Sense70
ベースキャンプに戻ってきた後、休憩を挟み、今回の襲撃について話し合われた。
なぜか、三十人以上が俺たちのベースキャンプに集まったが、主要な人以外は食材調達に出ている。
そして、話し合いの結果、以下のことが決まった。
火災事件の詳細な報告を行う。
晒しスレに襲撃者の詳細な情報記載。
今後、襲撃されないために、子狐に対するイメージ戦略を実行。
渦中の子狐は、リゥイに体を預け眠っている。そのリゥイは、俺の膝に頭を乗せて眠っている。その緊張感の無い様子に、俺自身が既に他人事のように感じている。
「ふむ。こんな小さいのが火災の犯人か」
マギさんとクロードと話していた大柄の女性は、しゃがみこんで、子狐を観察している。
女性は、燃えるようなワインレッドの髪を一括りに纏め、モデルのようなスラっとした手足は、男子高校生の俺より背が高い。雰囲気はどこかさばさばした大人の女性と言った感じで、またどこか威圧感というか、カリスマ性を感じる人だ。
「それにしても、サブマスの身内ってのは、面白い連中ばかりだな」
「サブマス?」
その女性の言葉に、訝しげに返す俺に対して、軽い自己紹介を受ける。
「私は【ヤオヨロズ】ってギルドのマスターしてるミカズチだ。で、嬢ちゃんの姉のセイは、うちのサブマスターの一人」
「ああ、セイ姉ぇのギルドの人か」
「で、どうだ? うちのギルドに来るか?」
その言葉に、多方面から待ったの声が掛かる。
マギさんから「そっちに入るなら、生産ギルドの立ち上げに協力して」
タクからは「ユン、俺のパーティーに入ってくれ!」
ミュウから「いや、私たちと!」
セイ姉ぇは「ミカズチ、もうひと押し!」
こんなありがたい言葉を頂いたんだが――
「悪いが、断らせてもらう。俺は、ソロでまったりとやりたいんだ」
「そうか、残念だ」
そう言って、肩を竦めるミカズチだが、その様子は駄目で元々、といった感じだ。
また、同時に、周囲から安堵の吐息が漏れるのが聞こえる。
「さて、冗談はこれくらいにして、クロの字。これからどうするんだい? 掲示板に書き込むんだろ?」
「もう、一つの方は終わっている。見るか?」
そう言って、事態の鎮静化を一任していたクロードが、掲示板の内容を可視化し、皆に見えるように表示した。
新たに立てられたスレッドには、【昨日起きた火災の真相を俺は知っている】という、なんとも意味深なタイトル。
まだ、クロードが立ちあげて数分なのに、もう百に迫る勢いで随時更新されている。書かれた内容は、音声ソフトで皆に聞こえるように機械的、中性的な無機質感な音声が響く。
内容的には、被害者の恨みと噂好きの人たちと真剣な人の三種類だろうか。
クロードは、事前に書いた内容を静かに音読し始める。
「――事件の起こりは、昨日の午後。彼女は、友人たちと共に狩りを終えて帰る予定だった。だが、彼女たちのベースキャンプは、炎が燃え盛り、人々が逃げ回っていた」
それは、まるで絵本の読み聞かせのように、静かで、それでいて引き込まれる構成。それは、スレッドに書かれた直後も同様の反応が帰ってくる。
『白の使役者って実在したのか』『美少女って噂だけどkwsk』『で、よくあの炎の中生き残れたな』『子狐処刑しろ、処刑』『つか、保護するなら同罪じゃね?』
結構内容としては辛辣な言葉も含んでいるし、意図のわからない内容もある。中には、話の真偽についての質問も多い。
ここは信憑性を出すために、本人の許可を得て、実名での報告をしていく。俺の名前を聞いたプレイヤーは、誰? といった感じなのでスレッドの流れ的に、次第に【白の使役者】もしくは【黒の保護者】などというあだ名を貰った。
