Sense71
……うーん。体が痛い。寝違えたか。
俺は、そう思いつつ体を起こせば、燦々と輝く太陽の下で寝ていた。
「ああ、あのまま寝ちまったのか」
俺は、欠伸をして体を伸ばしつつ、頭を預けていたテーブルから視線を外し、周囲を眺める。三十人近くの大所帯となったこの場は、昨夜の宴会の名残を残し、そのまま寝落ちしている人が殆どだった。
「それにしても酷い目にあったな」
俺たち料理班が三十人分の夕飯を用意したのだが、何故か、二十歳過ぎの大人プレイヤーたちが『酒が欲しくなる料理だ! 【料理】センスで酒を作れるんじゃね?』と言ってきた。
正直、無理だと思うが、良いからやれ。駄目なら駄目で諦める。報酬は出す。と言って、料理センス持ちが酒に関する知識を集めて基礎スキル【調理】【加工】【調味料作成】。それとレベル10を超えて得ていたスキル――俺の場合、スキルを使用せずに料理を作るので気がつかなかった――【発酵促進】で工夫を凝らす
どうすれば酒ができる? 妥当に【調理】――失敗。
果実酒なんかは、出来るんじゃない。果物で試してみる。――失敗
ジャガイモ摩り下ろしたでんぷん液を【発酵促進】させれば出来るんじゃない?――アルコール度数の限りなく低い酒が出来てしまった。
だが、これに満足いかずに【加工】のスキルで蒸留を繰り返し、限界までアルコール度数を引き上げる工夫をすると、味の無い、ただ舌が焼けるような酒が出来てしまった。
『こんなの酒じゃない』と酒が入ってないと更に要請される。
この時点で、原料となるジャガイモは殆ど使い切り、これから先は大量にできた高濃度のアルコールを飲めるレベルにすることを要求され、果物のしぼり汁や、やっと発見された牛乳などで割って飲ませたら、大好評。
大人に大量の酒が入るとどうなるか知らない俺たちは、笑い上戸、泣き上戸、酒が入ると腹が減る奴、おつまみを要求する奴、無駄に他人に絡む奴。などが現れ、阿鼻叫喚の嵐。
俺たちは、逃げるように、料理を作り、提供することで実害を逃れることができたが、出来ずに、強制的に飲まされノックダウンさせられた人が殆どだ。
タクなど男どもに囲まれ、ぐちぐちと文句を言われて、取り囲まれて押しつぶされていた。南無三。
「こんな大事になるなら、SOSを知り合い全員に出す必要無かったかもな……いや、これ言ったら、いけないな。感謝感謝」
そう念じるように、呟く。だが実際、一人で五人の大喰らい共の食事を用意するのは骨が折れる。
おかげで、昨日一夜で【料理】センスが3上がった。昨日から【料理】を始めた者など、レベルが低いために短時間で7も上がる人もいたほどだ。それほどまでに昨夜は過酷だった。
空腹度は、夜遅くまで飲んで、食べて、騒いでを繰り返していたために、お昼まで持ちそうであるのは幸いだ。朝からあの慌しさは遠慮したい。
だが――
「騒がしくなる前に、やることやるか」
俺は、食材やポーションの素材を確認して午前中の計画を考える。
昨日のように不十分な状態で襲撃されないように、宝石の原石を加工してマジックジェムにしておきたいのだが、見られたくないために保留。
計画としては、昨日の人海戦術で、牛乳を始めとした食材アイテム。ユニークMOBからの調理補助アイテムが報酬として多数提供されたために、料理が更に楽しくなる。
手始めにパン。小麦粉、牛乳、塩、砂糖を量り、果物を用意する。果物は、水に漬けて【発酵促進】で数分の内に天然酵母に変化する。
更に、材料をボウルに入れ、混ぜて、パン生地にしていく。やはり、捏ねる作業は腕力が必要で、エンチャントを施しながら続ける。
出来たパン生地にも【発酵促進】を掛けて膨らませる。待っている間にも、スキルを利用して、牛乳からバターやチーズを作り上げる。試せば、他の食材も何かしらに変化させられそうなために、実に料理が捗る。
