Sense79
【――成績集計開始。以降の行動でのポイントは加算されません。集計後、結果発表。繰り返します】
騒がしくなる周囲によって目が覚めた俺は、軽い空腹感と寝過ぎた時の倦怠感を覚えながら状況を確認する。
おっ、空腹度が減っている。時刻を確認すれば、最終日の朝六時。十八時間近く眠っていたようだ。
自身を見れば、薄手の布が掛けられ、抱えていたザクロと背中を預けていたリゥイは、すでに目を覚まし、俺が目覚めるのを待っていたようだ。
「あっ、おはよう。リゥイにザクロ」
「起きたか、ユン」
「クロードか。今日で最終日なんだよな。長い様で短かったな」
「そうだ。成績発表まで時間も有るし、マギたちも待っている」
「ああ」
「それと、ほら――昨日お前が受け取り損ねた報酬。だそうだ」
そう言って無造作に送りつけられたアイテムは、セイ姉ぇが俺に提示した報酬だ。だが、囮にした事で少し報酬に色が付けられていたようだ。
名前がNPCっぽく変化する石製のマスク――石ころのマスク。あれか? NPCは人によっては道端の石ころと同じ。とかいうゲームの皮肉か? 石ころになり切れないマスクのデザインへの皮肉か。
他にも、ボイスチェンジャーのイヤリングタイプとか腕輪タイプとか、他にも、呪いの装備など。
ユニーク品、呪いの装備品と多数有るのは嬉しい。
そして待ち焦がれた。
「これで本が全種類揃ったな」
「良かったな」
「……俺が寝ている間に読んだか?」
「流石にそこまで落ちぶれていない。買ったゲームや本は一番に読みたいタイプだが、人の喜びを奪うつもりはない」
「殊勝な心がけだな。読みたいなら後で貸すけど……」
「安心しろ、俺も全種類コンプリートしてある」
予想するに、装備品との交換とかだろう。俺よりも要領良く集めたんだろう、と思う。
「おーい、ユンくん。こっちこっち」
焚火を囲むように待っていたマギさんたち。周りを見回せば、朝方にも関わらず、皆が眠そうにしている。
「おはようございます」
「おはよう。全く、寝床に戻らないで、ずーっと眠るんだから。幾ら声を掛けても起きないから心配したよ。ユンっち」
「悪かったよ」
無駄に心配させてしまったな、と内心思いながらも、苦笑する。
「それにしても、周りも徹夜明けのテンションの様だけど、何かあったのか?」
「うーん。ボス討伐祝いで宴会開いたり、残り時間が惜しいから夜中狩りを続けたりしてたらしいよ。あっ、ハーブティーちょうだい。すっきりしたいから」
「分かりました。クロードとリーリーは?」
「貰おう」
「うん。ちょうだい」
そう言って、インベントリから取り出したハーブティーを皆に渡し、一息吐く。
すっきりとしたハーブティーの香りがまだ重かった頭を幾分か軽くする。
少し油断したのだろう、たった一杯の幸福の途中に突然乱入してくる者たちが居た。
「よっ、やっと起きたな。功労者!」
背中に重く圧し掛かり、首に腕が回る。体育会系なノリと聞き覚えのある声を掛けてくる者に対して俺は反射的に叫ぶ。
「ミカズチ!? 止めろ。重い!」
「あん? 良いだろ? 減るもんじゃないし」
減るんですよ。金属製の胸当てが背中にゴリゴリと押し当てられて、俺の痛覚を刺激して、気力を減らすんですよ。
「ミカズチ。うちのユンちゃんを苛めないでね」
「セイか。仕方ないな。ほら」
解放された俺は、息も絶え絶えで恨みがましく見上げれば、ちょっとだけバツの悪そうな顔をする。
「で、何だ? 俺に何の用だ」
「聞かせて貰おうか? あの連続魔法の裏を、な」
「あー、あれか」
そう言えば、そんな事言っていたな。本当に、叩けば、自覚していない有益な情報をポロポロと落としそうだ。
助けて、とアイコンタクトをクロードとマギさんに送れば、無理、と首を振るクロード。苦笑一つでお茶に濁せば、とマギさんが。それぞれアイコンタクトを向けてくる。
俺は、腕を組み、溜息を吐きだすと、どうにでもなれ、と言う気分で内容をぼやかす。
「そうだな。一応、宣伝だが俺の店でエンチャントストーンってステータスの一時強化アイテムを売っている。それ見て参考にしてくれ。それ以上は自分で探してくれ」
「そうか。売っているのか。なぁ……ユン嬢ちゃん。うちらが魔法の奴を買う。と言ったら生産して売るか?」
「無理。絶対に無理」
売るか、売らないか、の問題じゃなく、安定して納品なんてできない。エンチャントストーンは、材料が石だが、マジックジェムは、小サイズの宝石。もしくはそれ以上の素材だ。
宝石だってわざわざ大量に集める人が居ない現状では、どうしても手間が掛かる。また、生産の様にMP消費で複数一括が出来ない点も時間が掛かる要因になる。
マジックジェムは、試行錯誤で偶然のような発見だったが、俺の戦闘アドバンテージの一つだ。
時間だけを消費して、俺の手数を安売りなど割に合わない。
