Sense80
幼獣との契約。そのアナウンスが契機となり、次々と幼獣が自身のもっとも信頼する人間と対峙する。
向かい合った者たちは皆、すぐには言葉を発することは出来なかった。契約に必要な手順も、言葉も何も聴かされていないのだから、だが、そもそもそんな手順など不要で、自動で状況は動いていく。
幼獣たちが次々に淡い光を発していく。契約の時が来たようだ。
「……リゥイ? ザクロ」
何とか呟いた声は、光の中にいる幼獣へと向けたもの。白い光に包まれるリゥイと赤黒い光に包まれるザクロ。ほかにも水色に包まれるリクールや黒と白の蠕動するマーブルに包まれるクツシタ。朱色に金の混じるネシアスなど。至るところで様々な光が確認された。
それが三十秒ほど経ち、収まる光の中には、リゥイたちが居た。その姿には、若干の差があった。
「……角生えてるし、尻尾二本に増えているよ」
リゥイの額には、短いながらも螺旋状に伸びる角が、ザクロは、真っ黒なふさふさの尻尾が二本揺らめいている。
これは幻獣として名高いユニコーンと尻尾の多い妖狐ではなかろうか。
ほか、周囲に視線を巡らせれば、抱きかかえられるほどだったリクールとクツシタには、殆ど外見的な差はない。逆に、ネシアスに至っては、あの懐かしい毛玉姿はどこにもなく、美しい尻尾を持つ朱色の鳥へと変貌を遂げた。
「個体によってビフォーアフターで変化が激しい」
なんというか、実にレアっぽさが滲み出ている。
「ああっ……あの、可愛かったリクールに……」
「どうしました。マギさん!?」
「犬歯と爪が伸びた! なんか、可愛さとかっこ良さが両立している!」
抱きかかえられたリクールは、こちらに向かって、はははっ、と舌を出しているが、確かにその口の中には、少し他より大きい犬歯が生えている。
皆が見つめる中、一度短い遠吠えを響かせたリクールの身は、淡い光の粒に崩れ、マギさんの手の中には、水色の石がすっぽりと嵌っていた。
「おろっ? これで契約完了?」
「じゃあ、次は、俺の番か。汝の名は、クツシタ。我が眷属となり、我を支えよ」
わしわしわしと器用に後ろ足で首の後ろを掻くクツシタ。クロードの妙に恥ずかしい台詞は空振りに終わり、俺は半目になり、怪訝に見詰め。リーリーは苦笑。マギさんは、口を押さえて、笑いを堪えていた。
「ふぅ~。来い。クツシタ」
「なぁー」
自分の体を舐めて毛繕いしていたクツシタは、クロードに呼ばれ、小さい体躯からは想像も出来ない跳躍でクロードへと飛びつき、黒白の石へと姿を変える。
「これで契約完了だな」
「でも、クロード。なに、あの痛い台詞。私を笑い殺させる気?」
マギさんに指摘されて、苦々しげに顔を歪めるが、反論など一切せずに黙っているクロード。自分自身の行動に恥ずかしい自覚があるようだ。
その間に、リーリーは。
「僕たちも契約する? シアっち」
今度は、美しい鳥になったネシアスは、特にアクションを起こすこともなく、すっとその姿を消し、暖かな橙色の石に変わる。
「て、ことは――俺たちか。まぁ、これからもよろしくしてくれるか?」
俺は、膝を折り曲げて、目の前の二匹がこちらに来易いように手招きする。リゥイは、こちらの首筋に首を絡めるように来て、顔を無遠慮に舐めてくる。ザクロも腕を駆け上がり、反対の頬を小さく突き出した舌でちろちろと舐めてくる。
「うっぱっ!? ちょ、待てっていきなりは、くすぐったい!」
「……ユンくんが、ナメナメされているのか。おっと、その気が無いのに興奮してくるな。鼻血出そう」
「むむっ!? 新しい防具のインスピレーションが!」
