Sense97
「くっ、リーリーに負けるとは」
「そっか~。やっぱり、メインウェポンの長弓とサブの包丁じゃあ、優先度は長弓か」
「ま、まぁ、次に機会があれば……」
落胆した二人には、そう言って慰めるが、別に堪えた様子は無い。むしろ、コントのお約束のような言葉に、俺は苦笑を浮かべる。
「これでは、出来ないではないか!」
「何が」
クロードの言葉に、反応してしまう自分の律儀さに呆れるが、言ってしまったことにはしょうがない。そして聞いた内容にもまた呆れてしまう。
「強化で防具が無い場合、変わりにこれを着てもらおうと思っていたのだが!」
そう取り出したのは、白地に青色の縁取りのされたノースリーブの服と青いネクタイ。ネクタイと同じ色のリボンのあしらわれた白の水兵帽に、スカートとは別だが微妙に短い丈のためにお腹周りが少し見れてしまいそうな服に俺は溜息を吐く。
「相変わらずブレない。というより、強化による経験値の方が重要じゃないのか?」
「何時だって俺は、目先の美学に生きる。それとも、白地のセーラースタイルが駄目か? ならば赤地に花模様の和装か?」
次々に取り出したるは、別種の衣装。
どれだけネタを隠し持っているんだよ。今まで見てきた和装とは大分違い、ファンタジー色の強い服だ。簡略化された構造と独自言語を模様風にあしらうデザイン力。むしろ、呆れを通り越して感心する域だ。
「いや、服変えても着ないからな」
「くっ! では、この新しく手に入れた皮系素材で作った皮鎧とスパッツ、スカート、そしてレザーの手袋の四点セットのアーチャースタイルはどうだ! 新素材により着心地と軽さを実現し、今までに無い速度パフォーマンスを実現した最新防具!」
「そんなことされても着ないから。諦めろ」
ぐっ、と拳を握り、悔しそうにするが全然同情できない。平常運転過ぎて苦笑しか出てこない。
「クロっちも諦めたら? あっ、ユンっちはどっちの武器に強化するの? 黒と魔改造」
リーリーが言う黒と魔改造は、リーリーの造った黒乙女の長弓。もう一つが魔改造素材であるヴォルフ司令官の長弓だ。
プレイヤーメイドの装備である黒乙女の長弓は、ランクアップを繰り返し徐々に能力値の強化が可能だが、保持できる効果は現状では少ない。将来的には汎用性の高い装備となるだろう。
反面、ヴォルフ司令官の長弓は、既に完成された耐久度などとは無縁のユニーク装備。性能面では現状以上の強化は望めない変わりに、強化素材による強化の限界が破格の十五個であり、不要な追加効果を消し、新たに付け加えることが可能だ。こちらは、付与する効果の種類を絞ることで特化武器へと化ける可能性がある。
「うーん。今回は、司令官の方で頼む」
「分かったよ。と、いうことは対空中特化武器にするつもりなの?」
「いや、それはまだ決めてないけど、出来れば何かしらの特化武器にはしてみたいな。まぁ、修正が利くし、焦る必要も無い」
「分かったよ。でも、別で新しい弓が必要になったら言ってね。腕によりを掛けて用意するから」
「じゃあ、水中でも使える弓でも注文しようかな」
「うわっ!? いきなり無理難題!」
「まぁ、気長に待ってるよ」
俺は、詰める話も終わったとリーリーに装備と素材を渡す。
「うんじゃ、ちょっと待って。工房に行って強化してくるから」
そう言って、席を立つリーリーを見送りつつ、紅茶を一口。
俺がリーリーと話している傍ら、マギさんとクロードは、あっちはあっちで話していた。
「よし、リーリーで決まりだな」
「決まりなの? 自分で着ないの?」
「自分で作ったものを自分で着て何が楽しい」
真顔で返すクロードにマギさんは、困惑気味。
「さて、次の発表は俺の番だが、少し準備をさせてもらおう」
「はぁ? 準備?」
そう言って、目の前に置かれたフルーツタルトが消えた。いや、クロードのインベントリに収められたと言う事だろう。
防具とタルトと準備にどのような関係性が有るのか。と言うより。
「俺のタルトが……」
「これから始まる準備だ。まぁ少しの辛抱だ」
そう言って取り出す服は、迷彩服に使われるような茶色で部分的に緑で縁取られた服だ。非情に重々しい色合いで、細部にあたり金具などの細かい装飾が光る一品。帽子のデザインは子どもチックに仕上げられているが、相対的にカッコイイ部類だろう。
一言で言い表すと特殊部隊とボーイスカウトの良い所取りのような服だ。
「また変な服で、今度の被害者はリーリーか」
「変な言い方をするな。これには、俺の膨大な労力をかけて考案したハロウィン用のギミックが盛り込まれているんだ」
ああ、以前言っていたハロウィン衣装か。それにしても、この重々しい服は何のお化けをモチーフにするのだろう。骸骨兵隊か?
