Sense90
「いや~、死ぬかと思った。まぁ、ゲームでは死なないけどな」
わはははっ、と豪快に笑う筋肉一号さんことイワン。あれだけ痙攣して伸びていたとは思えないほど元気さ。笑うたびに、インナーに包まれた筋肉が盛り上がり、皮防具が悲鳴を上げているような錯覚を覚える。
俺は、横目で話を聞いているが、話には参加せずに、タクに全て丸投げ。その間、ピッケルを振り上げて、山際の鉱脈ポイントのある地点に向かって振り下ろす。
俺が振り下ろすピッケルが岩壁にぶつかり、小気味の良い甲高い音を断続的に響かせる。
OSOの鉱脈ポイントは、至る所に存在し、Exスキル【採掘】と採掘ツールのピッケルがあれば、簡単に鉱石が採取できる。
【採掘】のスキルさえあれば、鉱脈ポイントは識別でき、場所も様々な場所で取れる。その取れる場所ごとに特色があるらしいが、取得者の多くは、鉱山に篭ったり、と色々だ。
俺が、採掘に夢中になっている間に話は進んでいく。
「すみません。イワンさんを落としてしまって」
「全く、ヒヤマは、もう少しどっしりと構えろ」
「それは良いけど……何で上から降りてきたんだ」
俺は、話に耳を傾ける。俺が気になっているところはそこだ。あんな上から人が降ってくるなんて誰も思わないだろう。しかも筋肉が。
「俺たちは、まぁ、色物プレイをやっているんですよ」
どこか気恥ずかしそうに話すヒヤマ。俺も色物と言われれば似たようなスタイルなので興味がある。
「へぇ、どんなことをしているんだ?」
「趣味センスの【登山】ってありますよね。アレで、崖とか山を登るんですよ」
「山は良いぞ! 漢のロマンだ!」
がはははっ、と山の良さをその山のような筋肉質な腕を広げて語るイワン。この人をしゃべらすと話が進まないのか、ヒヤマは、必死に止める。その二人の様子をタクは面白そうに眺めている。
「まぁ、不思議じゃないよな。仮想現実の世界だからって、ゲームだけじゃなくて、趣味に走る人は居る。知り合いに釣り好きで、平日は釣りが出来ないからゲームの世界に釣りを求める奴も居る」
「そうそう。俺たちもそんな感じなんです。山を登るには、遠すぎるし、フリークライミングとかする場所も無い。だからこう言ったゲームで登山とか出来る、って聞いて始めたんです。イワンさんも似た口で」
ヒヤマは、どこか誇らしく語る仕草や子供っぽい気恥ずかしさに筋肉質な体とのギャップに微笑ましく感じる。
「で、落ちてきた理由は、何かあるんだろ?」
「はい、その……いきなり蜂の大群が俺らの方に押し寄せてきて、びっくりしてイワンさんを落としちゃいました」
「全く、蜂相手に情けない。俺なんか、本場の雪山で吹雪や雪崩に迫られたんだぞ」
いや、リアルの吹雪や雪崩も凄いけど、蜂の大群も怖いから。それにしても、直前の俺の行動と蜂の関連性が……
「……ユン」
タクが、俺に視線を送ってくる。俺は振り下ろしていたピッケルの手を止め、二人に向き直る。
「……その、たぶん。いや、絶対に蜂の大移動は俺が原因なんだ」
「はぁ?」
俺は、掻い摘んで説明した。自分が【調薬】センスを所持していること、そのセンスを利用して、虫限定ではあるが寄せ付けなくするアイテムを作ったこと、それをこの場で使ったこと。
「その……すみませんでした!」
体をくの字に曲げて誤ると、すぐに笑いが聞こえる。
「なんだ。そんな事か。わざとでは無いし、落ちてきた俺を回復してくれただろ! そう嬢ちゃんが気にすることじゃない。そもそも移動しただけの蜂は結局攻撃してこなかったんだ。あやつらにビビリおったヒヤマの方が悪いわ」
「まぁ、俺のビビリなのは自覚してますが、言われると傷つきます。でも驚いたな。登山のマナーで物落としたら『落』って掛け声掛けた方が良い。って教わって癖で言ったけど、まさか落とした先に人が居るとは思いませんでしたよ。しかも、男女が抱き合って……凄く気まずかった」
「いや、俺たちも参った。降って来た大男を避けるために、抱えて飛び退く姿を見られたんだから」
イワンに続き、ヒヤマは畏まったように、タクは頭を掻いてやられた。と言う風に言葉を重ねるが、ここで一つ俺は言わなければならないことがある。
