Sense76
浮遊大陸を襲う揺れは、激しくなり、皆が立っているのすらやっとだ。森の中がざわめき、俺達はただ耐える事しかできなかった。
そして、揺れが収まりつつある中、突如として大地が土を噴きだしたのだ。
いや、正確には、土柱が五本、水柱が一本。
余りの衝撃に寝ていた者は跳び起き、起きている者は右往左往する。
「……どういう事だ」
「ちっ、随分と凝った演出だ。みんな、落ち着け、掲示板を見ろ!」
クロードの怒声に皆が静まり、自身のメニュー画面から掲示板の最新情報に目を通す。
そこには、ライブチャットで今現在、このフィールドの各地の生映像が垂れ流しになっていた。
「幾ら探しても居ないのは、この演出のためかよ」
映像の一つ、濛々と立ち込める砂煙の中には、小山より大きい黒い塊が存在していた。
『なんだ、あれは!?』『逃げるか!?』『もうじき、ここでリスポーンが起きるんだぞ!』『お、俺は逃げる!』『ボス登場ってか!?』
混乱の局地にある現場は、六ヶ所全てが似たような混乱に陥る中で、黒い塊の姿は徐々に見えてきた。
「……うわっ」
俺の漏らした声は、正常な反応だと思いたい。
黒い肉塊には、幻獣喰らいと似通った点がいくつか見られる。だが、その規模が違う。
山の様な肉の表面を埋め尽くす苦悶の表情を浮かべた人のなれの果て。四足歩行の動物の様に、四肢を使って自身の空けた穴から這い出し、不協和音の咆哮が六方向からここまで届く。
更に、幻獣喰らいの弱点である瞳がいたるところにある。四肢から背中、胴体、頭部の至る所に。
その瞳全てが血涙を流し、三百六十度全てを恨めしそうに、暗い眼で眺めている。
見ているだけで不安になる外見。その姿と登場に場は恐慌状態になり、構わず斬りかかる人が出てきた。
「ちっ……状況が分からん。一度遠巻きに観察してから帰ってこい! 良いな! 深追いするな!」
誰かに檄を飛ばすクロードを尻目に、俺は映像の一つを食い入るように見つめる。
斬りかかった者たち、魔法を放つ者たちが皆、我武者羅に弱点である瞳を攻撃すると、それは呆気なく潰れ、中からドロリとした液体や半透明なゲル状の物体が垂れ流れる。
「うっ……なんて演出だ」
年齢制限を設けるべき演出に、俺は気分が悪くなる。不快なムカムカ感は、吐くという行為の出来ないゲーム上でただそこにあり続け、じわじわと俺の精神を蝕む。寝起きで頭の冴えないリーリーは、顔を青くして、視線を背ける。そんな歳相応の反応と言えるものに、俺はどこか場違いな安堵を覚える。
当の攻撃を仕掛けた者たちは、皆余りの手答えの無さに、容易に潰せる感覚に、呆気にとられたような表情をする。それが、一瞬のうちに嬉色に満ち、更なる追撃を掛ける。
不動の黒山は、曝した弱点を突かれても、強い反応を見せない。
「気持ち悪い、普通、ここまで演出は要らないだろ」
普通の敵は切っても血は流さず、外見的な損傷の代わりに、HPバーの減少という形で変化が見られるはずだ。なのにこの敵は、明らかに外見的な変化を重視している。
何故――
その疑問は、現実となって俺の目の前に現れる。
『な、何!?』『眼が……』『まさか……こうやって生まれてくるのか!?』『気持ち悪い』『やばいぞ、この数相手に出来るか!』『今なら間に合う。逃げるぞ!?』
目の前に広がる光景。体に張り付く瞳が全て浮き出し、ずるりと本体の肉を引き摺って地面に落ちる。
「まさか……幻獣喰らいはこうして生まれるのか」
残った瞳全てが引き摺った肉で体を構築し、捕食者が一斉に誕生する。
リスポーン地点が数か所に集中、集中する箇所で一度に大量に。それは、とある設定の元に行われた事だったのだろう。
――ボスが一定時間ごとに取り巻き(幻獣喰らい)を生み出す。
長期戦になれば、必ず不利だ。そして、黒い肉を剥いだ下には真新しい瞳が忙しなく、動いている。
これだけでも恐慌状態に陥るのに、更に予想外な追撃が起こる。
瞳の焦点が合い、一つの瞳がそれぞれ一人のプレイヤーを補足する。
その中で、映像の中央に立つ彼は、全身を鎧で包み、その身の丈以上に大きな赤鉄色のタワーシールドを構えている。
防御に比重を置いた事が分かる彼の外見は、如何なる攻撃をも耐えられる様な構成だと思われる。
