Sense52
夏休み中盤、俺達兄妹の生活サイクルに【OSO】は程良く組み込まれ、良い暇潰しになっていたが、今朝は違っていた。
「お兄ちゃん……今、サーバーのメンテナンス中だって」
「ふーん」
「あとね。バージョンアップで幾つか仕様変更するみたいだよ」
「仕様変更? バグでも見つかったのか?」
「違う違う、バランス調整って奴かな?」
リビングに持ってきたノートパソコンの画面を食い入るように見ている美羽に手招きされて、隣に並ぶ。
「今まで死にセンスになってた【料理】を生かすために空腹度システムを導入したんだって」
「へぇ~、つまり……」
「ゲーム内でも食事が必要。空腹になるとステータス減少、最悪は餓死して死に戻りだって。いやー、ローグ系のゲームを思い出すよ」
中三の妹が腕を組み、うんうんと頷きながら、懐かしい、とかそう呟いている。お前、俺より若いのに何を懐かしむことがあるんだよ。
美羽のいうローグ系とは、プレイヤーとモンスターがマス目のフィールドを交互に行動していくゲームで、素早さなどで行動順序が決まるとてもシンプルなゲームだ。
ただし、フィールドに散りばめられたアイテムや罠を駆使し、敵の動きを読みながらこちらも動かしたりしなければ、囲まれて死ぬ。
プレイヤー一人に対して、フィールドのモンスターが九匹だと上手く立ち回らないと、囲まれる。縦列に並べて、直線貫通攻撃で一掃や目の前横三マスに攻撃など、様々な攻撃も存在する。
下手に立ち回ると敵同士が殺し合い敵モンスターのレベルが上昇。二段階も違ければ、物理で攻略など不可能だ。
そして空腹度により同じ階層でのレベリングが困難なゲームでもある。
この現代版将棋と言えるローグは、姉の静姉ぇが得意であり、姉が言うには『プレイヤースキルは、先読みだけあればなんとかなる。むしろ先読み出来なければ、死んで覚えるしかない』と言わしめる種類のゲームだ。
「つまり、ローグのような鬼畜仕様になるのか? なったら多分、俺はできないぞ」
「そこまでは無いから安心してよ。あとは、それに伴って食品アイテムの充実とか。色々始まるみたいだよ。と言うよりも企業のタイアップ?」
「なんだそりゃ」
「食品企業がゲーム会社に出資金を出す代わりに、ゲーム内でその食品企業の商品をアイテム化するんじゃないか? だって」
「つまり、広告にするつもりか。ゲームで食べた料理が美味しく感じれば、現実でも同じ味を求める。ってことなのか?」
ゲーム会社は、不遇センスの【料理】を改善するために。食品会社は、自社の商品の宣伝に。双方が同じ方向性を得たことでこの事が実現したんだろう。
「あと、ゲームで満腹になったらリアルじゃ食べられなくなるなんて無いよな。夕飯作ったのに、美羽が『もう、ゲームで食べた』とか言ったら兄さん、悲しいぞ」
「それは無いとおもうよ。β版で試しに料理アイテム【おにぎり】を食べてみたけど、普通の塩結びだしお腹膨れない。だから、ゲーム的なステータスだよ」
そんな物か。と納得して再び画面に目を戻す。
画面には、様々な種類の料理アイテムのサンプルが並んでいる。
空腹度システムが実装されると、俺の店に来る奴らも料理が必要になるんだよな。商品に料理を追加でもしてみるか。手軽にサンドイッチとかなら、具を挟むだけで出来るし、パン屋のマーサから材料を買えば済みそうだ。
「料理センスも取ってみるかな」
川底でのヒスイ拾いのために【泳ぎ】センスも取得するつもりだ。
「お兄ちゃん、方向性が随分変な方に行ってない? 弓使いの付加師で薬師。それに更に料理人って……」
「ほっとけ、チートな妹め」
自分でも手を広げ過ぎたな、と思うが後悔はしていない。むしろ俺は俺のペースでゲームをやらせて貰うつもりだ。
「ユンお姉ちゃんなら、支援魔法関係のセンスを取得してパーティー支援重視の魔法使いって役割が似合うと思うんだけどな」
回復と付加でパーティーの安定性を高めて、余裕があれば、自分も魔法で打って出る。というスタイルなのだろう。……って、今の俺のスタイルと余り変わらないな。
回復が魔法か、ポーションの違いなだけだし、攻撃も魔法か弓の違いなだけだ。
