Sense69
背後から迫る暴風と爆炎が俺たちの横を掠め、耳を劈く様な爆音と閃光が森の中で拡散する中で、俺とリーリーは大声を出す。
「だぁぁぁっ! 魔法の再使用短いだろ! あんなに連発出来るものなのか!?」
「ディレイ・タイムが短いのは、きっと【詠唱短縮】とかのレベルが高いからだよ!」
「俺は、そういうことを言いたいんじゃねぇ! くそっ、早くMP切れになりやがれ!」
俺は、大声で悪態を吐き、必死に足を回して東へと逃げる。
打ち出される魔法が、樹を焼き、地面を抉る。時折迫る直撃コースの魔法は、俺のクレイシールドのマジックジェムと姿を隠したリゥイの水盾で守る。だが魔法の強さ的に相手の方が強く、魔法の余波で髪や皮膚が炙られ、風が背中を容赦なく叩く。それでもやり過ごせていたが、マジックジェムも尽き、リゥイの盾も万能ではない。
だが、こちらも、決して反撃しないわけではない。
俺は、思い出したかのように振り返っては、矢で魔法使いを狙うのだが、あの勘違い剣士に全て防がれてしまう。苛立ち紛れで舌打ちをしてまた走り出すことを繰り返す。これ以上の攻撃は、連続する魔法の攻撃に阻まれて出来ない。
リーリーに至っては、幼獣をその身に抱えて、守りながら走っているために、当然攻撃には集中できない。
つまり、互いに千日手状態。
相手がMP切れで追えなくなるか、こちらが一撃貰ってノックアウトか。そんな際どい逃走劇を続ける。
「ユンっち、打開策は?」
「俺の知り合い全員にSOS出した!」
「望み薄だね」
「おい、それはどういう意味だ!」
ポツリとリーリーの呟いた一言を聞き洩らさなかった。なんだよ、俺の知り合いは、少ないって言うのか!? えっと……タク、ミュウ、セイ姉ぇ……あれ? 後は、その友人とマギさん達くらいか?
「どうしたの? ユンっち」
「いや、俺って交友関係って狭いかも……」
「ドンマイ!」
「全く、場違いだよ……な!」
話しながら、くるりと体を翻し、矢を射る。こんな感じで不意打ち気味に攻撃しながら背後を確認する。
放たれる魔法は、風と火の上位魔法だったが、今は、徐々に使い勝手の良い低級の魔法へと切り替え、連射を重点に置いた攻め方をしているようだ。
また、攻撃の切れ目にMPポーションを使っている姿を見るに、相手も躍起になっている感じではある。
お門違いに放たれる魔法の余波で時に進路を塞がれたり、足元を掬われそうになる。弱い魔法も、止まってしまえば、格好の的だ。
それでも待ち続けた甲斐があった。肉体的疲労を無視して稼働できる仮想現実の体は、十分以上の全力疾走に耐え、ついに相手の魔法が止まった。
「やっとMP切れか?」
「ふぅー。そうだと良いけどね。もしそうならこれ以上の追跡はされないよ」
「じゃあ、逃げるか」
俺たちは、再び走り出そうと、腰を落した瞬間【発見】が新たな反応を示す。新たな敵でも、強大な魔法でもない。リーリーに向けて、謎の不可視の一撃。
「リーリー!」
俺の叫びと共に、リーリーの体がゆっくりと崩れていく。前のめりに倒れては、腕に抱える幼獣を潰してしまうと、体を捻り、右肩から落ちる。
慌てて、駆け寄るがHP的なダメージはなく、ただ倒れただけだ。意識もあるようで目を動かせる。だが、呂律が回らないようで、掠れた声が零れる。
「ユン……っち、これは、麻……痺」
「……分かった、解痺ポーションだな!」