一番効果的だったのが、目撃者の情報の提示だろうか。逃げる時すれ違ったトトルのおっちゃん。彼となんとか連絡を取って、芋蔓式に他数名の目撃情報やルカートたちが守っていたプレイヤーもスレッドに現れたために、異様なヒートアップを見せる。時折、ご本人登場の根回しまでされて、手の込んだ茶番だ。という印象を受ける。
「――と、いうことが事態の結末だ。ご清聴を感謝する」
その発言の直後、様々な意見が飛び交う。やっぱり、黒の子狐だけは始末した方がいい。いや、今回は仕方がない、なんで呪いのチートアイテムを作るんだ。とか。まあ、殆ど明確な方向性がなく、内容が迷走していたのだけれど。
「で、これで良いのか? どうもまだ不安が残るんだが」
俺の不安は、話した意味があるのかどうかだ。
話の流れ的には、大体が理解できているだろうが、もう怒りをぶつける対象はリタイア済みで、その矛先を失っている状態だ。下手したら暴走する人数が増えただけ。という話だ。
「まあ、任せろ。これからが晒しを利用した警告とイメージ戦略だ」
クククッ、楽しくなってきた。と言わんばかりの不吉な笑みを浮かべるクロードに周囲は、ジド目で睨んでいる。だが誰も代案、妙案が浮かばないために仕方がなく任せている様子だ。
「では、第二部【昨日起きた火災の真相を俺は知っている。その二】を始めようか」
そう言って、今日の襲撃の事を先ほどと同じように語り始めた。
三人のPKに【白の使役者】が襲撃されたこと。
そして、自分たちが退散させたこと。またその時動いた、主だったメンバーも書き連ねた。
【水静の魔女】セイ、【白銀の聖騎士】ミュウを含む美少女パーティーと身内を始め、生産TOP三人の連名、更にギルド【ヤオヨロズ】のマスター・ミカヅチ。広く浅くで顔が利くタク……その他諸々。
「と、これらの人数が一同に会したわけだ」
その直後は、すげぇぇっ、【白の使役者】って何者だよ。とか、襲撃者にここまでやる必要あるか? 大人げない。とかの話がでてきた。この時点で、いや、子狐だけでも始末を。という意見は極少数。あと一息といった感じだ。
「ユン。イメージ戦略のために、これを使うが良いか?」
「お、おう。背に腹は代えられないからな」
事前に説明を受けていたと言え、不安なのは確かだ。イメージ戦略でこれを使われるのは、甚だ不本意だ。
だが、俺には、守るべき子たちが居る。
俺の覚悟を受け取ったクロードは、うむ、と頷き一つ。周囲にも緊張が拡散する。
「本人の了承を得た。これは、襲撃時の証拠写真だ」
そうして、晒される俺のスクリーンショット。なぜ、タクやミュウ、セイ姉ぇがタイミングよく現れたのか。実際には、俺たちが拘束される前から様子を見ていたが、この手の輩への対処には証拠が必要と――タク談だが――言われたために証拠を確保、そして保護。に動いたそうだ。
そして――結果は。
『なん、だと……』『美少女を後ろ手に拘束だと、けしからん!』『ちょっと、テントに行ってくる』『おい、ナニする気だ』『これは……もう、同情のしようがないな』『おい、奴の左手を見てみろ!』
『痴漢は乙女の敵! 抹殺すべき!』『……テントで仲間と鉢合わせた。気まずい……』『ふぅ……』
『もう、やだ……この変態ども……』『変態紳士と呼んでくれ(キリッ』『俺が……』『俺たちが……』『『『『変態紳士だぁぁっ!』』』』『本来の話に戻ろうよ』
以下、謎の展開へと続き、完全に事態は、沈静化。いや、別の方向で激化している。
その間、俺は、自分の知識にない現象に怯え、分かっているであろう人たちは、苦笑を浮かべている。
「と、言うことでそろそろ話を終えよう。皆に聞きたいのだが、この襲撃者を晒し、制裁を加えたいと思う。それは以下の内容だ」
一つ、彼らにアイテムを提供しない。
