて、たじろぐ。それでも勧誘は続く。


「……勿体無い。だから」

「だから、何だ? ギルドに入る意味も利点も無い」

「俺たちは、常に戦闘する! そんな俺たちの回復アイテムを作ってくれれば、調合センスのレベルが上がりやすい」


 こいつ、馬鹿か。と思ってしまう。たしかに、こいつの思うメリットだろう。だが、そんな物は、俺にとってメリットでもない。ポーションを常に消費する? 戦闘職なら当たり前だろ。

 差し詰め、NPC店舗で一番高いポーションでも足りないから俺のところに来たんだろう。そんなプレイヤーがちらほら出始めたのは知っている。

 そうなると今まで日陰だった俺たち薬師たちに注目が集まる。ギルドの専属になるか、手広く数量限定で売るか。

 まぁ、一部では、新たな町を開拓し、その町の一番効力の高いポーションを買い占め、転売する転売ギルドも存在するが、そこまでゲームを進められる実力の高さには感服する。

 他にも考えられる要因は、ザクロやリゥイというレアな幼獣を二匹使役している点やミュウやセイ姉ぇとは兄妹と公言している点、何処から情報が漏れたのか、以前の公式イベントの上位入賞者だとバレてしまったことなど。


「もう良い。キョウコさん。今度からこのプレイヤーには、販売しないで。それとギルド【グリーン・フォール】の所属メンバーが来店したら、無条件で警告しておいて『次やったら、出禁だ』って」

「わかりました。では、お客様。申し訳ございませんが、お帰りください」


 愛嬌のある笑みを浮かべるが、こうも場違いだと少し恐怖を感じるのだろう。NPCの丁重な対応が今は場の雰囲気と噛み合わず、慇懃な態度に見える。だが、彼もNPCに怒鳴る短絡思考でもなく、少し気落ちした感じで、店を出て行く。


「すまなかった。サブマスに頼まれて、な。いや、言い訳は見苦しいな」


 少し哀愁漂う背中を見送り、俺はそこで口から大きな溜息を吐き出す。


「リゥイ、ザクロ。俺は、どうしたら良いんだろうな」


 こんな事態になったもの大凡一ヶ月前だろう。そこから急速に増えたのだから、正直だるい。凹んだ気持ちをふわふわな黒の毛並みの狐とサラサラな指を流れ落ちるような白馬の鬣を撫でて、やっと安心の含んだ溜息が漏れる。


「いらっしゃいませ。セイさん」


 キョウコさんが挨拶する視線の先には、セイ姉ぇが立っていた。今日は一人で居るようだ。


「やっほ~。少し参っているようだね。大丈夫?」

「……大丈夫じゃないな」

「やっぱりね。ミュウちゃん心配してたよ」


 人の噂も七十五日とは言うが、本当に七十五日ならあと一ヶ月半はこのまま続くということだ。


「ユンちゃんは、しばらくお店に顔を出さないほうがいいんじゃない?」

「って言われてもな。俺しか出来ない案件は……」


 そう言えば、最近は俺にしか出来ない案件は減った気がする。

 正確に言えば、NPCが成長している。NPCであるキョウコさんにもセンスが存在するのだ。初期のセンスはプレイヤーには及ばないが二種類【農家】と【接客】というNPC固有のセンスらしい。また、雇用し、実績を重ねるとNPC内の経験値が増え、SPを習得したら、オートで必要なセンスを取得する。現在は、先の二つに加えて【簡易鑑定】のセンスも加わり、アイテムの売買だけなら特に問題が無くなった。