「ただいま。ユンっち、出来たよ」
「うん。お帰り、魔改造確かに」
ちゃんと強化された司令官の長弓を受け取り、リーリーは、クロードの持っている衣装を見る。
「リーリー。ハロウィン用の衣装の試着を頼む」
「オッケー。ちょっと貸してね」
クロードから受け取った服を着込むリーリー。少年特有の中性的な感じだがこう言ったカッコイイ服を着るとやっぱり男の子。と言った感じだ。
「おおっ? クロっち。これでこんな感じかな?」
背筋を伸ばし、見事な敬礼をするリーリー。俺もこういう服を着れば少しは男っぽく見れるだろうか。
「リーリー。凄くカッコイイよ。うーん、こういうの見ると全力で飾りたくなるな。サバイバルナイフやミリタリー系装備とか持ったら本格的だよね」
「それはまた今度だ。リーリー。ハロウィン用の衣装と言うことで、特定ワードを唱えるとギミックが発動する。さぁ、ハロウィンといえば?」
ハロウィンといえば、お化け、お菓子、あとはトリック・オア・トリートだろうか。
「うーん。トリック・オア・トリート?」
「正解だ」
あっ、やっぱり合ってた。と俺が思った瞬間、リーリーの着ていた服が変化を始める。帽子からは三角耳が立ち上がり、腕は、毛に覆われ、ズボンを押し上げるようにふさふさの尻尾がくるりと出てくる。
俺とマギさんは、突然の出来事に驚き、声が出ない。リーリーに至っては。自分の毛に覆われた手しか気が付いていないようだ。手をまじまじと見詰めている。
仕掛け人であるクロードは、仕掛け作動とドッキリの二重の成功に笑みを浮かべている。
「では、言えたので、先ほどとは違うケーキを出そう」
そういって取り出したのは、パンプキンパイ。全くこの男は、ロマンを求めているようだ。
「どういうことか説明してくれる? クロード」
「ふむ。防具の性能を犠牲にしてギミックを追加することに成功した。音声などの条件で装備の形状や登録してある装備に変更する。一種のネタ装備だ」
「クロっち! これ犬!?」
「正解。正確には、人狼だな。ハロウィンの定番。他にも吸血鬼や猫又なんかも完成している」
「うーん。クロード? それって鎧防具でも流用できる技術?」
マギさんは、顎に手を当てて考える素振りをしている。
「もちろん可能だ。というよりお前もロマン装備作りたいんだろ?」
にやり、と笑うクロードに対して、マギさんも良い笑みを浮かべる。
「もちろん。ダメージを受けると徐々に剥げ落ちる装甲なんて、爽快感あるだろうな。倒す側には」
「俺的には、パージの掛け声でパンツだけになる鎧とか、変身の掛け声でフル装備される篭手なんかもアリだな」
これは、なにかのゲームや漫画のネタだろうか。俺は分からないが、触らぬ神に祟りなし、話には加わらずに、リーリーと装備をもう一度まじまじと見る。
「リーリー。触っても良い?」
「いいよ~」
帽子からはみ出る三角耳を優しく触ってみる。ふにふに、ふさふさ。と本物に近いさわり心地。似非獣人ではあるが、これはこれで需要のありそうな装備だ。
「この耳って感覚通ってるの?」
「ううん。ちょっとくすぐったい程度には通ってるかな。あっ、意識すると動かせるよ」
そう言って、後ろを向くリーリーのお尻辺りにある柴犬のようにカールした尻尾がふりふりと揺れている。
「面白いな。ハロウィンはあまり興味なかったが、他の装備はどんなものがあるんだ?」
「より取り見取りだ。着てみるか?」
「いや、結構。見るだけで良い」
「じゃあ、リーリー。次は、この魔女っ娘セットでも着てみるか?」
「わかったよ。クロっち」
そう言って受け取ったのは、カボチャパンツの魔女っ娘セット。黒のマントで裏地は赤。三角のとんがり帽子。とシンプルな簡易な装い。
殆ど、ただ羽織るように全身をすっぽりと覆った服は、内側に何を着ているのかが伺えなかった。
「それじゃあ行くよ。トリック・オア・トリート」
その言葉と共に、リーリーの瞳の色が金色に変化をして――
「えっ!? ちょっと、クロード!」
「はははははっ! 誰が魔女っ娘は変身しないと言った! これは変身魔女っ娘衣装だ!」
俺は、額に手を当てて、被害者であるリーリーを見た。
直前に見たマントの内側の服は、ゴシック調のドレスに様変わりした。
白を基調とした色合いは、夜色のマントの対比だろう。目立つ白ゴシックのスカートの内側はカボチャパンツ。ハロウィンの定番を踏襲しながらも独自性が伺える。
少年的なマントから一変して、少女的な白ゴシック魔女。しかし、短めに揃えられた髪にこの衣装は少々不釣合いだった。
「うーん。すこし衣装に着せられた感があるな」
中性的であるからこそ、首から上の違和感が目立つ。これが普通に吸血少年だったなら、可愛らしい姿で通るが、今の格好では少し物足りない。
「クロっち、どうなってるの?」