「言っておくが、俺は男だ!」
「えっ、デートの照れ隠し?」
「おい、筋肉二号! そんな照れ隠しがあるか! あと、タク。そこで笑いを押し殺すな! お前が訂正すれば良いだろ!」
いつもの様に、笑いを押し殺しているタク。俺を引っ張って回避したことには感謝するが、こういう所を直せよ。
「まぁ、嬢ちゃんが男だろうが、女だろうが今は関係ないが――」
「おい、筋肉一号! 関係ないじゃねえよ。俺には死活問題だ!」
全く相手にされない。岩のような体にニッと白い歯を見せて笑うイワン。
「一緒に山に登ってみないか? 山は良いぞ! 地べたを歩き回ることのなんて小さいこと小さいこと。日ごろ自分の居る場所が小さく見える」
「はぁ?」
「男だの、女だの、年上、年下、先輩、後輩、父親、母親、兄、姉、兄弟姉妹に対人関係全てがちっぽけに感じるほど、山はデカくて、人は小さいんだ! そんな小さい人の悩みなんか、登山をすれば忘れられる。意味を無くす! いや、登山がきっと教えてくれる!」
「……」
太く、筋肉質な腕を広げて、大演説するイワン。その迫力と大声は、銅鑼を打ち鳴らしたように腹の底に響き、圧倒され、黙ってしまう。
ただ一言。凄いと直感させるものがあった。だが……
「何を根拠に……」
「そんなもの、山が教えてくれる!」
精神論の山馬鹿だよ、この筋肉さん。
「と言うわけで、山に共に登ろうぞ!」
「こちらの了承無しか!」
「何事も、チャレンジ・スピリッツ。挑戦の心だ。そこに山や掴みやすそうな岩場があれば、上りたくなるのは、漢だろ?」
「それは、あんただろ」
俺は、登るつもりは無いし、これ以上話し合うつもりはないために、背を向けてピッケルを再び振りかぶる。
そんな俺の背に向かって、一つの言葉を掛けられた。
「男が逃げるのか?」
ピッケルを振り上げた俺の体がピクリと止まる。数拍置いた後に、更に言葉が続いた。
「おおっ!? そうだった。お前は女だったな。すまん、つい勘違いを」
大仰に芝居掛かった言葉に、俺は、眉間を顰め、挑発には乗らない。と心の中で唱えるが。
「威勢だけは立派だったが、やはり、女子。山に興味は無いとは。寂しいのう」
「だから、俺は男だ! 良いだろう。あんたがそんなに言う山を見せて貰おうじゃないか!」
「くかかかっ! 釣られおったな、嬢ちゃん。自分を男と称すなら、二言は無いな!」
「俺は男だ! 二言は無い!」
俺は、挑発には乗らない。と心に決めていたはずなのに、呆気無くイワンの口車に乗せられてしまった。
「ユン。お前、馬鹿?」
「うっ……すまん。つい……」
タクは溜息を吐き、俺を可愛そうな奴を見る目で見つめてくる。そんな目で見るな。そもそも――
「そもそも、お前も俺のことで誤解や訂正をしないのがいけないんだろ!」
「おいおい、俺に責任転嫁か?」
「やかましい。そうだよ! 文句あるか!」
「おおっ!? やるか!?」
俺が一方的にタクを責めるが、俺が声を荒げる時は完全に本気じゃないことを知っているために、タクは、何処吹く風と適当に聞き流し、面白そうにしている。
子供のじゃれあい。小動物の威嚇といった様子で、なんとも気の抜けた場面である。
「何じゃ、嬢ちゃんたちは、喧嘩するほどの仲とはのう」
「なんとも微笑ましい組み合わせですね」
傍観している筋肉二人組みは、俺たちのことを相変わらず勘違いしているようだ。
「まぁ、登山の布教は、男も女も無関係に行うだけじゃて」
「はいはい【登山】センスの習得コースに二名様ご案内ですね」
「えっ!? ユンだけじゃないの? 俺も!」
「タク、お前も道連れだ! それより、男女関係なしかよ!」
「うわっ、ははっ! 簡単に謀られおるとは、お主ら二人まだまだ子供よのう」
そう言って豪快に笑うイワン。俺を釣り上げられ、一緒にセットで着いてくるタクは、ちょっと悔しそうにしたが、すぐに諦めた様子。
やるなら楽しもう。というスタンスで俺もすぐに思考を切り替えた。
幼女ネタも好きですが、筋肉質な大男も好きなアロハです。
根性論→精神論