Sense56
「マギさん、さっきのスクショ。誰にも見せないでくださいよ」
「分かってるよ。ユンくんってば、意外と可愛い所あるんだから」
「俺は別に……もう良いです」
マギさんから送られたスクショに関して、俺は誰にも見せない事を念押しした。何となく恥ずかしい。タク辺りに知れたらまた弄り倒してくるに違いない。
「ふぅ、それにしてもやっと私達のベースキャンプに辿り着いたね」
「ええ、しばらく見ないうちに随分様変わりしてますが……俺の記憶が正しければただの更地だったはずですけど……」
目の前には立派なログハウス。少し小さいながらも寝泊まりするには十分な大きさだ。
「マギっち、ユンっち、お帰り。僕、頑張ったよ! 立派なログハウス!」
「いや……もはやキャンプって何? って言うくらい立派で、もはや別荘だよ」
「そう、褒めるな。内装も完璧に仕上げてあるぞ」
ドアから現れたクロードも普段の無表情とは打って変わって、微笑を浮かべている。こうして見るとやはり男前なイケメンだ。くっ、女顔な自分と比較して少し心の傷が開く。
「さぁ、見るがいい! リーリーの作り上げた二段ベッド! そしてそのベッドの枠に惜しみなく使われる寝具! 更に、幼獣たちの寝床もそれぞれ完備している! どうだ!」
何時になくハイテンションなクロードに若干引き気味になる。マギさんに関しては、ほー、凄い出来だね。とちょっと間延びした声を上げている。
確かにふわふわな布団と毛布で夜を快適に過ごせそうだ。小振りのログハウスの空間を最大限利用するために二段ベッドにして、カーテンまで設えている。男女の配慮も欠かしていないようだ。って、俺は男だ!あー、でも二段ベッドだから空間が隔絶しているのか?
更に、木の箱には、クッションが嵌めこまれ、三匹の幼獣の寝床まで作り上げている。
これが最高の木工師と裁縫師の実力……このサバイバル生活において味方にすると頼もしい。けど、才能の無駄遣いってこういうことを言うと思ってしまう。
「他にも、こっちには、テーブルや木製の食器を作っておいたからユンっちの料理の助けになるよ」
「おおっ、テーブル広っ! それにしっかりとした出来の食器だ」
ログハウスの余りの出来栄えに霞んで見えたが、食器があると一層料理にやる気が出る。
「ふふふっ、こちらは今晩の安全かつ快適な寝床を用意した。さあ、次はそちらの番だ!」
「はいはい。収穫ね」
俺は、インベントリから食べられる植物やフルーツ、そしてインベントリの中で鮮度の保たれた川魚などを並べ、最後に魔法の調味料セットを見せる。
「明日の朝までは十分に食料はあると思うけど、足りなかったら俺が夜狩りに行ってくるよ」
「予想以上の収穫だな。だが夜狩りは止めた方が良いぞ。見通しの悪い森でしかも夜だ。普通に得物を見つけられるとは思わないが」
クロードの言葉も最もだが、俺には【鷹の目】の暗視能力があり、更に【発見】を併用することで、獲物の索敵が容易だ。奇襲を受ける前に仕留めるか逃げるのが俺の戦術だ。
相当な強さの敵が出ても、速度エンチャントと敵へのカースドで生存率はかなり高いはずだ。逃げ切れないとしたらそれこそ運が無かったと諦めるしかない。
「夜は、俺の独壇場だよ。それに俺は元々ソロプレイヤーだ。心配するだけ無駄だよ。まあ、暗くなる前に焚火でもして明かりを灯そうか」
俺個人は、暗さには問題ないがマギさんたち三人はそうもいかない。ライトの魔法やランタンなどの光源もない状態で夜を迎えるのは不安が大きい。俺は、インベントリから川底で拾った石を円形に配置し、その中に、リーリーの使った木材や落ちていた枝で焚火の準備をする。
「ちょっと幼獣たちと戯れていて良いぞ。その内にこっちで料理作っておくから」
料理キットも取り出し、魔法のガスコンロと魔法のチャッカマンを利用して、火をつける。料理キットの内容は、魔法のガスコンロ、魔法のチャッカマンという料理の火力担当。そして、鍋やフライパン、菜箸、フライ返し、おたま、そして包丁と食材を調理する道具の計八点セットになっている。
ちなみに、これは最低の料理セットで大型ガスコンロや中華鍋などの付属オプションが多数付いた上位の料理キットも存在する。
「さてと……鍋を火に掛けて……あっ……」
重大な事を忘れていた。水を確保していない。これではスープが作れないじゃないか。