「……ないな。本気で、雲隠れするかな。しばらく、一人でふらりと放浪の旅に出るのも良いだろうし。あー、でも店から隠れて出ても見つかるし、後着けられたら駄目じゃん」


 ログイン地点は、休憩を挟まない場合は常に【アトリエール】の工房に設定している。そのために、必ず、店の入り口から外に出なければならない。

 本格的な雲隠れは、無理と判断し溜息が漏れる。しかし、それを分かっていたのかセイ姉ぇは、楽しそうな笑みを浮かべている。


「そんな事もあろうかと、最適なアイテムを持ってきたんだけど……欲しい?」

「有るのか! そんなアイテム!」

「二つある。いや、二つ必要かな?」


 口元に指を当てて、勿体ぶるように振舞うセイ姉ぇ。俺としては一刻も早くその言葉を聞きたい。


「そんな、意地の悪いこと言わないでくれよ」

「ごめんごめん。一つは、お金を出せば買えるアイテムなんだよ。百万Gで売られているミニ・ポータル。ってアイテム」

「ああ、あのパーソナル・スペースにポータルを設置する。って奴」


 正確には、プレイヤーの所持する建物内部に設置するオブジェクト型のアイテムだ。

 椅子やテーブルなんかの家具と同じようなものだが、その効果はポータルと同じだ。

 つまり、ミニ・ポータルがあれば、店の入り口を利用せずに、各町のポータルへと転移できる。また、店への帰還もポータルで直帰だという。


「確かに、各町を見張るほどの労力は無いだろうな」


 現在開放している町は、第一から第三の町。そしてホリアケイブの奥の廃村。西の洞窟ダンジョン前。南にも発見された新たな町も他人の手助け有りで登録済みだ。

 南方には、色々なエリアが広がり、種類が多く、かなりレベルが高い。それと同時に新種のダンジョンも見つかっており、攻略メインの人は、色々と大変そうだ。


「そしてもう一つは、このアイテムを防具に使えばいいよ」


 そう言って見せてくるのは、小瓶に入った黒い泥のような液体だ。何もしていないのに、泥は、微妙に動いている。なんとも気味が悪い。


「……まさか、これを飲めと?」

「違うよ、ユンちゃん! これは、南の湿地帯に出現するダークマンのレアドロップ【暗者の泥土】って強化素材なの」

「っ!? レアドロップが出るまで倒したのか! ボスのダークマンを!」


 南の湿地帯の森を抜けた先には新たな町があるが、その手前には恒例のボスが配置されている。

 そこのボスMOBがダークマンなのだ。

 特徴は、人型で文字通り真っ黒。今までのボスMOBに比べて小柄な印象で正直弱い。下手をしたらゴーレムやブレードリザードの方が単体では強いかもしれない。しかし、その戦い方はトリッキーである。

 なんせ、物量は強し。を体現するような存在だ。

 ダークマンの影からは、一度に十体のダークマンと同じ姿でそれぞれ違う武器を持つシャドウが生み出される。

 その一体一体は強くないが、連携の錬度が高い。まず、一人で戦えば間違いなく袋叩きだ。

 じゃあ、ダークマンを直接狙えば良い。と思われるが、ダークマンの特徴は紛れることだ。

 一度南の町の登録のためにミュウたちに同行させて貰ったが、正直苛立つ相手だ。

 本物を瞬時に見切れぬ乱戦。消えては現れを繰り返し、一定時間でシャドウを生み出し続ける。しかし、時間が経過し過ぎると、ダークマンは消え失せ、町へと入れるようになる。

