Sense89
タクとの待ち合わせの場所は、北門の側にある雑貨屋の前だ。俺たちの他にも似たような待ち合わせの人が数組居る中で、俺はタクを見つけた。
「悪い。遅くなったか?」
「いや、問題ないぞ。時間ぴったりだ」
壁に寄りかかり、メニューを開いていたタクは、すぐに顔を上げ、メニューを閉じる。
「じゃあ、狩りにでも行きますか」
俺たちが歩き出すと、周囲から、気にならない程度の視線を感じ、気持ち早足になる。
「そうだな。それで、北の敵ってどんなのが居るんだ?」
「近いところは、草食獣とか野犬の混成になっているエリアだが、中層から山沿いまでは、マッドシードとラフレシアンって植物系のモンスターだ」
名前から察するに、種と花だろう。今までは、動物や虫をモデルにした敵が多かったが、植物系を目にすることはあれど、相手にするのは初めてかもしれない。
俺たちは、北へと進ながらタクの注意を聞く。
「マッドシードの特徴は、小さいんだ。だから攻撃が当て辛い。反面、基本的なステータスは低くて、防御力が高いんだ。そして一番の特徴が――」
「特徴が?」
もったいぶる様な空白。まぁ、普段のようにあまり気にするような情報ではない。と思ったが、違った。
「爆発する」
「へぇ~、爆発ね……って、爆発!?」
「そう、一撃で仕留められないと、赤く点滅を繰り返し、尋常ならざる速度で迫り、体に張り付き、三秒後に物理的な爆発を起す」
「……うわっ」
「一撃で仕留められるなら、美味しい敵だぞ。それに爆発しても、倒した判定は最後の一撃を入れた人間だからドロップは貰える。まぁ、焦げたって頭に着くがな」
焦げたアイテムなんて、嫌がらせかよ。北エリアが難易度が高いとされる理由は、このマッドシードだけではないはず。もう一匹。ラフレシアンの能力はそれに輪を掛けて嫌らしいものかもしれない。
「そんで、もう一体。ラフレシアンの能力なんだが、マッドシードを呼び寄せる」
「……それだけ?」
「いや、物理、魔法ともに耐久も高く、時折来る物理技は、意外とダメージが大きいが、近接技だし、ユンのレベルだとあまり気にならないかもな」
「じゃあ、何で」
「呼び寄せたマッドシードが攻撃を受けてないのに爆発する」
「うわっ」
なるほど、呼び寄せた爆弾を処理する間もなく、皆がやられるのか。レベルが低ければ、連続で発生する爆発に耐えられないでそのまま御陀仏。レベル上げのための行動すら出来ないとは。
意思のないMOBだから出来る自爆戦術とは……。
「なぁ、タク。それって、防具系のセンスくらいレベル上がるんじゃないか?」
まぁ、攻撃受ければ、経験値の入る系統ならそれもあるのだが。
「死に戻りのデスペナと防具破損による損失度外視ならな。無理にレベリングする狩場には向かないし普通は、適正レベルでレベリングした方が、コストや効率面で良い。適正レベルになってやっと美味しい狩場だ」
「うん。理由が分かった。それじゃあ、今のうちにエンチャント掛けておくか?」
「おう、頼む。そろそろこのエリアのはずだ。見つけた敵は、端から切り倒して、山際まで進もう」
「了解。【付加】――ディフェンス」
そこから程なくして出会うラフレシアンは、赤い花弁に真っ白の水玉模様が目立つ植物。美しさや可愛げなど無い外見からは、毒々しい赤い花粉を噴出し、攻撃を受けると、キェェェッ! という断末魔を上げる。
「ユン! お前は、ラフレシアンだけ狙え! 他の雑魚は俺が相手にする!」
「お、おう!」
俺は弓を取り出し、ラフレシアンに狙いを定める。その間、タクは呼び寄せられたマッドシードを一刀の元に切り捨て、一撃で数匹を屠る。だが、切り終った直後の隙を狙ってタクに取り付こうとするマッドシード。
しかし、タクの戦い方は、剣だけで相手と戦う綺麗な剣ではなかった。
そもそも、タクの持つセンスは、剣の派生の長剣。それを二本持っていてもなんらおかしくない。
「うらっ! どうした! 掛かって来い!」
掛け声と共に反対の腕を振い、剣のガードで、丸くザラついた表面を明滅させるマッドシードを殴り飛ばし、手を返し、再び斬撃を入れる。
