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Only Sense Online  作者: アロハ座長
閑話【幼女と山男と生産者】
94/359

Sense94

 のろのろと夜通し登る俺たち。時刻は、午前五時四十分。あれからは俺の採取も考慮したために、進行を遅らせたが俺としては嬉しい収穫がある。


「ヒヤマ。もう少し、右方向に進んで」

「この辺ですか? ユンさん」

「そうそう、その辺に八つ目の採掘ポイントあるから、そこでお願い」


 道筋を作ってくれるヒヤマの後を追い、俺は採掘ポイントの前に立つ。採掘ポイントは、対応する技能を持つことで識別が可能になる。採取できるポイントも日によって変わったり、固定の場所もある。場所ごとに採掘できる量や質も変わる。

 俺は、片手で扱える小さいピッケルを持ち、岩肌に足を掛け、椅子に座るような体勢でロープに体を預けて姿勢を保ちながら、手を振るう。


「……よし。ここも良質なアイテムが手に入る」


 場所が場所なのか。手に入る鉱石は、銀が比較的多く採取でき、鉄は『良質な』と付くものと普通のものが半々程度。そして、個数の少ないながらも稀少鉱石に、ブルライト鉱石と黒鉄鉱石という鉱石が手に入る。

 このエリアに採取に来た目的は、鉱石の情報があり、このブルライト鉱石を有る程度確保するためだったが、更に収穫がある。

 黒鉄鉱石も新素材である。この一夜の採掘ポイント巡りで、十分すぎるほどの量を採取でき、俺は満足だ。

 鉄が百二十。銀が百。ブルライト鉱石が五十五。黒鉄が三十五。おっ、また、黒鉄が手に入って三十六。

 俺は、嬉しさから顔がにやけるのを我慢して、採掘ポイントから全て採り尽くすために黙々と小さなピッケルを振っていく。

 しかし、鉱石をこれだけ集めても、インゴット化すると分量が五分の一になる。更に、作る物によっては、インゴットを二個、三個と使う。武器の場合は、物によっては五個と使う場合があるのだ。

 だが、個人で扱う分には十分である。アクセサリー作成で不出来なものが出来ても潰して、再度インゴットにし直す。と言うことも今のレベルになれば出来るようになる。

 以前、製作途中で生まれた鉄くずも、今ではインゴットに戻すことも出来る。幾分かは減ってしまうが、再利用にはなる。鉄くず十個を纏めてインゴット一個だ。

 何事も捨てずに取っておくものだ。と今更ながらにシミジミ思う。


「おーい、嬢ちゃん。もうじき、夜が明ける。次の休憩で朝を迎えるぞ」

「了解です!」


 ヒヤマの誘導に従い、一際広い場所に登って来た。


「疲れたな。日の出を見たら、ログアウトして一旦寝るか」

「お疲れ、タク。でも一晩みっちりやって、レベル上がったんじゃないのか?」


 俺が腰を下ろした隣で、どさり、と脱力するタク。唸るような声を上げ、目が虚空を彷徨う。自身のステータス画面でも開いて確認しているのだろう。


「レベル14だな。消費したSP分は元は取れたな。後は、登っている最中に色々と戦ったから他のセンスも成長している」

「俺は、13。俺は戦闘には参加できなかったから他のセンスのレベルは……」


 まぁ、弓系は、地上での戦闘でほんの少し上がったが、他は、上がっていない。


「なぁ、イワン。あとどれくらいで日の出なんだ?」

「そうだな、十五分前後。って所だ」

「ご来光。良い事がありますように」


 まだ見えぬ太陽に向かって、拝み始めるヒヤマ。いや、違う気がするが……。


 ――ブブブッ、ブブブブブブブッブブッ


 俺たちが程よい脱力感で太陽の出る方向を眺めていると、腹の底に響く重低音の響きが聞こえる。下のほうから徐々に迫り来る。

 

「な、なんの音だ?! 下から――」


 それは、下から噴出してきた。夜明け前の最も暗い時間。それよりなお暗い音源が、間欠泉のように噴出し、俺たちの前に停滞する。

 黒い塊。いや、黒い物体の群集が、重低音の不協和音を奏でる。


「こいつら……バンカー・ビーの群れか!? でも、どうしてここに……」

「ユン!? 防虫香を焚け!」


 タクがすぐに指示を飛ばす。それを受け、手早く棒状に固められた防虫香に火をつけ、煙を辺りに広げる。

 集まることで音を重ね、共振し合い、音量をあげた蜂たちは、その集まりを少しずつ解し、散っていく。

 散る姿に安堵の息が漏れたが、それもすぐに飲み込んでしまう。

 蜂の群集の中に何かが……いる!?


