Sense65
俺の捻りを加えたボディーブローを受け、その場に蹲るクロード。倒れた彼の頭にパートナーのクツシタが弱めの猫パンチを連続している姿には、心なしか癒された、もちろん、スクショにてその雄姿は残されることとなる。
俺は、改めて妹たちにパーティーメンバーを紹介する。
「えっと、この女性は、マギさん。鍛冶師やっていて、いつもポーションを納品している。って、ブルポはマギさんのお店で買っているんだっけ?」
「鍛冶師のマギだよ。よろしくね。それとパートナーの子犬のリクール。と言っても、何人か見知った顔が居るのは確かだけどね」
顔の前に持ち上げたリクールの愛くるしさに目を奪われる女性たちに、苦笑するマギさん。続いて隣の愛嬌ある木工師の紹介をする。
「それで、こいつは、リーリー。木工師で、俺の弓を作ってくれた奴」
「はじめまして、ここに居る全員とは、初対面だね。僕はリーリー。木工師で杖や弓とか作っているよ。それとパートナーのネシアス。愛称はシアっち」
赤い毛玉の雛鳥は、器用にリーリーの肩に乗っている。その姿にも皆癒される。
「最後に……まあ、説明したくないけど……クロード。布と革製の防具専門の裁縫師。それで、パートナーのクツシタ」
「俺の紹介が雑だな」
何事もなかったかのように静かに立ち上がるクロード。かなり力を込めたはずだが、もう起き上がるとは、次は、更に力を込めるべきか。
「当然だ。うちの妹が居る前であんな暴走する奴に、配慮などいらん」
全く、と肩を竦めるクロードとその背中に器用に爪を引っ掛けて、垂直登りで肩までたどり着くクツシタ。皆、小さく可愛らしい幼獣と彼らの紹介に目を白黒させている人が多い。
その内のルカートが声を漏らす
「えっと……マギ、クロード、リーリー……トップ生産職。三人揃っている姿を、初めて見ました」
「そりゃ、私たちはいつも一緒じゃないし、それぞれお店持ちだよ。ルカートちゃん」
「……っ!? どうして私の名前を」
驚くルカートに、悪戯が成功した子供のような笑み。相変わらず人を弄るのが好きな人だな。まあ、なんとなく知っている理由は、分かるのだが。
「そりゃ、うちのお店の常連さんは、多少なりとも覚えているからね。特に、ミュウちゃんから話は聞いているよ」
さも、当然と言った感じだが、ルカートに軽く睨まれるミュウは、ちょっと焦った感じだった。
「だ、だって、女の子同士のお話って色々あるでしょ? ルカちゃんなら分かるよね?」
「最高のオーダーメイドを欲しいけど、お金が足りないんだよね。知ってるよ」
そんな恥ずかしい内容まで暴露されて普段は大人しそうなルカートも顔を真っ赤にしている。それを見て慌てて話題を変えるマギさん。
「それに、ミュウちゃんには、兄妹がいるって聞いていたけど、まさかユンくんだったとはね。世の中って狭いね~」
「ってことは、ミュウの剣と鎧は、マギさんのオーダーメイドなのか」
「うん。いやー、βの頃、聖騎士イメージっていきなり露店で言われた時はビックリしたよ」
どこか懐かしむ様に間延びした感じで言うマギさん。その、妹が迷惑かけてすみません。
他のメンバーもそれぞれの装備品と関連のある生産職に興味深々で、話しかけている。
コハクとリレイは、リーリーと話をして今の杖についてや、現在の性能についてなど言葉を交わしている。
ヒノとトウトビは、クロードに対して淡々と現在の布製防具をどのように補強するか、または、場合によっては複数の防具を持つことなどについて議論を交わしている。
「それにしても、これだけの人数だと食べ物足りる? 私たちは、今日一日、生産品の材料採取や適当にモンスター狩りをしただけだけど」
「はい、食べ物は、十分収穫しましたよ。野菜に、貝や海老とか」
「ふふふっ、じゃあ、夕飯が楽しみだね。それと、紹介してくれるかな、君の連れている幼獣たち」
マギさんの言葉に、俺の隣に並ぶ白馬が一歩前に進み出る。
「えっと、白馬の幼獣で名前はリゥイです。それとちょっとトラブル先で保護した黒い狐の幼獣です」