「ほんと、最初はゲームでもリアル並みに作る過程を強制されるのかと思ったけど、こうスキルが充実すると楽に料理ができて楽しいな」
「それは重畳だな。嬢ちゃん」
「おう、おはよう」
「ああ、おはよう……ついでに水」
明らかに顔色の悪い美人がそこに居た。昨夜は酒をがばがば飲み、笑う、騒ぐ、食べる、そして寝る。と言った感じで台風みたいだったのに、今朝は見る影もない。
リゥイとリクールに頼んで氷水を出して貰い、ミカズチに差し出す。
「ほら、水。で、ミカズチ? 大丈夫なのか?」
「ゲームなら酔わないと思ったが……気持ち悪っ」
「ゲームの料理でバッドステータス喰らうんだから、その辺はリアルじゃないのか? と言うより飲み過ぎ、暴れ過ぎ」
カリスマ性はある美女だが、残念美人と言った感じだ。まあ、その残念な気軽さも相まっての人望かもしれない。あと、セイ姉ぇがなんでサブマスをしているか分かる気がする。なんか見ていて楽しいのだ。
「休んでいろ。あと、何か食べたくなったら言ってくれ。」
「む、分かった」
大人しくなったミカズチを視界の端に入れつつ、俺は出来上がったパン生地を切り分けて、オーブンストーブで焼き上げる。
焼き上がるまで十五分で、次の生地にまた取り掛かる。オーブンで一度に焼ける量は、十数個前後だ。俺の一度に作れるパン生地も大体同じくらいなために、休まず作り続ければ、短時間でかなりのパンが確保できそうだ。
最初のパンの匂いがあたりに立ち込め始めた時、少しずつ周りの人間が目を覚まし始める。
「なぁパン生地ってそんなに早く膨らむの?」
「【発酵促進】ってスキルを使えば、時間短縮できるぞ」
「なんかあれだよね。料理番組で『ハイ。これを冷やしたものがこちらになります』みたいに事前に用意されている感じだよね」
同じ【料理】センス取得者の女の子に言われたり。
料理センス持ちで料理をもっとやりたい。と言う人は、この場で一緒にパン作り。
他の人は起きて早々、自分の攻略に戻っていったり。朝起きたばかりは二日酔いのような症状で、グロッキー状態だったが、全員すぐに回復するために、隠しステータスの一種かな? などとの推論が立てられた。
全体が稼働し出せば、作業の分担も始まる。俺も手が空けば、身内からポーションの作成依頼を受けたり、お昼前後までは慌しく動く。
だが、料理班のメンバーも料理ばかりしていたいわけじゃない。仲間に誘われれば、狩りやダンジョンに出かける。欲しいアイテムがあるためにユニークMOB探し、素材集め、と散らばってしまう。
お昼の一段落ついたあたりでは、ベースキャンプ地は、俺とクロード、タク、ミカズチ他数名が残されることになる。夕方には、また戻って来るようだが、それまで暇だ。
「はぁ~、暇だよな。こう外に出れないって」
「仕方がないだろ。万が一に襲撃に遭うかもしれない。その分、周りがフォローをしてくれるはずだ。まぁ、この場で出来ることは案外多い筈だ」
クロードはそう言うが、何かあるのか? と首を傾げながら、膝の子狐を撫でる。
服装は、クロードの修理から帰ってきたオーカー・クリエイターに装備を変え、メニュー画面で確認する。外見は元通り、性能は前より上昇しており文句の付けようがない。
「ほう、それが嬢ちゃんの本来の服装か」
「ミカズチ。俺を嬢ちゃんって言うな。俺は男だ」
「くくくっ、お前は、その姿で言うことかよ」
タクは、どこかおかしそうに笑いを堪えているし、ミカズチは、はて? と首を傾げている。まるで俺がおかしいみたいじゃないか。
「話はそれくらいで良いだろう? 俺たちが残っているのは、少し情報の統合をするためだ」
「情報の統合? 統合するような情報ってなんだ?」
目ぼしい情報は、幼獣たちの情報、襲撃者たちの現状、それとも……ユニークMOBか?
