Sense45
俺が降り立った場所は、自身の店【アトリエール】の中だ。俺のゲームサイクルは、この場所でアイテムを調合することから始まる。
「キョウコさん、こんにちは」
「ユンさん、こんにちは。今日は遅いですね」
「用事があったんですよ。売れ行きどうですか?」
「午前中に少し来ましたよ。ただ、殆どが初心者ポーションの購入者でしたけどね」
そう言って肩を竦めるキョウコさん。それは、第二陣の人だろう。その中からリピーターや口コミでお店の事が伝われば良いんだけどな。
余りに人が来なさ過ぎて在庫になっているハイポとMPポーション。マギさんの所には、需要があるからとブルポを卸しているが、それ以外も卸した方が良いかと思ってしまい、すぐに首を振る。
いけない、いけない。何のために店を立てた。これからも委託販売はして貰うが、アトリエールの方が主体だ。と自分に言い聞かせる。
「どうしました。ユンさん」
俺の葛藤を心配そうに見つめるキョウコさん。なんか、悪い事した気分になり、雰囲気を変えるために声を明るくする。
「何でもないよ。それじゃあ、明日にでもブルポの材料と一緒に薬草を多めに買ってきてくれますか? 初心者ポーション補充するんで」
「分かりました。じゃあ、これが今日の収穫です」
俺は、渡されたアイテムを見る。
上質な薬草系のアイテムは、そのまま使ったら効果が非常に高くなるけど、オーバーヒールなんて余り求められない。だから俺はあえて、錬金センスの下位変換で量を二倍に増やす。
「錬金って何時見ても凄いですよね。二倍に増えるんですから」
「前は使い勝手悪くて悩んだものだよね。あははははっ」
前に、全然伸ばす事が出来ずに悩んだりしたが、今では逆に合成のセンスの方が伸び悩んでいる。
俺は、数を増やした薬草や買い揃えた材料で、アイテムを生産していく。その間、五分もないだろう。ただ、アイテムのランクが低いためか、調薬センスのレベルが上がらない。今度時間を取って、調薬研究でもしようか、と悩む。
その前に、調合キットのグレードを上げないといけないが。
「今日は、何しようかな。また金策に奔走するか」
「マギさんの所に配達するついでに顔を出したらどうですか? 色々と話もあるでしょう」
「そうだな。そうするか、じゃあ、行ってきます」
アイテムを持って俺は店を出る。今日は、通りに人が多かったために走り抜けるのは諦めた。みんなパーティーを組んだり、装備を整えたり。
露天のプレイヤーも声を高らかに客寄せしている。うーん、俺は客寄せとかあんまりしてないな。やっぱり必要か?
そう言った考え事をしながら、マギさんのお店【オープン・セサミ】へと辿り着いた。
「マギさん、いますか?」
「やぁ、ユンくん。久しぶりだね。NPCに配達任せてからあんまり来ないから心配したよ」
心配とは口では言うが、にこにこ笑顔。どっちかって言うと俺との話を楽しみにしている感じだ。
「まあ、話して来たら。って提案されちゃいました」
「NPCって結構自立しているからね。この前なんて、うっかりして失敗した時、店員にしこたま怒られたもの」
「ご愁傷様です」
「うんうん、分かってくれるかい?」
俺達は、そうやって会話を重ねながら、アイテムを納品。ブルーポーションは材料も安く、効果も高い、マギさんのお店は人が来るので、飛ぶように売れる。同じ効果なのに、やっぱり宣伝が足りないか。
「うちの方では、全く人が来ないんですよ。どうしましょう」
「私はまだユンくんのお店見た事ないけど、どんな感じ?」
「あっ、スクショあるんで見ますか?」
俺は、マギさんに見えるように自分の自慢の店と畑のスクショを提示する。
青々と茂る薬草。最近、実を四つ作るようになった活力樹。そしてこぢんまりとした木造店舗は、俺の愛すべき店。
「すっごい、背景っぽいんだね」
「……そうですよねー」
一般人の視点から言えばそうなのだろう。あー、空が青いなー。
俺が一人黄昏る姿を見て、マギさんが慌てる。
「い、いや、良いと思うよ! こう、味があるって言うか。何と言うか」
「良いんですよ。店はあばら家ですし、アイテムの購入制限数設けたり、全部店員に投げっぱなしだし、宣伝してないし。来るのは、妹のパーティーメンバーですよ。委託販売の方が収入の割合が大きいんですから」
「ユンくん、提案があるんだけどね。エンチャントストーンもここに置いてみない?」
「エンチャントストーンですか? 伝言で言ってましたよね」
「うん。ちゃんと使い方の説明とお店の宣伝してあげるよ。うちは金属製品メインだから、上昇させるステータスは、アタックとディフェンスの二つだけで良いからさ」
うーん、魅力的な話だ。そう言ったアイテムの存在が知られれば、他の魔法攻撃や魔法防御のアイテムを求めて【アトリエール】に来て貰える。そして買えるのは現在、うちの店だけなので、リピーターが増える、ついでに後衛ならMPポーションを買ってくれるはず。
「……でもな」
