Sense41
「それにしても、ミュウから生産職だと聞いていましたが、十分戦えるんですね」
「そうか?」
「流石は、ミュウのお姉さん。かなりのゲーマーだったんですね」
あー、ルカートの発言にどう訂正して良いか、俺は兄だし、というよりもゲームは、あんまりやらないんですよ。
口からうっかりと言いそうになった言葉をぐっと抑え込んで、もっともらしいことを言う。
「まあ、あれですよ。弓は結構遠くから攻撃できるので、手数で勝つ。みたいな」
「面白いね。ねえ、僕にも弓を使わせてくれない?」
そう俺に言ってくるのは八重歯が特徴的なヒノだ。ヒノの今使っている武器は、重厚感溢れる大槌。あんなものを食らったゴブリンなど、体があらぬ方向に曲がって、一瞬のうちに消えていった。
「僕は、マルチウェポンなんだよ。今鍛えているのが槌センスで普段は、槍を使っているんだ。近距離で槌。中距離で槍。それで遠距離攻撃も欲しいんだけど、何を選んだらいいか分からなくて。だからユンさんに弓を教えてもらおうかな? って」
「ああ、そう言う事か。良いけど、センス持たずに使える?」
「お姉ちゃん、それは大丈夫だよ。武器センスは、その武器を使うと攻撃判定が付くだけだから。使う分には問題ないよ」
そうなのか。確かに動作で蹴りや、殴りは出来るが、ダメージは無いんだよな。ただ痛みは発生するけど。
「じゃあ、ヒノ。この弓であの樹を狙えるか?」
「やってみます! 先生!」
元気よく敬礼するヒノ。ノリ良いな、と苦笑する。
俺は、ヒノに弓と矢を渡す。さっきまでの俺の動作を見よう見真似ながら、矢を番え、弦を引く。
片目を瞑り、狙いを定める。樹との距離は、おおよそ十メートル。矢自体のATK補正と大槌を振り回す彼女のATKなら十分届くだろうと判断した。
十分に貯めて、ヒノは弦を放した。
バチンッ、と俺の時とは全く違う嫌な音を上げて、矢が飛び出す。だが矢はあらぬ方向へと飛び、林の中に消えていくのだった。
「……いったぁぁぁっ! 手が痛い!」
「あっ、ヤベ」
弓を引いていた右手を抑えるヒノ。周りが何事かと驚いている中で、俺は冷静にポーションを取り出して、右手に振りかける。
「大丈夫か? すまん、マイナス補正を忘れていた」
「マイナス補正? あの痛いのが?」
涙目になり、聞いてきたヒノ。悪い事をしてしまったと俺の良心がチクチクと痛む。
周囲が興味深そうに俺を話に耳を傾けてくる。
「弓は、射程をATK、命中補正をDEXに依存している。だから、DEXが足りない状態で身の丈に合わない弓を使うと、微量だが反射ダメージが発生するんだ」
「微量って、あんなの何本も打てないよ。そもそも武器としての感覚が違いすぎて、僕には無理だよ」
なんか、気落ちしたような感じだな。少しハードルが高すぎた。
「いきなり、俺の弓を渡したのがいけなかったな。初期装備の弓でもう一回やってみるか? 大丈夫だから」
初期装備なら誰でも使えるだろう。と予想しての提案だ。さっきの失敗が怖いのか新たに取り出した弓におっかなびっくりで触る。
矢を番え、弦を引き放つ。
弦を震わす音と共に、解き放たれた矢は、的の樹の横を素通りするが、今度は反射ダメージが発生しなかった。
「やったな」
「あっ、はい! ありがとうございます!」
俺の方が身長が高いためにヒノが見上げるようなようにこちらを見上げてくる。ほんのり頬を赤く染めているし、うーん。可愛い子だな。
「でも、僕は、弓を使うのは無理だと分かったので諦めます」
「そうですか……」
ちょっと貴重な弓仲間が出来ると淡い期待を抱いたが、駄目だった。
「……私も、やってみたい」
「うちもやらして。魔法以外の遠距離って分からんから」
「お姉さんに手取り足取り教えてもらいたいですね。密着して、ふふふ」
トウトビ、コハク、リレイも弓を扱ってみたいと言い出した。ゴミ扱いの武器なのに物好きだな。
皆に、弓と矢を順番で渡した。距離は十分だが、狙った樹には誰一人として当たらない。
「うー、こりゃ、駄目や。RPGじゃなくてFPSの視点だし、攻撃が点だからやり辛い」
「……そうですね。魔法は、爆発の範囲に撒き込めば、攻撃判定があるけどこれは無いし。私は、積極的に取ろうとは思いませんね」
「ふふふっ、弓がゴミでも、弓を持った天使ってことで。誰からイチャイ「やめんか」ふふふ」
なんか三人とも、弓には好意的な反応がないな。てか、リレイとコハクは何故漫才している。
それに、背中にひしひしと視線を感じる。
ミュウとルカートからの視線。