「分からん」
「悩み切り上げるの早っ!」
「タク、うっさい。仕方がないだろ。思いつかないんだから」
「本人のみが、重要度を知らず……か。まあいいだろう。ユン嬢ちゃん、湖底の遺跡の壁画を見つけたのは嬢ちゃんだな」
ミカズチが真剣な表情で訪ねてくるので、タクと言い合いを中断して、頷いた。
「クロの字から情報の共有として見せて貰ったが、なかなか面白い話になりそうだぞ」
「どういうことだ?」
「先に、この二つのスクリーンショットを見てくれ」
そう言ってクロードは、目の前の虚空を操作し、スクリーンを表示する。
表示されたスクリーンには、二枚の写真がある。
一枚目は、鬱蒼とした苔むした床に立つモノリスのような白い石碑。その石碑は、本来長方形だったのだろうが、上半分が斜めに切り取られていた。また、下半分には、以前見た石碑のように文字が刻まれている。
二枚目は、天井の開けた建物で、柱から延びる鎖につるされる石碑。亀裂の入り方や大きさから、一枚目の石碑と対になる物だろう。
俺は、【言語学】のセンスを装備してそれを合わせて読む。
「えっと『ここは、獣の楽園。魔獣が、幻獣が、互いに認め、互いに守り合う場所。種は違えど、同じ獣。女神の願いは、この地を満たす……』」
序文は、以前掲示板で話題になり、直接見に行った石碑と同じ内容だ。だが、続きの文を読むことができる。これは、物体によって読むレベル制限でも掛けられているのだろうか?
俺は、更に続きを読み続ける。
「『……祝福に満ちた地に人が住みつき、村を作り、畑を耕し、獣を友とし、時に敬い、時に助け、最良の友とする』……これって、あれ? 石碑の内容と壁画の内容ってリンクしている?」
この時点で大体勘付く。これはこのイベントの重要なヒントではないか、と。
「そうだ。俺たちが地下ダンジョンで撮影した石碑の片割れ。ミカズチ率いる【ヤオヨロズ】が遺跡で撮影した石碑の片割れ。そしてユン、お前が湖底で見つけた石碑。これは繋がるんだ絵本のように」
タクの言葉を受けて、続きの内容をクロードが読み上げる。
「『……互いに幸福な時がいつまでも続くと思っていた。しかし、女神の祝福満ちる土地は、魔の獣も住める土地。浮遊大陸を疎ましく思った荒れ狂う魔は、一種の生物を大陸に送り込む。
それは、暴虐の限りを尽くした。森を焼き、人を串刺しにし、建物を破壊する。しかしそれの目的は、破壊ではない。それは【幻獣喰い】。全ての獣を食べるまで止まらず、貪欲に獣を求める異形の生物。
人々は、自らの友を守るため、剣を槍を手に取り、立ち向かう。そして奴の弱みを――――――――――――――』これが前半だ。後半は『生き残った者は、この島を立て直すには力の足りぬ者ばかり、ただ老いて死を待つばかり。ならば、残りの命をいつか来る旅人のための捧げよう。四方位、八方位、十六方位、三十二方位、六十四方位に宝を持った生物が生まれ、東西の遺跡には、宝を隠した。
それを手に、いつか来る再来の時、獣と共に乗り越えてほしい』とまあ、こんな感じの話だ」
黙って聞いていた俺は、三枚のスクリーンショットを見比べる。
前編は、文明の成立と敵の襲来。
後編は、緩やかな消滅とこのイベントのヒントだろう。
割れた石碑の一文は、解読不能だが、壁画の内容から想像するなら【幻獣喰い】の弱点は、後背部に位置する瞳だろう。
「露骨なイベントのヒント、か?」
