Sense73
今更ながら黒い子狐に命名することで俺とパートナー関係になったザクロ。
別に変化と言える変化はない。特性が黒い炎に関わると思うのだが、不明。そういえば、クロードのクツシタやリーリーのネシアスなんかも、全く特性が分からない。まあ、二匹とも外見的に見れば、前に出て戦うような体してないし……でも幼獣だから今後の成長で変わるかもしれない。
そんな予想を立て、検証などしてみたいのだが、時間は有限。
夜の宴会――夕飯の時間なのに、いつの間にかどんちゃん騒ぎになっているために便宜上そう呼ぶ――の前には、色々と食事の用意をしないといけない。別に昨日と同じメニューでも良いと思うよ。でもさ、材料と道具があるんだから創作意欲が湧くよな。
ということで俺の担当した料理は、カレー風マカロニグラタン。マカロニは、パスタ製造機で作りました。いや、生地を投入して必要な形を設定するとその形に押し出してくれる。見た目は普通の生地を伸ばして裁断する機械なのに、ぽろぽろとマカロニが押し出されるのだ、シュールの一言に尽きる。流石ゲームは物理法則を無視してファンタジーの一言で片づける。
そうしてできたマカロニの上に小さくした鶏肉や野菜を乗せて、ホワイトソースを掛ける。そのままチーズを乗せても良いのだけれど。
「キャンプと言えばカレーだろ! カレーを所望する」
とか無茶言われるし、いや無理だろ。市販レベルのルーとか作れないから。だから妥協点として、カレー粉を振りかけてチーズで蓋をする。後はオーブン任せ。せめて要望のカレー味にする。全く、我儘な奴らだ。
そしてもう一品は、楽だ。誰かが取ってきた魚を捌き、小麦粉を塗し、溶けたバターの広がるフライパンの上で火を通せば、完成。魚のムニエル。副采に野菜やキノコのバターソテーでも添えておけば、見栄えはばっちりだ。
後は、パンも大皿に盛り付けてテーブルの上に乗せておけばいい。
他の調理班のメンバーも好きな食材を使って創意工夫を見せている。
ソース焼きそばのような縮れ細めんは用意できないために、うどんを代用。ソースの香ばしい香りが食欲をそそる。
ミンチ肉を団子状にして、ハンバーグやパンに挟んでハンバーガーなど手軽に食べられるオーソドックスな料理を作ったり。
基本のレシピを忠実に再現するよりもアレンジに傾倒しすぎて、謎物体が出来上がっていた。っておい! 誰が作ったこのピンク色の鍋!?
「ユンちゃん、デザートは無いの?」
「フルーツがあるだろ、セイ姉ぇ。全く、よく連日連夜これだけ騒げるよな」
「もう、ユンちゃんは冷めてるな。都会の喧騒を忘れて、思いっきり大自然の前で自然体になろうよ」
「はいはい」
俺は、夕飯の席。少し離れた席で静かに食事を取っている。
食事の時は、静かに料理に舌鼓を打ちたい物だ。おっ、他人の作った料理がおいしい。どれも、料理の粗さを隠すために濃口な気もするが、こんなサバイバル状態でも、十分に美味しい。
自分の料理は、並べる端から持っていかれるので、俺自身は味見していないが、隣のセイ姉ぇやミュウの様子を見るとどうやら味には問題ないようだ。
「ユンちゃんは、今日は何をしたの?」
「うーん、朝のパンを焼き、昼の弁当作りに励み、自分の昼飯を軽く済ませ、ちょっと休憩して、夕飯作りして、今に至る」
ほんと、料理しかしてない。弓のレベル上げしたい。むしろメインウェポンが包丁? と言われるほどに料理センスのレベルが上がる。
「そっか。今日私たちは、キャンピング・ゴブリンの討伐だったね。残り日数が少ないから強いモンスターと積極的に戦わないとレベル上がらないし、でもあれは強かった」
「どんな感じ?」
うーん、と小さな唸り声と共に、顎に指を当てて、可愛らしく首を傾げてぽつぽつと語ってくれるセイ姉ぇ。全く、こういう仕草が女性らしいと言うことなんだな、と僅かに離れた場所で蒸し鶏を勇ましく食べる妹と比べて思う。
「二メートル近いゴブリンが小さいゴブリン引き連れて歩いているから、取り巻きを相手してから本命に攻撃しないといけないし、体格差と武器が長物だったから懐に潜り込むのが難しいかな? あっ、でも二匹目は、盾とロングソードだから囲んで倒したよ」
話の内容からどうやらキャンピング・ゴブリンは、個体ごとに武器が違うのか。配下の雑魚も連れているし、ソロ狩りは多分無理だな。と、言うより、二メートル超えってゴブリンと言うよりオーガと言われた方が正しいのでは? まあ、その辺は言及せずに、気になるのはそのリターンだ。