剣を持ちながら、ガードによる打撃も併用するその戦法は、喧嘩剣術とでも言えば良いのか、何処となく、斬る、切り裂くと言うより叩き切る、殴り倒すという力任せな戦い方。それなのに、フットワークの軽さと剣の利用した受け流しは、スポーツに通じる物を感じ取れる。
「さて、見惚れている場合じゃないか。俺も役割果さないと、な」
一息に、弓を引き絞り、一直線にラフレシアンの中心を狙う。タクも自分の戦いやすい立ち位置に移動してマッドシードを引き付けているために、俺もタクと射線上に重ならないように、移動打ちでラフレシアンに狙いを付ける。
移動打ちは、難易度の高い技術だが、現在の最大射程は、延びて二百メートル弱。その半分以下の距離では、どのような状態でも外す事はなくなった。
面白いように刺さる矢だが、タクの基準で適正レベルのラフレシアンは、俺にとっては格上だったようだ。なかなか倒れる気配を見せない。
「さっさと、倒れろっ!」
「おい、ユン! そっちに打ち漏らし!」
「えっ? うわっ!」
飛び掛ってくるマッドシード。
俺は、咄嗟に手に持っていた矢を捨て、腰のホルダーに付けられたそれを引き抜き、逆手のまま振りぬき、切り裂く。明滅を繰り返し消えたマッドシードの居た場所を見詰め、呆然としている間に、タクの周りの雑魚は全て切り捨てられており、今まさにラフレシアンを切り捨てようとしていた。
「悪い! 打ち漏らしをそっちにやっちまった」
「いや、こっちこそ。ラフレシアンの始末させちまった」
引き抜き、逆手に持ったままの近接武器――マギさん謹製の包丁をベルトのホルダーに戻し、矢を拾う。
「それにしても、タクは良くアレだけのマッドシードに囲まれながら、避けられるな」
「うーん。そうでもないぞ。冷静に対処すれば良いんだし、第一、取り付くのは防具や体であって、武器で弾くなり吹き飛ばせば問題ない。それより、お前が咄嗟に攻撃できたのは凄いと思うぞ」
「俺としては、あまり良い感じじゃないんだけどな。弓も連射性と威力があれば、打ち漏らしが出る前にマッドシードを相手に出来たし」
自分自身の評価はまだまだだ。もっと綺麗に引き抜き、切り裂き、素早く腰のホルダーに戻せなければ。呆然とした一瞬は無駄だったな。
そうやって、互いに謙遜していると、不意にタクから笑みが零れる。
「お前、そんだけ戦えれば、もう弓使いが不遇とか言われないぞ」
「あ? 別に不遇とかは関係ないんだが……。俺的に使いやすいから使ってるだけだしな」
頭を掻いて、どうして笑ってるのか分からないために、困ってしまう。
「まぁ、センスの組み合わせ次第ってのもあるのは確かだよな。弓と鷹の目の相性は良いし」
「それより、先に進むぞ。時間もそんなに無いし」
笑っているタクを急かし、俺たちは先を進む。先ほどのように、ラフレシアンとマッドシードの一団を何度か相手にして、ようやく山際まで辿り着いた。
山際で一度休憩して、その最中に空の敵について話を聞いた。
「で、空の敵ってどんな敵なんだ? ここまで来る途中見なかったけど」
「ああ、空に出るMOBの名前は――バンカー・ビー。そんでその女王であるクイーン・バンカーだ」
「蜂型のMOBか」
「そ、ラフレシアンの蜜を吸いに、地上で時々出会うんだけど、基本上空にいる。こちらから攻撃しなければ、攻撃しないノンアクティブだ」
そう言って指差す先、上空二、三十メートルはあろう場所に、確かに蜂が居た。
高性能な鷹の目が捕らえた蜂だが、その形状は、非常に凶悪と言えよう。いや、むしろ蜂の定義すら疑う。
「なぁ、蜂なのか?」
「シルエットなら蜂だと思うが」
「俺には、蜂の針が極太で、まるで、槍のようにも見えるぞ」
「あっ、ちなみに言い忘れたけど、ラフレシアンと一緒に居る蜂に攻撃した奴の話だと、怒ってこちらに取り付いたら、引き剥がせずに、その太い針をパイルバンカーのごとくガスガスと打ち込んでくるらしい。鉄鎧がまさに蜂の巣」
「怖っ!」
「さらに、その後、やってくるマッドシードが体に張り付き、多重爆発の嵐」
