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Only Sense Online  作者: アロハ座長
閑話【幼女と山男と生産者】
96/359

Sense96

 とある日の午後。俺は、アトリエールを出て、表通りへと向かう。

 腕の中には、ザクロが収まりまったりと目を細めて二本の艶やかな尻尾を揺らし、リゥイが俺の歩幅に合わせて付き従ってくれる。

 通りには、狩りの準備のためのパーティーや露天で交渉するプレイヤー。プレイヤーに混じり活動するNPCが町を彩っている。

 そんな中、俺はリーリーの木工店へと足を踏み入れる。


「こんにちは」

「ユン様、ようこそいらっしゃいませ。既にお三方は、裏で待っておられます」

「ありがとうございます」


 店番をしていたNPCに案内され、以前、長弓の試射をした中庭へとやってきた。今日は、日の当たる中庭の真ん中にテーブルと椅子が四脚。

 さらに、テーブルには真っ白なクロスが引かれ、更に磁器のティーセットとホールケーキが用意されていた。

 先に待っていた顔見知りの三人は、こちらに気が付くと気軽に挨拶をしてくる。


「こんにちは、遅れてすみません」

「いやいや、ユンくん。まだ時間じゃないから問題ないよ」


 そう言って、切り分けられたケーキを口に運ぶマギさん。その膝には、彼女のパートナーのリクールが大きな欠伸をしている。相変わらず、柔らかそうな毛を何気なく触っているマギさんが羨ましい。って、うわっ! リゥイ。ごめん、ごめん。お前の毛並みもサラサラで好きだから!

 俺の心を察知したリゥイは、その僅かに生えた角で突こうとする。決して当てないが、脅しとして使うそれは十分に危ない。

 俺の姿を見て、三人が苦笑するので、俺も苦笑で返す。


「じゃあ、時間だ。始めようか」


 俺がテーブル席に着くと、クロードが音頭を取り始める。

 この場は、何の場かと言えば、親しい別の分野の生産職が互いの近状報告をする一種の『発表会』のような場だ。

 とは言え、普段町に引き篭もり生産に没頭しているような者達の気分転換の意味合いもあるだろう。始まったのは、夏休みの終わった九月で今回が三回目。

 互いに技術の全てを曝け出す訳ではないが、互いに知っていて問題ない程度の話を話し合う場所だ。


「まずは誰から話す?」

「じゃあ、僕からでいいかな」


 そう手を上げるリーリー。肩には美しい不死鳥のネシアスを乗せている。


「僕の発表はこれかな?」


 そう取り出すのは、一本の杖。木工職人の定番である魔法使いの装備。不要なものを全て削ぎ落とされた。いや、付け加える前のデザイン前の杖は、まさに何の変哲も無い杖。


「これは、新しく見つけたモンスターのドロップで作ったんだ。ユンっちお願い」


 俺へと渡された杖は、トレントウッドの杖という名前。察するに、トレントという植物モンスターのドロップだろう。

 なぜ、この杖が俺に渡されたかといえば、性能実験のためだ。


「了解。【物質付加】――インテリジェンス」


 武器に追加効果が一つ増えた。最初は、木工師の技能によって付与されたボーナス、次に俺の付加。俺は、更にそのまま、もう一つMINDの付加を施す。


「これで三つ目。次で【物質付加】――スピード。……よし」


 四つ目の追加効果には……耐えた。その後、更に付加を重ねた五つ目の追加効果には、杖が耐えられずに自壊。

 この実験は、いくつまで追加効果を掛けられるか、という実験。結果は、トレントウッド製は、四つまで施すことが出来る。と言うことだ。

 武器や防具、装飾品の追加効果は、作成時に決定し、その後に施すのは、どうしても強化素材による強化になる。そうなると、性能実験の度に貴重な強化素材を無駄にすることになるが俺の【付加術】による【物質付加】でノーリスクで追加効果を発生させられる。

 こうやって、追加効果の限界、加工時の能力の限界、耐久など時間や資源を節約できる検証は率先して手伝っている。

 

