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Only Sense Online  作者: アロハ座長
第2部【夏のキャンプと幼獣の森】
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Sense68

 食後は、料理のバリエーション増加のためにイチゴジャムを作りながら、掲示板を眺めていた。ほら、作業しながら、テレビ見るとか、そんな感じで作業をしていた。

 幼獣たちは、煮詰まるジャムの甘い香りに、再び食欲を刺激されたらしく、頻りに、俺の周りを歩いている。二瓶分のジャムをインベントリに仕舞いこんでも、残留する匂いは消えずに、ねだってくる。


「おやつの時間はまだ先だ。その時には、また作ってやるから」


 その一言を理解はしているのだが、でも食べたい。欲しい。というキラキラした瞳を向けてくるが、ここは心を鬼に……


「はぁ~。ちょっとだけだぞ」


 ……出来なかった。期待の眼差しが俺には眩しすぎる。

 五匹の目の前に、一口分のイチゴジャムを乗せた皿を置くと、皆一口で舐め取ってしまう。


「おいおい、ちゃんと味わえよ」


 もっと、もっとと見上げる三匹。どうしようかな? 俺と手に持つ瓶を交互に見つめる子狐。そして、白馬は、俺の背後にまわり、腰に頭突きを繰り返す。


「お、お前ら。落ち着け、落ち着けって!」


 リゥイに押され、昨日のようにその場で転倒してしまう。相変わらず、自分の非力さと押しの弱さを恨めしく思うが、その前に、手に持っていた瓶からイチゴジャムが零れ、エプロンや白のワンピース、自分の頬に付いてしまう。


「うわっ……やばい。付いちまった。白だから汚れが目立つ……ってゲームだし、濡れると時間が経てば消えるから、これも消えるのかな?」


 そう思いながら、自分の頬に付いたジャムを指で拭う。その指先に、ピリピリとした強い視線を感じる。

 俺の左手に持つ、まだ三分の一ほど残っているジャムの瓶、ジャムの零れたエプロン、赤く染まるワンピースの胸元、そして、俺の頬や指先に幼獣たちの視線が集まる。


 じゅるり……誰かが涎を啜る音と共に、俺に飛びかかってくる。


「おい、どこに入り込もうとする! てか、ジャムは駄目だ! リーリー、ヘルプ!」


 幼獣に群がられ、俺は身動きが取れない。いや、取れるが、暴れて小さなクツシタやネシアスを潰してしまわないかが心配で、動けないのだ。飛びかかられた拍子に瓶を取り落してしまう。


「うーん。ユンっち、がんばれ!」

「裏切り者ぉぉぉっ!」



 俺の断末魔が響く中、リーリーは、楽しそうににこにこしている。あっ、こいつ絶対に傍観する気だな、と。頭の隅で確信しながらも幼獣の対応をする。

 左手から離れた瓶の口には、子狐が頭を入れて、瓶に残るジャムを必死で舐め取っている。時折、こちらを様子見しては再び舐めている。

 右手に掬い取ったジャムは、ネシアスの小さな嘴で指を甘噛みしながらちろちろと舌で舐める感触に背筋がぞくぞくする。

 腹部あたりのエプロンに零れたジャムは、クツシタが噛み付いて、必死にジャムを舐め取ろうとしている。

 左右、腹部を抑えられ、ワンピースの胸部に僅かに掛かった場所は、肩越しに首を伸ばしてきたリゥイが、舐め始める。他の幼獣よりも圧倒的に体格が大きいために一番、圧迫感がある。更に、肩にリゥイの首があるために動けない。

 最後に、頬に残ったジャムは、俺の体を器用に駆け上がり、肩にたどり着いたリクールによって舐められる。


「お、お前ら、よ、ひゃっ! 舐めるな! 生地に染みたジャムを吸うな! あっ、駄目だっ。なぜに、服の隙間に頭を突っこむぅっ! そんな関係のない場所にまで舌を這わすなっ! うっ、んっ!」


 俺は、数分間による責め苦に耐えた。その間、人に見せられるような姿ではないし、決して思いだしたい内容でもない。そして、今の惨状は、なんとかしてほしい。


「ユンっち、お疲れ様」

「……はぁはぁ。見てないで助けろ。てか、これらを退かしてくれ」

「うーん。無理だよ、無理。諦めて」


 そう、尻もちをついた姿勢のままの俺に、幼獣たちが群がっている。いや、寝ている。

 最初は、時間が来て、ジャムが綺麗さっぱり消えてしまった。やっと解放されると思った中、リゥイが俺の膝を枕に昼寝を始めたのだ。いや、昨日いつでも出来る。って言ったけど、今?

