Sense8
翌日、俺がログインしたのは、午後からだった。なぜかって? それはもちろん、食材の買い出しに掃除、洗濯、食事の準備。で午前の時間を費やしたからだ。
俺もゲームでまとまった時間が欲しいから昼ご飯は、夏野菜カレーだ。夕飯も同じメニューだけど、文句は言わせない。
「お兄ちゃん、私レベル上がって、剣のセンスが片手剣に進化したんだよ!」
「へぇ、良かったな」
「それからね。新しい友達も出来たの。今度の子は、おどおどしてるけど可愛くて礼儀正しい子なんだよ」
「……そうか」
お前は良いな。家事が下手という免罪符でゲームができて、それと中学三年。俺達の学校はエスカレーター式だからと言って勉強放置は感心しないぞ。と言うが、全く聞いていないのだこの娘は。
趣味には全力投球。それ以外は、アホな子の美羽がリアルでは心配なのに、なぜゲームだとあれほど頼もしいのか。
まあ、俺はサポート、俺はサポート。そう自分に言い聞かせる。
そして俺はユンとしてゲームにログインする。
降り立った場所は、西の非戦闘エリア。昨日は調合でポーションや毒物を作ったが、素材が足りない。そして昨日手に入れたセンス【細工】だがあれは、最低限の設備として研磨セットと携帯炉セットが必要なのだ。
研磨セット300G、携帯炉は800G。今の所持金ではどうしても足りない。兎に角、まとまったお金を稼がなきゃならない。
土とかも何に使うか分からないし、キノコや薬草は、手に入れた端から≪レシピ≫で乾燥アイテムにして調合と魔力を成長させる。
今の所持品は、大体、木の矢×90、ポーション×25、初心者ポーション×50、石ころ×75、土×20、それから各種アイテムだ。
「うーん。これだけあれば300Gは売れるかな? 普通よりちょっぴり効果高いし」
俺はそうと決心して、林を抜けて第一の町へと戻る。途中の平原で弓矢の練習がてら何匹かの草食獣を一人で倒した。昨日は付加なしで戦ったが、攻撃力エンチャントを掛けて戦えば、木の矢でも十分戦える。
いや、一番の勝因は、アーツの遠距離射撃だ。約十二メートルの距離を打ち、敵が接近する間に四本放つ。木の矢では、五本必要になるが、タダなのだ。失敗してもコストパフォーマンス的には痛くない。むしろどんどん消費、どんどん生産してセンスレベルを上げれる。
ほくほく顔で町へと。ちゃんとドロップアイテムも手に入れました。
そして町へと入って俺に注目が集まっている気がする。いや、まあ初期装備の人も多少いるし、それ以前に弓の人って不遇だよね。
「ねえ、ちょっと。そこの子」
まあ、俺は生産職兼弓使いですから。ほら、カッコいいでしょ? 戦えて作れる人って。
「ねえってば」
ほら、出来る職人は素材までこだわり抜いたって。
「無視するなよ」
「うん?」
なんか声近いな。と思っていたら俺に声かけられたのか。肩つかまれて止められて眉を寄せるが相手はそんなこと気にしてない様子だ。
「それって弓でしょ? 弓センスってコスパ最悪って言うじゃん。俺が手伝ってやろうか?」
「はぁ?」
「だからさ。俺と狩り行こう。そうしよう」
「うざ」
馬鹿は無視。俺は、それだけ言うと、中央広場を目指す。あーポーションとか良い感じで売れるかな?
