Sense84
「何で、こんな面白そうなこと隠そうとするの!?」
「お前が原因だよ!」
女性陣に揉みくちゃにされた俺は、アトリエールを臨時休業にして、事情を説明した。その間、非常に恥ずかしい状態でいる。
足の着かない椅子に座らされ、背後からぎゅっと妹に抱きしめられ、子ども扱いのだ。どうでも良いが、俺の両腕にはザクロも抱かれ、大中小、と縦に並んでいる構図。恥ずかしいやら情けないやら。
「はわぁぁっ、この抱き心地。等身大のヌイグルミも引けを取らないなんて、何でそんなに私を魅了するのお姉ちゃん。いや、ユンちゃん!」
「なぜ、言い直す。と言うか、魅了もしてない! 離せ。ミュウ」
「いや、しているよ! 状態異常の魅了を振り撒いて! もう、いけない子。それに、ミュウお姉さんでしょ? 可愛いな。末っ子だったから下の子が欲しかった~。ほっぺぷにぷに」
「ふざけるのもいい加減にしろ! そんな効果の薬は作ってないわ」
俺は、ぶすっと不貞腐れたように反論しているが、俺が恨めしそうな目を周囲に向けても、皆はそれが少し小生意気な娘でも見るような生暖かい目で見てくる。
抵抗しても体格的な差は絶望的で抵抗らしい抵抗もできない。
「……本当に、ユンさんなのですか? その服装とかは、確かにそうですが……」
「正真正銘の俺だが、この縮んだ姿と髪見ると分からないか」
トウトビの言葉に、ため息を吐きながら自分の髪を一房持ち弄る。全く、とんでもない効果のポーション被ったと思ったら、見つかりたくない人に見つかった。
「ポーション製造の失敗でこうなったんだ。で、さっきまでの俺は、リゥイの作ったデコイだ」
「本当に多芸ですね。ユンさん」
驚いたようなルカート。多芸は褒め言葉として受け取るが、そろそろミュウを止めてくれ、頭をグリグリ撫で回して来るから、頭が取れそうだ。鬱陶しげに手を退けようとする度に見える緩みきった笑顔から強く拒絶できない自分はつくづく妹に甘いと思ってしまう。
「いけませんね。実にいけない」
「……リレイ」
小さく呟いたリレイの言葉。俺の不憫な状況に対する言葉に俺は感動で涙目になりそうになる。
「確かに、ユンさんは、美人でした。だからこそ、その服が似合っていたのに、今は可愛い清楚系の幼女! それにこの少し暗めな色の服は、似合っていません、私好みではありません。ですので実にいけません。チェンジです」
「あんた、人の不幸になんちゅうこと言うんや。とは言っても、確かに、ちょっと不釣合いは否めないな。リボン着けるか?」
リレイに便乗して、コハクも突っ込みつつ、インベントリから取り出した真っ白なリボンとブラシを見えるように掲げる。
外見を整えるアイテム。装備品とは別のステータスに影響を与えない一種のアバターアイテムを取り出してくる。
「はぁ~、もう好きにしろ」
「じゃあ、ツインテールは?」
髪を梳かされ、二本に纏められた髪を見て、黄色い悲鳴がまた上がる。さらに次々と髪型を変えさせられる。
ポニーテイル、三つ編お下げ、お団子、結い上げ、縦ロール、おでこを出したり、頭の天辺でリボンを結んだり、髪を止める位置を変えたりと思いつくままに長い黒髪で心行くまで堪能する。その間にも俺の精神は磨り減り、もううんざりした。
「ねぇねぇ」
「……なんだ?」
「今だけで良いから、ユンちゃんの一人称を私にしない? それに丁寧なしゃべり方で」
「はぁ!? それに意味があるのかよ」
無い、あるのはロマン。とか力説されそうだが、そこは女子だ。可愛く小首を傾げて、駄目? と聞いてくるのだ。全く、甘すぎる。
「わ、わたし……くっ、無理、自分でもないわ」
「そんなに顔真っ赤にして、可愛いな、もう、僕の真似して、にこっ、て」
「もう、いい加減開放してくれ」
「え~っ、小さい頃と大して変わらないじゃん。もうちょっと…」
「今はもう、高校生だ」
全く、古いことを持ち出してくる。親が冗談でセイ姉ぇの服を俺に着せたりして、悪乗りして俺も代わる代わる着替えたのは、忘れたい過去だ。ああ、この時ばかりは、自分のアバターが女性タイプなのを感謝しそうだ。黒歴史がバレても性別不詳のためにうやむやに出来そうだ。
「ふふふっ、その疲れてやる気の無い幼女。この姿を同士に……」
「今度は誰を呼ぶんだ? もう、勘弁してくれ」
「やっぱり、髪型を変えてもどうも服がしっくり来ませんので、クロード氏に一着といわず大盤振る舞いしてくれますよ。……ふふふ」
その不気味な笑みとクロードの名前に俺は、緊張で体を硬くする。また出会い頭に、軍服、セーラー、体操服、メイドなどと言いそうで、少し顔を顰める。
しかし、顔を顰めたのは、リレイも一緒だった。
「……忙しいから来いですか。分かりました。はい……わかりました。私たちも……では」