「なら仕方がない。色々なセンスでも試すとしよう。それじゃあ、セイ。行くぞ」
「じゃあ、ユンちゃん。またね。今度、お店に顔を出すから」
「ああ、早めにな。それと店で、色々な場所の石とか集めてるから、たまに見つけたら持ってきてくれよ」
そう背中に投げかけると、片手を上げてこたえてくれた。
「全く、俺がアレを作るのにどれだけ時間割いてると思っているんだか」
「あはははっ、苦労ばかりは当人しかわからないからね」
リーリーの乾いた笑いとその言葉には、妙な説得力がある。
「生産職やってると、偶にこっちの都合考えないこと言ってくる人が居るけど、ミカズっちは、その辺わかって引いてくれたね」
「そんなものかね」
年下のリーリーに諭されている気がする中、俺たちは談笑しながら、結果が来るのを待った。
手に入れたユニークアイテムは誰が持つのか。とか、幼獣ってなんだろうね? とか色々なことを話している時だ。
「そう言えば……従魔ってどういうの?」
と、俺が口走った瞬間、こいつ何を言っているんだ? という雰囲気が流れた。
「ユン。たしか、お前【調教】を持っていたはずだよな」
「うーん。最初に適当に選んで不人気で、死にセンスだから未だにレベル1だ」
死にセンス。使い勝手が悪い、等の悪いレッテルを貼られ、俺自身が急遽覚えるような技能でも無かったからほとんど調べなかった。
「うーん。従魔。つまり、支援MOBは、指示を出せば戦闘に参加してくれるキャラだけど……」
何から、どう言えばいいか、と腕を組むマギさん。
「うーん。ユンくんは何を知りたいの?」
「従魔の従え方とかセンスの効果は、今は良いんで、種類とかその辺を」
「それだったら種類よりもセンスを確認したほうがわかりやすい。このゲームはどこまでもセンスが根幹だ」
そういうと、クロードは、例を一つ上げた。
最初の町の近くにいる草食獣の初期のセンスは、【獣Lv1】【草食Lv1】といった感じだ。そしてレベルを上げていくと、自動で幾つかのセンスを取得、派生、成長させていく。
従魔の強さは、所持するセンスによって決まるな。
「と、あまり調教センスの所持者が多くないからな。ただ、レアなモンスターにはそのモンスターだけの固有のセンスがあるんじゃないか、という期待はある」
「ふ~ん。つまり、そのレアは、こいつらか」
視線の先には、ころころと愛くるしい姿の幼獣たち。うん、レアとか関係なく、かわいい。
「だからセンスが、獣とか虫を持っているなら、それはその種類。ってことだろう」
「結構、センスが種類って大雑把」
でも、種類のセンスは数が多そう、悪魔、天使、無生物系にスライムとか。
俺は、一人顎に手を当てて、可能性を考えている姿を三人が微笑ましげに眺めている。
【――成績送信】
送られた結果に周囲の反応は、興奮、悔しさ、諦め、苦笑、落胆が多く含んでいるが、みな最後には清清しい表情で仲間と顔を合わせている。
「さて、俺も結果を――」
自分の送られた結果には、一番上に大きくこの文字があった。
【成績(4/2396位)入賞おめでとう】
と大きな文字に俺自身、入賞できるとは思わず、驚き動きが止まる。その様子を見て、愉快そうに笑みを浮かべるクロードを恨みがましく睨みかえすが、どこ吹く風と語りだす。
「成績の細かい内容も有るぞ。色々と公平を期すための工夫が感じられる」
俺も内容にざっと目を通すが、確かに公平にするための工夫が見て取れた。
センス未取得【4000P】
パーティーメンバー空席【40000P】
四人がセンス未収得だから一人【1000P】で、メンバー一人がいないだけで【20000P】が加算される。しかし他の項目を見ていくと、最終的にパーティーメンバー一人につき【20000P】は、よっぽどな事をしないと達せられない数字と考えると、低く設定されているのかもしれない。
更に、読み進めていると武器生産【24500P】防具生産【17500P】回復薬生産【18200P】と明らかに生産でのポイント加算が多い。
他にも撃破ポイントだとか、ユニークボスの撃破だとかもある。
「ボーナス宝箱【3000P】って……アイテムまで貰った上にポイントまで貰っていいのか?」
「それだけ難易度が高い内容なのだろう。ほら、お前の潜水【500P】自体は、それほどポイントが高くない。潜る事は手段としてそれほど重要じゃなく結果が重要なんだろう。他にも山にあった似たようなボーナス宝箱は、手段として登山だったそうだ」
「ふ~ん。ほかにも……料理生産【21000P】!? レートおかしくないか!?」
「いや、お前の作った量が量なだけだ。一個あたりのレートは武器・防具より少ないがその分多く作っているだろ」
そう言いながら、俺はどんどんと項目を下げていく。チーム間交渉、チーム間協力といったプレイヤー同士の交流や、イベントボス討伐参加、弱点撃破とポイントがどんどんと増えていく。