「あっちゃー。うっかりしてたな」
鍋を手に取り頭を掻く。
「どーしたの? ユンくん」
「くーん」
マギさんとその手の中に居る子犬が俺を心配そうに見つめる。
「いや、水を忘れたんですよ。今からでも走って汲んできます」
「待ってよ。そんなことしなくてたって私達の誰かが【水属性】を取得すれば済むはずだよ」
「うーん。でも、まだ一日目でそんなにセンス取得してもな。何が起こるか分かりませんし」
俺がマギさんの提案を渋っている間、子犬は、うーうー。と唸っている。そして、一吠えと共に、鍋の中にからん。と硬質的な音がなる。
「へっ? 氷?」
「わんっ!」
また一吠え毎に、五センチ大の氷が空中からポロリ、ポロリと零れ落ちてくる。俺はそれが鍋一杯になる姿を見守っていた。
「……まさか、お前の魔法?」
「わんっ!」
「おおっ! 凄いぞ。リクール!」
抱き抱えたマギさんがそう褒めると千切れんばかりに尻尾を振る子犬。
「リクールって名付けたんですか?」
「あっ、そう言えば、ユンくんが手懐けたんだよね。勝手に名前つけちゃ駄目だった?」
「良いですよ。俺は、ネーミングセンスありませんし」
三匹は、それぞれ最高の生産職たちと戯れている姿を眺める。
マギさんには、子犬の幼獣が。
クロードには、子猫の幼獣が。
リーリーには、小鳥の幼獣が。
それぞれ戯れ、彼らに関心を抱き、認め合っているような雰囲気を醸し出している。ぶっちゃけ、俺の元を離れてそれぞれのパートナーを見つけてしまった。
「良いんだ。あいつらが幸せなら、俺はあいつらの幸せのために……」
「ああっ! ユンくん。現実に戻ってきて!」
ちょっと不貞腐れた気分のまま、俺は夕飯の準備を始める。氷の詰まった鍋を火にかけ、氷を溶かし、水に変える。
その間に捕まえた魚を捌き、臓物を取り出し綺麗にしたら、塩を塗り込み棒に差して、焚火で炙って行く。
他にも、身だけに卸した後は、その身を叩いて微塵切りにし、森で取れた食用植物と合わせて刻み、つみれにしてスープにする。
また別に卸した身は、採取したハーブと食用植物と一緒に塩、胡椒で蒸し焼きにして行く。
「おーい。夕飯出来たぞ」
俺が、声を掛けた時、三人と三匹は間を置かずにやってくるのはお腹が減ったためなんだろう。持ってきた食べ物が皆NPC規格の評価2の食べ物だ。食べた感じがしないのだろう。
「今日の夕飯は、焼き魚、つみれのスープ、川魚の香草蒸しだ。少し魚尽くしで悪いと思うけど、まあ初日の夕飯だから。明日はもっと探査区域を広げるつもりだ」
「いや、十分だ。むしろ魚祭りでクツシタが喜んでいるぞ」
「クツシタ?」
テーブルの上で食べる瞬間を静かに待ち望んでいる子猫を指さす。
「ほら、身体が黒いのに手足だけ白。まるで靴下をはいたようだからクツシタだ」
「言い得て妙。ってか、お前はその名前で良いのか」
「なぁ~」
とても嬉しいようです。一度クロードの肩に乗り、彼の頬に頬ずりをしてみせるなどかなり羨ましい。じゃなくて、随分好かれているようで。
「子犬がリクールで、子猫がクツシタ。リーリーは、小鳥に名前を付けたのか?」
「うーん。まだ、付けていないよ。」
「そうか、ほら、お前は小さいから魚を解してやろう」
俺は、小鳥用に魚を箸で解し、食べやすいようにする。小骨が喉に刺さらないように排除も欠かさない。その間、リーリーは、うーんうーんと小鳥の名前を考えていた。
「ほら、ゆっくり食べるんだぞ」
「ちちちっ……」
「そうだ。ネシアスにしよう。それで愛称はシアっちで!」
その声に、小鳥はまるで何かを感じ取ったように、リーリーを見つめる。俺は魚の身を箸で挟み、今まさに、小鳥の目の前に持っていっている瞬間だった。
何かが通じ合うリーリーとネシアス。そして、嬉しそうに飛び跳ね、リーリーへと己が存在を示す。
「うわっ……びっくりした!? シアっち、これから食事だよ」
「ぴーっ、ぴー」
うん。何か大切な絆が生まれたような気がするよ。あれ? おかしいな。何時の間にか、幼獣が俺の手から離れたぞ。
「……ううっ……」
「これは……」
「あー、ユンくん。どうしたの!? そんな落ち込まないで」
どこかで俺に懐いてくれていると思っていたよ。でもそれは幻想だった。幼獣達は正しいパートナーを見つけたんだ!