「なにか、気になることでもある?」
「いや、作る分には良いんですけど、あれって、生産と言うよりも魔法を施すイメージの方が強いんですよ」
「それって、どういうこと?」
「薬草が百個あれば。スキル使えば、百個一度に初心者ポーションに変えられるけど、エンチャントストーンは、石単体に対象を選択して、魔法を施さなきゃいけないんですよ。だから、めんどくさいし多く作ると時間が掛る。まあ、一個一分程度ですけどね」
それも研磨と染色込みでだ。この見栄えに関しては、絶対に譲らない。やらなければ半分の時間で済む筈だ。
「いいよー。それじゃあ、私がこの人には! って人に渡すよ」
「じゃあ、明日からの納品で良いですか? あと使った時の感想も聞ければ嬉しいです」
「りょーかい。お客さんも来た事だし、またね」
「はい、ではまた」
そう言って俺は、店を後にする。
俺は、迷うことなくポータルへと向かい、第二の町へと転移する。
一瞬で牧歌的な風景に切り替わる。モンスターを狩って金策に明け暮れるのも良いが、一日中日向ぼっことか良いと思ってしまう。
「でも、金無いんだよな。それに、石も調達しないと」
俺は、そのまま、町の中心部へと向かう。すぐに、周囲の森に入るのも良いが、これも金策のうちだ。
「こんにちは、マーサ」
「あら、ユン。こんにちは」
バスケットを持った恰幅の良い中年女性に挨拶をする。この人は、パン屋のマーサだ。クエスト用のNPCだ。
「今日も配達ありますか?」
「あるある。と言いたい所だけどね。大体、午前中に終わっちゃったんだよ」
「あー、そうですか」
このマーサの配達クエストは、一日一回受けられる地元住民のクエストだ。第一の町でも似たようなクエストはあり、町中でアイテムを渡していけば、お金が貰える簡単なクエスト。第一の町では、千Gだが、ここでは、その二倍の二千G。
……なにっ? 少ないだと。塵も積もれば山となる、だ。それに、出先のNPCは、完全にランダムで色々な物をくれたりもする。
この数日で貰ったものは、羊皮紙のノートや普通の野菜だ。この土地柄が良く出たアイテムだと思う。
「いや……あるにはあるんだけどね。場所が……」
「どこですか?」
「川に行っているヒュステル爺さんにランチのサンドイッチを届けて欲しいんだけど、爺さんは除虫剤使っているから安全に川に行けるけど、私は除虫剤無くて届けられないんだよ」
「それって森の中を通るってことか?」
「そうだよ。ユンは、冒険者だけど、あんまり危ない事はね」
心配してくれるが俺が逃げに徹すれば、足の遅い虫程度からは余裕で逃げ切れる。その前に、狙い撃つけど。
「引き受けるよ。サンドイッチの配達引き受けます」
「ありがとう、じゃあ、よろしくね」
紙袋を受け取った瞬間からクエストが始まる。俺は、ランチをインベントリに収めて、川の場所に向かって走る。
町を抜け、鬱蒼とした森に入り込む。
この森のMOBは、グレイラットほどの大きさの麻痺攻撃を持つ芋虫のパラライズ・キャタピラーや、一定距離に近づくと弾丸のように体当たりをかます蝗のバレット・ロコスト。
ドロップアイテムは、芋虫の方からは糸や虫肉が。蝗の方からは、蝗の身体と足が手に入る。
芋虫の方は、まあ裁縫に使ったり、調薬に使うだろう。蝗の身体の方は食材。足は、調薬用のアイテムだ。あれだよ、蝗の佃煮とかあるし、まあ、ありだろう。
最後に、こいつが出てきたら厄介な敵がブル・ビートル。成人男性以上の大きさと黒く光る硬い殻に覆われた身体。一度、戦ったが、あれは逃げるに徹する。
だって、あいつ硬くて矢が弾かれる。さらに、羽を開いて、狭い樹と樹の間をかなりの速度で突撃してきて、奴とぶつかった樹が倒れるんだ。
だが聞け。ただ倒れるんなら俺も驚きはしない。むしろ、奴の突撃を樹は一度耐えている。その後、角の先端から毒液を噴出して、樹が腐り落ちて、倒れたんだ。
攻撃通らない、更に状態異常攻撃持ち。それは逃げるが勝ちだ。飛ばなきゃどの虫も遅いし、そもそも照準の定まらない攻撃で自滅する時がある。
この森のボスMOBはまだ見ていないが、ミュウたち曰く強すぎてまだ無理。とのこと。俺の技量では、カブトムシにすら攻撃が弾かれるのでボスとなど戦うつもりはない。
そんな森の敵を遠距離で適当に倒しながら、指定された場所を目指す。
森の切れ目、光の差し込む場所。そこが目的地だと分かり、俺は駆け足になる。森を抜けた瞬間に、肌で感じるひんやりとした川の湿気。町の中を流れる川よりも幅が広く、流れが急なそれは、渓流と称するに相応しい。
その渓流の傍にある大きな岩に腰を掛けて釣りをする老人を見つけた。
「こんにちは、ヒュステルさんですか?」
「そうじゃが、どうしたんじゃ」
「お昼のサンドイッチの配達です」
俺がそう言うと、ヒュステル爺さんは、嬉しそうに振り返った。
「飯をすっかり忘れてた。ありがとな、お嬢さん」
この爺さんの対応は、とても紳士的で好感が持てる。ただし、残念。爺さん、俺は男だ。