抱える子狐を見せる。まだ深い眠りから目覚める気配はない。
「それじゃあ、休憩ついでにちょっと互いの話をしようか」
俺たちは、簡易テーブルに座り、やっと一息吐く。
その間、ミュウたちは、自身の今夜寝るスペース確保のためにテント張りに四苦八苦している。
今日の炎で今までのテントは燃えたが、レアだからと余計に倒したテント・ムシからの予備のテントがこのように役立つなんて。と苦笑交じりでルカート達が言っていた。
俺は、ぽつり、ぽつりと話し始める。
午前は、食べ物を集めたこと。
お昼ごはんをリゥイに食べられ、リゥイの特性が『水』と『幻』だと言うこと。
湖では、海老や貝MOBを包丁で倒して、スキルを得たこと。
湖の中には、ヨウショク・マグロというユニークMOBが居て、更に、湖の底の遺跡には壁画と宝箱があったこと。
妹たちと偶然会って、今日の夕飯に誘ったこと。
その帰りの途中、ミュウたちのベースキャンプで呪いのアイテムが原因で幼獣が暴走。それを沈静化したこと。
そのまま、幼獣を放置すると、苛立ち紛れで殺すプレイヤーが出そうなので連れて帰ったこと。
大体の流れは、こんな感じだ。眠り続ける子狐は、リーリーとクロードが話を聞く片手間で作ってくれた寝床に寝かされている。
「いやー、一日でユンくん大分密度の濃い体験しているよね。それで……湖底の武器や呪いのアクセサリーはとても興味が湧くね」
「俺的には、遺跡の壁画が気になるな。でも、一言。無事でよかった」
「そうだよ~。掲示板で『火災発生』なんて冗談みたいなスレが立って、まさかその事件に首を突っ込むなんて。ユンっち、堅実に見えて無茶するよね。でも……よかった、本当に」
マギさんは、面白そうに、からからと笑い、クロードは、興味の無い素振りながらも一言心配の言葉をくれる。リーリーに至っては、話を聞いて途中から泣きそうな顔をしているのだ。なんだか申し訳ない気分になる。
「ま、まあ、俺の事は良いとして、マギさんたちの成果はどうなんだ?」
「ふふふ、収穫も収穫。大収穫だよ。北の山をツルハシで掘れば、ごろごろ出てくる鉱石や宝石!」
「森の方では、物理、魔法に優れた布を作る原料が豊富に採れた」
「木材の方も、ばっちり補充。これで必要な物をまた創ることができるよ。でも……」
三人が、にやり、と良い笑みを浮かべた。あっ、俺並みに収穫あったな。
「ユンくんがユニークを倒したように、私たちも倒したのだよ! 情報にある通り、ストーブ・ブル。そのドロップであるオーブン・ストーブ!」
どん! という効果音が響きそうなほどに盛大に物質化されたそれは、黒い光沢を放ち、空に向けてT字の煙突が伸びる。また、ストーブの上部には、もともと常備されている銀色のヤカン。内部には、オーブンプレート。下部には、薪の投入口。輻射熱で周囲を温めるその機構は、ログハウスや石造りの家にはよく映えそうだ。まあ、今は野晒しなのは、仕方のないことだ。
「そして、もう一つ。新種のMOBであるバーベ・ギュ~! こいつは、バーベキューセットを落としたんだ!」
そう言って、クロードが取り出すのは、バーベキューセット。木箱に収められているのは、長く硬質な特徴を持つ備長炭。鉄製の長い棒は、食材を串刺しにする串。そして、食材をひっくり返すトング、食材を乗せる金網と鉄板に、材料をとり分けるお皿、某有名焼肉店の秘伝のタレ。
消耗品は、調味料と同じく無限に湧きだすその謎仕様の道具に俺は、今日の夕飯が決まってしまった。
「もう、これだけの道具があって、ユンっちの採ってきた野菜や魚介類があれば、夕飯は決まるよね」
「ああ、これはもう、キャンプといえば、これしかないよな――青空のバーベキュー」
そうこなっくちゃ! と三人がテンションを上げる。
「じゃあ、準備するからちょっと待ってろ」
俺は、バーベキューセットのセッティングを始める。備長炭を並べ、火を点け、金網を温める。
金網が温まる間に、野菜を手早く切り分け、海老の殻を剥き、牛型MOBからのドロップであるカルビ肉をお皿に盛りつける。
