Sense93
山肌を登り始めて丁度深夜に差し掛かる頃。
進行速度はそれほど速くは無い。いや、むしろ俺たちのような低レベルな登山センスを持っている人が居る為に、時折掴んだ場所から先の掴む場所に手が届かずに登ることが出来ずに、一度引き返し、別の場所を掴んで登り直したり、腕の疲れやスタミナは、経験者二人には及ばず、時折ロープに体を預け、岩肌に足を引っ掛けるような形で休憩を繰り返す。
上に登れば登るほど、視界のマーカーは減り、イワンの指示やヒヤマの登った経路を後追いする形で何とか、登ることが出来た。
繰り返す毎に、レベルの上昇や慣れによって進行するペースが上がる。
そして、現在――
「じゃあ、ここから先が敵が襲ってくる場所だ。ちょっと休憩を取ってから再開しよう」
そう言って、少し開けた場所にランタンを複数置き、焚き火とは違う光源を確保する。白熱光より青白く感じる人工の光は、火の温かみとは逆に寒々しい印象を与える。
「うーん。俺は、お手洗い休憩して、また復帰します」
「おう、ヒヤマ行って来い」
「行ってらっしゃい」
「いってら~」
ヒヤマが休憩のために一度ログアウトし、そのアバターだけが残された。
タクは、落ちないように緊張しっぱなしだったのか、少し休憩で気が抜けている。
「だらしが無いぞ。タク」
「いや、趣味センスやお遊び程度かと思ったら、ガチ過ぎる。ゲーム的なファンタジー要素が今の所無いって」
ゲームなのだからゲームらしい非常識を求めていたらしいが、今の所そんな物も無く、ただ淡々と繰り返す肉体的な酷使に僻易していたようだ。
「がはははっ、そう直接的な楽しみよりもこうした過程を楽しむのも登山だ」
「俺、ユンみたいな苦労人気質じゃないんだけど」
「おい、俺は何時から苦労人になった? 苦労掛けてるのはお前らだろ」
俺が抗議の声を上げるが、面白そうに笑うイワン。
「まぁ、この上では、根気のある嬢ちゃんよりもお前さんの方が苦労するだろうがな。ここから先は、空中を知らない者には未知の領域だ」
「おっ、燃えるな! 岩肌に張り付いての戦い。そういう、普通じゃ味わえない場所の戦いとか」
「そうそう、この山肌での地上の陣形など無意味。山の男のには山の戦いが有るんだ」
男二人で楽しそうに話しているのを俺は、半目で眺めている。
そもそも、山の戦い方。とは何だろう。
背後には岩壁、足元は不安定で一歩間違えれば、奈落に真っ逆さま。進むも苦労。戻るも苦労。そんな環境下でまともに戦えるのか。と疑問が起こる。
ヒヤマは打撃武器。イワンに至っては、素手らしい。そんな環境下で一撃離脱の空の敵とでは距離がある。
魔法などの遠距離攻撃が、一番扱いやすそうなのだが……
「おっ、戻りました」
「おう、ヒヤマ戻ったか。じゃあ、ここから先は敵が出る。夜だから襲う敵は少ないが、襲ってきた奴は、迎えるとしよう」
「「了解」」
ヒヤマを先頭に再び登り始める。
しばらくして、上を見上げれば、空には、赤い瞳を持つ濃緑色の蛇がいた。翼は蝙蝠のような形で、手足の無い超小型のワイバーンのような形だ。
俺は、首を可能な限り回して、敵を索敵する。
「敵接近。右上方から蛇が二、左後方から蛇が二!」
「ヒヤマ! あれを使って! 落とせ! タクは無理せずに切り払え!」
俺の声に、イワンが指示を出し、迎撃体勢を取る三人。
ヒヤマとイワンの手には、束になったロープとその先に金具が取り付いていた。金具を錘とし、回すことで遠心力を生み出す。
彼らの目には、ランタンの光の届く範囲までしか敵を視認出来ないが、二人は、入り込んだ敵へと即座に反応する。
回転により速度を増した金属が速さを持って弧を描き、標的に巻きつく錘とロープ。敵は、空中に浮んでロープに絡まり、錘の投げた勢いのまま、岩肌に衝突する。
金具の刺さったダメージと衝突による地形ダメージ。更に、巧みに操りロープを手繰り寄せ、持つ武器または素手で頭を潰す。
流れるような動作で一匹倒す。しかし、襲ってきた空蛇がその間に近づき、腕に牙を剥く空蛇が――
「――させねぇよ」
タクは、不安定な体勢から、下に長剣で切り払い、空蛇の首を切り落とす。
