Sense49
むかし、むかし、まだせかいがなにもないころ、ひとりのかみさまがいました。
かみさまは、おんなのかみさまです。とてもうつくしいめがみさまです。
めがみさまは、このなにもないばしょに、たいりくをつくりました。
でも、たいりくだけで、なにもありません。あるのは、でこぼことしたちけいだけです。
そこでめがみさまは、いきものをつくりました。
はじめにしょくぶつ、つぎに、どうぶつ、どうぶつをまもるげんじゅう、そして、にんげん。
めがみさまのつくったにんげんは、とてもよわいいきものでした。
げんじゅうにまもられるどうぶつとおなじ、よわいいきものです。
だからめがみさまは、にんげんにさいのうをあたえます。
たたかうさいのう、ものをつくるさいのう、まほうのさいのう、ぶんかのさいのう。
たくさんのさいのうをうみだし、ひとにあたえました。
ひとはどうぶつよりもつよく、げんじゅうよりもよわいそんざいになりました。
『ユーフェリウスのものがたり・その一』
俺が手に取った本は、まるでゲームの冒頭で語られるチュートリアルその物だった。
パステル調の挿絵が大々的に押し出された絵本に書かれた女神は、ウェーブの掛かった金髪の女性で、優しげな笑みを浮かべている。
「天地創造の女神様と生み出された生き物ね」
ありきたりな物語だし、子ども用の本を大人が読むには読み難い本。だが意外とゲーム世界の情報を見ることが出来た。
「プレイヤーよりも強い幻獣ねぇ」
つまり、ゲームに登場するモンスターのカテゴリーか、それともイベント用の重要なファクターか。
公式情報では、ゲームの世界観が掲載されていない。そして制作者からのビデオレターの『自分の道、自分の調べた事がプレイヤー自身の世界観となり、ゲームの情報となり、オンリーな攻略になる』という言葉。
「全く、このゲームは厭らしい作りだぜ。世界観のプロローグを見るためにまずは、SPを20まで取得しなきゃいけないんだからな」
「それは俺も同感だ」
「っ!?」
声を方向を振り返ると、見知った男が立っていた。黒のコートにモデルのような高身長の美形の生産者・クロードだ。
いきなり声を掛けられて、悲鳴を上げそうになるのをぐっと堪えて睨み返す。
「いつから居た」
「ついさっきな。見知った格好と服装の奴が居ると思ったらお前だった」
そう、さも何でもないようにいう男を恨みがましく見上げる。
「生産職のクロードがここにいるとは不思議だな」
「お前だって生産職だろ?」
「まあ、そう言われるとそうなんだが。ゲームの定番って言えば、図書館からの攻略情報や断片情報の収集だろ? 俺は今日初めてここに来たけど」
「俺は、取得SPが20を超えた時に読み始めて今は13レベルだ」
「うそ、高っ!」
意外に言語学のレベルが高くて驚いた。
それ以前に、生産職のクロードが、ゲームの世界観に興味を持つこと自体が驚きだ。
「なんか意外だな。コスプレ衣装作って楽しんでいるイメージがあるんだが」
「お前は、俺をどんな目で見ているんだ。まあ、言いたい事は分かるし、言語学もそれ関連の情報収集だ」
「服に関してって材料とか?」
「それもあるし、アイディアを、な。ゲームの世界観に合わせた衣装とかを作ってみたいから習得したんだ。ほら、その女神の衣装の参考資料を探しに来ている。そういうユンは、どうしてここに?」
「新しいアイテムのレシピ探し。NPCが図書館をそれとなく教えてくれたから」
俺は、クロードに自身の理由を説明しつつ、新たな絵本を手に取る。
連番で『ユーフェリウスのものがたり・その二』と読みとることができた。
「絵本を読んでレベルが5になる頃には、あっちのセンス一覧を確認すると良いぞ。少しだが成長先や派生センスについても載っている」
「うん。ありがと」
クロードの言葉に返事をしながら、俺は手元の絵本に目を落とす。今度の表紙は、女神が何かの種を抱えている絵だ。
めがみさまは、にんげんがよわいりゆうをかんがえます。
どうして、じぶんににたすがたのにんげんが、げんじゅうよりよわいのか。