「いいな~。シアっちは嘴で指を甘噛みするだけだし、僕も混ぜて」
いや、助けろよ! と思うが、この状況も長くは続かなかった。あっ、と短い声が漏れるほどの時間に粒子に変わり、手には、二つの新雪のような白い石、と黒を基調とした真紅の筋が入った石が収められていた。
「無事、完了したね。ユンくん」
「ええ、そうですね」
「じゃあ、ステータスでも確認するか? どんなモンスターなのかは、知りたいしな」
「じゃあ、僕のシアっちは――」
ネシアスのモンスター名は、不死鳥。現在のセンスは――【不死鳥Lv1】【幻獣Lv1】【魔法才能Lv1】【魔力Lv1】【火属性才能Lv1】【不死鳥の加護Lv1】【飛翔Lv1】【回復魔法Lv1】【蘇生魔法Lv1】【幼獣Lv1】
「「「……なに? この能力」」」
あはははっ、何だろうね。と笑っているリーリーだが、このセンスの数を言うと、プレイヤーと同等だ。
「なぁ、草食獣って最初いくつだ?」
「二つだな」
「ネシアスは?」
「十個。プレイヤーと同じだね」
「それ以前に、完全に名前だけで見れば伝説じゃん」
うーん。これって正直、戦力で言うと、一人が二人分の戦力になる。ってことか? でも生産職だし、元々戦力として考えない場合は、実質一人分だし……
でも、今後の成長でセンスの数が増えるかもしれない。
自身の名を冠する固有センスまであるからには、固体が微レアとかそういう次元じゃなくて、確実に誰もが羨むレベルだ。
「あっ、ほら、この幼獣ってセンスの効果だけど、成体になるまで補助系以外のセンスの獲得経験値が減少と、ステータスの半減。って効果だよ。シアっちの補助系は、回復と蘇生だけだよ」
リーリー。今は、そんな現実逃避しても意味無いぞ。将来的に、猛威を振るうだろう存在なのだから。
「ステータスの半減でも、補助系のスキルだったらあんまり意味が無い気がする。ほら、蘇生とか」
さすがにステータスのMPやマインドが低ければ、発動は出来ないかもしれないが、発動できるまでレベルを上げてやれば、まだ存在の確認されていない蘇生アイテムの代わりになってしまう。
誰もが欲しがるだろう。
「どどどっ、どうしよう! シアっち使い潰されちゃう」
俺の心配は、リーリーが悪い人間にほいほい付いて行って使い潰されないか心配だ。
「安心しろ。その時は、俺たちが体を張ってお前らを守ってやる」
「そうだよ。私も困ったときは助けるよ」
「まぁ、そういうことだ。今は喜んでおけよ」
クロード、マギさんと次いで、俺もリーリーにそう言葉を掛ける。
「さぁ、これから起こるだろう心配を口にするより、個々人のパートナーのスペックを話そうよ。じゃあ次は、クロードで、その次にユンくん」
「わかった。えっと―-幸運猫という種類らしいな」
センスは、【幸運猫Lv1】【魔獣Lv1】【魔法才能Lv1】【魔力Lv1】【闇魔法才能Lv1】【幸運Lv1】【不運Lv1】【物拾いLv1】【幼獣Lv1】
「幸運と不運を運ぶ猫……まさに補助型の幼獣みたいだな」
「ふふふっ面白いな。黒猫は、場所によっては、飼い主に幸運を運ぶ存在。つまりは、他人の運を奪い取り、持ち主に運を運ぶ存在か。センス【幸運】は対象のLUKを一時上昇させる効果で【不運】はその逆か。癖は強いが面白い」
LUKの変動センスか。これは、幸運猫の固有センスかもしれない。ネシアスのはどれも頑張れば入手できそうなセンスだけど、固有というのが見られないし……成長していけば、取得するかもしれない。期待は大きいな。
「次は、ユンっちだね。どう?」
「どうって言われてもリゥイは、見た目どおりの一角獣。こいつは、幻獣だ」
