Sense55
「ははははっ……」
「なぁー、なぁー」
「……」
三匹の幼獣が俺を、もとい俺たちのサンドイッチを狙っている。
「おおっ、早速幼獣に出会えたよ。ほら、犬と猫と鳥? 早速録画しよう。どうやるんだっけ……」
水色の掛かった白銀の丸くふわふわな子犬は、きらきらと期待に満ちた表情でこちらのサンドイッチを狙っている。
黒の身体に手足の先が白のツートーンカラーの子猫は、甘えるような鳴き声と共に俺の足元にすり寄ってくる。
最後の小鳥は、赤を基調とした映える色の真ん丸な小鳥だ。ふわふわの羽毛から覗く僅かばかりの黄色いくちばしが、ぱくぱく動いてサンドイッチを求める。また飛べないのか、ジャンプして、短い翼を動かしている。
「撮影中っと……ユンくん、どうする? サンドイッチ欲しそうだよ」
「どうでしょう?」
俺がサンドイッチを右へ動かすと三匹の視線が右へと動く。
俺がサンドイッチを左へ動かすと三匹の視線が左へと動く。あっ、子猫がこてんと倒れた。
「……とにかく、渡してみますか」
千切ったサンドイッチを三匹の前に持っていく。鼻先をひくひく動かして匂いを確かめたあと、小さな口で齧りつく。
まずは、犬の幼獣が食べ始めたら、俺は次々と三匹の目の前に千切ったサンドイッチを差し出す。サンドイッチが気に入ったのか、どんどんと食べていき、三匹は、俺の手に持つサンドイッチを食べつくしても、まだ名残惜しそうに差し出した手を舐めてくる。
小鳥の幼獣は、くちばしではむはむと指を甘噛みし、子犬と子猫は、マギさんの持つサンドイッチへと視線を向ける。
「あー、お前ら。マギさんのは、駄目だぞ。まだあるから」
「く~ん」
「なぁー」
「ちちっ……」
三匹は言葉が分かるようだ。俺の顔をしっかりと見つめている。
うわぁっ、期待の眼差しが眩しい。
俺は、落ち着いてインベントリからサンドイッチを三つ取り出し、三匹の前に置く。
「ほら、サンドイッチだ。食べて良いぞ」
俺の言葉を受けて三匹が、目の前に置かれたサンドイッチを無心で食べ始める。
「ねぇ、この子たちお腹が空いていたのかな?」
「さぁ? でも、分かることはありますよ」
俺達は、幼獣たちが懸命に足でサンドイッチを押さえて食べたり、四苦八苦している姿を観察しながらサンドイッチを胃の中に詰めていく。
俺達は、一個食べれば十分だが、幼獣達は、まだ欲しいとねだって来る。
「こいつら、確実に俺のサンドイッチを狙っている」
「それだけユンくんのサンドイッチが美味しいってことだよ」
「そうなんですかね? 只の食いしん坊かもしれませんよ」
そう言いつつも、俺は、この三匹が俺に甘えてくることに気を良くしたのか、更に一個ずつサンドイッチを差し出す。
結果、十個あったサンドイッチの内七個が幼獣達の胃の中に納まり、俺達がそれぞれ一つずつ食べたので、残り一個となってしまった。
たくさん食べて満足なのか、子犬はこちらにお腹を見せて無防備な姿を晒している。子猫は、自分の手を舐めて、サンドイッチの香りを最後まで味わおうとしており、小鳥に関しては、うっつらと眠りこけていた。
「可愛いね。ほーら、ごろごろ、ごろごろ」
マギさんが子犬のお腹を擽っていると、子犬は擽ったそうに身体を捩る。
「和むね。クロードとリーリーにスクショ送ろう」
「あっ、俺もスクショとろう」
草の上でうっつらと眠っている鳥を掬い上げるマギさんは、自分の掌に乗せて、撮影する。俺も三匹のふわふわの毛玉たちが食後に気持ち良さそうにしていた姿を撮影。
内心、にやつきが止まらなかった。
「さて、行きましょうか」
「ユンくん、ユンくん。この子たち連れてっちゃ駄目? と言うより今さっきクロードから絶対に連れて帰ってきてほしい。って頼まれちゃった」
「このイベントの要素の一つですから否定はしませんよ。ただ、先に川で魚を採らないと行けませんから」
「分かった。それと、この子たちがお腹すいた。ってねだってきたらどうする?」
「最後のサンドイッチは、マギさんに渡しておきますよ。三匹に分けてあげて下さい」
俺達が移動することを感じ取って俺の足元に居た子犬と子猫が、俺とマギさんの会話でサンドイッチがマギさんにあると分かるとマギさんの足元に移動する。
くっ、こいつら現金だな。と思わなくもない。
マギさんは、三匹を腕に抱き抱えて幸せそうに、川に移動する。
「はぁ~。毛玉祭りだよ。もふもふのふわふわだね」
「幸せそうですね。……ちょっとうらやましいかも」
最後に、ぼそりと呟いて、その姿をこっそりと撮影した。俺のスクリーンショット・コレクションが徐々に増えていく。
俺たちはマップを確認しながら、東側の川へとやってきた。
「綺麗な川だね。私は、この子たちの面倒を見てるね」
「お願いします。何かありましたら、チャットで呼んでください」
俺は、外着をインベントリに仕舞い込み、軽い服装で川の中に入って行く。
川の中では、川の流れと平行に身体を保ち、流れの抵抗を少なく、水底の岩を掴んで辺りを見回す。
(魚は……居るな)
岩場の影に二匹寄り添うように泳いでいる魚を見つけ、素手で捕まえて、インベントリへと仕舞って行く。
(捕まえた魚は、インベントリに収納できるのは、ありがたいな。夕飯は、一人三匹と幼獣の分を考えると、十五匹以上は欲しいな)