どうして、どうぶつににたすがたのげんじゅうが、にんげんよりつよいのか。
めがみさまは、きづいたのです。
じぶんとにんげんはべつのしゅぞくだと。
どうぶつとげんじゅうはべつのしゅぞくだと。
そこでめがみさまは、にんげんのなかにあるさいのうのたねをまきました。
そのさいのうのたねは、しんかのさいのう。しゅぞくのさいのう。
エルフのさいのう、ドワーフのさいのう、マーミルのさいのう、アニマのさいのう。
そのすがたを、うつくしいもの、がんじょうなもの、げんじゅうににせたものにしました。
かれらは、しゅぞくごとにあつまり、くらしました。
そのさいのうは、にんげんのなかにあります。
そのさいのうは、しんかのさいのう。めがみさまのしらないところでまたせいちょうをつづけます。
『ユーフェリウスのものがたり・その二』
今度の話は、種族と進化の才能。絵本のパステル調の絵には、耳の長い女性、肌の濃い男性、人魚姫を思わせる魚の足を持った美女、獣を思わせる耳や特徴的な尻尾を持つ男性。
この物語をゲームの世界に当てはめるなら、世界観から異種族が存在しないのではなく、センスによる進化で人間から異種族になることができる。という推論だ。
だが、推測だけでまだ何もない。ただ、このゲームには異種族が存在した。もしくは存在している。という情報が示唆されている。
「幻獣の次は、異種族か。まあ、典型的なファンタジーな世界観だよな」
そうぼやきながら、新たに絵本を手に取る。
『ユーフェリウスのものがたり・その三』と書かれた絵本。この場の絵本のナンバーを調べたところ、全部で四冊のシリーズとなっているようだ。
俺は、三冊目と四冊目を読んで、ぽつりと感想を漏らす。
「露骨すぎるだろ。情報秘匿が」
気がつかない人は、そのまま流すかもしれない内容だが、俺としては違和感が大きい。
三番目の絵本を流し読みしてみたが、これまたファンタジーのテンプレ通りの魔王と魔物の登場。
四番目の物語は、魔王討伐とその禍根を残した世界。新たに女神が生み出した精霊や妖精という種族。そして、今に続く。と言った感じだ。
この前半二冊と後半二冊ではそれぞれ別の話と考えれば違和感はない。だがどこから魔王が来たのか。
そして、三番目の絵本以降に幻獣や異種族の単語が一切出ないのだ。魔王との戦いも軽く、人間が打倒した。と書かれているだけ。
絵本だけで疑問がいくつもある。
魔王とモンスターの誕生。
そして、弱いとされる人間が魔王という存在を打ち倒すに至る経緯。
幻獣や異種族のその後が語られていない。という点だ。
「何かあるよな絶対」
二番目と三番目を繋ぐ隠された物語。
俺は、まだ館内にいると思われるクロードにチャットを繋いだ。
「クロード。今、手空いているか?」
(なんだ?)
「三番目の絵本って読んだか?」
(それか? 俺からは何とも言えないな)
「はぁ?」
(言葉の通りだ。まあ、何らかのイベントだと思う。詳しくは受付の司書に聞けばわかる)
それだけを一方的に言われて、チャットが切れた。
なんだよ。詳しく説明してくれても良いだろうに、と軽く悪態を吐くが、素直に先ほどの受付の人に絵本を持って話を聞く。
「すみません。この本の原本ってありますか?」
「その絵本ですか? すみません、わかりません。その本自体が子供向けに改変された本で何分新しい部類の本なんです。だから原本となるともっと大きな町に行かないと」
「うん、分かった。ありがとな」
今の会話で分かったが、この図書館には無い。そして、この本の大本になった原本が存在すると言うことだ。今はその情報だけで十分だった。
絵本を読んだだけでも言語学のレベルが3に上がっていた。
あと、二つ、適当に絵本を読んで、上げるとするか。
俺は、絵本のコーナーを端から読み始めた。
意外と他の絵本は、懐かしい童話や童謡などがこのゲーム世界の言語に翻訳されていた。余りに古く、著作権の無い出版物やフリーの電子書籍をこう言った形で図書館に当てているようだ。
懐かしさの余り、昔家にあった絵本を率先して探して読んでいた。
気が付いたら、閉館間際で、言語学のレベルが更に4つ上がっていた。