準備が大体終わる頃には、ミュウたちもこちらの様子に気づき、近づいてくる。その表情は、程よい疲れと空腹で夕飯が待ち遠しいといった感じだ。
「うわぁっ! バーベキュー!」
「牛肉や野菜、海老とかあるから好きに焼いていいぞ。じゃあ、始めるか――いただきます」
「「「「「「「「「――いただきます!」」」」」」」」」
皆がお皿に並べられた食材を手に取り、金網の上に並べて、少しずつ食べていく。マギさんは、リクールたち幼獣の分も取り分けているので、食べるスピードは遅く、俺は、足りない食材を切ってたしているので、更に遅い。
「お姉ちゃんもちゃんと食べてる?」
「見てわからないか? ちょっと手が離せない」
包丁片手に、塊のカルビを食べやすいように切っている。足元では、リゥイが皿に並べられた焼きキャベツやピーマン、焼き海老、火で口の開いた貝、牛カルビなどを静か食べている……というより雑食なんだよね幼獣って、犬は玉ねぎ駄目らしいけど、リクールは平然と食べていた。まあ、食べて安全だ。と確認されるまで、マギさんは普段見せないほどの狼狽っぷりを見せていて新鮮だったりもした。
「気を利かせすぎるとストレス貯まるよ」
「へいへい」
「ほら、お姉ちゃん。あーん」
「うん? ああ、あーん」
何気なく箸で差し出された肉をそのまま口に運ぶ。うん、程よい霜降りで美味しい。ご飯が欲しくなる。
「次は何か食べたいものある?」
「じゃあ、キャベツとニンジン」
「はーい」
そう言って、金網へと戻って、取ってきては俺の口に運んでくれる。
「あーん」
「あむっ……うん、うまい」
そして、周囲に視線を向けると、物凄くにやにやとした視線を向けられる。いや、何かおかしいか?
「仲のいい姉妹デスネ。ユンさん」
「そうデスね。ミュウと仲良しサンですね」
ヒノとトウトビ。なぜ微妙に片言なんだよ。なんか恥ずかしいだろ!
「ふふふっ……その役目変わってほしいですね。いや、逆にやって貰いたいです」
「家族やからこれ普通とちゃうん? まあ、二人とも美人やし、見てる分には損はないわな」
リレイとコハク。まあ、変なことはない筈だぞ。
「お、お姉ちゃん。お返しに。私にも、あーん。して?」
両手を組んで、目を瞑り、下あごを突き出して小さな口を開くミュウ。
この妹の発言で場に居る全員から黄色い声が上がる。
「お前は、どうしてそのタイミングでそんなこと言うんだ? わざとだろ。絶対」
「うー、一割本心、残りは場の空気を読んだことと悪戯心半々だよ!」
「なお、性質が悪い」
空いている方の手で軽くチョップ。むぅ、と唸って遣られた頭の部分を抑える。
「全く、世話が焼けるというか、お前には甘いんだよな~。ほら、あーん」
そう言いながらそっけなく、ミュウの前に取ったカルビを突き出す。
場の空気で気恥ずかしいとか全くない。昔からの事で諦め、投げやりといった雰囲気だが、ミュウにはそれがえらく感動したのか、美味しそうに焼肉を口に含む。
丁寧に咀嚼するその姿は、妙に艶めかしく、長い時間に感じられた。飲み込む音が聞こえ、ミュウの表情がほっと幸せそうに緩む。
「はぁ~、おいしい~」
「味は変わらないだろ」
「違うよ。こう言ったことをすることに意味があるんだよ!」
「そうなのか? ……って、なんか焦げ臭くないか?」
視線をめぐらせれば、金網の上に並べられた食材が過加熱によって黒く炭化を始めていた。
皆が、俺たち兄妹のやり取りを、羨望やら、苦笑やら、慈愛など様々な表情で見ている。その手は完全に止まり、網の上に置かれた食材だけが置き去りだった。
更に、焦げた臭いが原因か、今まで眠りについていた黒い狐の幼獣まで目を覚ます。
倒れる直前とのギャップからか、知らない場所での恐怖からか、目を覚ました子狐は、小さい体を強張らせ、警戒を強めている。
さて、この子の対応はどうしますか。
また、体調を崩しました、今度は風邪です。前回の体調不良は、気候が原因の頭痛で今回は熱と喉の痛みでした。
体調管理をして、更新を一定に出来れば良いのですが、ままならないです。