Sense48
一夜明けて、精神的に落ち着いた俺は午後から【OSO】にログインしていた。
ポーションやエンチャントストーンを作って、商品保存のアイテムボックスに収めた俺は、その後アトリエールのカウンターに突っ伏し、手元の石を何の気なしに弄り回していた。
「私は、マギさんの所に配達に行ってきますね。店番よろしくお願いします」
「あー、よろしく」
キョウコさんの声に生返事を返す。その間、ずっとひんやりと冷たいカウンターに頬を押し当て、視線を石に注いでいる。
これは、昨日の川で最後まで掴んでいた石だ。
精神的な余裕があると、なんでそんな物を掴んでいたのか、とか何で掴んでしまったのか、とか色々と考えてしまうが、今朝になってインベントリの整理をした時に気がついた。
「こいつ……宝石の原石だ」
細工センスの鑑定眼で分かったが、まだなんの宝石か分からない状態だ。
「うだうだやっていても仕方が無いし、研磨でもして調べるか」
俺は、インベントリから取り出した研磨セットで原石を削り始めた。研磨のスキルで加工しないのは、万が一の失敗に備え、成功率を上げるためだ。
だが、久々の研磨で腕が鈍っていないか、と心配したが杞憂のようだ。指先はしっかりと覚えているようだ。
どんどんと削り、石の隙間から緑色の層が見え始める。
「こんにちは」
「……うん?」
声を掛けられたので、作業の手を止めて、声の方向をみる。
「おっ、ルカートか」
「こんにちは、ユンさん。どうですか?」
「おまえが、今日一番最初の客だ」
「何時も対応するNPCの店員さんは?」
「ちょっと配達頼んだ。欲しいのはいつものだろ?」
「はい」
俺は、アイテムボックスから必要なアイテムを取り出す。ブルポにハイポ、HPポーションにエンチャントストーンが各種五個ずつ。
知り合いでも購入制限に関しては譲れないが、ルカートたちはアイテムに頼る戦いをしないための戒め。という形で納得してくれた。
このアイテム達は、ルカートのパーティー内で再分配するようだ。
「……」
「ほら、会計済ますぞ」
「あっ、すみません」
「気になるのか? それ」
ルカートの視線の先には、研磨途中の宝石の原石と研磨セットがあった。
「何をされているのかと思いまして」
「宝石の原石を拾ったから研磨してた」
「あー、これがそうなんですか。私は、原石のアイテムって見たことが無い物で」
「鍛冶か細工系統のセンスを持たないと鉱石系のアイテムは鑑定出来ないからな」
そう言いながらアイテムの受け渡しをする。
「暇だったら、石とか拾ってきてくれよ。鑑定して買い取るから」
「はい、心に留めておきます」
「じゃあ、ありがとうございました」
ちょっと芝居掛かった挨拶でルカートを見送れば、苦笑されてしまった。まあ、我ながら、ノリの良い事だと思ってしまう。
それから研磨を続けながら、時折来るプレイヤーに対応するが、どれも初心者と言った感じだ。客に対応するために中断を挟みながらも続けた結果、小粒だが宝石の研磨が完了した。
「ヒスイの小サイズか。技能付加には使えないな」
あと、九個あれば、錬金で中サイズにランクアップ出来るが、それを行うために水の中に入り込むのは、どうも気が引ける。
「今帰りました」
「あっ、キョウコさんお帰り」
「なかなか良い値段で委託して貰えましたよ。エンチャントストーン」
「それは良かったね。こっちもルカートが来て買って行った」
手元にある金額は、明日必要な経費を差し引けば、店拡張と調薬キットが買える。ただ、また使えるお金はスッカラカンだが。
「じゃあ、目標額に届きました。今から頼みに行けば、明日には店舗裏に生産室が出来ると思います」
「じゃあ、今日の午後は狩りを休みにして頼みに行ってくるか。聞きたいこともあるし」
俺は、それだけ言って立ち上がる。キョウコさんと入れ替わるようにして店を出る。
俺がまず目指すのは、畑の売買を管理しているNPCのおっちゃんだ。