しかし、目から発せられる白熱光線は、それを紙の様にやすやすと貫通し、背後の大岩で止まる。
白熱光線に貫かれた彼、いや彼らは、皆一様にして瀕死の状態まで追いやられる。
それが何本も、何本も、逃げる背後へと突き刺さり、瀕死になった身を取り巻きの幻獣喰らいが狩っていく。
そして、白熱光線がこちらに向き、視界が一瞬で白に塗りつぶされ、断末魔の悲鳴を経て、映像が途切れる。
「……」
余りに凄惨な光景に、俺は喋る事が出来なかった。だがすぐに、思い出したかのように、フレンドリストを確認する。ミュウ、セイ姉ぇ、タクたちは無事か。
「あっ……良かった」
リストの全員は、健在で、連絡の取れる状態に、ほっと息が漏れる。
隣では、反対に疲れたような息を吐き出し、白み始めた空を仰ぐクロードがいる。
「……情報が錯綜している。検証したいが――」
ぶつぶつと一人で呟く姿は、妙に病的だ。
しばらくして、出払っていた人の半数が戻ってきて、もう半数は幻獣大喰らいを監視しているそうだ。
「えーっ!? 待機してたら幼獣が来たの!? 羨ましいっ!!」
「いや……普通、もう少し意気消沈していても良いんだぞ。我が妹よ」
「でも、レアで強い! それは欲しい!」
何か、周りでも何人か、うんうん、って頷いているし、そんなのは俺の管轄外だ。
「運が無いと思え」
「ちぇっ……じゃあ、じゃあ! あのボスは私たちが全力で倒すよ!」
「おう、頑張れ」
徹夜明けなのに、テンションが高くて付いて行くのが厳しい。これが徹夜明けのハイな状態と言うやつか? いや、何時もだ。
それにしても、よっぽど幼獣をパートナーにしたかったようだ。特に、カッコいい、スマートな幼獣に目を付けているようで、その一番が俺のリゥイだ。もちろん、渡さんが。
「よし、人が揃ったな。情報の統合をしよう。気が付いた事、分かった事があれば、この場での発言、掲示板を通して、何でも頼む」
ライブチャットで発信されるミカズチとクロードの二人を幹事とした作戦会議が始まった。
幻獣大喰らいの情報は、監視組の捨て身に近い検証――リタイアは幸いでなかったが――確定情報、地系情報が集められた。
一時間以上かけて総括された。
『幻獣大喰らい――以下通称:ボス。
ボスは、四足歩行巨獣型、全部で六体。それぞれがじりじりとだが大陸中央に移動する以外には主だった行動はない。そして、イベントボスであるために共闘ペナルティーは発生しない。
予想では、二時間毎に百体の取り巻きを生み出すために、弱点の瞳も百あると考えれば良いだろう。取り巻きは、半数はボスの行動範囲内に侵入する敵を迎撃。残りは、フィールドに散っていく。
現在、出現と同時に、幾分か瞳を事前に潰し、検証である程度狩っているために、取り巻きは一体につき、約二十体残っている。フィールドには、未知数。時間を掛ければ、増えて難易度が上がるので、現在、手の空いている人は、フィールドの敵の数を減らす作業中。
ボスの攻撃は、触腕による打撃・巻きつき・刺突、取り巻き生成、そして特殊攻撃の白熱光線。
触腕攻撃は、それほど脅威ではなく、回復、回避さえ怠らなければ、問題なし。
問題は、弱点にしか明らかなダメージが与えられず、瞳一つ一つの耐久力が高い。
白熱光線は、頻度は多くないが危険。効果は、防御関係なく、一律HP八割カットの極悪技。そこに物量での取り巻きが来た場合、最初の惨事の再現になるだろう。
対応策は、この攻撃は、オブジェクトは透過しないために、オブジェクト、若しくはそれに準ずる物質で防御するのが有効である。
具体例、木や岩のオブジェクトの影に避難する。土魔法のクレイシールドを盾にするなどがあげられる。
攻撃は、斬撃、打撃が効きやすい、魔法攻撃は、取り巻きには有効だが、ボスには効き辛い。
作戦概要――三十分後に新たな取り巻きの排除、更に二時間後の取り巻きの生成の後に、攻略開始。
六か所同時制圧。取り巻きを排除しつつ、ボスへの攻撃。
求)土魔法の【クレイシールド】が使える人間、ヒーラー、攻撃の届きにくい背中などへの攻撃手段持ち。
――以上』
『以下のスレッドでは、作戦についての雑談、疑問、質問のスレッド。各ボス攻略にはその方面の専用スレッドが立っている。また、生産職支援専用のスレッドは総合案内板を――』