フレンド通信だろうか。リレイの言葉の端々からは、内容は読み取れないが、表情からは芳しくない様子。
これはもしかすると……
「忙しいそうです。ですので、こちらから出向きましょう」
「却下だ」
忙しいなら、このまま俺を連れ出す必要な無いだろ。
俺は、何が何でもここを動かない。という意思表示をするが、ミュウに軽々と抱き抱えられてそのまま連れてかれる。まぁ、ここまで強行手段を取る事も予想の範疇だ。
だが、余りにも限度を超えた行動には俺も耐えかね。だから、俺は逃亡を図る。
「――ごめん!」
激しい抵抗をしなかったために、警戒を解いていたようであっさりとポーションを被るミュウ。動きが止まると共に、腕から抜け出し、どこでも良いからと走り出す。
「……うごか……」
「あかん。ミュウが麻痺状態になってしもうた」
俺の新作ポーション――痺れ薬だ。イベントで入手した植物を栽培、それを原料として作り上げた状態異常喚起薬。まぁ、レベルで言えば、麻痺の3。効果の継続は最大15秒程度だが、その間に出来るだけ離れる。
店の前で一瞬止まり、考えた。人ごみに紛れるか、人のいない外へで逃亡するか。
それぞれの利点、欠点を瞬時に考えて、町の中心からポータルを使い、別の町へと逃げる算段をつける。
「リゥイ、ザクロ! 着いて来い! 【付加】――スピード!」
それだけ言うと、ザクロは俺の肩に飛び乗り、リゥイの姿は掻き消え、俺だけがなんとなく居場所を把握できる。
そのまま、全力で町の中心へと向かうと、すぐに追いつかれそうだ。複雑な裏路地へと小さな体を入り込ませ、何とか追っ手を撒く。
「ふぅ……やっと撒いたな。うーん。小さい体は狭い場所では通りやすいが、手足の関係で違和感が」
今、何処とも知れない路地で自分の姿を改めて確認する。子供らしい手足の短さで普段通りの疾走したために、幾度と無く転びそうになった。また、ここまで走るので何となく体が重く感じるために、体力、筋力面で、下方修正が掛かっているのかもしれない。
「まずは、ポータルで別の町に移動を……」
壁に寄りかかった俺だが、不意に自分の服を見て、考え込む。オーカー色に細部の黒が目立つ服装。このまま町に出たら、体格と服装で容易に発見、いや変な噂が立ってしまう。
しかも、頭には先ほどのリボンが頭の天辺で蝶々を作っている。
「服装は、変えて目立たないようにしないと」
メニューで装備品を切り替える。以前、予備としてもらったワンピース。背中の半分しか覆わないチョッキ、ショートパンツ。もう一度この服を着ることになるとは……。
「さて、逃げるか。多分、こっちの方向に行けば、表通りに……」
俺は、大体の方向でポータルの設置されている場所へと向かう。だが俺が脇道に反れたために、既に先回りされてた。
「げっ……リレイ。あいつが一人であそこを見張っている。って事は他の五人は……」
他の五人は散ばって探しているか、リレイと同じように俺の行きそうな場所を見張っている。そして、町の構造は、東西南北の門と中央の転移ポータルしか出口はない。
「表の通りを見張られているとしたら、逃げ場が無いな」
マギさんのお店はポータル付近。上手くすれば見つからないが、北側の図書館にも近いために配置の可能性あり。また、クロードとリーリーは東通りで向かい合って存在するために、ここに一人配置しておけば問題ない。
南通りは、アトリエールが面しているために、戻る可能性と南門からの逃走の可能性が潰れる。
そして、西に一人配置。これで逃げ場は塞がれた。
「自由に動ける要員は、一人。いや、あのミュウのことだ。俺のことを知っている奴に連絡をつけるかもしれない。そうなると、交渉でマギさんやリーリーのお店が押さえられたら、捜索の人数が増える。どうすれば……」
ポーションを被ってから一時間も経過していない。作成前の予想効果時間は、二時間から六時間。失敗したから効果継続は短くなっているが、未だに効果が切れていない。
「逃げ切れるか。こうなれば、強行突破でもするか……いや、あまり派手に暴れると余計に目立つ。場合によっては、NPCを装って逃げるべきか。単独行動だとザクロとリゥイには戻って貰ったほうが良いな。――【送喚】」
俺の言葉を受けて、二匹が消え、召喚石がインベントリへと収められる。
「まずは強行突破するなら何処がいいかだ。ポータルは、人が集まりやすい。東西も人通りが多い。そうなると、南北。いや、南北は逆に、見つかりやすい。なら、人ごみに紛れて……」
俺は、目を瞑り考える。幾つかの案を考え、メリット・デメリット。目的達成におけるそれぞれの障害などを考え、最善の方法を導き出す。
だが、一箇所に留まり過ぎたようだ。誰かが来る足音が聞こえる。
「やばっ……ここは移動しよう」