俺は、自分のインベントリから解痺ポーションを取り出した瞬間、再び放たれる不可視の一撃を受ける。手に持つ解痺ポーションを取り落し、俺自身も膝を付く。
体が錆びついたように重く、自由に動かせるのは、目だけだ。俺たちのまわりを幼獣たちが、心配そうに眺めている姿に対して、逃げろ。と言いたいが口が回らない。
俺たちは【麻痺3】の状態異常を受け、動けない。そしてその原因も目の前の魔法使いの一人だと分かった。
縦に切れ長な瞳孔は、爬虫類を思わせる冷たさがあった。その爬虫類染みた瞳の変化、麻痺という状態異常から導き出される答えは――
「……【蛇の目】…だ、な」
動かない口を必死に動かして、呻くように呟く。
「そうだよ。随分、時間が掛かったけど、なんとか成功したよ」
全く、にやつきを抑えられない。といった様子だ。淡々とした様子で、近づいてくる三人組は、魔法使いの一人が、リーリーを抑え込み、もう一人が俺の腕を後ろに回して、勘違い野郎の前に跪かせる。
「随分と抵抗したね。おかげで僕たちは、MPポーションを使い切ったけど、まあ、粛清出来るし、良いよね」
なんてこと無いように言う感じの剣士を睨みつける。後ろ手に押さえられ、持っていた弓は地面に落ちる。インベントリからアイテムは取り出せず、口は動かない。俺たちの様子に幼獣たちは、怯えきっている様子だ。
「……うちの、子たちに手、出すなよ」
睨みつけて、そう牽制する。もしも、幼獣たちに指一本でも触れてみろ。てめぇ、一生後悔させてやる。という意思を込める。それを聞いて後ろに回った魔法使いが、腕を更に締め上げるために、歯を食いしばり、痛みに耐える。
「【蛇の目】が切れる前に済ませよう。僕らの目的は、黒の使役者と黒の幼獣だけだから……あっ、仲間も同罪だし、そこの彼も」
「安心して逝っていいぞ。残った幼獣たちは、俺たちがしっかり面倒見るから」
後ろからぞわっとした気持ち悪い声が掛けられた。俺の腕を捻り上げる魔法使いが、ねっとりした声でそう耳元で囁く。おまけに、拘束するついでとばかりに、剣士の見えない位置で本来あり得ないタッチで体を弄ってくる。
俺男! ゲームだからってそんな所をどさくさ紛れで触るな!
俺の身の安全もそうだが、男の言葉の意味を考えれば、残った幼獣たちを奪うのが目的か。勘違い野郎を上手く乗せて、襲撃、おこぼれ頂戴という流れだろう。勘違い野郎自身、上手く利用されているようだが、本人は、自分の行動に酔っている節があるし……
「……お前ら、めんどくせぇ」
思った一言を呟いたら、更に腕を捻られた。もう、話し合いの余地が無い。とばかりに、剣士の方も剣を振り上げ始める。
その剣が振り下ろされる瞬間、思わず目を閉じてしまう。斬られるのは、一瞬だろうと覚悟していたが、いつまで経っても衝撃は来ない。こんなデジャブを前にも味わった気がする中で、恐る恐る目をあけると、剣士と俺との間に板金鎧を着込んだ見知った後ろ姿があった。
「お前が助けて。って言ってくるから何事かと思ったら、結構な厄介事だな」
「……タ、ク」
「私もいること忘れないでね! チェストっ!」
リーリーの上に被さるように立っていた魔法使いが真横に砲弾のように飛んで、樹に叩きつけられる。その後には、ふわりと今朝分かれたばかりの白銀の妹様が剣の柄で殴り飛ばしていた。って、剣の柄であんな風に殴り飛ばせるのか!?