「おい、ちょっと待てよ! ザコのくせに」
「うるさい。【付加・スピード】」
俺はそう呟いて、全力で逃げる。相手は呆気にとられたようで手を前に伸ばしたままだった。バーカと思いながら全力でエンチャントを掛け続けて走る。エンチャントの持続時間は殆ど伸びないが、魔力が成長しているから最初みたいに一気にMP切れにならない。今なら連続六回って所か。
「はぁはぁ、撒いたか」
さっきの男髪の毛金髪にしてチャラチャラしてたし、あれで俺様カッコイイとか思ってるんだろうな。馬鹿め。まあ、鎧持ちだったからエンチャント加速で逃げ切れたのかもな。鎧持ち遅いらしいし。
さて、どこで売れるかな? とあたりで露店をしている人を見てみる。
事前に調べたことだが、露店はだれでもできるわけじゃない。露店設置用のアイテムがありそれを購入した人だけが持てるのだ。さらにその上に店舗というものが存在し、生産職は、その店舗を改装して、自分なりのカスタマイズをするらしい。
まあ、露店開設で一万G、店舗を借りるので一カ月五万G、購入だと五十万Gだ。俺の所持金いくらだと思う? 130Gだぜ。
まあ、露店には色んな人がいる。ポーション売ってたり、武器売ってたり。まあ、現段階で露店や店舗を持っている人は、β版の所持金引継ぎの人らしいけど。
「やあ、そこの子。見てかない? ほら武器やアクセサリーだよ」
髪が赤っぽくて肌がちょっと褐色っぽい女性が俺に声を掛けてきた。たぶん客引きの様だ。
なんか話でも出来そう。あわよくば、ポーション買ってもらおう。と思った。
「俺の事か?」
「おおっ!? 珍しいね俺っ娘か」
あーそういえば、俺って今女性モデルだった。ヤバイな、人から離れていたからその認識忘れてた。
「いや、リアルは男です」
「またまた、このゲームは性別偽れないよ」
「あー、たぶん。機械の誤認なんですよ。だから、その。リアルでも」
「へぇー。機械が間違えるほどに女の子っぽいんだ君。良いよ良いよ。そういうロールなんでしょ」
うわー話通じてないし。もう諦めよう。
「まあ、いらっしゃい。マギの露店へようこそ。武器やアクセサリー何でもござれ。私は店主のマギだよ」
「へえ、もう露店を持ってるってことは、βテスター?」
「そうだよ。君は、えっと」
「ユンだ」
「じゃあ、ユンくんもそう?」
「いや、友達と姉妹がβからで正式版で誘われた」
あはははっ、じゃあ、弓使いって納得。と乾いた笑み。何だろう、弓使いに関する問題でもあったのだろうか?
「でも弓はここにはないかな? アクセサリーは基本防御力アップだしね」
「いや、俺も生産職なんだ」
「へー戦闘持ちの生産か~。良いね、私も戦う鍛冶屋を目指したけど、戦うと生産系のセンスの成長が遅れるから正式版では辞めて鍛冶一筋だよ。戦闘は嗜み程度」
「そうなのか。俺のセンス構成って弓使ってるから金欠で」
「あー、分かった。君、作ったアイテム買ってほしいんでしょ。良いよ良いよ。お姉さん買っちゃうよ」
「いいんですか!?」
これは渡りに船だ。
マギさんとトレード画面を開き、今ある売れそうなアイテムを載せていく。ポーション×25。俺には初心者ポーションがあるし、今はそれで充分だった。
「へー。自作ポーションか。回復量がちょっと高いから色付けて一個30Gかな? NPCなら25Gだよ」
「えっと、30の25個だから750G!?」
「まあ、まとまった数だからね。もう最前線の人は、初心者ポーション卒業でNPCからポーション買えるけど、ポーションの一日の供給量ってゲーム内で決まってるんだよね。だからβの転売屋なんか纏めて買って露店でぼったくりで売ってるんだよね。まあ、プレイヤーの中には回復魔法メインの人もいるようだからそういう人たちをパーティーに組み込んでいるようだよ。じゃあ、ユンくん、また何かあったらお願いね」
そう言って俺のインベントリの中の所持金が増えた。880Gに。
……いや、携帯炉セットまでは買えないか。
「あの。マギさん。アクセサリー作るって言ってましたけど、アクセサリーの性能って炉の種類で変わりますか?」
「いや、変わらないけど、加工できる種類の金属が変わるだけだよ。携帯炉だと鉄までだね~。私はまだ鋼までしか見たことないし。ってことは、ユンくんのセンスは【調合】か【合成】。それと【細工】なんだね」
あーマギさん。結構ハイレベルのプレイヤーだわ。これだけの会話でセンスの種類見抜くなんて。
「その、三種類あります」
「難儀なセンス取るね。まあ、ゲームは楽しくだよ。それとお姉さんから一つアドバイス。細工の研磨ってスキルがあるでしょ? 道具と細工センス持ってるとただの石ころがなんとかの原石とか鉱石になることがあるんだよ。これは、通称、鑑定眼。だから西の奥の鉱山地帯まで行かなくてもアクセサリー分の金属は回収できるよ」
「あ、ありがとうございます。さっそく試してみます」
「うんうん、それじゃあフレンド登録してくれる? ユンくん面白そうだから」
そうして俺は、町でマギさんという先輩生産者と出会い、研磨セットを購入した。懐はまだ寂しいが、880G。次にポーション揃えたら、炉を買える。
来る時と同じでほくほく顔で俺は町を出て、西の森へと足を進める。
改稿・完了