ミュウは、自分も物凄く弓を扱いたいという視線。子供の頃、俺の物に興味を持って触りたそうにしていた時と同じだ。全く、成長ねえな。
ルカートは、なんだろうな。よくわからないが、疑問があるのだろう。眉間に僅かな皺が寄っている。
「あの、ユンさん。一つ質問なんですが、弓の射程ってどれほどなんですか?」
その疑問か。正直分からない。ここに来る道中に確認したが、素の射撃攻撃だけで十五メートル以上は狙える。
武器のATK補正、それから【アーツ】の遠距離射撃とエンチャントを併用すれば、現在の鷹の目の目視の限界である六十メートルとかそのくらいの距離は叩き出せるかもしれない。
ただし命中を想定せずに、だ。命中させる場合だと、どのくらいの距離まで大丈夫かは分からないな。
「分かんないな、試してないから」
「……そうですか」
俺の分からないを否定的に捉えたのだろう。ちょっと残念そうな表情のルカート。
「この位置から狙ってみるか? あれを」
「えっ、あれって?」
俺にはよく見える。あれがブレードリザードなのだろう。
距離は、三十メートル前後。丸まって寝ている体長二メートル前後の爬虫類の鱗は剣のように鋭い。その隙間は広いが、堅そうな鱗を貫くのは、大変そうだ。
そして俺ならこの距離でも、その隙間を狙う事が出来る。
「ちょっと、引き付けるから戦闘準備よろしく」
「えっ、ここからですか?」
俺は、斜め上空に向けて、矢を構える。その恰好から放たれた矢は、弓なりの弧を描き、ブレードリザードの背中に刺さる。
この打ち方の利点は、射撃から命中までの時間を伸ばし、敵との交戦前にアーツの待機時間を緩和させるためだ。
「こっち向いた! 来るぞ」
ブレードリザードがこちらを向いた時、俺は、第二射、肩の鱗の隙間に刺さる。
俺の宣言通りにデッカイトカゲが手足を振り回して全力でやってくる。俺は機械的に射撃を続ける。
「――連射弓・二式」
アーツの待機時間が終わり、新たなアーツを発動させる。
俺は、手に二本の矢を取り、一瞬のうちに、その二本が同時に飛び出す。ファンタジーならではの行動に俺自身驚く。一本は鱗に弾かれ、もう一本は首筋。このアーツは命中率が若干落ちるようだ。
ブレードリザードが魔法の射程に入った時、俺は、矢を下ろして、ルカートたちに任せることにした。
「ふぅ、意外と削れたな」
遠距離から刺さった矢は、十本。ブレードリザードのHPの一割は削れたんじゃないかと思う。
「ふふふっ、素敵でしたよ、ユンさん。まるで、おとぎ話の戦乙女のようです」
「それはどうも」
「ええ、それはもう、猛烈に辱め「やめんかい! リレイ!」……全くコハクは。ちゃんと護衛はしていますのにね」
不敵な笑みを浮かべたままリレイは、戦闘中のコハクに突っ込まれる。リレイとコハクの漫才は、定番なのだろう。戦闘中だが、ヒノが、まあまあとコハクを諫めている余裕もある。
暴走するリレイ、ツッコミのコハク、フォローに回るヒノ。この三人は良い組み合わせかもしれない。
ただ、ちょっとリレイがこちらを熱っぽい目で見続けてくるのが辛い。
俺は、それを無視して、ブレードリザードとの戦いを観察していた。
前衛の四人がそれぞれ連携を取り、的確にブレードリザードにダメージを与える。接近戦で危険な尻尾の振り回し攻撃も何度か討伐したために、予備動作を見ただけで皆、引き、コハクがそのタイミングで炎の魔法を放つ。
ルカートが引き付け、脇腹をヒノの大槌が鱗ごと打ち抜き、露出した肉にミュウが嬉々として切り込み、弱点部位に対してクリティカル狙いのトウトビ。みんなが引いた所でコハクの杖が火を噴く。
ごりごりとHPを削り、残り半分。これはこのまま眺めていても終わるかな。と思っていた。
「リレイ! 何よそ見しているんや! ちゃんと護衛やらんと!」
「いえ、違います。何かが遠くに」
ブレードリザードとは真逆の方向に視線を向けるリレイ。先ほどまでの表情とは打って変わって真剣だ。
俺も同じ方向を見つめる。まだ小さいけど、プレイヤーだと言う事は分かった。それが徐々に大きくなるにつれ、背後にモンスターを大量に引き連れていた。
「あいつ、モンスターを引き連れているぞ」
「何ですって、服の特徴は」
「えっと……赤」
隣に立つリレイが俺に尋ねてきたので、そう端的に答えた。
「っ!? トレインマンが来た!」
この場にいる全員に聞こえるように声を張り上げるリレイ。トレインマンって一時期、話題になった異色の恋愛小説のタイトルを思い浮かべた人は俺だけじゃないはずだ。
「そっちのトレインじゃあらへん! MPKするPKや!」
はっ、コハクに俺の思考にツッコミされた!