そして後ろの方の結果には、破格のレートが有った。
「友好幼獣【100000P】って、一ケタ違わないか」
「パートナーにした幼獣のことだろうな。一匹二万。まあ、レートの良い項目は、どうも今後それ関係のセンスを押して行く雰囲気はあるな」
そんな運営の裏事情を深読みしたくないですよ。
「まぁ、みんなが頑張ったからのこの結果だよ。一週間、お疲れ様」
「うんうん。このメンバーだから出来たことだよ! 家を作って、狩りをして、料理を作って……楽しかった!」
マギさんとリーリーが言う言葉に、楽しめたし良いかな? と顔の筋肉が緩むのを感じる。
「でもユンくんは、忘れていないよね」
「何ですか?」
突然、不敵に笑うマギさんに、素で聞き返してしまう。何か忘れているのか。
「入賞者には、限定アイテムだよ。どんなのかな?」
「さ、さぁ~? ゲームバランス崩さない程度のアイテムでは?」
としか答えられない。実際、上位プレイヤーにだけゲームバランスを崩すような破格なアイテムは与えないだろう。ボーナス宝箱の中身だって、魔改造素材の武器なのだ。直接的なバランス崩壊は無いと考えると。
「例えば、専用のホームとかじゃないんですか? あれば便利ですし」
「えーっ、お店やギルドの建物もホーム扱いだし……別にいらないよ」
「うっ……」
リーリーのもっともな意見に言葉が詰まる。
じゃあ、何があるのだろうか。そう考えている内に、再びメールが届く。全く、また運営側からのメールだ。一括で用件を伝えれば良いのに、こういう所は、事務的で面倒だ。
【――入賞おめでとうございます。入賞アイテムとして以下のアイテム群から一つお選びください。選ばれたアイテムは、即時インベントリに収められます】
「なんか……選択式だな。入賞アイテム」
「まぁ、運営が勝手に決めないだけ良いだろう。俺たちみたいな生産職に武器を持たされても困るし」
そういうクロードだったが、すぐに険しい表情を作る。
俺も目を通すと、『回数制限有りの伝説級の武器』『長く使える準・伝説級の武器』『俺たちの持つような魔改造素材の武器』の武器や同系統の選択肢のある防具項目。
『特殊なホームの増設権』『個人フィールドの所有権』『個人運営のダンジョン作成権』などのフィールド系の商品。
そして――
「――生産系向けの『メイキングボックス』か。」
俺が興味を引かれたのはそれだ。
内容は、一日に選択した系統の生産素材の中からランダムで一種類一個が納品される機能。そして、設定の変更機能、さらにボックスの専用枠に収めた素材を一日に一回複製する機能を有した作業台だ。
つまり、ポーションの原料がほしい場合、薬草系を設定すると薬草系がランダムで、アクセサリー作成のための金属がほしい場合は、ランダムで金属の鉱石が得られる作業台だ。
まぁ、ランクによって出現率に変動するし、複製機能も完全ではなく、元のアイテムは消失しないがランクが高いほど複製に失敗する。また納品設定を変更できるが、武器・防具のような一点物と違い、ポーションは大量生産。それに加え、ポーションの材料は薬草だけではない。モンスターの部位などもあるために結果的に、即効性の利益は無く、使い勝手はよくない。
「使い勝手は、良くないんだけど……凄く興味が引かれる」
「良いね、それ。私もそれにしようかな?」
「あっ、僕もそれにするよ」
マギさんとリーリーも、メイキングボックスに目をつけたようだ。でも、少し意外かも。
「二人共意外だな。フィールド権貰って、個人のエリアで採取しそうなのに」
「あー、フィールド権は、最初は興味が惹かれたけどね。実際、そうレアな素材が採取できるわけでもないし、四六時中金属探すよりは、誰かから買ったほうが早いし。身の丈にあった装備も作って上げられるしね。それなりの金属や素材はその都度頼むから生産時間は確保しないと。時は金なり、ってね」
「僕は、採取で動くよりたまに出たレア素材で自分の趣味満載の武器を作って誰かに持って貰えれば、それで良いから」
非常に良い笑顔で語る二人に、俺は眩しい物を感じる。対照的にクロードは。
「そうか。じゃあ、クロードは?」
「ふむ。ダンジョン製作でダンジョンマスターになれるロマン。だが期間は三ヶ月公開……なら、俺もそれにしよう」
非常に悩んだ様子だったが、すぐに眺め、長期的な利益を優先した。まぁ、高レベル素材が生成されても、現状では扱えない場合もある。失敗覚悟でそれを扱ってのレベリングも一つの方法かもしれない。
「四人がお揃いだね」
それぞれ損得勘定で選んだが、リーリーが見た目相当の純真な笑みを振りまいてくれるために心が癒される。
俺たちは、リクエストを送り返し、メイキングボックスの受け取りを確認した。
そして、結果発表の大詰め。
【――これより幼獣とプレイヤーとの契約を行います】
静かに始まる最後のイベント。