物凄く手慣れた様子で、作り上げられたスレッドを見ながら各掲示板を見回る。
「うーん、北側の参加者が多くて、南側が少ない傾向にあるな。それに……俺は、どこにでも参加できる、と」
土魔法持ち、遠距離攻撃持ち、ポーションによる疑似ヒーラー、付加術によるバッファー、生産職による物資支援。それぞれメリットはあるが、ぶっちゃけ安全マージンをとるために、生産支援に……
「じゃあ、準備しようか。お姉ちゃん」
「さぁ、三人で力を合わせましょう」
「おい、放せ」
俺は、セーフティーエリアで終わるまで掲示板でも見ながら傍観してようと思った矢先に、姉妹揃って左右の腕を取られた。
しかも、かなり強い力でギリギリと締めてくる。
「どうして、生産職の俺がリスクの高い戦場に出てかなきゃならん」
「いやー。私たちが担当するボスが南の湖付近の敵なんだけど、出現当初、湖から出現で誰も手だし出来ずに、取り巻きがほぼ放置で……」
「それで、集まりが悪いんだよね~。今は、私たちのギルドとミュウちゃんのパーティー、タクくんの所に声を掛けたの」
「取り巻きが多くて人が集まらず……か、でも俺が必要なのか?」
顔を顰めながら、反論するが、首を縦に振るセイ姉ぇ。
「正直、戦力を割り当てると、少し足りないの。それこそ猫の手でも借りたいくらい」
「魔法が効きにくいから魔法使いにエンチャントして、殲滅力を上げてほしい。ってこと」
うーん。と腕を組みながら、唸る。それがどう取られたのか、分からないが、更なるぶっちゃけた発言まで頂いた。
「本音を言うと、MP不足が予測されるからMPポーションを沢山持ってるお姉ちゃんが頼りなの」
「おい! 俺はMPタンクかよ!」
「それに、幼獣のリゥイも要るから、一人でヒーラー二人確保!」
「酷過ぎる!」
俺の反論に、ミュウが楽しそうに更なる爆弾宣言をする。隣では、あはははっと乾いた笑みを浮かべるセイ姉ぇ。
軽い頭痛で頭を押さえながら、打算的に考える。
確かに、MPポーションやハイポーションはストックがある。依頼を受けたら、作るポーション以上の材料を貰う。超過分の材料のポーションも数日間ずっと続けばかなりの量だ。
代わりに何か貰えれば、別に俺としても痛みはない。
また、ボスに対する対策があれば、俺としても問題ない。
「……セイ姉ぇ、ミュウ。ボスの白熱光線の対策は?」
「寝台馬車を盾にする」
「おい、本来の用途と全く違うだろ!」
「良いんだよ! オブジェクトだから! 使えるものは何でも使う!」
それで良いのか、と思うが、俺も使われる側だと思うと寝台馬車に何故か親近感が湧く。
「じゃあ、次。ポーションの報酬は?」
「うーん。面白いアクセサリーは、名前を偽装するブレスレットとか?」
「もう一声」
「じゃあ、お姉ちゃんからのなでなでは?」
冗談はやめろ。と冷ややかな視線を送れば、イジイジとし出すが、すぐに切り替える。
「正直、じゃあ、ユンちゃんの持っていない本。とアクセサリー五点。これでどう?」
「了解。まあ、こっちもサービスするために少し頑張るか」
俺は、一人小屋の中に向かうと、二人が慌てて止めてくる。
「ちょ、ちょっと今から寝るの?」
「違う違う。見られたくないから人の目が無い場所で、準備。じゃ、後でな」
俺は、小屋に入り、材料を取り出す。時間が無い。全てスキルで加工し、後は、時間とMPが許す限り宝石に魔法を【技能付加】していく。
出来た二種類のマジック・ジェムや所持アイテム、装備。センス構成を確認して、外に出る。
そして俺の相棒のリゥイとザクロを連れて、合流する。
先行して取り巻きを狩っている人達と交代する番だ。本格的な六ヶ所同時攻略、湖近辺に出現したボスを俺達は討伐に行く。
所持SP19
【弓Lv24】【鷹の目Lv36】【速度上昇Lv20】【発見Lv21】【魔法才能Lv39】【魔力Lv41】【付加術Lv12】【錬金Lv27】【調薬Lv17】【料理Lv18】
控え
【調教Lv1】【合成Lv24】【地属性才能Lv9】【言語学Lv10】【細工Lv27】【泳ぎLv13】【生産の心得Lv27】
活動報告でアレルギーの事を話題にしたら、共感してくださる方が多くて、嬉しかったです。
アレルギーに負けないように、日々を楽しみ、小説を書いていこうと思います。ペースは上がりませんが、ご了承ください