センス構成は――【一角獣Lv1】【幻獣Lv1】【魔力Lv1】【水魔法才能Lv1】【浄化Lv1】【幻術Lv1】【幼獣Lv1】
センス数は七個と魔獣の幸運猫より少ない。そう考えると魔獣と幻獣に大きな差は無く、成長などで変化が出てくるのかもしれない。
固有センスの【浄化】は、全状態異常の回復とHPの回復。そして、不死系モンスターへの攻撃だ。サポートとしてこの上ない存在。俺のポーションの存在意義が遠のく。
そして、もう一体のパートナーは――
「――空天狐。センスの数が六つだ」
「えっと、ユンくん。種類は何?」
「幻獣ですけど……」
「現状だと、実質五つだな」
幼獣はデメリットのみのセンスだから実質四つ。センス構成は――【空天狐Lv1】【幻獣Lv1】【魔力Lv1】【狐火Lv1】【祟りLv1】【幼獣Lv1】
固有センスの狐火は、様々な形状の炎攻撃。祟りは、相手に様々なマイナス効果を与える。というもの。狐の祟りは、恐ろしいと聞くが、この一文だけではいまいち効果が分かり辛い。
「うーん。二匹とも大器晩成型かな? まぁ、二匹ともまだ幼獣だし、これからだよ」
「そういうマギさんは、どうなんですか?」
「えっ、私の場合は――」
ぶふっと噴出した。何をそんなに驚くことがある。あー、と額に手を当てて、空を仰いでいる。
「うんん。純粋な戦闘タイプだ。魔氷狼っていう幻獣だ。センスも【魔氷狼Lv1】【幻獣Lv1】【魔力Lv1】【氷狼陣Lv1】【氷装換装Lv1】【身体能力上昇Lv1】【魔力変換Lv1】【自動回復Lv1】【魔力回復Lv1】【跳躍Lv1】【幼獣Lv1】の十一個だ」
センスの数が一番多いし、固有と思われるものが二つ――【氷狼陣】と【氷装換装】だろうか。なんか、カッコイイ。
今まで氷を出してくれていたから氷魔法を所持していると思っていたが、実は固有センスだったとは。
「鍛えれば、一番強くなりそうですね」
「魔力変換もMPを消費してステータスを上昇させるセンスだから実際以上に強いだろうね。どう考えても戦闘特化だよ」
「まさに神話にも恥じない強さかもしれないな。その内、巨大化して怪獣大決戦でもなるのか?」
「これが初期だなんて。ボスで出たら勝てるかな?」
「「「……あっ」」」
リーリーの呟きに俺たち三人は、間抜けな声を上げる。
そうだ。これは、幼獣とはいえモンスターだ。その内、どこかのフィールドで発見されるだろう。そのとき、プレイヤーの前に立ちはだかるフェンリルは、どれほどの強さに成長しているのか。
そういう意味では、このイベントで契約できたモンスターたちは、かなりのスペックの高さを持った種類でありながら、条件さえ満たせば比較的簡単に契約できたのだと思う。
その反面、幼獣という制限されたセンスを持っているのだから、運営は常にバランスを考えていることが伺える。
「……そういう恐ろしいことは考えないでおこう。私たちは、生産職なんだから」
「そうだな。遠くない未来、素材集めをする苦労人たちに冥福を祈るとしよう」
「いや、まだ死んでないし。そもそも、出現するかも不明だから」
なぜか、胸の前で十字を切るクロードにナチュラルな突っ込みを入れてしまう。
まぁ、出現してドロップのレアアイテムから何かを作ろうと考えた場合、討伐をこちらが依頼するかもしれない。そう言った意味では、未来の苦労人である。
それにしても、このセーフティーエリアには、あと数匹の幼獣が居るが、ちゃんと契約できたのはその中の半数。残りは、名残惜しげにしながらも森の中へと帰っていった。