「ドロップアイテムは?」
「何と!? 移動に使えて、中で寝泊まり可能! 収納もインベントリで楽々片づけ! その名も【寝台馬車】。何とお値段未知数!」
「なぜ、通販番組風に言う?」
「まあまあ、気にしない」
ふぅ、セイ姉ぇは、たまによくわからない冗談を言うが、タクやミュウ程に激しくないので軽くスルーする。ふと、場の雰囲気に合わせた軽い空気が、セイ姉ぇと俺の間で僅かに変わる。
「どう? 【OSO】で殆ど会ってなかったけど、楽しい?」
それは率直な疑問だろう。初日以降は殆ど音信不通で、ミュウから間接的な近状報告を受けるだけ。そんなセイ姉ぇからの言葉に俺は――
「ああ、楽しいよ。最初は、不遇センス取ってどうなるかと思ったけど、知り合いとか増えたし、楽しんでいるよ」
「良かった。ちょっと巧くんに無理言った感じで誘わせたから負い目を感じてたんだよね。それでいて放置だし」
「俺もそんなに子供じゃないよ」
俺は、一人でも平気だし、肌にあわなければ止めればよかった。まぁ、出会った人たちが良い人過ぎて、友達に会いに行く感覚でのログインもある。
「でも、もうすぐ夏休みも終わりで時間が長く取れないだろうな」
「そうだね。私も大学の講義が始まるし……ごめんね、今年の夏は帰れなくて。冬には一度家に帰るから」
「気にしなくて良いって。会うだけならこの世界でも出来るし、ただ店には顔出してくれよ」
「分かった。でも、ユンちゃんがお店を持っているのか~。どんな感じなんだろ?」
「過度な期待はやめてくれよ。少ない金で建てた店で今後は、増築と改築を繰り返す予定なんだから」
「ふふふっ、ユンちゃんと共に成長するお店か。面白そう」
全く、優しそうなタレ目でそう頬笑みながら呟くから男どもを魅了するのだ。ほら、周囲で惚れているだろう男がちらほら、おい、こっち見るな。
俺の睨みを受けて、何人かが視線を逸らすが、それでもまだ気がつかない奴や逆に俺にもその視線を送ってくる奴がいる。
「はぁ~。なんか微妙に寒気が……」
「お姉ちゃんたち! そんな端っこで辛気臭い顔してないでこっち来てよ!」
ミュウが手をぶんぶん振って、こちらを呼ぶ。俺は、この視線から逃れたいために、セイ姉ぇを連れて、即席ステージの前まで移動する。手が空いた人が、ステージで芸を披露したりするが、今は、マギさんとクロードのようだ。
「ほらほら、お姉ちゃんたち。始まるよ!」
「はいはい。今行くよ」
おっとりした感じでミュウの確保した場所に腰を下ろす。
姉妹二人に挟まれる形で見上げるステージでは、まず、クロードが杖を首の後ろに通している。
「何やっているんだ? あいつ?」
「さぁ? 始まったばかりだし……」
興味津津といった表情でそれをじっと見ているミュウとセイ姉ぇと共に見上げる。
クロードの芸は、言っちゃえば即興劇だった。
手元の道具で即興で表現していたのだ。とは言っても一人でせいぜい二役。マントを付けたり、取り外したりでキャラクターの切り替えを行い、無音の中、足運びと地面の踏みならし、そして独特な言い回しだけで臨場感を与えるために、皆を魅了する。
最初に自分の杖をあのように持ってたのは、旅人という役を演じる上での動作で、肩にかけた杖は、振って剣、突いて槍、地面に打ち付けて錫杖とこちらの想像力を利用した。
また、マントをすっぽり被れば、旅人。端を掴んで口元を隠してしゃべれば、女性。とキャラクターの動作に特徴を持たせた演技は中々楽しめた。
時間にして十分弱の短い劇ではあるが、場は十分盛り上がるのだった。
「……凄いね」
「そうだな。なんでこんな事が出来るのか分からないけどな」
ミュウの呟きに俺はそう返すだけだった。壇上に立っていたクロードは、自分の披露を終え、こちらに向かって下りてくる。
「どうだった? 俺の寸劇は。楽しめたか?」
「ああ、良かったぞ。それにしてもクロードに意外な特技があるとはな」
「ええ、素敵でした」
「凄かった! また機会があればみたいね。お姉ちゃん」
俺たちの称賛にクロードは、ふっと小さな笑みを浮かべる。
「どうだ? マギの後にでもやってみたらどうだ? 自分の特技を披露して場を盛り上げてみないか?」
クロードからの予想外な提案に俺は、表情を硬くする。そもそも人前で何か披露できるほどのネタは無い。
「面白そう!ねぇ、セイお姉ちゃんも出よう!」