俺は、ミュウたちに見つからないルートを選びながら、町を徘徊し始める。
人通りの少ない場所、裏路地を抜けた空き地、NPCのおば様たちが井戸端会議をする広場、小奇麗な庭でガーデニングに興じる老夫婦。それらを横目に、目立たず、自然に溶け込むように移動する。
道の端を通り、人の邪魔にならないように、時折敢えて立ち止まり、道端のNPCに微苦笑の会釈をしてまた歩き出す。
なのだが――
(なんか、足音がまだ付いて来るんだけど――そして凄いデジャブ)
いつかのクロードとリーリーを思い出すと、振り返って用件を聞けばいいのだが、そんな勇気もない。そもそも、ログアウトすればいいんだ、と今の今まで忘れていたことを思い出し、立ち止まる。
(えっと、メニューを開いて、そこからログアウトを――)
「あの……」
立ち止まった所で声を掛けられ、振り返る。つい、条件反射的に振り返り、見上げる。
皮鎧を着た、見た目好青年だ。髪の色は、現実と仮想現実の二つの意味で天然物だ。すこし傷んだ黒髪短髪は、ファンタジーのゲーム世界では、逆に珍しく思う。
「君は、NPCかい?」
「……はい?」
いきなり言われた意味が、分からなかったが、目の前の青年は、頭を乱暴に掻いて、あっちゃー、そうだよな、NPCが自分はNPCだって答えないよな。普通。と何やら呟いているが、俺もそう思う。リアリティーのある自然な会話をしているのに、突然、自分人形なんです。と言われれば興醒めだ。そういうNGワードには、基本的に話は逸らされたりする。
「何か用ですか?」
「いや、黒髪を見つけたからつい声を掛けたんだ。だっていないだろ?」
そう裏の広場にいる人たちは、年によって髪に白髪が混じっていたり、濃淡がはっきりしていたり、メッシュが入ったりとしているが、誰一人として黒髪はいない。そもそも、俺の知り合いだって、デフォルトのままゲームをやっている人はいない気がする。
「そう、ですね」
「だろ!? で、珍しいな。と思ったわけ」
「そうなんですか?」
まぁ、俺としては、珍しい云々などどうでもいい。この人は悪い人じゃなさそうだが、余り悠長にしているとミュウたちに見つかりそうなのだ。
「そうだ。記念にスクリーンショット撮っていい?」
「やめてください」
声の抑揚を限りなく抑えて、素早く告げる。
NPCと思われているのだろう。だが生憎、中身のあるプレイヤーだ。見ず知らずの誰かに撮られたくはない。
ここは、良心の呵責を押し込め、良い人だろうが、精神的な傷を負ってもらおう。ついでに、俺も屈辱を被るから。
「……おかあさんが、言ってました。変な人の言うこと聞いちゃ駄目。って」
そう言って、顔を顰める俺。相手は、頭を角材で殴られたような衝撃を受けたような表情をしている。
すまないが、より心の傷を抉らせて貰おう。
「ちょっと、待って……」
何か言い訳をするように手を差し出すが、俺は、一歩下がり、その手を避ける。自分では表情を完璧に作れているかわからないが、怯えた表情ってこれかな? と顔の筋肉をイメージする。それだけの軽い拒絶なのに、青年はこの世の終わりのような顔をしている。
「私に触ると、へんたいさんになっちゃうよ」
可能な限り、たどたどしく告げ、そのまま踵を翻し、てってって、と出来るだけ小走りに走っていく。
背後で、立ったまま膝から崩れ落ちる青年を見て、心の中で南無、と唱えた。その直後に、その青年は、ログアウトしたようで、俺の心も妙に攻め立てる。だが――
「……だが、すまん。名も知らぬ人。俺は逃げなきゃいけないんだ」
「誰から逃げるの?」
「そりゃ、ミュウからだ。あいつのおもちゃにされて堪るか」
「ふ~ん」
……今、声を掛けられたのって。俺の中で纏まっていた考えが早くも音を立てて崩れていく。
伏せていた目を開け、見上げる先には、悪い笑みを浮かべたミュウが仁王立ち。
見つかってしまった。さっきまで前後には誰もいなかったはずなのに、俺はどこを見落とたのか……ぐるぐると定まらない思考を他所に、自身の毛穴から汗が滲み出すような緊張感を受ける。
俺は、一度喉を鳴らし、言葉を搾り出す。
「……私に触ると、へんたいさんになっちゃうよ」
先ほどと同じ台詞。全く芸がないが、ミュウは、考える素振りを見せて――
「お兄ちゃん。随分可愛いこと言うようになったね。むしろ、誘ってる?」
可愛らしい死刑宣告を発した。
決してそんなことありません。と声を発する前に、確保された。
新しく立った掲示板のスレッドでは――
『聞いてくれ! 良く分からないが裏路地で黒髪のロリを見つけた! そして、拒絶された』『おい、ロリコン。その話詳しく聞かせろ』
静かに、そして荒々しく言葉が飛び交う文字の流れが猛者によってまた一つ誕生した。