そして、最後には、俺の背後から噴き出す間欠泉が拘束する魔法使いを包んで洗い流していく。
「駄目でしょ? 他人に対してのセクハラ行為は……GMコールで通報しちゃうんだから」
そう言って、俺の背後に立つ男は、綺麗な放物線を描き、地面に叩きつけられる。
「タク、ミュウ。それに、静姉ぇ」
「今は、セイ姉ぇって呼んで。ユンちゃん」
そう、くすりと形の良い唇で頬笑みを浮かべるセイ姉ぇは、きっと表情を引き締めて立ち上がる魔法使い達に向く。
「お前ら! 俺たちの邪魔を――「うっさい、三下。しゃべるな」――なっ!」
怒らせると怖い姉が、よく通る声で男たちの言葉を遮った。
「あんたたち! うちの可愛い家族に手を出したんだ。それ相応の覚悟が出来てのことよね」
男たちが何かを喚きながらも、受けたダメージをアイテムで回復していく。それを許して良いのだろうか? と思ったが、セイ姉ぇの顔を見て直ぐに理解する。あっ、これは完膚なきまでに叩きのめすつもりだ。
そう、一切の妥協などなしに、絶対的に、絶望的な結果を相手に与える。完璧な優位性を持ちつつ、僅かな勝機をちらつかせ、心をぽっきりと折るつもりだ。
「セクハラでのGM制裁は、もうあんたら確定だけど、少し遊んであげる」
「ふざけるな。魔法使い同士の戦いで二対一で敵うわけ無いだろ」
「俺たちは、第一陣だぞ! 調子に乗るな!」
明らかに噛ませ犬的な発言、ありがとうございます。その言葉を聞いた姉は、杖を掲げて、一言ぽつりと呟く。
「リリース」
その瞬間、セイ姉ぇの背後には、十幾つという水弾が現れる。水属性の初期魔法だろう。だがそれだけの数が一度に現れる様は、圧巻であり、圧倒的な手数である。
「えっと……なんだったっけな? こう、迫りくる光線や球体を避けるゲーム。それで隙を見て反撃するんだよね~。そうだ――弾幕ゲーって言ったっけ。じゃあ――」
盛大に黒い笑み。普段のおっとりとした雰囲気はなりを潜め、どちらが悪役か分からない。
「――踊れ」
その後は、マシンガンのように打ち出される水弾。その殆どは地面を抉り、樹を打ち抜くが、決して当たらない。いや当てない。打ち出された魔法は、すぐに補てんされ、空中に滞空し、順番を待つ。
態と作った隙を突いて動く魔法使いたちだが、そんなのは織り込み済みと魔法を魔法で相殺する。これは、相手の回復アイテムが終わるまで、手に持っている杖が壊れるまで、防具が壊れるまで続けるつもりだ。
「これで少しはお灸が据わるでしょ」
そう言いながら、ミュウが俺たちの【麻痺】を回復してくれる。今までセイ姉ぇの方に視線を向けていたが、正面に顔を向ければ、剣士とタクが打ち合いをしていた。
勘違い剣士の方は、全力で剣を振り、残像が残って見える。対するタクは、相手の軌道上に剣を構え、のらりくらりと受け流している。更に、軽口を言うくらいの余裕を見せる。
「どうした? そんなものか?」
「僕の剣は、悪を斬る剣だ! お前こそ、なんで黒の使役者を庇う!」
「なんで、って言われてもな。うーん」
悩んだ素振りのまま、剣を斜めに構えて、受け流す。頭に血が上って剣を戻すのが遅れた剣士の隙を見逃さず、タクがその腹にヤクザキック。
鎧で覆われているが、受けた衝撃で後ろへとたたらを踏み、仕切り直しだ。
「火災の事件だろ? ユンがあんなことする訳がねぇよ。なぁ!」
俺に声を掛けてきたタクに対して、俺は、当然だ。言い返す。
「じゃあ、その黒い幼獣はなんだ! それが原因だろう!」
「で、原因か? ユン」
「まぁ、原因と言えば原因だけど、多重の不幸が重なった事故としか言えないな」
俺も説明に困る。拉致された幼獣に未鑑定のアクセサリー装備したら、呪われていました。その結果が昨日の暴走。だもんな。
