Sense47
俺は現在、リビングのソファーで不貞寝している。
ゲームの川で溺れたことが、意外と精神をすり減らしている事実に、ログアウトしてから気が付いた。
頭に嵌めたヘッドギアを取り外す手は、微かに震え膝が笑う。
少し水分補給しようと冷蔵庫に冷やしてある麦茶を取りに行くまでの姿なんて、生まれたての小鹿のような覚束なさ。
「はぁー。今日は、ちょっとヤバいかも」
もう、何もやる気が起きない。すまん、美羽よ。今日の夕飯は、レトルトか、インスタントで良いか? お兄ちゃん疲れちゃったよ。
俺が、そのままソファーで寝ている時、携帯電話が鳴りだす。
デフォルトの着信音が連続し、四回目のコールが鳴った所で、出ることを決意する。
「……はい」
「おう、峻。……どうだ?」
「今朝、学校で会っただろ」
「なんか覇気がないぞ。どうしたんだ?」
俺の声に敏感に反応したのか、そう尋ねてくる巧。全く、弱った精神の人間見つけてそう言うこと言えるんだから大したもんだよ。
「今までで一番酷い死に戻りした」
「あー、うっかり、ボスと戦闘したとか?」
「いや、川のアイテム拾っていたら、足滑らせて溺れた」
いや、マジで死ぬよ、あれ。苦しいとかそんなレベルじゃないもん、抗えない絶対的な暴力だよ。グロッキー状態ですよ、今。
「おまえ、何やってるんだよ」
「はははっ、何とでも言え。溺れた時なんて、肺に水が入り込む、流されて身体を打ち付けるで、じわじわ苦しみながら、死に戻りなんだぞ。お前もやってみろよ。鎧だから絶対に浮いてこれないぞ」
「うわっ……」
想像したのか、嫌そうな声を漏らす巧。あそこは、石を大量に拾えるが、危険だ。ロープか何かを身体に括りつけるなりの安全策を講じないと、今日みたいな事の二の舞になる。
「溺れるほどの川ってどこらへんだ?」
「第二の町周辺の森の中にあるぞ。意外と、花とか苔が生えてて、景色は良かったな」
そう言えば、スクショ取り忘れていたな。もうトラウマを抉りたくないから行きたくないんだが。
「へぇ~。そんな所があるのか。セーフティーポイントかもしれんな」
「そうかも。敵も居なかったし、静かな所だぞ。それで、今更だけど電話の用件は?」
おっ、そうだ。と思い出したかのような声。どうしたんだろうか。
「実はな。幾つか聞きたいことがあるんだけど良いか?」
「あー、答えられる範囲なら」
「お前のエンチャントって別パーティー同士だと共闘ペナルティー発生するか?」
「発生しないな、辻ヒールならぬ、辻エンチャントだ」
これは前に、ミュウ達とのボスMOB討伐の時に証明された。
「よしっ! 峻、俺達の固定パーティーに入って貰いたいんだよ」
なんか、携帯の向こう側でガッツポーズ取っているのが分かるな。てか、固定パーティーって、今までだってパーティー組んでいただろ。
「はぁ? またどこかに狩りに出かける人数合わせか?」
「そうじゃない。俺達とあの時は臨時パーティー。ずっと固定。そのメンバーだけでゲームを攻略しよう。ってパーティーのことだ」
多分、極端な例を上げたんだろうけど、そういうことらしい。
「一応話だけは聞いてやる。いつものメンバーなんだろ?」
いつものメンバーは、格闘家のガンツが敵のターゲットを取り、タクとケイが壁役。後方のミニッツとマミさんが魔法で攻撃。の五人メンバーだ。
「よしよし。まあ、いつものメンバーに更に高攻撃力の大剣使いが追加だ」
「うん? それって、俺を会わせて七人で狩りなんて、共闘ペナルティーが……あー、そう言うことか」
「気が付いたか?」
戦闘用の固定パーティーの六人と非戦闘の支援プレイヤーが一人の事を固定パーティーを呼んでいるんだな。俺のエンチャントに関する行動で共闘ペナルティーが発生するのかの有無を聞いてきたってことは、俺は支援プレイヤー側か。
物事は単純だ。
こうすることで少ない六人パーティーの枠をフルに攻撃側に使って、支援を外部依存にする事で効率的な狩りが出来る。ということだろう。
「おい、巧。俺は支援側ってことだな。パーティーに入らずに、外側からエンチャントを掛けている役割」
「そうそう。ユンのエンチャントがあるだけで狩りの効率が違うんだよ。ビッグボアの時やサンドマンとゴーレムの時とか。
それに支援役は、回復持ちのミニッツもいるからそこでローテーションって形になる」
俺は、ソファーに倒した身体を起き上がらせて考える。
この話によるメリットとデメリットがある。
メリットは、行ったことの無い場所に容易に行けるようになることだ。
俺の手に入れてないドロップアイテムが手に入る事。
それに、レベルの高い敵と戦闘をすることが出来るので、戦闘系のセンスのレベルは上がりやすいだろう。
ただ、デメリットだが。俺は、あまり忙しなく動きたくないので、団体行動での時間の制約は大きなマイナス要素だ。
そして、ドロップ品の配分だ。
パーティーでMOB狩りして、外部で一人が支援する。だが得られるドロップアイテムの数は増えない。そのアイテムを一度回収して再分配を行わなければ、パーティー内で余計な不和が生じる。まあ、巧の場合は、その辺を考慮していそうだが。
極論から言えば、この方法で支援プレイヤーさえ確保できればボスもごり押しで可能だ。だが得られるドロップアイテムが限られている中で、人数だけ増やせば一人の配分は少ない。そして旨みの無い方法は誰も行わない。理想は、パーティー基準で支援者一人か二人。で上手く回すと言ったところだろう。
「なかなか、良い条件の話じゃないのか?」
「だろ! じゃあ……」
「だが、断る。そもそも、生産職の俺を前線に引っ張り出すな」
「お前のどこが生産職だ!」
電話の向こうでそう言ってくるが、俺は生産職だぞ。一応。
「まず、ドロップアイテムは魅力的だが、俺はプレイヤーの持ちこんだアイテムを買い取るだけで用が足りる。戦闘系センスのレベルは、急いで上げている訳でもないし。そもそもセンスの半分が、生産半分、残りが戦闘で構成されている俺は、戦闘での旨みが無い。
結果、デメリットの時間を拘束されるが目立つわけだ。その時間、一人で上げられるセンスを取得して上げている」
きっぱりと言い放つ。
「そんな、殺生な。今日話しあって、お前が一番だって多数決で決まったんだぞ」
全く、期待されるのは嬉しいが、めんどくさい。だが友人の頼みを無碍にするのもあれだ。
「はぁ~。仕方が無いな。今度、鉱石取れる場所に連れていけ。臨時でなら組んでやるから」
「サンキュー」
「たまにだぞ。俺の気分が乗った時だ。それと条件は、一度店に顔出せよな。一応そこそこの品揃えているんだからな」
ツンデレありがとうございます。とか言われたし、いやツンデレじゃない。って。
まあ、今回の話は、俺が生産職じゃなければ受けたかもしれない程魅力的だ。だが、俺は今やりたい事が幾つかある。
「図書館に行ってみて、調薬系センスの情報とかあるのかな? あとは、石の安定確保が優先だな」
自宅の天井に向かって背伸びをする。
「よし、元気が出てきた! 夕飯作るか」
声に出して自分を鼓舞する。なんだか巧と話したら落ち込んでいた気分が少し良くなってきた。その部分では、巧に感謝しないとな。と思ってしまう。