リーリーの視点では、自分の身体は見れても全体像は見れないのだろう。クロードは、取り出した姿見をリーリーの前に立てかけると、リーリーが珍しく顔を顰める。
「ちょっと似合わないね。僕としては、吸血鬼の方が良かったかも」
「うーん。ちょっと髪の毛弄っていいか?」
「お願い、ユンっち」
ハロウィン衣装は、元々仮装のために割合受け入れているのだろうか。リーリーの中の問題は、似合うか似合わないかの問題なのだろう。
サラサラとした細い髪を手櫛で揃える。右に左にと分けるがどうも長さが足りない。
「リーリー。リボンでも使ってみるか?」
「ちょっと恥ずかしいかな? それにこの長さだとリボンも使えないんじゃない?」
「でも、綺麗に出来ているから余計に勿体無く感じるな」
溜息を吐き、髪の毛から手を離す。それと同時に理解する。
ミュウやセイ姉ぇが、俺に服を着せてあれやこれやと試すのは、今の心境に近いということに。セイ姉の、素材が良いのも考え物ね、色々試したくなっちゃう。という呟きを思い出して、自分も同じだったか、と笑みを浮かべてしまう。
「どうしたの? ユンっち?」
「いや、俺も姉妹たちに似たように徹底的に弄繰り回されたのを思い出して。見てる分には楽しいものだと思ってな」
「ユンっちもとことんに楽しめばいいのに……」
「リーリー、お前。過度な弄りって疲れるんだぞ。そう言うなら、俺がとことん、徹底的に弄らせて貰うぞ」
「ちゃんと、元に戻せるなら……」
姿見越しに、にやりと笑う俺と鏡の中のリーリーの視線がぶつかり合う。
特に感慨は無かったが、自然体のリーリーはどうぞ。と言った感じなので、ネタ・ポーションである増毛薬を取り出す。
以前の失敗品とは違い、爆破もしない、身体も縮まない完成品だ。それを少し手に垂らして、手の上で薄く延ばし伸ばし、椿油のようにリーリーの髪に馴染ませていく。
髪を梳くと、梳くに応じて髪が伸び、すぐさまある程度の長さになる。
「冷たっ! ユンっち、くすぐったい?」
「少し我慢だ。髪が伸びてきたな」
首を竦めて、身を捩ろうとするが、俺は丁寧に髪を梳いていく。
マギさんは、俺が髪の毛を梳く度に伸びる髪に驚いている。ネタを知っているクロードは何も言わずただ状況を見て楽しんでいる。
後ろ髪は、肩甲骨辺りまで伸び、もみあげも顎に掛かるくらいまで伸びた。その所為か、鏡に映るリーリーは、十分少女と言っても通りそうな外形をしている。
一番の要因は、長いもみ上げが顔の輪郭を隠し、ほっそりとした顔に見せているためだろう。
リーリーは、借りてきた猫のように俺に為されるがままのために、どこか少年らしい活動性よりも少女的な落ち着きを感じる。
「……これが、僕? ちょっと変な気分」
「まぁ、こんなところが妥当だろう。髪型とか髪飾りは?」
「いらないかな。マギっち、どうかな?」
座っていた椅子から立ち上がり、その場で一回転する。ふわりと揺れる髪とマントとゴシック調のスカートを見て、マギさんがここで息を吐く。
「いや……お姉さん、驚きすぎて何も言えないよ。まさか、ここまで化けるとは」
「ハロウィンだけに、か?」
ハロウィンで、お化け、そこから化けるという駄洒落か。
自分の行ったダジャレに、くくくくっ、と一人押し殺した笑いを浮かべるクロードの存在自体が一種のホラーだ。なんとも寒い駄洒落を聞かされた俺とマギさんの冷たい視線がクロードへと刺さるが本人は、何処吹く風である。
「それにしても、似合ってる。うん、似合いすぎて怖いくらい」
「そうかな? えへへっ、マギっち。ありがと」
「うーん。リーリー。いや、女の子の格好だからリリー? リリちゃん?」
「ふむ。女装リーリー改め、リリと命名したり!」
元気の良いお二方に俺は、なんとなく嫌な予感がする。渦中の人であるリーリー。いや、リリは、困惑しているようだが、何とか笑みを貼り付けている。
「それじゃあ、僕はそろそろ元の服に戻ろうかな?」
危険を察知したリーリーだったが、多分もう遅い。
「勿体無いよ。もう少しそのまま色々な服着て見せて。あっ、剣とか武器持ってさ」
「それとポーズをとってスクリーンショットに収めさせてくれ」
期待で目に怪しい色を浮かべる二人がリーリーに迫る。
「ユ、ユンっち……た、助けて」
震える声と涙目を訴えかけてくるが、俺は静かに首を振る。
男なら、一度は通る黒歴史――たぶん、違うと思うけど――。
「安心しろ。骨は拾ってやる」
「ユンっちまで裏切った!」
ああ、今回は俺に被害が来なくて良かった。まぁ、俺への被害が代わりにリーリーの所へと行っただけだが。
ふっぅ、紅茶が旨い。と視界の端に大の大人二人に詰め寄られる少女然としたリーリーを見て思う。俺の何時もの場所にリーリーが居る。意外と見ている側って楽しいものだな。と今更ながらに気が付くのだった。