「なるほど……そう言うことか」
「なんだよ。俺の事が可笑しいのかよ。クロード」
一人納得したように、顎に手を当てているクロードを恨みがましく見る。
「幼獣を手懐ける手段の概要が見えてな」
「それはクロっち、どういう事?」
未だにネシアスの興奮が収まらない中、リーリーは尋ねる。
「飯を食べながらでも推測を話そうか」
「クロード、えらく引っ張るね。その推測に自信があるの?」
楽しそうに目を細めるマギさん。俺としては、とても気になるんだが。
これは俺の推測でしかないが良いか? と前置きされた。まあ、良いと思う。聞いている間、俺達は、つみれのスープや香草蒸しを適当に摘まんで食べている。
「幼獣を手懐けるには、幾つかのフェーズが存在すると仮定するんだ。一つ目のフェーズが好感度とでも呼ぼうか。そう言ったものを得る段階」
だれともなく、好感度、と呟き言葉の意味を吟味する。
「まあ、話を聞く限り、食べ物を与える、じゃれ合う、話しかけるなどで上昇していく。そしてパーティー内で好感度を共有できるのだろう。そして好感度とは別に、親密度という別のパラメータが存在する」
「うーん。つまり、このキャンプ期間に行動を共にしてくれるのは、好感度に依存する。ってこと? それで、親密度ってのは、なんのパラメータなんだよ」
俺の質問。自分でも言っておきながら、多分これだろうな。と思う要素はある。
「親密度は、パートナー決定に関わる要素だろう」
やっぱり、幼獣をペットに出来るが、召喚石は一匹から一つと考えれば、特定の誰かをいつかは決定しないといけない。
「ここで第二のフェーズで親密度の発生だ。俺達はそれぞれの幼獣に名前を付けたことで親密度が上昇のきっかけとなった。もうパートナーとしての一定水準を得ていると考えられる。
そして最後のフェーズは、終了日までどれだけ親密な関係を維持できるかだ」
「はーい、クロっちに質問。どうして好感度と親密度を分ける必要があるの? 好感度がパーティーで親密度が個人ってのが良く分からない。後は、名前を付けなかった場合はどうなるんだろうね?」
「誰か個人の信密度が高くても、幼獣のパーティーへの好感度が低ければ、パーティーメンバー全員が相手にされなくなる。とか、色々なことが推測できるが、まあ、パーティー内のマスコットアイドルに誰でも触れるようにする仕様じゃないのか?
名前に関しては、調教で捕獲した従魔の名付けは捕獲後だからそれと同様と推測できるだろう」
確かに、俺一人触るのを拒絶されたら嫌だな。恐る恐るつみれのスープを飲んでいるクツシタに手を伸ばし、顎下を撫でると拒絶される訳じゃなく安心した。あっ、ころころって鳴いた。可愛いな。
「まあ、あくまで仮説だ。仮説に振り回されるのもいけないな。忘れてくれても構わない」
そう言いながら、箸で魚の塩焼きを解して食べるクロード。
他の三人も自身のパートナーと共に食事をする中、俺は、やはり残る寂しさを噛み締めて、決意する。
絶対に、俺のパートナーを見つけてやる。