「……っ! でかい!?」


 俺は、その中を凝視していた。一際大きな蜂。目はエメラルドグリーンに輝き、複眼の区切りがエメラルドを敷き詰めたように美しい。その一粒一粒に俺の姿が映し出された時、蟲の中から、何かが飛び出す。


「っ!? ユン!」


 タクに腕を引かれるが、通り過ぎた何かは、腕に突き刺さる。痛みで顔を顰めるがそれ所ではない。俺の左腕には、腕より太い乳白色の円錐が突き刺さっていた。そしてその先端からは、紫煙を噴出し、目が痛くなるような刺激臭を振りまいている。

 ダメージは、HPの一割五分程度の減少。しかし【毒4】という強い状態異常を受ける。

 片手で、回復と解毒のポーションを使うが、一個ずつでは足りない。もう一個解毒が必要だ。


「なんだよ。こいつ……」

「こいつが、バンカー・ビーの親玉。通称クイーン。クイーン・バンカー・ビーだ」


 既にこの空間には防虫の香りが漂い、殆どの蜂は逃走を始めていた。しかし、そんな中でクイーンだけは、逃げることもせずに、そのエメラルドグリーンの瞳が俺たちを捉える。


「なぁ、勝てるんだよな。あいつのドロップ情報があるってことは」

「もちろん、討伐情報は少ないが勝てる。いや、むしろ遭遇率は低いが討伐よりは多いんだ」

「それって……」

「……強い。事前準備したパーティーが苦戦する。準備無しで出会ったら普通は逃げるぞ。こいつはフィールドを徘徊する天災のような物だ」


 それって、遠まわしに勝てない、ってことかよ。俺たちは、人数準備不足、レベル不足、戦闘用のセンスじゃない。地形が狭い崖と文字通り背水の陣。


「細かいことは良いから弱点教えてくれ。ほら、ヒヤマ。そっちに向いたぞ」

「危なっ! イワンさん、そっちに向きました!」

「はははっ! 蜂のミサイル針でダンスファイヤーか! 西部劇のやられ役の気分だな」

「縁起でもねぇな、おい」


 俺は、立ち上がり、蜂を睨みつける。スキル――【食材の心得】。敵の急所という急所を丸裸にする補助系スキル。

 しかし、蜂の黒と黄色のボーダー模様の中には、弱点を示すマーカーが存在しなかった。


「……弱点がない?」


 弱点の無い天災扱いの敵に勝てるのか?


「クイーンの厄介な点は、常に大量のバンカー・ビーを連れている数の利だ」

「それならこやつ単体なら問題ないな。ヒヤマ! 引き摺り下ろすぞ」

「分かりました!」


 標的にされた二人は、避けながら鉤爪ロープを投げる機会を伺っている。

 そして、まず、イワンが鉤爪ロープを投げ、蜂に絡める。小学生くらいの大きさの蜂に絡まったロープで人と巨大蜂が綱引きを始めた。しかし、エンジンの回転数を上げるように、背中の羽を高速で動かし抵抗する。イワンをずるずると崖側へと引きずっていく。


「イワンさん、助太刀しますよ!」


 ヒヤマの投げた二本目のロープが絡まり、互いが拮抗する。蜂が羽を煩い位に激しく重低音を響かせて抵抗する中で、二人の筋肉は盛り上がり、地面をがっちりと踏みしめ、腰を落とす。

 力比べ、根競べ。互いが意地になり、全力を出して押さえ込む。引き摺り下ろすのも時間の問題だ。


「ユン、よく聞け。クイーンの長所はバンカー・ビーによる数の利点と、それと自身を守るための高い防御力。それと、さっきの遠距離の針攻撃だ。スピードもある程度だけど、HP自体は低い」

「つまり、一撃で決めろと」

「出来るか?」


 一撃で倒せるかは分からない。だがタクが与えるダメージ量を引き上げることは可能だ。


「俺からまず、やっていいか? お前はただ全力で叩き切れ」

「ああ、頼んだぜ。ユン」


「どっっせぇぇっぃ!!」

「ぐぐぐっっっっらっ!!」


 イワンとヒヤマが大きな体から響く唸るような声と共に、巨大蜂を地面に引き寄せる。もう時間は残っていない。俺は手早く準備に取り掛かる。


「【付加】――アタック。【呪加】――ディフェンス。【付加】――アタック」


 まずは、俺自身への攻撃の付加。続いて、タクのダメージを増加させるために巨大蜂への防御の弱体化。最後に、止めを刺すタクにも攻撃の強化を施す。


「……きたっ!」


 弓を構えた俺は、地表すれすれまで引き摺り下ろされた巨大蜂へと一気に近づく。そのまま、地面と蜂のと間に仰向けに潜り込む。

 地面を削りながら、入り込んだ腹下に向けて、すれ違い様に矢を放つ。

 赤いエフェクトと三重の波紋を描く矢は、下から巨大蜂の体を押し上げる。下からの不意な力にも、ロープが限界まで引っ張られ悲鳴を上げる。それをイワンたちは、筋肉に力を込め、耐える。