「良いわね。三人で出ましょう?」
「お、おい! 俺は良いから! と言うより、ネタが無い!」
手を振って拒否するが、二人にその手を取られて、無理やり立たされ、壇上脇に引っ張られていく。
マギさんの披露しているネタは、投擲術の披露だった。
離れた位置の的に得物を次々に投げていくのだが、皆命中ではなく別の物に感嘆の声を上げていく。
投げられる武器は――ナイフ、ダガー、小太刀、ショートソード、ロングソード、戦斧、ショートランス、長槍、短槍と多数の斬る、突くという用途の多彩な武器が飛び交う。刺さった先は、武器の博物館の如く、武器の形状を皆が興味津津と言った様子で眺めている。
「これがラストの目玉武器――ツイストダガー!」
そう言って、腰に力を溜めて、投げられるダガーは、螺旋の回転を伴って、的に吸い込まれる。だが、的に当たったダガーは、的を抉り、丸い穴を空けて、背後の樹に深々と刺さることで停止した。その樹に刺さるダガーは、三枚の刃を持ち、先端の一点に向かって捻じれている。そんな見たこともない異形な武器だ。
「……なんだ。あの武器」
驚愕と呆れの籠った呟きに背後のクロードは、淡々と説明をしてくれる。
「ツイストダガー。普通のダガーは、切る、刺すと言った行動に適しているのに対して、ツイストダガーは、刺突のみを特化させたダガーだ。螺旋状の刃は、相手の肉に容易に入り込み、また組織をズタズタに引き裂くことから殺傷能力の非常に……」
「そんな怖い説明聞きたくないわ!」
俺の怒鳴りにクロードは、むぅっと押し黙るが、左右の姉妹はふむふむ、とかなるほどー。とか言って説明に感心していた。女の子なんだから、そんなバイオレンスな説明に感心しないでくれよ!
「で、お前らは何を披露するんだ?」
「だから俺は……」
芸なんてない、と口にしようとしたが、ここは既に壇上の端。ここに居ると言うことは次は、自分たちだという事を言外に言っているのだ。
その自分たちに期待の視線が集まる。
白銀色の装備に身を固め、その元気の良さは周囲に力を分け与える妹のミュウは、その実、前衛としての有能さとプレイヤースキルの高さは周囲から一目置かれるプレイヤーであり。
物静かなおっとり系の姉のセイ姉ぇは、ギルドのサブマスターであり、機動砲台の如く下級の魔法を連射出来るセンス構成の持ち主。魔法職の一つの完成系を体現したプレイヤーであり。
そんな二人に挟まれる俺は、自ずと注目や期待もされるのだ。
「じゃあ、まずは私から行くね!」
「おい、待て!」
制止の声も届かず、ミュウは、壇上の中央に立ち、自身の片手剣を引き抜き、大仰に構える。どこかの漫画で見たことあるようなそんな構えのまま数秒停止し、皆の注目を一身に浴びる。
その中で、不意に、剣先が揺れ、残像を残して剣が振られていた。一呼吸置き、斬撃。一呼吸置き、また斬撃。その呼吸の感覚がだんだんと短くなり、また振われる剣とミュウ自身の動きが激しくなる。
剣を振う度に、絹のように細い銀糸の髪が舞う。息を吐かせぬほどに引き込み、普段の明るさとは違い、凛とした美を剣を通してみることが出来た。
最後には、何も無い空中へと一足跳びで跳び上がり、跳び上がった頂点から落下プロセスの間に、四つの残像を残して、落ちる。
そんな剣舞に批判などあろうはずもなく、拍手喝采。どこからか口笛まで吹いてくる。壇上の脇から見ていた俺だが素直に、勝てないな。と思ってしまう。あんな凄い後にやる芸など、本来以上に霞んで見えてしまう。
「やっぱり、俺。無理……」
「大丈夫、ユンちゃんは出来るよ。そのために私が最後に回ってフォローするんだから」
「でも……」
いつも以上に弱気になってしまう。やっぱり誰だって惨めになりたくない。ここで引いても誰も責めないだろう。
「ユンちゃんなら出来る。ユンちゃんにしか出来ない事があるはずだよ」
「……セイ姉ぇ」
そう言われて考える。俺の出来る事。そうだ、俺には色々あるじゃないか、弓然り、ポーション作り然り、アクセサリー作り然り、料理然り……って。
「……勝てる気しない」
「良いからやってみれば良いよ!」
そう言って背中を押される。壇上に上に立ってしまえば、数十人という人間の視線に晒され、足が竦みそうになる。
相手も、緊張した様子でこちらを見ていたために、過度な期待をされているように感じる。
そんな中、俺が選んだ芸の道具をインベントリから取り出す。
それは――包丁とリンゴ。