「四個か……木工だと一番多い素材だね。でも、レアとは行かないけど少数ドロップだから数が……ユンっち、実験の協力ありがとう」

「こっちも実験のデータや情報を見せて貰っているし、持ちつ持たれつだ」


 そう、この場は、持ちつ持たれつの生産職の意見交換の場。互いに必要な物を補ったりして、助け合っている面もある。

 二、三言葉を交わし、まだ性能を十分に検証できていないために主武装である【黒乙女の長弓】のランクアップは見送りとなった。


「じゃあ、次は、俺の番で良いか?」

「おっ? ユンくんやる気だね。良い物でも見つけた?」

「まぁ、そんな所です」


 マギさんからの軽いからかいも流す。前回と前々回は、場の決め事や小ネタ、生産職向けの狩場を話し合った程度でリーリーのような上のランクの素材を見つけた。とかは無かったが、今回は、偶然にも用意できた。


「とは言え、俺は発表じゃなくて、素材の持込ですね。マギさんにはこれで何かを作って貰えればと思います」


 取り出したのは、ブルライト鉱石と蒼鉄鋼ブルライトのインゴットそして、黒鉄のインゴット。数としては、それほど多くは無いが、試作するには十分な量だろう。

 楽しそうにお茶を飲んでいたマギさんが、取り出された蒼色の掛かった金属を見て、鋭い猫のような真剣味を帯びる。


「これはこれは。ユンくんは、どこで手に入れたのかな?」

「知り合いに色んなエリアに行くついでに鉱石収集を頼んだ中に入ってた。場所は、北の山沿いで見つけた。って言ったから俺が直接出向いて量を確保して、インゴットにしてみた」

「ユンくんは、もう装飾品にしたの?」

「いや、黒鉄はしたがブルライトは……俺のレベルが足りないのか、炉の温度が足りないのかで、インゴットより先への加工が出来なくて……」

「ふーむ。よし、お姉さんが引き受けるとしますか。武器と防具と装飾品の検証か。これは、経験値的に美味しいかもね。出来たらユンくんには、性能実験の一部に付き合って貰いたいから都合の付く時に言って、それまでに仕上げるから」

「よろしくお願いします」


 マギさんに、鉱石とインゴットを譲渡して俺の報告は終わる。

 短い報告だが、ケーキを食べ、お茶で喉を潤わしつつ進む時間は、意外と進むのが遅かったりする。

 テーブル下の日陰では、クツシタが虎の敷物よろしく。でうつ伏せで寝転がり、時折、右へ、左へとそのままの状態で体を転がし、捻り、また眠る。


「じゃあ、次はマギか?」

「私か~。今日はネタが無いんだよね~。でも、その代わり、ユンくんが婚約したって噂を仕入れたよ」


 先ほどまでの鋭さは抜け落ち、にしし、と意地の悪い猫のような笑いと話の内容に、口の中に含んだ紅茶で咽返り、口より零れた液体がデータの海の中に消えていく。


「あーあー、ごめんごめん。そんなに驚くとは思わなくて」

「げほっ、こほっ……いえ、誰が」

「嫉妬狂いの男ども」


 いや、そんな楽しそうな笑みを浮かべていう言葉じゃないと思いますよ。


「ああ、ボクもユンっちの噂聞いたよ。確か、人前でプレゼントしたんだよね。婚約指輪」

「いや、リーリー。あれは違うぞ! 確かに人前だがそうじゃなくてだな!」

「ふむ……ウェディング・ドレスは必要か?」

「いらん! 無用な気遣いだし、ドレスなんて一生無縁だ!」

「なに? とするとユンがタキシードでタクがドレスか!」


 俺は正しいけど、タクは正しくない! 見たくないぞ、そんな幼馴染の成れの果て!


「まぁ、冗談はこれくらいにして……」

「マギさん、冗談っていくらなんでも酷くないですか?」


 もう、俺は半分涙目ですよ。


「タクくんから直接事情は聞いてるから安心して、でもまぁ、行動に問題が無いわけじゃないけどね」


 まるで諭すような落ち着いた口調に妙に緊張感が走る。抱きかかえるザクロに力が入ってしまったのか、緊張が腕の中のザクロにも伝わる。対して、語るマギさんは良い脱力感を持ち、リクールを撫で付けている。