「尚更怖いわ!」
俺は、その情報を聞きたくなかった。想像するだけでも嫌だ。極太の針が体を貫通し、爆発に巻き込まれるなんて、想像するだけでも鳥肌が立ちそうだ。
「大丈夫大丈夫。耐久力も、防御力もない。ただ攻撃力と速さが特化しているだけが特徴だ。あとは……」
空を見上げる先には、他にも黒々とした蜂が無数に飛び交っている。
「まぁ、数だけは多いから的には困らないな」
「うわっ……」
額に手を当てて、俺は、唸る。こちらから攻撃しなければ襲ってこない敵だ。なら、先ほどまでのようにラフレシアンとマッドシードを相手取ればレベル上げになるだろう。
「なぁ、ラフレシアンを相手で十分じゃないのか? ちょっと、アレは怖い」
「ドラゴンとかの巨大怪獣に比べればまだ優しいほうだ」
「種類の違う怖さがあるんだが……」
ジト目で睨むが、何処吹く風と言った感じで聞き流す。
「まぁ、物は試しだ。案外拍子抜けするかもな」
「分かったよ。しっかり俺の盾になれよ」
「そこはキッチリとやるさ。だから、な」
この年になってもそういう無償の信頼と笑顔を向けられるとどうも弱い。
俺は、バンカー・ビーに狙いを定める。
何時もと同じ動作から始まり、狙いを定める。先ほどのラフレシアンよりも距離的に近いが、動きが俊敏だ。そして数が多いために、どれか一つに狙いを定めるなんて出来ない。
放たれた矢は、空の向こうへと虚しく消え、黒い群れからは一匹たりとも、墜ちる様子は無い。
「ユンでも難しい。と言うより当然か。魔法は範囲攻撃だけど、ユンの弓は点の攻撃だ。面積的に……やっぱりラフレシアンとマッドシードを狩った方が……」
タクの言葉が途中で途切れる。
それは、俺が再び弓を構えている所為だろうか。一度で諦めないなら、何回かやらせてもう一度。という雰囲気だが、二射目からの俺は常軌を逸していた。
連射、連射、連射……
費用対効果無視の矢の嵐が黒い群れの中に飛んでいく。
特定の個体に当てる意志すらなく、ただ機械的に、俺の最高速度での連射を続ける。
ただ偶然に当たった個体は、一撃で体を散らし、消えていった。
十、二十、三十、四十……
時間にして十分も無いが、その狂ったように射続ける俺の姿を見て、止めるタイミングを掴めずに呆然とするタク。
そして、タクから見たら思い出したかのように手を止める俺は、一つ満足がいく結果を見つけることが出来た。
「うーん。手元で威力調整したから、感覚的には、最大威力でやれば問題ないか? いや、ギリギリ」
「おーい、ユンさん? 一人で納得せずに説明してくれ。怖い」
「おっ、悪い。ちょっとしたダメージの通りを見ていたんだが、一撃で倒せれば問題無さそう」
「本当か?」
「まぁ、フォローの方も頼むわ。【付加】――アタック」
そう言って、俺は、自身に攻撃のエンチャントを施し、再び矢を構える。
先ほどは連射重視だったが、今度は十分に引き絞り、狙いを付ける。
狙うのは個体ではない。群れのど真ん中。
「――弓技・疾風一陣」
新たに手に入れたアーツの一つ。長弓の初期アーツを纏った矢は、新緑色の尾を引いて、群れの中を突き抜ける。
再び外したと落胆の色を見せるタクだが、一秒遅れでやってくる新緑のベールが真円状に波及し、黒い群れを押しやる。
矢の通過による衝撃波を受けた蜂はその数を一気に減らす。それでも範囲内の三分の一程度の個体が生き残る。
「お前……このアーツ」
「説明は後、生き残り来たぞ!」
怒りに瞳を赤く染めた生き残りが、こちらに押し寄せ、空には黒点の無いエリアが出来上がっていた。
手負いの蜂とは言え、攻撃と素早さに特化した敵。元々一撃で葬るか、取り付かれて葬られるか。の差では、瀕死までHPを削っても、大した意味は無い。
タクが押し寄せる蜂を一振りで数匹纏めて葬り、俺もタクの取りこぼしを一匹ずつ包丁で攻撃する。
時折、タクの体に取り付く個体は居たが、防御のエンチャントの効果で大したダメージにもならず、一先ず、襲ってきた個体は片付けたが――
「何かやる前に一言言ってくれよ!」