 矢が見えない壁を貫き、空へと抜けた時、逆に深海色の波紋が巨大蜂へと収束し、陶器の砕ける破砕音が辺りに響く。


「タク! 今だっ!」

「――【フィフス・スラッシュ】!!」


 一瞬にして、五回の斬撃を繰り出す。

 一撃受ける毎に、HPバーが大きく目減りし、四撃目でゼロになる。アーツは一連の動作のためにそれでは止まらず、五撃目のオーバー・キルを加えたところで、蜂は、金属を引き掻いたような断末魔をあげて地面へと墜ちて来る。

 脅威と思われた敵は、タクの非情な過剰攻撃に倒れ、同情の念が浮かぶ。


「おう、タクに嬢ちゃん。よくやったな」

「それにしても、アレは何ですか?赤くて青いの」


 蜂を押さえ込んだ功労者である二人は、ロープを回収しながら俺に尋ねてくる。


「ああ、アレは――」


 アレは、弓センスのアーツ――【弓技・鎧通し(よろいとおし)】


 防御無視の貫通攻撃と防御力ダウンの性質を持つアーツは、命中すれば敵に安定したダメージとデバフ効果を与える。その効果は、【呪加(カースド)】との併用が可能な性質から後続への有利な土俵を作ることが出来る。

 しかし、弓系のセンスが扱い辛い、不遇といわれる理由は、ここにも存在する。

 発動条件は、三メートル範囲内。殆ど接触するようなギリギリの距離。たったこれだけだが、弓使いにとっては、ハードルが高い。

 弓使いの一般的なスタイルは、俺のような長弓による遠距離射撃型。もう一つは、扱いやすいクロスボウやショートボウなど小型の弓による中遠距離射撃。

 どちらも長所短所はあるが、総じて、防御の低さと近接戦の不向き。と言う短所がある。

 もしかしたら、スカウトタイプやレンジャータイプのプレイヤーだったなら上手く組み込めるかもしれないが、基本は扱いの難しいアーツになる。


「と、使いどころの難しいアーツだ」


 簡単な説明は、そんなところだ。

 今までの弓のアーツは、遠距離、連射、そしてこの防御貫通近距離の三種類。

 長弓の初期アーツは、衝撃拡散攻撃。なんともまぁ、タクのような一瞬の間に五回の斬撃を与えるような派手さもない。火力も足りない。エフェクトは綺麗だが、それだけだ。

 こう考えると、やはり不遇は頷ける。


「はぁ、何時になったら弓が見向きをされるようになるんだろうな」


 俺は遠い目で崖から森を見下ろし、その先の草原を眺める。

 もうじき、夜が明ける。

 夜通し上り詰め、敵と戦い、目ぼしいアイテムも採取できた。

 程よい疲れに脱力感と思考停止を呼び、ただ静かにじりじりと上り始めた仮想の太陽を眺める。

 光に目を細め、開ける光景に、ほぅ、と溜息が漏れる。

 うっすらと白み始める空と夜の影が覆う森、そしてそれらを区切る朝と夜の境界線が移動を続ける。

 眼下を飛び交う蛇と蜂。その奥に広がる新緑の森。その先には、草原と点として存在する草食獣たち。

 町の防壁がかなり小さく見え、普段の見上げるような圧迫感など、この位置からは感じない。

 この光景を保存したい。そう思い、俺はこの視界の光景をスクリーンショットに収める。

 ゆっくりと移動し登っていく太陽を何枚も何枚も。後で見返せば、パラパラ漫画のように大まかが動きが見て取れるだろう程に。


「良い感じで疲れたこのままログアウトしたら、寝るかな?」

「どうだ? 山は」


 イワンは、腕を組みしゃがみ込んでいる俺に笑みを浮かべてくる。なので、俺も見上げるように笑い返す。


「……良い気分」

「そりゃ良かった」


 口数少ない感想だが、そう表現するしかない。爽快と脱力が混在し、湧き上がる達成感と夜通し続けた疲労感が良い具合に混ざり合い、なんとも言えぬ感覚に陥る。

 最初にイワンが言った、山の演説。あれは強ち(あながち)間違っていないように感じる。そして、自分が実行するだけの価値有る行動だったと確信している。


「じゃあ、お開きにするか。徹夜で挑んだからみんな疲れているだろうし」

「そうですね。特に登山初心者のタクさんとユンさんには無理をさせすぎたかもしれません」


 タクとヒヤマの提案に俺は短く唸るように頷く。もう、この時点で思考力も大分落ち、太陽も十分に昇った。

 俺は、背伸びをするように立ち上がり、短い別れの挨拶を口にする。


「今日は楽しかった。イワンとヒヤマは、機会があればまた」

「それじゃあ、俺たち二人は、ログアウトして寝るな」

「かかかっ! 社交辞令でも嬉しいもんだな。なぁ、ヒヤマ!」

「そうですね。では」


 そう言って、互いにフレンド登録する。新たにフレンドに加わった色物の二人に笑みを向けて、俺はログアウトする。


次で、番外編2はおしまいだと思います。


変更点

・第三アーツ→アーツ

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