それによって、イワンに向かった空蛇を打ち落とすことが出来た。対して、俺は、タクのように近づいた空蛇に攻撃が出来ず、残り一匹は、みすみすヒヤマの腕に喰らい付かせてしまった。
ヒヤマは、すぐに、自分の武器で喰らい付いた空蛇の頭を潰すが、事前に言っていた毒の状態異常を受けたようだ。
「ユンさん、回復と解毒お願いします」
「了解。それと、今の何だ?」
「今のですか? えっと、アレがエアロ・スネークですね」
回復を終えたヒヤマは、俺に対して、見当違いなことを言う。俺が聞きたいのは、先ほど使った装備のことについてなのだが、今は場が悪い。後で聞くことを心に誓う。
その後、幾度の襲撃による停止と進行を繰り返しし、その都度、あの金具の付いたロープは活躍を見せ、再び休める広さの場所に来ることが出来た。
ここまでの戦闘は、山肌での戦闘に慣れた彼ららしい手際の良さに助けられた。
登っていくと人が十人程度は座れるスペースに辿り着き、休憩で余裕が生まれた為に先ほどの疑問を口にする。
「……色々と難しいとか、忙しいとか、神経使うとか言いたいけど、一つ気になることを」
「なんだ?」
「あの、金具のロープって何だ?」
「鉤爪ロープだが?」
「いや、そうさも当然と言われても」
鉤爪ロープってそもそも聞いたことが無いし、あれほど巧みにロープを滑らせ投げる熟練の技術や戦闘に流用できる部分は、【料理】センスの包丁に通じるところがあるように感じる。
「うーん。登山道具で武器の一つなんだがな。引っ掛ける場所があれば登れる汎用性のあるアイテムだ。まぁ、最初は投げる場所も安定しなかったが、レベルが上がると命中率も上がってな、便利になったんだ」
「へぇ~、面白いな。その技術を別の武器に転用できないか?」
「例えば?」
タクも鉤爪ロープは気になって様だが、イワンの持つ鉤爪ロープを眺めて、二人で話し合っている。
「そうだな。ロープを鎖に見立てれば、【鎌】センスの派生にある【鎖鎌】とか、【剣】の派生にある【短剣】で鎖付きの短剣なんかは、投擲が出来て、接近にも使える。その反面、癖の強くて、ステータスも低めに設定されている武器になるかな?」
「ふむ。面白そうでは有るな。これが終わったら試しにそのセンスと武器を調達してみるか? ヒヤマはどうする?」
「じゃあ、俺は、鎖鎌ですかね?」
三人は、俺を置き去りにして会話を始める。
新しい自分たちの戦闘スタイル。登る際の反省点や改善点、このペースならどれくらいまで登れるかの予測だ。
口を挟むタイミングも掴めず、かといって無理に会話に割り込んで意見するだけの話が出来るか、と言われると出来ない。
こんなに疎外感を感じるなら俺、居なくてもいいかな? とか否定的な考えが頭に過り、すぐに振り払う。
「――落ち着け。こんなことで気落ちしていたら世話ない」
「で、ユン。そう言えば、お前はもう十分出来てい「――うわっ! いきなり話しかけるな! びっくりした!」……びっくりしたのはこっちだ。俺が話しかけたら大声上げて」
「そ、それは……べつに」
タクに注意されて、言い澱む。別に驚く点は無いし、話を聞いてなかった俺も悪いが、疎外感を与えたタクにはなんとなく、苛立ちもする。
「……タクさん、どうしてユンさん不機嫌なんですか?」
「いや、分からん」
声を顰めているつもりでも丸聞こえだ。睨むと二人が、口を噤む。そんな俺達を呆れたように見る年長者のイワンが口を開く。
「差し詰め、俺たちが話に夢中でユン一人が輪の中から外れたのが原因だろう」
「……違う」
「すまんかったな。パーティーメンバーを気遣ってやれずに」
見抜かれたことには、驚くが、素直にそうだ。と言うような年齢でもない。だが、真正面からすまん。と言われたことに更に驚く。
それと同時に、趣味に走れど歳を重ねた人間が周囲をよく見ていることに感心する。
「ユン。お前……すまん、正直、すみませんでした」
「お前が謝ると少し……あー、なんだ。背中が痒くなる」
「そんな事は無い。俺の目を見てくれ」
じっと、俺の目を見詰めてくるタク。真剣という表情だろうが、普段の言動から胡散臭さしか感じられない。