「パーティーを組み直し! 私とヒノは引き付け! トウトビは雑魚の数減らし。コハクとリレイは、魔法による殲滅を! ミュウは、そのまま引き付けて」
「俺の遠距離攻撃なら今からでも数を減らせるぞ!」
的確に指示を出すルカートに俺はそう進言する。
「駄目です。もしも、今の状態で攻撃すれば、共闘ペナルティーが発生しまいます」
「じゃあ、どうすればいいんだよ!」
「すみませんが、ミュウと二人でブレードリザードを相手にしてください! トレインマンや雑魚は気にせずに」
マジかよ。ビッグボアが五匹に、でっかいネズミとトリを大量に引き連れて、あんなの相手に出来るのか?
「ルカちゃん、どうする? 私ひとりでも勝つよ」
HP半分に削った状態のボスに一人で勝つつもりなのだろう。わかったよ、お前のサポートに回って二人で倒すか。
パーティーは俺とミュウの二人。
「ミュウ、二人で倒すぞ。俺だって出し惜しみ無しだ。アイテムどんどん使うからな」
俺は、自身にエンチャントを施していく。攻撃、防御、速度の三点強化。そして、MPポーションを二本割ってMPを全回復する。
「さぁ、トカゲ野郎。お前の相手は俺だ! 【呪加】――ディフェンス」
俺は、移動撃ちをしながら、ブレードリザードを相手にする。
切り掛かったミュウにターゲットが移れば、素早くその反対に移動して、俺にターゲットを変える。そして、ミュウが俺と同じように反対に立ちターゲットを変える。
視界の端では、ルカートたちがモンスターの群れと正面衝突。引き連れた先頭を走っていたトレインマンは、ルカートたちの脇を通り抜ける際、黒色のオーラが発生した。
あれが、共闘ペナルティーの証拠なのだろう。MPKする側に発生するデメリットだ。速度もがくんと落とす。下手をすれば、そのままトレインマンもこの混戦に巻き込まれると思っていた。
だが――
「ミュウ、危ないっ!」
俺の体が咄嗟に動いた。ブレードリザードのターゲットになっていたミュウは、他に気を配る余裕はなかった。ミュウとトレインマンの間に入り、飛来するそれを体で受け止める。
「うぐっ……」
「お姉ちゃん!?」
腹に刺さるのは、投げナイフ。その一撃は致命傷にはならない。
「野郎……ふざけた真似しやがって」
これでもかってくらいの怒りを言葉に込める。そして何故、こんな行動を取ったのか。それは、トレインマンの体から発するオーラが消えて理解した。
プレイヤー同士が共闘する時に発生するのが共闘ペナルティーだ。それを外すには、敵対すればいい、簡単な理論だ。
そう、今この場では、三つ巴の状態だ。
そして、速度を取り戻したトレインマンは、全てのモンスターをこちらに押しつけて、森の中に入り込む。
「お姉ちゃん、私の……」
「気にするな、それより早くブレードリザードをやるぞ」
AIの自動操作のMOBに待つなんて行動はない。全力でこちらに体当たりを敢行してくる。しかも俺達は、纏まっているんだ。
俺もミュウも速度に物を言わせて、避ける。だが、ミュウはタイミングを見誤ったのか、足を引っ掛ける。
「ちっ、ミュウ。大丈夫か!」
「回復できるから大丈夫! ――【ハイヒール】」
俺もあと少しでエンチャントが切れそうだ。ルカートたちも何とか耐えているが雑魚が多すぎて危ない。今は彼女たちにターゲットが集中しているが、こちらに流れれば、不利になる。
「ミュウ、どこかに誘導できないか!」
「じゃあ、あの樹にお願い!」
ミュウの指定されたのは、一本の樹の根元だ。
「少し準備をする。耐えられるか?」
「任せてよ。お姉ちゃんからこれ貰ってあるんだから」
片手で取り出す黄色のエンチャントストーンを発動させる。速度の上がったミュウが縦横に動き、ブレードリザードを翻弄し始める。HPが三割を切った奴は、体の鱗を逆立てて、より人を寄せ辛くしている。
俺は指定された場所に、マジックジェムをばら撒く。上手くいってくれなきゃ。
「ミュウ、準備できた!」
「了解! こっちに来なさい!」
ミュウは、全力で樹に向かって駆ける。俺は、離れた位置で矢を構え、待つ。
そして、ミュウは樹に向かって跳んで、蹴った。
跳躍と共に、樹の幹を足場にして、ブレードリザードの頭上を飛ぶ。いわゆる、三角飛び。
その人離れした動きに驚くが、俺は、俺のなすべき行動を取る。
「爆ぜろ、トカゲ野郎。【ボム】!」
樹に頭をぶつけ、ミュウを探すブレードリザードの腹の下で多重爆撃が発生する。一発は弱い魔法だが、同じ場所で同一タイミングで発生するチェーン攻撃。
爆破と共に、一気にHPが減る。それでも削りきれるとは思わない。
「【付加】――アタック、【呪加】――ディフェンス」
「【フィフス・ブレイカー】!」
ミュウへのエンチャントとブレードリザードへのカースド。互いの物理関係に大きな差を生み出し、ミュウの五連撃アーツが、鋭い鱗を砕き、その命を刈り取る。
俺たちは、ブレードリザードを倒したのだった。