あとは、川底の石も拾いつつ、魚を探していく。残念ながら川底には鉱石も宝石もないが、石は俺に取って貴重な素材だ。
水面に五分毎に上がっては、空気を吸いまた潜るを繰り返す。時折マギさんの方を確認すると、膝に幼獣を乗せて、三時過ぎの穏やかな時間を過ごしていた。
俺も自分自身に課したノルマ十五匹を終える頃には、三匹の幼獣は完全に眠りこけていた。
「マギさん。こっちは終わりましたよ」
「お疲れ様。ユンくんばかりを働かせちゃって」
「気にしないでください。二人だからできることもあるんです。でも、その前にやらなきゃいけない事が出来たようですけどね。武器を出してください」
マギさんは、抱える幼獣たちを起こし、インベントリの中の斧を取り出した。
俺もまだ濡れている服の上から外着を着る。気持ち悪さを押し殺して、矢を静かに森の中へと向ける。
「あなたたちは下がってて。ユンくん、私が前で不安だろうけど、よろしくね」
「頼りにしてますよ。樹の上から来ます」
マギさんの言葉に相槌を打ちながら、樹の上から飛び降りてくる黒い生き物に牽制として矢を放つ。
長く細い足は、とげとげしい毛に覆われており、口から黄色い粉を噴きながら、赤い六つの目がこちらを睨む。
スパイス・スパイダーという名を持つモンスターを見た瞬間、幼獣達が露骨に怯え始めた。こいつは、ちょっと外れを引いたか? と思ってしまう。
「うんじゃ、いっちょやりますか! そーれっ!」
「マギさん……無理し……ないで」
余りの異常な行動に俺は、絶句した。手に持っている大斧をそのまま全力投擲。遠心力と重量の合わさった縦回転の斧は、標的を真っ二つにするように迫り、クモが僅かに右に避けたことで致命傷は避けたが、その代償として片方の足を全て切り落として、斧は、クモの背後の樹に半ばまで突き刺さる。
その間、身軽になったマギさんは、クモの真正面に駆け出し、両手を天高く掲げる。
「じゃあ、おしまいだよ」
インベントリからアイテム化した大槌を掲げた手が握り締める。
足を切り落とされて逃げることのできないクモの脳天に重力と腕力そのままに大槌を振り下ろす。
最後の、ぐぎっ……という断末魔と余りのスプラッターな戦い方に、これが血と肉の飛び散らないゲームで良かったと心底思ってしまう。
「案外呆気なかったね」
そう言いながら、投げた斧を回収して、インベントリに仕舞い込むマギさん。
「いやいや、なんですか!? あの戦い方は!?」
「何? って普通に【投げ】センスで武器を投げただけだよ」
そう気軽に言ってのけるが、今の戦い方は、凄かった。単純に遠距離攻撃は、ATKとDEXの関係性があるのは分かっている。投擲は、投げる物によってもダメージ量は増加する分、物によってはコントロールも難しいのだろう。それを補うだけの生産職のDEXの高さ。そして、自身で作り上げた最高攻撃力の武器。
また、重くて持って移動できない大槌も、振り上げた格好からアイテム化。逆らわずに、落とすことで力を入れやすく、扱いやすいように工夫していた。
まさに、最高の武器職人にのみができる戦い方だ。
「普通は、投げる武器は、ナイフですよね」
「私ってちまちまと面倒な事嫌いだしね。こっちでも何本か鋼製の斧作って、投擲武器にするつもりだよ」
普通、投げ斧ってもっと小振りだと思うのだけれど、マギさんさっき両手で投げていましたし。
「それよりユンくん。手応え無さ過ぎだったね。お姉さん、ちょっと残念だよ」
「あれって初心者向けのユニークだったのかもしれませんね。適正の平均センスレベル1~10くらいの。ほら、クモの居た場所に宝箱がありますよ」
「ホントだね。早速開けてみようよ」
俺は、まだ怯えている三匹を抱えて、マギさんが開ける宝箱を横から覗く。決して、さり気無く三匹の毛玉祭りを実行したわけではない。
「このユニークアイテムは、ユンくんが使うと良い物だね」
「えっと……【魔法の調味料セット】?」
説明では、使っても減らない調味料らしい。『調味料単体では、空腹度は回復しない』とある。
これは、砂糖や塩だけ舐めて空腹度回復を防ぐ意味合いがあるのだろう。つまり、料理しろ。ということだな。
調味料は、塩、胡椒、砂糖、カレー粉の四種類の調味料が無限に使える便利アイテム。あのクモが口から噴いていた粉ってまさかカレー粉か?
スパイス・スパイダーだけに、料理補助のユニークアイテムを落としてくれた。
「まさか、キャンプに使うテントやバーベキューセットをくれるユニークとか居たりして」
「あり得るね。レベルの低いプレイヤーは、そもそもキャンプに適性のあるセンス構成じゃないならそれを補助するアイテムがあってもおかしくないと思うな」
俺の呟きに対して、マギさんの冷静な分析。まあ、貰える物は貰おう。これで焼き魚や魚のつみれスープとかが作れそうだ。
「それじゃあ、もう戻りますか。夜になる前に」
「そうだね。私達がレベルの低いユニークを狩っちゃうと他のプレイヤーが困っちゃうかもしれないし」
俺は、三匹の毛玉幼獣を抱き抱えたままキャンプ地点に帰る。
その道中、マギさんからメールとスクリーンショットが送られた。それは、毛玉幼獣を抱えて嬉しそうにしている女の俺の姿。
顔から火が噴き出そうな俺の姿に、マギさんはにやにやと悪戯が成功した子どもの表情を浮かべていた。