 つまり、時間制限有りのボスなのだ。

 そんな相手のレアドロップ。通常よりも難しいのだろう。

 如何に早く、を求められる。


「この強化素材を防具に使えば、任意で他者に情報を制限する【認識阻害】を得られるんだ」

「ありがとう。セイ姉ぇ」

「おっと、ユンちゃん。何事もタダで得ようなんて思ってないよね」


 そう言われて、俺の動きが止まる。

 何を要求されるのか。

 知り合いが作った服を着ろ、だろうか。それとも【保母さん】などの不名誉な称号を持つ俺を一目見たいという事か。それとも……


「ユンちゃん。そう身構えないで。別に取って食おう。って訳じゃないんだから」

「そ、そうだな。すまん」

「ありゃりゃ。こりゃ、相当重症だね」


 困ったように眉を下げるセイ姉ぇは、一度咳払いをして話を仕切り直す。


「このドロップは、ギルドのヒーラーがドロップして頼み込んでトレードして貰ったんだ。それでね。その交換条件が、状態異常薬の融通なんだよ。ユンちゃん持ってるよね」

「ああ、解毒から麻痺、混乱、気絶に呪い。まぁ、八種類の解除薬はあるけど……」


 あれは、それほど量が必要な物だろうか。と首を傾げるが、セイ姉は、首を振って否定する。


「ああっ、違う違う。状態異常回復薬じゃなくて、喚起薬の方。毒とか麻痺。特に、魅了や怒りとかがあれば特に嬉しいかな?」

「……誰かを暗殺?」


 毒のスリップダメージによる嵌め殺し。もしくは、麻痺で動けない所を嬲殺し。を想像して、セイ姉ぇの険しい視線を受けることになる。


「……冗談だ。でも、そんなもの何に使うんだ?」

「無論、用途は沢山だよ。攻撃に使えるし、対人戦に使える。今回の場合は、強制レベリングのためね」

「……センス装備であえて毒か?」

「うん。そう」


 それって何処の忍者の修行だよ。毒を服用し身体を慣らし、耐性を高める。


「そこまで特定の状態異常を高める必要性でもあるのか? 状態異常に対する対抗手段は、魔法でもあるだろ」


 回復魔法には、それに類する状態異常回復魔法が存在する。それを使えば、問題ないと思うが。


「うん。ちょっとね。南のダンジョンの一つにランダムで四種類、怒り、混乱、魅了に呪いの中から一種類の状態異常を使うモンスターが居るんだけど……」

「居るんだけど?」

「広範囲で状態異常するから。抵抗できなかったら味方同士で……。おまけにそのモンスターは、通常MOB」

「おぅ……」


 つまり、普通に一人一人回復を施しては間に合わない。そして、回復要員が、麻痺や気絶、眠りなどの行動阻害系では、すぐに対応できない。もしくは、怒りや混乱、魅了と言ったタイプだと、魔法を唱えられなかったり、敵に回ったり。

 だが、腑に落ちない点が……


「モンスターの肉とか特定部位は、そのまま食べると状態異常受けるだろ。あれは使わないのか?」


 美味しい肉と呼ばれるビッグボアの肉とは別に、ロッククラブなどの肉は、正直まずい。料理センスを持って、毒の無毒化しないと食べられないほどだ。

 ポーションや丸薬の素材として各素材の無毒化は、一応、研究対象の一つであるが……。まさか、忘れたわけじゃあるまい。


「あー。いや、対象者のが……」


 視線を逸らすセイ姉ぇ。その口から語られるおぞましい強制レベリングの実態。


 トレードしてくれたヒーラーの人は、件のダンジョンの対策として異常耐性を高めるために、各種のセンスを装備して、敵の技を受ける。という方法を取ったが、一回の戦闘で受けるか受けないか。そこで効率を重視して、食材レベリングを提案したが、まずい飯。それでいて状態異常だ。いくらレベルが上がっても、味は変化せずに、ただまずいものを食べさせられる。しかも、レベルが上がるにつれて掛かり辛く、経験値が溜まり辛い、それを解消するために、精神をすり減らして大量に食べるという、拷問。


「で、ユンちゃんにお願いしたいの。主にその人の精神衛生のために」

「はぁ~、何が悲しくて苦痛なことに挑むんだろうな」

「いや、彼は嬉々としてやっていたけど、途中から私たちが痛ましくて見てられなくて」

「いや、止めろよ。そういう事なら、各種二十個ほど有れば足りるか? この場で受け渡しだけど」


 ありがとう。とカウンター越しで抱きつかれる。まぁ、何時ものことだし適当に引き離して、アイテムを渡す。

 各状態異常の強さは、4だ。普通の敵と遭遇するよりも大分強めの毒薬たちは、今までコツコツと濃縮してきた秘蔵の品の一つだ。まぁ、手持ちの四分の一を放出したが、俺としては、用途はそれほど多くは無い。


「それじゃあ、ユンちゃん。何か成果があれば教えるね」

「ああ、もしも、状態異常から派生するセンスがあれば教えてくれ」


 そう言って店を出るセイ姉ぇを見送り、さて、と考える。


 俺も強制レベリングできるだろうか? と。

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