 それを見た他の幼獣は、リゥイの腹を枕にまとまって寝ている。自分の体や尻尾を抱えるようにして丸々とした姿は、毛玉パラダイスと呼ぶに相応しいが……。


「俺の位置からだと拝めないんだけど」

「じゃあ、スクショ取ってあげるね」

「頼む」


 しばらくして、メールと共に添付された写真は、艶やかな白に包まれた柔らかそうな幼獣たち。なぜか俺まで写真に収められているし。


「リーリーも膝枕やってみるか?」


 俺は、リゥイの首筋を撫でながら、リーリーに尋ねる。


「ユンっち、そうやって、ハイ。って言ったら押しつけるつもりでしょ?」

「ちっ、ばれたか」


 まあ、元々期待はしていなかったが。というよりも、自分の幼獣であるネシアスに対しては、肩に乗せたりとかしているから似たようなものか。

 リーリーは、幼獣たちの前にしゃがみこみ、人差し指を寝ている鼻先に突き出し、弄る。時折、小さなくしゃみが聞こえ、楽しそうにくすくすと笑うリーリーを見た。


「で、リーリー。さっき、映像取っていただろ。消せよ」


 じっと、こちらを凝視していたリーリー。スクリーンショットと同じように、先ほどのジャムを舐められるシーンを映像で残そうとしていたのは薄々気が付いていた。


「あっ、ばれてた? 鋭いね、ユンっち」

「当然だ。で、誰の差し金かは……聞かないでも分かる」


 どうせ、クロードあたりだろ? と言うとそれに対してのリーリーの返答も予想通り。だが、次の一言で驚愕の声を上げる。


「もう、クロっちに送っちゃった」

「はぁ!?」

「ユンっち、起きちゃうよ」


 シィーっ、と指を口に当てるリーリー。あっ、ごめん。じゃなくて、聞き間違いなら嬉しいんだが、なんて言ったんだ?


「さっき、ユンっちにメール送るとき、クロっちとマギっちにもそれぞれ送っちゃった」

「お前……肖像権って知ってるか?」

「ごめんね~。クロっちにシアっちの衣服を頼んだら、面白そうなネタを要求されたんだよ~」


 そう、間延びした声で言われたらこっちも怒る気が失せる。


「はぁ~、俺ってつくづく他人に甘い気がするな」

「そうだよ。ユンっち、損してばかりでしょ?」

「正解」


 そう肩を竦めて、リゥイの首筋を撫でる。

 しばし、心地の良い沈黙を続けるのだが、俺はそれを敢えて破る。


「リーリー、センスを戦闘用に変えてくれ」

「うん? 良いよ」


 疑問など挟まずにすぐに答えてくれるのは、とてもありがたい。

 俺も自身のセンスの装備を変える。



 所持SP18

【弓Lv24】【鷹の目Lv34】【速度上昇Lv20】【発見Lv18】【魔法才能Lv36】【魔力Lv35】【付加術Lv11】【錬金Lv27】【調薬Lv11】【料理Lv12】


 控え


【調教Lv1】【合成Lv24】【地属性才能Lv7】【言語学Lv10】【細工Lv26】【泳ぎLv13】【生産の心得Lv25】



 臨機応変のためのセンス構成、弓を取り出し、何気なく視線を彷徨わせる。

 反応は、三つ。

 セーフティーエリアの外側から隠れて見ているようだが、俺にとってはバレバレだ。せめてリゥイくらいの隠蔽能力が欲しいものだと、ため息が漏れてしまう。


「で、ユンっち。何人? それで装備は?」

「三人だ。剣士に魔法使いが二人」

「随分、バランスが偏ってるね。それで友好的(お客さん)かな?」

「客なら、剣を抜いたままこっちを窺ったりしないだろ。で、どうする?」


 リーリーの笑えない冗談を軽く流しつつ、状況を考察する。

 セーフティーエリアでは、基本戦闘行為でのプレイヤーへのダメージが発生しない。だが、絶対安全などとは言えない。昨日の黒の子狐の件があるのだ。それに、相手の手の内が分からない。