そう、混じりっ気無しの誠心誠意の言葉だろうと今のような茶化す言葉だろうと、きっと俺は深く考えることもせずに、溜息一つで許してしまうだろう。
むしろ、考えるのに労力を割きたくない。
「もう良いよ。俺も大人気ない。それで何を言おうとしてたんだ?」
額を押さえて、何で疎外感など受けたのか、自分の精神の弱さに自己嫌悪する。だが、自己嫌悪だけでは、状況は好転しないために、話題を変えることにする。
俺は、前後の話の関係を聞いていなかったために、ヒヤマに話を求める。
「全く……それで、なんの話だ?」
「ユンさんがこの付近に来たのは、レベル上げと素材アイテム集め。という話を聞いたので、そっちの目的はもう十分出来ているのかな? という確認です」
ヒヤマが丁寧に説明してくれたために、何故タクの話を振って来たのかが分かった。俺は、顎に手を当て、インベントリとステータスを比較し、答える。
「レベル上げはそれほど拘っていないけど……アイテムの採取はしたいな。このエリアで入手できる鉱石や宝石系があると色々とありがたいんだ」
「じゃあ、ここから先は俺らも知らない場所なんだ。進行ペースを落として採取と休憩は同時に、嬢ちゃんの素材集めにも協力かのう?」
「いいのか? イワンたちは、この山の頂上を目指しているんだろ?」
「焦って登れば、しっぺ返しが来るのが山だ。元々、焦るような性格はしちゃいない。それに、ここが駄目なら別の山を探して、登ればいい!」
真夜中の真っ暗な中に気持ちの良い笑い声が響く。
「じゃあ、遠慮なく道中の採取ポイント指示するからリードよろしく。」
「任せてください。俺がちゃんと道筋作りますから」
なんだか、常にリードされるの、って安心できる。良いリーダーとかってこんな感じなのだろう。
マギさんたちのような対等な関係や利害関係の一致、あとは、同じ生産職仲間。上げれば色々な言葉が上げられるが、冒険パーティーだとそれとは違う安心感がある。
しかし、感傷に浸っている時に敵が来るのだろう。
今度は、空蛇が六匹だ。
他の三人は視認していないが、敵は不安定に上下に翼を動かしてこちらに向かってくる。
「全く、蛇六。 右上方三。左下方二。正面一」
俺は、手早く弓を取り出し、闇夜の中に打ち込む。三人には見えないだろうが、俺には見える。蜂ほど狙いが付け辛くない敵に向かって、可能な限り連射。
タクたちは、一連の動作または、一撃で葬るが、聞いたエアロ・スネークの行動パターンには、一撃を加えると、警戒して一定時間離れる、というものがある。
俺はすべてには攻撃できないと判断し、右上の三匹を選び、そいつらを順番に、かつ最速の連射で一方的に射抜いていく。
「三匹そっちに行く。残り頼む!」
ここは、先ほどまでの山肌とは違い、足場がしっかりしているが、回避行動を取れるほど広くない。必要なのは牽制と役割分担。
一匹の蛇の処理に必要なのは、矢四本分。順番で連射し、次々に打ち落とす。
「残り、五、四、三」
三匹が順番に墜落していく中、タクたちは、切り払いや鉤爪ロープで引っ掛け、引き寄せ、叩き潰す。
今までの襲撃で一番数が多かったが、俺が攻撃に加わって、殲滅力が一気に上がった。
それ以前に、光の届かない範囲からの先制攻撃が一番の要因だと自己分析するが。
「殲滅完了。周囲に敵は発見できず、安全確保完了」
あくまで事務的に自分の役割を全うし、事実を告げて、短く息を吐き出す。
「……凄いです。ユンさん」
「嬢ちゃん、下手な男よりカッコいいんじゃないか?」
今まで登ってくる中で俺の戦闘を一度も見ていなかった二人は、素直に感嘆の声を上げる。
自分では、弓使いの少なさと不遇さから凄いのかの基準が分からない。それとイワンの下手な男発言って、俺は男ですから。
最後に、タクは。
「……やっぱり、固定パーティーに欲しい」
なにやら、決意を新たにしたような顔をする。
「俺が弓使えるのは、地上だけで、山肌に居るときはしっかり守ってくれよ」
「もちろんだ、ユン」
「よし、これから始めての場所。初めての進行、素材集めだ! 気合入れるぞ。ヒヤマ」
「分かりました!」
まぁ、登っている最中のことは三人に全て任せよう。