消えていく幼獣の後姿に向かって、悲壮感漂う呼び声が怖い。悲しい別れだったが、どうやら最低限の救済措置として、幼獣の一部は入手しているようだ。呆然としながらもその手ある、角やら毛を一頻り眺めてインベントリに収める者たちがいた。まぁ、記念品として、持ち歩くのも良いだろう。
「関わった全員が契約できるわけじゃないんだね」
「まぁ、飛び込みでセーフティーエリアに来た幼獣ですし」
マギさんの呟きに、なんとなくそう返して俺は、哀愁の篭る背中を見つめ、俺は、運が良かった部類の人間だな。と思う。
【――全てのイベント過程が終了しました。これより十分後に、通常サーバーに転送されます。今回のイベントで使われた様々な機能は消失し、通常の仕様に戻されます。――繰り返します】
最後のアナウンスだろうか。入賞と聞くと、最後に誰かが集まって、わぁっと騒いで終了といった感じだが、流石にゲームでそこまで派手にはしないだろう。個人への結果告知とアイテムの贈呈という結構あっさりとした終わり方だ。
後日、ひっそりと情報が出回ったりする程度なのかもしれない。
「うーん。終わったけど、なんか現実だと数時間しか経ってない。って言われると今更ながらに疑問だよね」
「目を覚ましたら、逆に一ヶ月経ってたりして」
マギさんとリーリーの会話。まぁ、時間を短縮できるのなら、引き延ばすことも可能だろう。そう考えると、ゲームやって浦島太郎なんて洒落にもならない。
「にしても、思うんだけどさ。二時間で一週間できるなら常にその設定を適用すればいいのに」
「それは、プレイヤーと運営の見解の相違だろう」
俺の呟きに、クロードは真顔で答える。
「例えば、あるゲームの寿命が五年とする。もしも、ゲームの時間が現実の五倍引き伸ばされたなら、単純にゲームの寿命は一年になる。まぁ、極端な例だな。だが、ゲームを運営する側としては、一日でも長くゲームを運営することが必ずしも利益を上げる訳じゃない。百人いる中の一人の優良客で利益を上げるゲームもあった。人気タイトルも無理な課金制度で短命化。初心者に受け入れられやすいように経験値増加課金アイテム、そして、レベルが上がる毎にありえないほど跳ね上がる必要経験値によるプレイヤーの平均化。その頭一つ出ない状態を脱するためにまた課金……まったく忌々しいことだ」
腕を組み、どこか遠い目でため息をつくクロード。何か昔に別のゲームで嫌なことがあったのだろうか。
悩ましげな瞳が虚空を見つめる姿は、ミステリアスな雰囲気や彼自身の顔の造形と相まって、美形と称するに相応しいが、その内容が、【課金って酷いよね】だもんな。どうも、微妙な空気が否めない。
俺たちの雰囲気を感じ取ったのか、咳払い一つで、呟く。
「まぁ、ゲームは楽しむものだな」
あっ、ちゃんと自分が必要以上に饒舌に語っていたことを理解したのか。
その後も、取り留めの無い会話をする俺たち。
「そろそろ時間だね。じゃあ、向こうに行っても宜しくね」
「マギ。今更いうことでもないだろ。だが、楽しめたな」
「うんうん。夏も終わるし、僕たちがこうして会う機会は減るかもしれないけど、度々集まる?」
「まぁ、この後は各自解散。ってことでまたよろしく」
そう互いに挨拶をし終わると同時に、イベント開始時の転送と同じ感覚を感じ取る。
次回は、エピローグ的な何かだと思います。
それにしても幻獣四匹に魔獣が一匹はバランス間違えたかな? と思ってしまうけど、ノリと勢いは大切だと思います。名前もメジャーなのを選んだり……自分の安直さにorzです。
※1:プロローグとエピローグを素で間違えた。
※2:ユニコーンの幻術をうっかり忘れていた。orz