「マギっちとクロっちに連絡入れたけど、それぞれ一番遠いベースキャンプに居るみたい」

「じゃあ、すぐに来られないな。突発的な襲撃なら諦めてくれれば良いんだけどな。狙った襲撃だとすると……」


 俺たちには思い当たる節が多い。

 家なし、テントなしのプレイヤーが住居を奪うための襲撃――この場合、運営側が用意した施設だと思っての襲撃かもしれないな。

 必要な回復アイテムやイベントのレアアイテムなどの得るための襲撃――これは、口八丁でなんとかなりそうな気がする。

 効率よく幼獣を奪うための襲撃――これは最悪だ。話し合いの余地はない。


「リーリーは、戦闘はどんな感じだ?」

「うーん? ほどほどかな? 余程複雑な作戦じゃなければ実行できるし、普通の狩りならそれなりに。そもそも生産職って戦闘向きじゃないじゃん」

「じゃあ、生産職二人が、アンバランスな戦闘メイン三人を相手取れると思うか?」

「無理だね。というより、一人でも三人でも、逃げるね」

「だよな~」


 元々、俺たち生産職は、戦闘職ほど戦闘をこなせない。スキルの恩恵も少なく、生産に関わるステータスが高い分、戦闘に関連するステータスが低い。同じ平均レベルならまずスペック差が生まれる。


「今から逃げるか?」

「そうだね。昨日の火災の話を聞く限り、設置型のオブジェクトは奪えないけど、破損は出来るみたいだし」

「ああ、テントな。破損というより、完全に破壊されていた。じゃあ、逃げるの……ちっ」


 思わず、舌打ちをしてしまった。俺の強い警戒に同調して、リゥイは姿を消し、幼獣たちは、リーリーの背後に隠れる。

 これから逃げだそうと思っていた矢先に、向こう側から接近してきたのだ。それも結構なスピードで。

 リーリーも視認できる距離に入った三人組。武器を持ったままだが、すぐに襲ってくる様子はなさそうだ。


「あなたが黒の使役者?」


 サラサラの金髪に青い瞳の剣士の少年がそう尋ねてくる。なんとなく、自信に溢れている感じ。俺のイメージしていた襲撃者の暗いイメージとは真逆だったために、余計に警戒の色を強める。


「なんだ、お前ら。うちの子たちが怯えているだろ。武器を仕舞え」


 眉間に力を入れて睨み返す俺に対して、左右の魔法使いの男どもは、静かに睨んでくるが、どうでもいい。剣士の少年の返答次第だ。

 当の剣士は、俺の言葉を聞かずに、リーリーの後ろに隠れる幼獣たちを一瞥。


「そう、やっぱり。黒の使役者なんだ。君の存在は、掲示板でも書き込まれているんだよ」

「いやいや、それは、俺じゃないぞ! 絶対に違うから」

「昨日の事件を忘れたと言うのか!? あれほどのプレイヤーを殺しておきながら! それを行った黒の使役者とその幼獣は、すなわち『悪』。裁かねばいけない敵なんだ!」

「人の話を聞け!」


 左右の男どもが、流石です。とか、あなたこそゲームの調停者。とか持ち上げてるし。


「ユンっち、逃げるよ!」


 あまりの予想外な人物像に呆然となっていたが、リーリーの言葉に正気を取り戻し、俺たちは、即座に走り出す。

 目的は分かったが、話を聞いた限り、分かり合えるわけがなかった。

 

 自分が正義だと言って、悪を断じる。別に良いけど、言ってることは、早とちり。俺の言葉なんて聞いてない。絶対に思い込みが激しいタイプだろう。

 まさか、襲ってくるのが『自身が正義だと思い込む勘違い野郎』なんて、話し合いが通じるわけがない。もっとも話し合いをしたくない。気持ち悪い。


 俺たちは、必死に東側へと走る。リーリーは、肩にネシアス、両手に三匹を抱えている。リゥイも俺たちに並走している。

 その後を追いかけるあいつらも、意外と足が速い。


「一気に、駆け抜けるぞ。【付加】――スピード!」


 俺たちは、黄色い残光を残しながら、速度を上げる。


「ここは俺に任せろ。【ウインド・アーマー】」


 男魔法使いの一人が唱えた魔法が生んだ薄緑のヴェールが、追跡者たちを包む。

 それにより目に見えて、走る速度が上がる。


「なんだよ! あの魔法!」

「あれは、【風属性】の上位センス。【嵐属性】の初期魔法だね。あのレベルを使えるってことは、魔法を二、三発受けたら瀕死だね」

「暢気に言ってる場合か! 防御面を固めないと死ぬぞ。【付加】――マインド!」


 更に重ね掛けしたエンチャントによる守り。

 背後から爆走してくる追跡者たちの威圧感で俺は、恐怖を感じる。リーリーは、へらへらしているが、その表情の端には焦りも見られる。

 俺はなんとか、頭を巡らせて解決策を導こうとするが、焦りと恐怖で上手く思考が回らない。

 後で考えれば、これは最終手段なのだが、それをこの場で使ってしまったのは、少し失敗だ。

 そう――知人全員へのSOSメールだ。


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