「何ですか? 問題って」

「うーん。好きな人にアクセサリーとか送るのは良くあるだろうけど……あんまり遣り過ぎないでね」


 怒っている様子は無い、ただ小さい子どもに語りかけるような言い方に眉を顰める。


「これは、簡単な例なんだけど、生産職とプレイヤーの関係って、結構アレなんだよね。言葉では言い表しにくいな」

「利用する関係」

「おお、クロード。そうそう、それで私たちが面倒を巻き込まれないためにも、ちゃんとした対価を要求しなきゃいけない」

「……対価」

「まぁ、お金のことね。正しい労力に見合う対等な関係。でもね」


 この時点で何を言いたいかが、分かってしまった。だが、俺のした失態の事を最後まで静かに耳を傾ける。


「それが崩れたらどう? ユンくんにとって親しい人に渡すのは普通だと思うけど、出会ってすぐの人に安く引き受けるのは、止めたほうが良いよ。

 第三者から見れば、あいつは良くて、なぜ俺は。どうして贔屓するんだ。あいつは何もしていないのに、気に入られている。他人にはそんな風にしか映らない」

「つまりは、迂闊に安く引き受けて、その後も同じように自分に不利益しか被らなくなる。一度目は良くても、二度三度と続けば苦痛だろ。人によっては、お前に不利益なことを強要することもある。価格破壊は、周囲への摩擦も生みかねない。それこそ、お前の店の様に、制限を設けることをしないと、最終的には、ユン。おまえは雁字搦めになるぞ」


 二人の厳しい意見。俺は黙って聞いていた。

 

「……すみません。自分が短慮でした」


 素直に頭を下げる。頭上では、安心したような短い息を吐き出す声が聞こえ、場の雰囲気が随分和らぐ。


「それにしてもユンくんは、お姉さんに挑戦状を叩きつけるようになるとは思わなかったな。これは、装飾品マイスターとしての意地とプライドをかけた勝負をしなければ」

「あっ、いえ。そんなつもりは」

「でも誇って良いよ、ユンくん。私を本気にさせたんだからね。この譲り受けた鉱石を使って、君の造った物の遥か先へと私は行くよ」

「あはははっ、お手柔らかに」


 場を和ませるためのジョークなのだろう。本音も混じっているだろう。目が若干本気の色を帯びている。


「はぁ~、気をつけます」

「うんうん。素直なのはいい事ね」


 そう満足そうに頷くマギさん。しかし、さてと――と一呼吸を置く。


「ユンくん?」


 俺も話はもう終わったとばかりに、ケーキを口に含み、その甘味に目を細めている。今日は、季節のフルーツを使ったフルーツタルト。これはクロードの店【コムネスティ喫茶洋服点】のケーキ担当フィオルさんが用意した品だろう。

 不遇とされる【料理】センスでここまでレベルが高いお菓子職人で知り合いは、彼女しか居ない。


「……んっ、何ですか?」


 ケーキを紅茶で流し込み、一呼吸付いたところで聞き返す。


「ユンくんは、まだ強化素材持ってる?」


 この瞬間、場に別の緊張感が走る。クロードとリーリーは表情を変えず、しかし視線だけは俺を射抜いている。

 無言の駆け引きが目の前で応酬され、俺はただその中では一匹の獲物に過ぎない。

 三人の目は、まさに猛禽類のそれだ。

 恐怖に震えながらも、何とか言葉を搾り出す。


「え、えっと……」

「クイーンからの強化素材【女王針蜂の翅】は、まだ使ってないでしょ? 何に使うのかな? って」

「あははははっ……」


 今はとにかく笑って誤魔化す。マギさんなら包丁の強化。リーリーなら長弓の強化。クロードなら防具の強化。それぞれにメリットがあるのだが、とにかく顔が怖い。

 俺自身が、装飾品の強化に使うことで断れば良いのだが。


「近接武器に付ければ【毒攻撃付与】で。遠距離なら【対空ボーナス】。防具は【魔法耐性(風)】だったよね」


 つまり、この中から選べと。俺は、目を閉じ、息を長く吸い込み、ゆっくりと吐き出す。

 その間に、覚悟は決まった。周囲の雰囲気が期待が混じる中。


「――リーリー。弓の強化を頼む」


 小さなガッツポーズを取るリーリーと落胆の二人。しかし、すぐに気を持ち直したのか、普段どおりに俺はほっとする。


 その後の悲劇については、まだ知らなかった。



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