怒られた。いや、あの襲ってきた状態でラフレシアンとかも相手にしていたら、俺たち二人だけでは対処できなかった。と後になって反省する。
だが、たった一回の攻撃でドロップは手に入ったし、金銭面の稼ぎには貢献したはずだ。まぁ、攻撃回数は少ないので経験値は多くは入らないし、もう何度か先ほどのようなリスキーな行為を繰り返すしかない。
「一人で面白いことするなよ」
お前の基準は、面白いかい。まぁ、別にいきなり大量の蜂に襲われることには何も思っていないようだし、一先ず安心だ。
「それで、さっきのアーツは何だ?」
「あれは、長弓の初期アーツ」
タクは、OSOのことなら何でも知ってそうだが、意外と自分の興味のあることや重要だと思うこと意外は調べていないようだ。まぁ、不遇とされる弓系統のセンスと相対する機会は多いとは思えないしな。
「弓技・疾風一陣――効果は単純に、矢の通過した地点から半径三メートルに、衝撃波を生んで攻撃するアーツだ」
「それ、魔法より便利じゃん。魔法使いより遠くから一方的に範囲攻撃できるんだから」
「それが、そうでもないんだよ」
ところが、このアーツ。欠点がある。
「次のアーツまでの時間が長い事。それと、衝撃波の威力は半分から三分の一。しかも円の外側に行くほど、威力が下がる」
「だから蜂で生き残りが居たのか」
「まだ威力が足りなかったみたいだな。でもそうなると、もう少しレベル上げてから再挑戦か?」
「それだと経験値効率悪くないか? 敵を近づけさせないアイテムがあれば便利なんだけどな」
「そんな都合の良い……あった」
虫限定ではあるが、有効なアイテム。
俺は、使う機会の殆ど無かったそれを取り出す。
棒状に押し固められたそれを見たタクは訝しげな表情をしているが、構わずに火を付ける。
「それ、何だ?」
「虫限定だけど敵を一時的に寄せ付けなくするアイテム――除虫香。ってアイテムだ」
「そんなアイテム何処で手に入れたんだよ」
「俺が作った」
原料は、乾燥させた苔と除虫菊。それを原料に、粘土状に混ぜたそれらを押し固め、日陰で乾燥させることで出来る物でお手軽だ。虫系の敵でどうしても戦闘を避けたい場面も今まで無かったし、インベントリに入れっぱなしだったが。
「これなら、遠距離から一方的に殲滅……は、無理そうだな。ユン、お前あの隠れた場所を狙えるか?」
「無理。世の中、早々上手くは回らない。って事か」
この香の煙が風に流れ、黒い群れと接触した瞬間、蜂の群れは、一気に山際の崖の影に隠れるように移動した。こちらから姿が見えなくなった。
「まぁ、失敗もある。それとそのアイテム少し分けてくれ。何かと便利そうだ」
「良いけど、ちゃんと金払えよ」
「もちろん」
俺たちは、仕方が無い。香の効果が切れるまで、近くでアイテムの採取やラフレシアンを相手取ろう。と決めたとき、蜂達の消えていった上方から奇声が聞こえた。
野太い警告。だろうか、長く引き伸ばされた声の先からそれがどんどんと近づいてくる。いや、落ちてくる。
「らぁぁぁぁぁぁっく!」
「……っ!? ユン、こっち」
呆気に取られて身動きの取れなかった俺の腕を引いて、その場から飛び退くタク。タクの腕の中で縮こまり、落下した物を、いや者を目を見開き、見詰める。
丈夫そうな厚手のインナーに皮製の装備で身を固め、頭には、頑丈そうな金属の防具を装備し、ブーツは頑丈そうな作り。そして、腰や背中には、バックやベルト、ロープなどを装備している筋肉質な男性。
落下の衝撃で体がぴくぴく痙攣しており、地形ダメージによる大ダメージと状態異常である気絶を併発しているようだ。
放置しても問題なさそうだが、一応、ポーションを使いHPだけは回復させる。
「おーい、イワンさん。大丈夫ですか……あ、どうも」
「えっと、こんにちは?」
「こんにちは」
タクが俺を抱きとめている状態を見られた。男同士不健全だな。と頭の片隅で思うと同時に、この平然と山の上から降りてきた二人目の筋肉さんを見て思う。
どうして、こうなった。
番外編、第二弾。筋肉さんが登場です。しかも二人。