「おっちゃん、今暇?」
「何だ? 嬢ちゃんか。どうした?」
良い感じで小麦色に焼けた腕とつなぎが良く似合うぜ。この男に何度高額な土地を買わされたことか。あー、思い出すと苦々しい。さっさと用事を済ませよう。
「店舗の拡張を頼みたい。店舗裏に生産室。あとは、調薬キットも搬入してほしいんだ」
「やっとカウンター店舗から一歩前進だな」
俺から金を受け取りそう呟く。なんか、拡張して行っても、拡張の継ぎ目とか残らないんだと。流石ファンタジーは一味違う。
「あっ、そうだ。おっちゃん。除虫菊とこの苔って栽培できるか?」
俺は、インベントリから取り出した黄色い花と苔石をおっちゃんに見せる。
「ああ、普通に種を撒けば菊は収穫できる。苔石は、ある程度大きい石の傍に置いておけば、勝手に増えていくぞ」
「へぇ~。そうか。サンキュー」
聞きたいことは聞けた。これで、除虫菊も苔も増やせることが分かれば、あの危険な川に採取しに行かずに済む。
さて、本日やるべきことは大体終わった。だが午後の時間は長く、狩りに行く気分ではない。結果、消去法で、この町で出来ることをやることにした。
昨日の爺さんの話では、図書館には調薬レシピの情報があるそうだ。その情報を得るために、まず図書館を探すのだが、NPCに尋ねれば意外と簡単に見つかった。
「北区の学術院にある。か」
学術院って言えば普通に学校だ。こんな初心者の町の学校だが、意外と大きい。そしてそれに併設する形で存在する図書館は、二階建ての赤レンガ造りの建物で印象的だ。ここでスクショを一枚。
学術院の入出は自由で、図書館での本の借り出しに一か月一万Gを払わなければならないが、本を借りることが出来るようになるらしい。
俺は、早速受付の人に話を聞く。
「すみません、図書館に入っても良いですか?」
「はい、こちらの入館証を持ってください。五時に閉館になります。また本を帰って読みたい場合には、一万Gの登録料と月々の保険費用が必要になります」
「この場で見るよ」
「はい、ではこちらをどうぞ」
渡された入館証を持ち、館内を歩く。図書館特有の静謐さとひんやりとした空気が流れる中で、天井高くまで反り立つ本棚を見上げる。
分厚い本が多い中で、背表紙を読んでも全く分からない。
そう、このゲームには独自言語が存在していた。出版物も独自言語にされているために、読めない。
「……図書館に来て、本読めないのかよ」
いきなり挫折しかけたが、ゲームでは丁寧に教えてくれる人が居る。さっきの受付まで戻り、尋ねてみる。
「すみません。文字を読むにはどうしたら良いでしょうか?」
「文字を読むには【言語学】を習得する必要がありますよ。あと、今から学び始めるのでしたら、入って右側の絵本のコーナーから読み始めることをお勧めします」
あー、そう言えば、合計習得SPが20を超えたらそんなセンスがあったっけ。思い出した俺は、取得可能なセンスからそれを探し、取得する。
所持SP16
【鷹の目Lv31】【速度上昇Lv16】【発見Lv12】【魔法才能Lv34】【魔力Lv32】【付加術Lv9】【調薬Lv4】【細工Lv24】【生産の心得Lv21】【言語学Lv1】
控え
【調教Lv1】【合成Lv22】【地属性才能Lv3】【弓Lv22】【錬金Lv24】
町の中のために、弓を控えに置き、言語学を装備した。その瞬間から、ほんの少しだが周囲の文字の一部分は読めるようになった。
「なるほど、読めるように感じるんだな。どっちかって言うと言語学は、翻訳のような感じか」
読める文字も日本語で言うひらがな程度だ。もっとレベルを上げなきゃ、レシピを閲覧できないかもしれないな。
「はぁ~。まぁ、絵本から始めますか」
この年になって絵本。って言うのも、と感じてしまうが仕方が無いと一冊の本を手に取る。
『ユーフェリウスのものがたり、その一』と書かれた絵本を読み始める。