「言えない事があるのは、やましい事がある人間の証拠だ!」
そう言って、俺に向かって斬りかかってくるが、タクが間に入り、俺を守ってくれる。
互いに、鍔迫り合いで、額が付くのではないかと思うほどに接近する。
「不幸な事故ってことは、本人の意図しなかったことだろう? 人の話聞けよな」
「うるさい! 結局そうだったとして、黒の使役者が許される理由になるのか!?」
「知らん。だから話を聞け。って言っているんだよ」
「聞く必要なんて、無い!」
そう言って、全力で剣を押し込む剣士だが、タクは、びくともしない。
「力で押し通す。ってつもりか……なら、負けた時、素直に引け」
トーンの下げた声。長い間、タクとは友人をやっているがこんなに低い声が出せるのかと思うほどにドスの利いた声だ。
「僕はやれる!」
「まあ、お前に勝ち目はないぞ。あっちでセイさんの弾幕の上で踊っている奴らを戦力から抜いても四対一だろ? 数の上ではこちらが有利だぞ」
「僕は、負けない!」
「精神論じゃ、ネトゲは勝てんよ!」
そう言って、タクは、腕に力を込めて押し返す。ついでに、何らかのアーツを発動したようだ。鍔迫り合いをしていた相手の剣は、中ほどからぽっきりと折れている。
「くっ! まだだっ!」
「諦めてくれよ。弱い者いじめはしたくないぞ」
「まだ、四人程度相手に出来る」
「じゃあ、これは?」
そう言って、すっと右手を上げると、森の中からぞろぞろと人が出てくる。タクのパーティー、ミュウのパーティー、それにマギさん達に、知らない人たち。ぱっと見、三十人前後はいるんじゃないかと思う数の人たちが取り囲む。それも各々、武器を手に持って。
「お前たち! 卑怯だぞ!」
「卑怯? お前が言うかそれを」
「えっ!?」
「自分の立場と相手の立場を考えてみろ。聞いた話じゃ、お前ら三人が二人に対して、武器持って追い回した。数は違えど、お前らの方が人数が多くて、一方的に嬲る。そこに正義ってあるのか?」
「僕は……」
「そもそも……あの火災の原因のパーティーは、鎧装備や悪趣味な服装だって目撃情報だ。ユンの装備は違うだろ」
「それは、装備を変えられるだろ!」
「こんな持ち込み制限のあるイベントでいくつも枠潰すために服持ってくる奴はいないぞ」
「そ、それは……」
何かを言い返そうと反論を考えているようで、俯いているが、反論できない。その間に、セイ姉ぇは爆撃と言える攻撃を終えたようだ。破壊完了、と言いながら襤褸雑巾になった魔法使いを放置してこちらに向き直る。
周囲を取り囲む集団の中からマギさんやクロード、そして、見知らぬプレイヤーも出てくる。
「私的には、こいつをイベントから排除するのは簡単だけどね~。クロードはどう思う?」
「まあ、ここまで完膚なきまで叩きのめせれば良いだろう。だが、情報公開を渋った結果がこれか。ある程度は、情報操作が必要だな。帰ったら、事件の真相をまとめて、こいつらを晒しスレに報告するか。ついでに知り合いにも根回しするか」
「まさか、うちのサブマスが血相変えた理由が、この嬢ちゃんか。人騒がせだな」
そう、言う三人は、実に悪戯を考える子供のような表情をする。
事態は、このまま終われば良いんだが、最後の最後。幼獣たちの報復と言えば良いのだろうか。
俺の胸に飛び込んできた子狐は、一言小さく鳴くと、体から黒炎を生み出し、襲撃者へと嗾ける。
別に強い炎ではないが、その炎は、庇った腕に巻き付き、痣を残す。
謎の行動を取り、周りの度肝を抜いたが、反撃できない三人を放置。俺たちは、ベースキャンプに戻った。
なんだかとても疲れたが、俺たちのベースキャンプに戻った時は、安心から腰が砕けてしまった。