一つ、彼らと可能な限り関わらない、支援をしない。
「以上の事をやりたい。生産者はどうか協力を。戦闘ができる人たちは、どうか彼らを無視の方向で頼む」
『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』『許可する』
後は、延々と同じような内容が流れた。そこには、当初の子狐討伐意見者と同一人物からも書き込まれており、一時の安心を得る。
だが、最後にとんでもない爆弾を落して行った。
「最後に、一押しだな。イメージ戦略は、最後が肝心だ」
そして、最後に現れた俺のスクショ。正直、恥ずかしい。こんなつもりじゃなかったんだが。
それは、今日のお昼後、幼獣五匹が俺の膝やリゥイに体を預けて寝ている時のスクリーンショット。
自分でも穏やかな、優しげな表情で撫でていることが分かる。そして、一瞬、自分自身だとは分からなかった。周りの人も皆、ほっとあまりの出来過ぎた構成に嘆息すら漏れる。
掲示板の反応は――
『もふもふ』『ああ、凄いもふもふだな』『駄目だ。こんな幸せそうなもふもふを手に掛けるなんて』『ああ、そう言えば、襲撃者はこの五匹を襲ったんだよな』『奴らはもふもふ天国を壊そうとしたのか許せない』『おい、子狐の尻尾触りてぇぇ』『あの子犬もふわっふわ』『猫の尻尾がゆらゆらしてるぞ』『小鳥なんか、毛玉のままじゃないか』『馬の鬣に手櫛を入れたい。サラサラしてそう』『なぁ……俺はどうしても保母さんにしか見えない』『おい、俺も保母さんに見えちまうだろ!』『なん、だと……お前は天才か。くっ、【幼獣の保母さん】だな』『幼獣を擬人化幼女にすれば、もっと……』
『やめろ、もう幼稚園しか思い浮かばない!』『誰か、絵にしてくれ!』
もう、スレッド自体は、阿鼻叫喚。すぐに新たなスレに建て替えられ、タイトルも【ユンちゃん、マジ保母さん】などのスレッドが立ち、俺は言い知れぬ恐怖にぞっとした。
「うむ。相変わらず良い仕事をした」
「俺は、何かを守るために、自分の中の大切な物を犠牲にした気がする……」
「落ち込まないの、ユンちゃん! 良い事あるから!」
「そ、そうだよ。お姉ちゃん!」
なんだか、姉妹に励まされるし、膝で寝ていたリゥイや他の幼獣たちも集まって、心配げに見上げる。ああ、心配させちゃ駄目だな。
そう思うと、なんだか頭がすっきりする。俺は、存外単純な人間かもしれない。
「ふぅ~。これで一件落着だと思いたいよ。さて、夕飯の準備するから誰か手伝ってくれ!」
その後は、昨日にも増して賑やかな夕食となった。
三十人の人間は、食べる食べる。三日ぶりの文明的な食事とあまり出来が良いとは言えないうどんを全部平らげ、更に追加で作った食べ物がどんどんと消えていく。
食材調達の人達がバランス良く集めてくれたり、俺が結構高いレベルの【料理】センス持ちということで、これを機に【料理】センスを取得して、俺の指導の下に夕飯作りは行われた。
食材も、野菜は南東の畑で、肉は北部広域の放牧地域で、魚は南の湖や南北縦断する川で釣り上げ、と多くある。
また、人海戦術で新たに見つかった食材ユニークMOB・ソース・スパイダーは、地面に隠れ住む地蜘蛛で、ドロップの魔法のソースセットは、某犬印のソースや濃口と薄口の醤油。料理酒、みりん、ウースターソース、あとは、味噌などだったりと豊富。というより味噌ってソース?
それらでより料理の幅が広がったために新たな料理としては――お好み焼きに始まり、魚と野菜のちゃんちゃん焼き、味噌とみりんの合わせ調味料で漬けた豚ロース漬け。後は、魚の身を解して、醤油、みりん、砂糖で味付けをした魚の佃煮などは、酒飲み好きな二十歳以上の人たちに人気だった。