「あんまり、パーティーポジションに違いが無いんだが。俺のキャラコンセプトは、サポートに徹したキャラなんだよ。料理だって誰かが必要ならそれを支援するのが俺のあり方だし」
無論、このタイミングで、料理センスの強化がされなくてもいつかは取ろうとは考えていた。ドラゴン肉のステーキとか、夢だし。
「むぅ……それはそうだね。じゃあ、ゲームでも美味しい料理食べさせてね」
「はいはい。昼飯作るけど、何食べたい?」
「チキンライス!」
「了解」
チキンライスって意外と子どもっぽい料理だが、作るのが楽だから俺的には問題ない。切るのは、鶏肉だけだ。野菜は、ミックスベジタブルを解凍して、肉と一緒にバターで炒めて、ケチャップで味を付けてから、ご飯を投入して、またケチャップの順で出来上がる。
「出来たぞ」
「お兄ちゃん、ちょっと来て」
俺は、お皿に盛りつけてから美羽の隣に並ぶように、再びノートパソコンの画面を見る。
「再生するね」
どうやら、アップデート完了と共に動画が一本投稿されたようだ。
『OSOをお楽しみのみなさん。こんにちは。開発部部長の吉井和人です』
前にテレビのビデオレターに出ていた男がいた。
動画に率先して出てくることから、相当な目立ちたがり屋なのか? と思ってしまうが、動画中しゃべると美羽に怒られそうだから黙る。
『新しく空腹度システムを導入しました。それと先日第二陣のプレイヤーもゲームを開始し始めました。第二陣のプレイヤーも第一陣に早く近づくために、私から夏休みのサプライズを用意させていただきました。
三日後の午後一時。第一の町で公式イベントを開催いたします。制限は、一人から六人のパーティー。一人の持ちこめるアイテム数は、100アイテムです。このイベントで上手く立ち回れば、第一陣のプレイヤーは更に強くなり、第二陣のプレイヤーももしかしたら追い付けるかもしれません。
幾つかの贈り物的な要素を含んだイベントになっておりますので、奮ってご参加をお願いします』
動画は、一分弱の静かなものだったが、その内容に美羽はしばし考え込んでいた。
「初めての公式イベント……上手く立ち回り……第二陣の強化……アイテム制限」
「美羽? 飯できたぞ」
「うん。ありがとう」
俺たちは、お昼を食べながら、先ほどの動画の内容を議論していた。
「お兄ちゃんは、今の動画をどう思う?」
「うーん。初めてのイベントだろ? イベント内容も明かされていないんだから考えようがないじゃん」
「そうなんだけど、第二陣の強化ってことは、公式のユニークアイテムが手に入るかもしれないよね」
「ユニークアイテムって今までにあるのか?」
「大体、クエスト専用アイテムとか、クエストで貰えるアイテムなんかがそうだよ。でも公式イベントのユニークは、別で能力重視のアイテムや完全ネタのアイテムが多いんだよね。楽しみっ!」
「うーん。俺も参加して見るかな?」
でも、タクたちのメンバーは、六人いるし、ミュウたちのメンバーも六人。俺の入り込む余地は無いし……静姉ぇを誘うか?
「静姉ぇは、参加するかな?」
「お姉ちゃんは、廃人様だから絶対に参加すると思うよ。それに、夏のこの時間帯なら参加する人多いだろうな~」
「静姉ぇは、普段何人パーティーなんだ?」
今まで、静姉ぇとゲームで関わり合いを持っていないからどういった立ち位置に居るのか分からない。前見たのは、魔法使いだったけど。
「六人パーティー+三人のシェアだよ。それと最速設立ギルドのサブマスやってるよ~。今は三十人くらい抱えていて、私達より先に進んでいるもん」
「マジで!?」
「本当。私達は、今南方面の入口でレベル上げしているけど、お姉ちゃんは、もっと奥の方でレベル上げらしい。あとは、ギルドのための資金稼ぎとかもしているって」
ほぉ~、もうギルドなんて立っていたのか。ギルド設立クエストがあるらしいが、最終問題は資金がネックとなるらしいが、それすらクリアしているとは。俺は、ギルドに入るつもりないし、関係ないが……
「となると、当てになる人いないな。一人参加になるのか。まぁ、準備はしておこう」
「そうだね。私もレベル上げとかの準備をしなくちゃ」
美羽は、お昼を食べ終わってすぐに部屋に駆け込み、メンテナンスの終了した【OSO】へとログインしていく。俺も、後を追うようにログインした。