「やっぱり、ユンもそう思うか。俺もそう思うんだよな。初のイベントがキャンプなんてどっかお門違いだもんな」
そういうタクの意見には、同意する。だが、この石碑の文を吟味すると、今回のイベントは、キャンプの名を借りた別のイベントなのかもしれない。
一週間の内に、生活環境を整え、情報を集め、来るべき災厄に備え、迎え撃つ。
そんな筋書きがイベントのコンセプトならばしっくり来るだろう。
「で、もし仮にこのモンスターが出現するとしたら、いつなんだ?」
「「「さぁ?」」」
三人が、さも当然のように首を傾げる。まあ、分かるよ。一切そういった時期に関する情報は無いんだから。
「今日かもしれない、明日かもしれない、最終日かもしれない。一切分からない状態だ」
「じゃあ、俺も戦闘センスのレベル上げた方が良いのかもしれないが……外には出ない方がいいよな」
今の俺は、いつ狙われるか、誰に狙われるかが分からない状態だ。イベントに合わせてレベル上げをしたいが、それも許されない状態だ。
「安心しろ、嬢ちゃん。私たちが守って見せる。プレイヤーからも、モンスターからも嬢ちゃん一人くらいは守って見せる」
妙に歯の浮いたセリフを女性から言われて恥ずかしいが、その言葉を素直に受け止める。
「ありがとう……そうだな」
素直に受け止めると同時に、ある考えが俺の中に浮かぶ。
俺から戦闘を取り上げて残るものは、生産やその他趣味センスだ。俺のキャラ・ユンは、本来スキマ産業、サポートキャラをイメージして作ったキャラだ。なら、俺は、自分の本来のコンセプトに戻って活動すれば良い。
「俺は、俺の仕事をしよう」
「それは聞いても良いか?」
クロードは、どこか分かり切っている笑みを浮かべている。全く、俺の口から言ってやるよ。
「サポート上等。料理が欲しければ作るし、回復薬が必要なら用意する。他人を支えるのが、俺の仕事だ」
「そう言って貰えるのは、同じ生産職としても嬉しい限りだ」
「俺は、ユンを後衛支援職として鍛えるのを勧めたんだけど、まぁ、お前が決めたなら仕方がないか」
そう言って背伸びをするタク。
「戦争における兵站。つまり物資の輸送、食事、道具類の補充は、見えないながらも最重要だ。ゲームで空腹度が導入され、NPCの支援が受けられない状態で、嬢ちゃんみたいなちょっと特異な生産職は貴重でね。新しいセンスを覚えるよりサポート受けて長所を伸ばした方が良いと私は考えているんだ。だから――」
とても高尚な演説を始めたミカズチだったが、最後に不穏な接続詞が聞こえた。
「――だから、報酬弾むからアイテムを作ってくれるか? もちろん、材料はこっち持ち。ハイポ五百個。MPポーション二百五十個、各種状態異常回復薬に、エンチャントストーンだっけか? あれを百個ほど。後は、明日から長時間の狩りに備えて弁当作ってくれないか?」
ああっ、俺一人でそれを捌ききれないかもしれない仕事を押し付けられた瞬間だった。特に食事は……厳しい。おい、タク。そんな憐みの目を向けるな。クロードは、どこかに連絡しているようだ。きっと俺のアフターケア要員でも用意しているのだろう。それなら俺と同系統の生産職を用意してくれよ。
「あと、必要になったら更に追加するかもしれないから、よろしく」
俺、過労で死ぬかも。ゲームだけど……
久しぶりの更新。一度完成したが、うっかりして書いた半分が消えてしまい、モチベーション低下、これだけの期間が開いてしまった。